インタビュー

「それを言っちゃあ」 山田洋次監督が語る、寅さんと憲法とSNS

聞き手・小池淳
【動画】山田洋次監督のインタビュー=内田光撮影

 映画「男はつらいよ」の名セリフと言えば、寅(とら)さんの「それを言っちゃあ、おしまいよ」。中傷や誤情報が乱れ飛ぶ現代のネット社会を目にしたら、寅さんなら何と言うだろう。主演の渥美清さんがこの世を去って今年で30年。原作者の山田洋次監督(94)に話を聴きました。

特集 明日も喋ろう

 私たちはいま、誰もが世界中に言葉を発信し、世界中の誰かの声を聴き、誰とでもつながることができる世界に生きています。ネット社会に「表現の自由」が広がるなかで、人と人が会って対話をする言論空間はどうなっているのでしょうか。2001年に始まったシリーズ「明日も喋ろう」。今年は「リアルコミュニケーション」について考えます。 

渥美さんの述懐、悪ガキのモラル

 《――映画「男はつらいよ」では、家の中で大げんかになったとき、寅さんの「それを言っちゃあ、おしまいよ」というセリフが飛び出します》

 あの言葉は渥美さんがアドリブで言ったんじゃなかったかな。僕はとても面白い言い方だと思ったんです。けんかしていても、言っていいことと悪いことを区別していたということがね。

 この家はしょっちゅうけんかをしてる。その中で、頭に来たおいちゃんが「寅、お前なんか出ていけ!」と叫ぶ。本気で言ってるわけじゃないんだけど、「出ていけ」という言葉に寅さんは敏感なんです。

 彼は基本的にはよそ者。たまにフラリと帰ってきて家族の一員みたいな顔をしているけど、さくらとは異母兄妹、おいちゃん、おばちゃんは親戚。そういうコンプレックスが彼にはある。

 寅さんに言わせれば、ひどい悪口を言いあっても、仲直りをすれば修復できる仲間同士なんだ、という約束事の上で、けんかしてるんじゃないのか。「出ていけ」ということは、もうお前は仲間じゃないという宣言ではないか。それじゃおしまいだな、と。

 《――渥美さんの生い立ちも関係していますか》

 下町で育った渥美さんの少年時代は、時々この言葉を使ってたんじゃないのかな。

 渥美さんから聞いた話ですけどね、小学校のころ目の見えない両親をもつ少年がクラスにいたんだって。みんな彼をからかっていじめたけど、おとなしい少年は黙って我慢していた。

 あるとき、悪ガキたちは「あの家はどうやって飯を食ってるんだろう」と、少年が住む長屋まで見に行った。塀の節穴からのぞくと茶の間が見えて、両親がいて真ん中に少年がいる。少年がご飯をついでやって、3人でもぐもぐと食べ出す。

 食卓の真ん中にどんぶりがあって、がんもどきを煮たのが入っている。息子は時々、それを箸でつまんで両親の茶碗(ちゃわん)にちょいと入れてやる。お父さんが茶碗一杯を食べ終わると息子がついでやって、またがんもどきをのっけて渡す。それを見ていた渥美少年たちは、みんな黙って家に帰ったそうです。

 翌日からは誰もその少年の悪口を言わなくなった。言ってはいけない、言うべきではない、という少年たちのモラルの確立だね。

「僕はSNSを…」

 《――SNSではモラルのない誹謗(ひぼう)中傷で相手を傷つけたり、排外的な主張が広がったりしています》

 寅さんに言わせたら、「それを言っちゃあ、おしまいよ」という罵詈(ばり)雑言が氾濫(はんらん)しているかもしれない。僕は嫌だからほとんどSNSを見ないけれど。

 僕は少年時代に旧満州(中国東北部)にいましたから、当時の日本人がどんなに中国人を差別視していたのかを、よく知ってるんだよ。人種で人を差別するなんて、本当にひどいことなんだ。

 4月に封切られた映画「オールド・オーク」は、イギリスの炭鉱の町がシリア難民を受け入れ始めたことでいさかいが起きる話だけど、ケン・ローチ監督は差別を厳しく糾弾しています。

 「それを言っちゃあ、おしまいよ」というのはつまり、理性的であろうという提案なんです。「出ていけ」というのは排斥の議論でしょ。それを言う前に、話し合おうじゃないかということを寅は言ってる。

 仲良くしていこうという主張よりも、追い出せって主張の方が人気があるって、どういうことなんだろうね。

 《――ネットの言論では勇ましい発言や激しい物言いが目立ちます。高市早苗首相は「日本列島を、強く豊かに」と訴えて衆院選で圧勝しました》

 強いってどういうことなのかなあ。

 憲法ができた時、僕はまだ中学生だったけども、ああ、これから素晴らしい国になるんだ、軍隊がなくなるなんて驚くべきことをこの国はやるんだ、という爽やかな解放感があったなあ。食うや食わずの食糧不足の時代だったけど。

 特に憲法の前文を読んでいると、あの時代の思いが込められていることが匂ってくる。それは何も間違っちゃいないと思います。

 《――その憲法を変えようという動きもあります》

 世界一優しい国になることが、どうしていけないんですか。世界中の国々が日本の意見を聞こう、日本の外交方針を知ろうと、そういう国であってほしいし、その条件を持っているんだけど。

 《――ネットが広がり、誰もが世界中に発信できるようになる一方で、不安や憎悪をあおるSNSの問題が指摘されています》

 発信できるから良い、けれど……、という議論の立て方でいいのかどうか。どこかおかしいですね。誰もが発信できるという考え方は、正しい筈(はず)なんだけどな。

 チャプリンの映画「モダン・タイムス」では、労働者の食事時間を節約するために、主人公が飯を食いながら仕事をする機械の実験台にさせられる。20世紀における科学技術の発達の行き先がどうなるか、という不安を語っていたわけです。

 原子爆弾の開発と苦悩を描いたクリストファー・ノーラン監督の映画「オッペンハイマー」もとても印象に残っています。AI(人工知能)の発明も、人類が両手を挙げて祝福するというわけではない。そういう祝福されない科学技術の発達の延長線上にSNSの罵詈雑言のようなものもあるんじゃないのか。

半世紀前の「予感」

 《――寅さんが今の世の中にいたら、どんな映画になったでしょうか》

 寅さんの映画は、葛飾柴又という地域社会と、団子屋という家庭のコミュニティーがあり、そこへ愚かしいほどフリーな人間の寅さんが帰ってきて、俺も一員だぞと言って不都合が起きてしまう。でも、この家の人たちはみんな賢いから、懸命に寅を仲間にしようと苦労する。

 観客は見ながら、かつてそういうコミュニティーがあったな、それが人間の暮らしだったなと、胸が痛くなるほど懐かしくなる。そういう映画だったんだと思うね。

 半世紀前、1世紀前は、それが日々の暮らしってものだったんだ。買い物に行くと、お豆腐屋さんがいらっしゃい、と声をかけ、なじみの魚屋さんが包丁で魚をさばいてくれる。それが生活だった。

 《――リアルコミュニケーションですね》

 コミュニケーションという言葉を僕がはじめて聞いたのは1960年代、寅さんが始まったころです。撮影所に見学に来た日系2世の人が、「近頃、アメリカでコミュニケートという言葉がはやっているんですよ」という。

 へえと思ったのは、家族なり近所の人なり友だちなりと付き合うのは、人間の暮らしの中でごく当たり前のことなんだけれども、それをわざわざ「コミュニケート」という言葉で取り上げるようになったんだなと。こういう印象でした。

 ということは、これからは人と人とがつながるのは難しくなっていくのかなあと。あるいは、つながり方で苦労するようになっていくのかなあ、あるいは、つながり方でいろんな商売ができたりするのかなと。

 いまコンビニに行くとお金は機械に入れなきゃいけない。レストランではタッチパネルで注文する。「いらっしゃい。おばあちゃん、病気治った?」なんていうお店の会話は消えています。

 だから、渥美さんのような優れたコメディアンがいても、いまの日本で喜劇はなかなか成り立たない。地域と家庭のコミュニティーが崩れちゃっているから。警備システムのマンションじゃだめなんですよ、寅さんの世界はね。

山田洋次監督

 やまだ・ようじ 1931年生まれ。大阪府出身。東大法学部卒。助監督として松竹入社。「男はつらいよ」シリーズ、「幸福の黄色いハンカチ」「学校」など作品多数。昨年は最新作「TOKYOタクシー」が公開された。2012年に文化勲章を受章。

映画「男はつらいよ」

 映画「男はつらいよ」 渥美清演じる主人公の車(くるま)寅次郎が、故郷の東京・葛飾柴又や日本各地を舞台にマドンナとの恋愛模様を繰り広げ、騒動を巻き起こす人情喜劇。妹さくら役に倍賞千恵子。1969年公開の第1作から2019年の第50作まで制作された。

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この記事を書いた人
小池淳
阪神支局長
専門・関心分野
災害、地方政治

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