【長嶋巨人にやってきた男/広澤克実】野村監督からは「巨人は合わない」 大型補強の中に埋もれた悲運の元打点王
「トラちゃん、おいでよ」
32歳の元打点王に複数球団が接触してきたが、巨人から東京・赤坂の料亭に招かれると、なんと座敷の奥には長嶋茂雄監督がひとりで座っていた。茨城出身の広澤は、子どもの頃にテレビで見ていたスーパースターとのふたりきりの食事に緊張のあまり、何を食べたのかも覚えていないという。ただ、帰り際に長嶋監督から、「トラちゃん、(巨人へ)おいでよ」と声をかけられた。 「思わず『はい』と言ってしまいました。『考えさせてください』と言う間もなくて……(苦笑)。32歳になった“野球バカ”は、後先考えることなく即答しました。でも、同じ状況で『ノー』と言える人はいますか? 長嶋さんにあこがれて野球を始めて、その張本人から『おいでよ』と言われて。断る理由が見つからなかったのです」(ベースボールマガジン2025年8月号 1993-2001 第2次長嶋巨人、ドラマチック伝説)
ヤクルトの野村克也監督からは、「巨人の体質を考えたら、合わないから行かないほうがいい」と慰留されたが、広澤は巨人移籍を決断するのだ。さらに広澤とクリーンアップを組んだ、1992年セ・リーグMVPのジャック・ハウエルも巨人移籍を表明。野村監督は主軸の相次ぐライバル球団への流出に、マスコミを通して「あの2人は目指している野球から逆行する存在だった。悪くいえば劣等生。だから惜しい選手を失ったとは思わない」(週刊ベースボール1995年4月24日号)と挑発した。そのヤクルトと対峙する1995年開幕戦で、巨人のスタメン野手に生え抜き選手は川相昌弘、岡崎郁、松井秀喜の3名のみ。「四番・一塁」の落合博満がいたため、広澤は外野へ回り、「六番・左翼」で出場した。なお、空前の33億円補強を行なった長嶋巨人だが、総額8億円で獲得したツインズの四番打者シェーン・マックと広澤は、ロサンゼルス五輪の野球決勝戦を戦った間柄で、前年12月にハワイで偶然顔を合わせ、広澤がマックに対して「巨人で一緒にやろうよ」と声をかけたという。