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なぜ日本の管理会計はFP&Aになれずにブルシット化してしまうのか(12,664字)

本記事では以下のポストを深掘りします。

1. FP&Aをいれれば会社は変わるのか?

近年、FP&A(Financial Planning & Analysis)を導入するという話を耳にする機会が増えてきました。日本の管理会計と比べると、FP&Aが「経営のビジネスパートナー」になることを志向しているのに対し、日本では「説明責任を果たすこと」を主な目的としているケースが多いように感じます。

そういった流れの中で、特に日本企業において、FP&Aが魔法の装置のように語られがちなことに関して強い違和感を抱いています。残念ながら、少なくとも私の身の回りでは、FP&Aに名前を変えただけで、その内実はただの日本的な管理会計部署と何ら変わらないケースが少なくありません。

本記事では以下の立場のもと、なぜ日本のFP&A導入において、期待されたほどの変化が起きていないのかについて検討していきます。

◼️本記事のスタンス
・FP&Aそのものを否定するつもりは全くありません(むしろ最終的には推奨したい)
・ただし、日本企業で語られるFP&Aには強いズレを感じています

2. 日本企業で観測されるFP&A導入の違和感

日本の伝統的な企業でFP&A導入の議論が始まるとき、まず集められるのは、事業管理や経営企画など、いわゆる管理会計を専門としてきた人材であることが多いでしょう。加えて、経理や財務のメンバーが参画するケースも少なくありません。

それ自体は自然なことです。数字に強く、経営管理に携わってきた人材が中心になるのは当然とも言えます。

ここで一度、FP&Aの一般的な定義を整理しておきます。基本的には以下のような考え方に基づいているといって差し支えないでしょう。

FP&A(Financial Planning & Analysis)とは、CFO直下に配置され、事業部門と密接に連携しながら、将来予測、シナリオ分析、資本配分の検討などを通じて経営意思決定を支援する機能を指す。経営の「ビジネスパートナー」としての役割を担う。

筆者作成

従来の日本的な管理会計が「集計・報告」に軸足を置いてきたのに対し、FP&Aは「意思決定への関与」に軸足を置きます。要は、単なる予算管理や実績分析の機能ではないよ、ということです。この違いは比較的(頭では)わかりやすい部分かと思います。

しかし実際の導入プロジェクトでは、往々にして議論の方向性がずれていくのです。多くの場合、「既存業務を効率化し、経営管理を高度化する」というスローガンまでは掲げられます。ところが、具体策に落ちた瞬間、テーマは次のようなものに収斂しがちです。

・デジタル化による業務効率化
・外注による人員削減
・管理部門のスリム化 など

つまり、「どれだけコストを削減できるか」「どれだけ人を減らせるか」という議論が中心になります。

もちろん、コスト削減効率化は重要です。しかしそれはFP&Aの本質ではないはずです。

この背景には、人材のキャリア的な性質・特性もあります。経営企画や管理会計、経理・財務畑でキャリアを積んできた方々は、固定費削減やコストコントロールに軸足を置いた考え方をするケースが多いのです。なぜなら実際のビジネスのことは基本的に事業部の方が詳しい上に、現場経験にも乏しいからです。既存のマネジメント層も同様のバックグラウンドを持つケースが多く、結果として議論がこのような守りの方向へと収束しやすいのです。

こうして、本来のFP&Aとの乖離が生まれます。

本来のFP&Aは、事業部門と並走し、将来を見据え、経営の意思決定に主体的に関与する機能です。一方で、日本企業におけるFP&A導入は、しばしば管理会計の効率化プロジェクト、あるいはコスト削減施策に矮小化されてしまいます。手段が目的化してしまうのです。

また、仮に議論がコスト削減に留まらなかったとしても、そこで語られるのは、

・KPIの再設計
・ダッシュボードの整備
・予実分析の粒度向上

といったテーマに留まることが多いのが現実です。

しかし、KPIやダッシュボードはあくまで手段です。それらを通じて何を意思決定し、どのように事業の打ち手を変えるのかまで踏み込まなければ、FP&Aとは言えません。

事業責任者の意思決定プロセスや議論の質が変わらないのであれば、それは管理会計の延長線上に過ぎません。

FP&Aという言葉だけが輸入され、中身は従来の管理会計のままとなっているケースが散見されるのです。これが、日本企業で観測されるFP&A導入の典型的な構図となっているかと考えます。

3. 管理会計は悪者なのか?

ここまで、FP&Aは管理会計の延長線上にあるものではない、と述べてきました。

では、そもそも管理会計とは何なのでしょうか。
財務会計との違いの観点から、一般的には以下のような定義が考えられるかと思います。

管理会計とは、経営者の意思決定や組織内部の業績測定・業績評価に役立てることを目的として作成される会計情報を指す。
これに対して財務会計は、株主や金融機関などの外部の利害関係者への報告を目的として作成される会計情報であるといえる。

筆者作成

一方で、私は、日本的な管理会計の実務を、WorstやWorseの状態をNormalな状態に戻す作業だと捉えています。

つまり、経営的によろしくない状態を、一定の水準に引き戻すための営みです。

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日本的な管理会計のイメージ(筆者作成)



予算で合意した固定費の値を簡単に超えられては困ります。在庫も同様です。地味な作業かもしれませんが、予算を超過したときに事業部へ「なぜですか?」と問い続けることで、次第に「在庫は不用意に増やしてはいけない」という共通認識が生まれます。

このように組織をコントロールすることは、実は重要なことです。

それは単なる数字の管理ではなく、最低限の組織としての健全性を維持する機能とも言えます。そして、この機能の重要性自体は、今後も変わらないと私は考えています。誰かが規律を担い、逸脱を抑えることでビジネスの安定性が増すのであれば、それはやはりやるべき仕事です。

ただし、ここからが本題です。

現在の日本的な管理会計の姿は、高度経済成長からバブル期にかけて形成された「経路依存」の影響を強く受けている可能性があると私は考えています。

経路依存とは、過去の歴史的な選択や制度設計が、その後の選択肢を強く制限してしまう現象のことです。ある時点では合理的だった仕組みが、制度や評価基準、人材育成のあり方として固定化され、環境が変わっても簡単には変わらなくなる現象です。

日本企業の管理会計も、この経路依存の影響を受けているのではないでしょうか。

高度経済成長期(1950年代中盤から1970年代前半)の日本は、市場も人口も右肩上がりでした。需要が拡大し続ける環境では、どの事業にリソースを集中するかという精緻な資源配分よりも、大きな失敗をしないことの方が重要だったことは、容易に想像できます。

だからこそ、コストを統制し、当初の方針や予測から大きなズレが生じていないかを把握する管理機能が極めて重要だったのだと認識しています。

しかし、その設計が大きく見直されないまま固定化されたことに問題があります。

1990年代のバブル崩壊後には人員削減が進み、管理会計人材を含むコーポレート部門の人員も減少しました。ファイナンス部門はグローバル化する会計制度対応に追われ、管理会計業務は事業部や各拠点へと分散していきます。

その過程で、本来は会社全体のものであるべきデータが、各部署の中に閉じていく現象も強まりました。現場からすると、生産効率や原価などを他拠点と比較されると都合が悪いこともあるため、あえてデータを開示せず、ブラックボックス化するのです。

そうした行動が、一部の現場では合理的な選択として行われてきた側面もあります。他部署との交渉を優位に進めるための材料としてデータを自部署で抱え込むケースは、実際に多くの日本企業で観測されるはずです。

こうして、当初方針とのズレを追っていくスタイルの管理会計と、分散・サイロ化したデータ構造が併存する状態が固定化されていきました。

しかし、いまの日本企業を取り巻く環境は、当時とは大きく異なります。市場は必ずしも伸び続けず、人口は減少し、競争は激化しています。

求められているのは、失敗しないことだけではないはずです。

どこにリソースを投入するのか。どこから撤退するのか。どれだけのリスクを許容するのか。そうした意思決定の質こそが問われています。

にもかかわらず、管理会計の評価軸は、依然として方針(特に予算などの数値)とのズレがないかに軸足が置かれがちです。その結果、未来を構想するよりも、過去の実績との差異を淡々と説明することに時間が費やされます。

日本的な管理会計は、かつては合理性を持ち、組織を支えてきた機能だったのだと想像します。

ただし、環境が変わったにもかかわらず設計が変わらないのであれば、次第に惰性へと変わっていってしまうのではないでしょうか。

4. ブルシットジョブ化する管理会計

現在の日本企業を取り巻く事業環境において、既存の管理会計業務の多くは、ブルシットジョブ化していると言わざるを得ない側面があります。

ブルシットジョブとは、従事している本人でさえ「この仕事に本当に意味があるのか」と感じながらも、組織の慣習や体裁によって存続している仕事を指します。

ブルシット・ジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている。

デヴィッド・グレーバー著,
『ブルシット・ジョブ-クソどうでもいい仕事の理論』

管理会計に携わっている方であれば実感があると思いますが、業務の大半は数字の集計と報告です。月次で会社全体、事業別、拠点別など管理単位ごとに数値を集計し、予算との差異を確認し、その原因を分析します。

もっとも「分析」と言っても、最終的には事業部や現場に詳しい担当者へ確認することが中心になります。確認を受ける側からすると、仕事を増やされている感覚を持つことも少なくありません。それでも、この差異をきちんと拾い、整えていく営みこそが、管理会計人材のスキルとして評価されてきました。

集めた情報の中から、マネジメント層に報告すべき事象と、そうでない事象を選別し、可能な限りストーリーとして整えた形で報告資料に落とし込みます。

たとえば「予算未達でした」とだけ報告するのではなく、「販売数量は予算を上回ったものの、原材料価格の高騰により営業利益は未達となりました」といった形にまとめます。このようなストーリーをマネジメントに上げるまでに何層ものチェックが入り、表現や構成が修正されていきます。

リスク情報については、必ずしもすべてが記載されるわけではありません。どこまでを報告し、どこからを見送るかは、管理部門側でスクリーニングされます。多くの経営者向けの書籍では「マネジメントは現場に足を運び、実態を自らの目で見よ」と説かれますが、実務上はその逆のことが起きています。管理部門が情報を絞り込んで報告資料を作成するのです。

では、管理部門がマネジメントのために絞った情報とは何でしょうか。

それは、必ずしも客観的な基準だけで決まるわけではありません。管理部門の担当者が、各種会議に参加し、関係者の発言や力関係、組織内の空気を読み取りながら判断していきます。
結果として、管理会計担当者が価値を出す手段が、次第に社内政治の理解へと収束していきます。

たとえば、「このテーマは別の会議で議論中だから、今回は触れない方がよい」「この役員はこの論点に敏感だから、表現を調整しよう」といった判断が日常的に行われます。こうした配慮ができることが優秀な管理担当者として評価される場面も少なくありません。

さて。

このような状態を「ブルシット」と言わずに何と呼べばよいのでしょうか。

ちなみにBullshitは英語のスラングで「牛の糞」という意味です。ひどいですね。

もちろん、報告を整えること自体が無意味だと言うつもりはありません。しかし、それが企業の利益に十分に結びついていないのであれば話は別です。

社内政治に精通していることが評価され、「自分は管理に強い」と語る人が現れます。ときには事業部側ですら、報告をうまくやり過ごす技術を競うようになるのです。本来向き合うべきは市場や顧客であるはずなのに、エネルギーの多くが組織内部の調整に向かっていきます。

これが多くの日本企業で見られる管理会計の一側面です。

では、このようなこと(日本的な管理会計)の延長線上に、ビジネスパートナーとしてのFP&Aは存在しているのでしょうか?

5. 問題は人なのか?構造なのか?

日本的な管理会計がFP&Aになれないのは、人の問題なのでしょうか?それとも何か構造的な問題があるのでしょうか?私はどちらにも問題があると考えています。まず人の問題から整理します。

1. 人の問題

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なぜ日本の管理会計はFP&Aになれずにブルシット化してしまうのか(12,664字)|Takashi Fukishima
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