Podzol

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@alfi_le
呉市在住。 街並み記録、作編曲。音楽→

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主催している音楽サークル「The Nudja Conspiracy」より春の新譜をリリースします。 作編曲、演奏、デザインで参加しています。 どうぞよろしくお願いします。
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The Nudja Conspiracy 新譜リリース
@nudjaconspiracy
【お知らせ】 今月4/26 音系同人即売会 #M3春2026 にて新譜「春は夢のように」を頒布します。 現代ジャズとポップスをテーマに、変拍子系のジャズ曲からオルガンとクラップでノれるアンサンブルまでメンバー書き下ろしのオリジナル6曲を収録。 CD/音源DLのほか楽譜冊子があります。 スペース:K-06b
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佐賀の城下町を歩いていたら門の向こうでガサガサと音がして、一声も吠えることなく顔をひょっこり覗かせたわんこ。家の前を人が通ると様子が気になって見に来るのだろう。可愛かった。
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街を歩いているとたまに80歳くらいのお爺さんがお洒落な帽子にチェック柄のジャケットを着て歩いているのを見かけるが、1960年頃の日本の資料を見ていて気付いた。あれは歳をとったから洒落た格好をしているわけじゃなくて、当時の若者のファッションがそうだったんだ。
ちょっと昔の小説を読むとやたら男の人はカッコつけた言葉遣いだし女の人もすらすらと上手い返しでそれをあしらったりしていて、演劇やってるんじゃないんだから...と思うが、祖父母を見てると今もどことなくそんな雰囲気があるので昔の人は毎日演劇みたいな感じで生きていたのかもしれない。
夕張石炭博物館、凄い、凄すぎる。近現代を扱った内容でここまで魅せる展示はまず無い。 石炭産業と共に急成長した夕張の街がどれほど賑わったか、その歴史を振り返りながら歩いていくと突然目の前に「止まった」時計が現れる。夕張の歴史はある時点で停止した。背筋が凍りつくような演出だった。
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もう90になる祖父が「東京に行きたい。ジャズを見たい」ということで明日は祖父と一緒に上京して隅田のジャズフェスを見にいくのだ。
三島由紀夫「自己嫌悪っていうのはね、非常〜に非生産的なこと感情だと思ってね、よしちゃったんですよ。それからは自分のことが好きになりました」←これ好き
神戸市街を一望できる高台、高取山地区。しかし一歩足を踏み入れると軍艦島さながらに崩れかけた高層住宅群と路地路地が連なる。一体なぜこのような状況になっているのだろうか? 続く↓
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まさか。まさか、、フェリーの喫茶スペースでモーニングが提供されているだなんて。 遥か水平線を望みながらの喫茶モーニング。こんなに素晴らしいことってある??
車窓が良いので全部どうでも良くなってきた。
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Podzol
@alfi_le
まず一日に何便しかないような山間部のバスに「凄い!ここってバス走ってるんだ!」のノリで乗ってはいけないんだよな。普通に帰れなくなる。
呉に住み始めて友人が遊びに来てくれる機会が増えたので、自然と飲みの場に行くことが多くなった。そこで気づいたのは夜の町でしか聞けない声があるということ。この街が戦後以来主要産業として来た製鉄所を失ったのが去年。酒場は産業と暮らしに直結している。呉の街にとって→
御手洗という瀬戸内海の沖合に見事に江戸末期〜明治の建物だけで構成された街が残っており、これは街並み好きとしてみてもかなり特異な場所だった。以前フォロワーさんとお会いした際にその話になって、「航路の歴史ですよ」と一瞬で結論が出た。つまり→
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@alfi_le
安居島、本当に小さい瀬戸内の離島なのだが港に沿って小規模ながらとてつもない街並みが形成されており、ずっと疑問だった。風待ちの港だったのか....。
「ポーッポーッ」と船が音を鳴らして港に入ってくる。島のおばあちゃんが「2回音がなったでしょ、あれは降りる人が居るって意味」と笑顔で教えてくれた。
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23時にファミレスで本読んだり作業してる人々、自分含めて家に帰らないなりの理由やこだわりがあるのだろうから、そういうものをひっそりと集めた物語とかあったら読んでみたい。
後ろのおばちゃん二人が「1980年なんてさ、永遠に1980年が続くって思ってたよね」って話しててマジで泣いてる。
私の祖父は中国山地の小さな集落で教師をしていたので戦後間もない頃の山間部の暮らしを時々話してくれるが、中でもお気に入りなのが家庭訪問の話だ。中国山地は穏やかな山地なので切り立った渓谷のような壮絶な地形はないのだが、それでも麓から歩いて何時間もかかるような秘境集落もあって、
北海道石炭の歴史は壮絶すぎて言葉を失う。石炭が最も輝いていた時代の、着実に技術を磨き文化を形作っていくさまは本当に素晴らしいのに、そこから産業として成立しなくなった途端に全てが滅茶苦茶になって、それまで築き上げてきたものが全く見捨てられたように壊れていく。壮絶すぎる。
以前「日本に現存する近代建築はどこか似た特徴があり、共通の技術書があったのでは」という呟きをしたが、探したら本当にあったので取り寄せた。「和洋建築新雛形」和綴じ。描かれているのはどれも初期の時代の洋館で、おそらく明治期の本だろう。よく残っていたものだ。
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岐阜県加茂郡八百津町 旅足橋(1954年) この橋に出会うために、此処まで旅して来たのだ。日本で唯一の形式であり、世界でも数例しか無いフロリアノポリス型吊り橋。戦後間もない激動の時代、東京、清洲橋を設計した鈴木清一氏企画のもとで建設されたこの橋は、あと数年でダム底へと沈む。
Replying to
中国山地を深く深く分け入って行くと時々当時から殆ど変わらないであろう姿を残す集落に出会うことがある。ザワザワと木々が揺れ、轟々と水の流れる、そんななかに人々の暮らしが根付いている。或いは根付いていた。 絶え間なく失われつつあるその風景に、僕は祖父の話を思い出さない訳にはいかない。
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旭川市役所、地下食堂。え?本当にこんなところにあるのって狭い階段を降りたら突然賑やかな雰囲気、昭和の喫茶店風の食堂と、売店やフリーマーケット、美容室まで。一体何なんだここは...!
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