ここで視野を広げて、各国の動向を見てみたい。
日本が「医師の数を減らす」という議論をしている今、欧州の主要国は逆の方向に動いているように映る。ただ各国の動きを丁寧に見ると、それは「世界が増やす方向、日本が減らす方向」という単純な対比ではなく、各国がそれぞれの過去の政策判断の帰結を引き受けている結果であることが見えてくる。
抑制してきた医師数を倍増する英国
英国は2023年、NHS(国民保健サービス)として初の長期人材計画「NHS Long Term Workforce Plan」を発表した。内容は野心的で、医学部の定員を2031〜2032年までに約2倍の年間1万5000人に増やすこと、GP(家庭医)の養成枠を50%増やして年間6000人にすること、看護師の養成枠もほぼ倍増させることなどが盛り込まれた[4]。
同時に、physician associate(医師補助職)やnurse associate(看護助手)といった多職種の拡充も明示されている[4]。「医師だけで支える」のではなく、「医師を増やしつつ、多職種で支える体制をつくる」という発想だ。
重要なのは、英国が抑制してきた医師数を、急いで増やそうとしていることだ。長く続いた抑制の結果として生じた医療アクセスの課題を今、引き受けていると言える。
医師の絞り込みを反省し、緩和を続けるフランス
フランスはさらに象徴的だ。同国では1971年から「numerus clausus(ヌメルス・クラウズス)」と呼ばれる医学部の定員規制が続いていた。これを2020年に廃止し、より柔軟な「numerus apertus(ヌメルス・アペルテュス)」へ移行した[5]。
廃止の理由は明快だった。50年にわたる医学部の定員規制が深刻な医師不足を招き、地方の医師空白地帯(医療砂漠)を生み出したためである [6]。さらに2025年には、現職の保健大臣がnumerus apertusすら「いまだ制限的すぎる」として、さらなる緩和を提案している[7]。
フランスは数を絞りすぎたことによる医師不足の弊害を、半世紀かけて経験した。その経験を踏まえて、制度を緩める方向に動いているのだ。
規制と経済インセンティブの両輪を回すドイツ
ドイツは地域ごとに専門医の定員を設けるなど、配置に関しては日本より厳格な規制を持つ。同時に、家庭医が不足する地区では開業支援金などの経済的インセンティブも用意されている[8]。
こうした規制と誘導の両輪が機能している前提として重要なのが、ドイツでは医師の総数そのものが増えている、という点だ。2014年から2023年の間に就労医師数は25%増加しており、日本の伸び率(約17%)を上回っている[9]。
先に医師を増やした日本の判断をどう評価するか
では、日本はどうか。
日本は、1970年代の「一県一医大」構想を起点に、医師の養成数を継続的に増やしてきた[3]。その結果、現在の医師数は過去最多に達し、財政審は「過剰が確定的」という見立てを示すに至っている。
この「先に増やした」という選択が間違いだったかというと、そう単純には評価できないように思う。少なくとも、医学の進歩とともに診療科の専門分化が急速に進んだ時代に、新しい専門領域を担う医師を継続的に輩出できたことには、一定の意味があった。
医師の母数を増やしてきたからこそ、循環器内科のサブスペシャリティや、緩和ケア、老年医学といった新しい領域の専門医が生まれてきたのだから。
フランスが医師の数を絞りすぎた結果、地方の医療砂漠という代償を払ったのと対照的に、日本は医師の数を増やしたことで、少なくとも専門医療の厚みを確保してきたわけだ。
ただし、こうした日本の判断が完璧だったかというと、そういうわけでもない。医師の数を増やした裏側で置き去りにされた論点がある——これこそ、私たちが現在、立ち止まって考えるべきことだ。
医師の数が増えた結果、何が置き去りにされてきたのか。
医療提供体制の生産性の向上、タスクシフト、多職種連携、ICT活用……。こうした量以外の議論が、欧州諸国に比べて十分に進んでこなかったのだ。
財政審が指摘した医療・介護分野の生産性低下は、その結果とも読めるし、日本医師会と看護協会の間で続くNP制度化(ナース・プラクティショナー制度化:米国などのNP制度を参考に、日本でも看護師が一定の診断や治療などの特定行為を自律的に行えるよう、国家資格化を目指す取り組み)の議論が膠着してきたのも、この延長線上にある。
各国の動きは、それぞれの過去の意思決定の帰結である。英国は抑制の反省を、フランスは絞りすぎの反省を引き受けている。日本は医師を先に増やしたことの意味を認めた上で、それだけで済ませてしまった論点——仕組みとしての医療提供体制の設計——を今、引き受ける段階に来ている。