ランチュウの表記「⿰魚蘭䲖」について
観賞魚として名高い金魚、その品種の一つに「ランチュウ」がある。背びれがなく、全体的にずんぐりとしていて、頭部がコブに覆われているような見た目をしている。ピンとこない人は同ワードで検索していただければ、まあ一見したことはあるはずである。古くは「らんちう」と書かれ、『類聚近世風俗志』(江戸後期)には「京坂これを蘭蟲と云らんちうと訓ず」とあり、また『金魚養玩草』(1846)には「卵蟲魚」とあり、「蘭蟲」「卵蟲」という何とも当て字感満載のけったいな表記が見られる。
太田和(2021)は、「らんちう」の語源は背びれのない金魚の分類を指す中国語「蛋種」の南方音が由来ではないか、との考察を示されたことがあり、外来語であったため表記が安定しづらかったことが窺える。
さて、時代が進むと、一応の定着を見せ始めた表記「蘭鑄(蘭鋳)」が出現する。鋳造などの鋳である。蟲よりは印象が良いかもしれない。
「蘭鑄」あるいは「蘭鋳」の表記を用いるものの例(デジコレから抽出)
前田邦寧『金魚の飼養 : 実験図解』(1906)
妹尾秀実 等『日本魚介類図説』(1908)
鹿野化骨『魚鳥家畜の飼養』(1909)
白木正光、秋山吉五郎『金魚とその飼ひ方』(1926)
上武豊太郎『金魚愛玩草 : 郡山金魚の飼ひ方』(1929)
斎藤正之『金魚の飼ひ方 : 輸出金魚の育成』(1930)
新潟県水産試験場『農家の副業的養魚法 下』(1931)
中平義次『本邦産重要魚介藻字画引名彙』(1932)
青木三雄『養魚の科学 : 実地指導』(1942)
岸浪百草居『魚に会ふ : 随筆』(1947)
中には岡田弥一郎『日本魚類図説』(1935)の「蘭鑄(卵蟲)」のように併記するものや、『林芙美子短篇集』(1940)のように「蘭蟲」の表記もまだ見られるが、おおむね明治以降は「蘭鑄」が主流になっていたと言って良いだろう。
そんな中、「蘭鑄」の鑄を魚偏に改編した「蘭䲖」が見え始める。
「䲖」は大きい魚を意味する漢字であるが、ここでは「鑄」の偏を魚に置換した結果同形になってしまったと見るべきであり、衝突と言える。
更にこれではバランスが悪いと感じたからか、「蘭」に魚偏を付けた「⿰魚蘭」も同じ時期くらいに確認できる。
この「⿰魚蘭」は管見の限り漢字に確認できず、かくして日本オリジナルの字を含んだ「⿰魚蘭䲖」が誕生した。
この字は現在でもしっかりと生きており、例えば植物のツバキの品種の一つにこのランチュウを冠したものがあり、それを紹介している園芸ブログ「三河屋ケンジさんの園芸日記」では、タグにこの「⿰魚蘭䲖」を使用しているのが確認できる(2026.2.3閲覧)。
また、台湾の企業である紳堡企業股份有限公司が販売するランチュウ用のエサのパッケージに、この「⿰魚蘭䲖」が使用されている。
以下の企業ホームページで、商品検索欄に「蘭壽」と打ち込めばヒットする。
かつて中国で、ブドウが「蒲陶」や「蒲萄」の表記がある中で最終的に「葡萄」に収束し、ホウオウが「鳳皇」から「鳳凰」になったように、この手の熟語は見た目が揃う字体に変化していく傾向がある。
此度の日本においても、外来語由来の日本語「らんちう」を当て字で表記するところから始まり、最終的にある種の美的意識から「⿰魚蘭䲖」を生ぜしめたというのは、興味深い現象である。
サムネイル:『博物館魚譜_金魚』(https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0050298)


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