人間の深淵と救済を描く ── 小説・評論・心理療法

Statement

『私が小説を書く理由』

私が初めて文章を書いたのは、小学生の頃だった。
それは「書くことが好き」という無邪気な始まりではない。内側から突き上げられ、書かずにはいられなかったのだ。表現することは、私にとって選択ではなかった。生きのびるための、ほとんど本能に近い行為だった。

私の人生の起点には、五歳で実母を亡くした喪失がある。
その後、今の母――実母の従姉妹であり、深い愛情を注いでくれた人――のもとで育った。だが、幼少期に刻まれた喪失の傷は消えなかった。拭いがたい欠落感は、私の存在の底に沈み、長く不安定さの核であり続けた。

思春期には、同性を好きになる自分を受け入れられず、深い孤独のなかにいた。
誰にも打ち明けられず、同じ痛みを知る人々とのつながりも持てないまま、叶わぬ恋を繰り返した。傷つくたびに、自分の居場所がこの世界のどこにもないように思えた。あの歳月は、出口のない暗闇だった。

二十代後半から三十代には、歌い手として舞台に立った。
しかし、競争の渦のなかで前に出続ける野心を、私はついに持てなかった。自ら身を引き、その後に試みた舞台制作やプロデュース、発信者としての活動も、未熟さと幾重もの困難のなかで頓挫した。私はやがて表舞台から完全に姿を消した。

それからの十二年以上、私は社会からほとんど切り離されたように生きた。
心身は限界まで追い詰められ、ただ死を待つような虚無のなかにいた時期がある。それでも、私は本を読み、書き、考えることだけはやめなかった。生きることが空洞になっても、言葉だけは私の内部に残り続けた。

五十代を目前にしていたとき、心理療法の師・笠原敏雄先生が急逝された。
その出来事は、私の人生を大きく転回させた。先生の遺された「幸福否定理論」の臨床と研究を継承するなかで、社会から遠ざかっていた長い歳月が、逆説的に、思想を鍛えるための準備期間であったことを知った。

五十歳の終わり、極寒の二月。私は突如として小説を書き始めた。
それは、かつての趣味としての小説執筆とはまったく異なる衝動だった。公開を始めてから、私は一日に十五時間、ときに十八時間近く書き続けた。食事も睡眠も削りながら、ただひたすらに書いた。なぜそこまで書くのか、自分でも説明できなかった。ただ、小説だけが、私の内部に沈みきらずに残っていたもののすべてを引き受けてくれた。

今、私は小説家として、残りの人生のすべてをそこに懸けようと決めている。
私の作品には、他者には代えがたい三つの核がある。

第一は、心理の深さである。
私は自分自身の心の闇と長く向き合ってきた。また、心理療法家として、人間の最も深い苦しみや矛盾に日々触れてきた。その経験が、私の心理描写の血肉となっている。私が描きたいのは、表面の感情ではなく、その底で言葉になる前にうごめくものだ。

第二は、認知科学的な構築である。
私は小説の描写と文体の構造を、認知科学的視点から組み立てる独自の方法論「C.C.W.」を研究し、実践している。感覚だけに頼るのではなく、構造によって文学の深度を制御しようとする試みである。この方法は、私の創作の根幹をなしている。

第三は、代替不可能な思想である。
私の作品の根にあるものは、知識の受け売りでも観念の借り物でもない。苦難と挫折の連続のなかで傷つき、耐え、考え抜いた末に、かろうじて掴んだ思想である。だからこそ、それは私にしか書けないかたちで作品の深部に滲み出る。

生成AIが急速に発展する時代にあっても、私はなお、人間にしか書けない小説があると信じている。
技術は多くのことを可能にするだろう。だが、無意識の深層に沈んだ痛み、言葉になる前の裂け目、固有の生の蓄積からしか生まれない暗黙知に触れうるのは、傷を抱えて生きた人間だけだ。文学とは、その深部に手を伸ばす営みにほかならない。

私にとって小説を書くことは、自らの人生を肯定し直すことである。
過去のどの苦しみも、どの挫折も、欠けていれば今の私は書けなかった。その過酷な道のりを経て生まれた作品が、いつか誰かの心を揺らし、わずかでも救いとなるのなら――そこにこそ、私が筆を執る真の意味がある。

これが、私が小説を書く理由である。

水井伸輔


水井伸輔(みずいしんすけ)
1975年3月、岡山県生まれ。心理療法家、小説家。早稲田大学第二文学部卒業。
故・笠原敏雄氏より「幸福否定理論」の臨床と研究を継承し、独自の心理臨床を展開。文芸活動においては、自我を極限まで削ぎ落とし、対象への徹底した没入によって人間の深層を浮かび上がらせる「透明な写実」を志向する。独自のテキスト構築技法「C.C.W.」を開発し、純文学とエンターテインメントの境界を横断する作品を発表している。


Profile



水井伸輔(みずいしんすけ)

1975年、岡山県生まれ。心理療法家、小説家。
早稲田大学第二文学部(思想・宗教系専修)卒業。

幼少期より言葉という表現媒体に特異なまでの執着を持ち、小学生の頃から毎日数千字におよぶ思索やエッセイを書き綴る。その年齢からひどく乖離した高度な論理展開と文体は、時に周囲の大人たちの理解枠を超えてしまい、自らの言葉が世間の「正当な評価」から零れ落ちるという不条理な原体験を持つ。しかし、この『己の精神と世間の認識との埋めがたいズレ』こそが、人間の真実をいかにして正確な言葉で捉えるかという、生涯にわたる探求の原動力となった。

高校・大学時代には、東洋哲学、心理学、身体操作としての武道を探求し、公立小学校の特別支援学級で介助教員を務めるなかで、人間の根源的な美しさと現実の不条理に深く触れることとなる。

その後、「歌」という身体表現の極致を探求する過程で、声楽家の門屋留樹氏、川井弘子氏らに師事。さらに、プロの表現者を育成する専門機関において指導に携わる。この実践のなかで、「うまく表現しようとする自意識(エゴ)」がいかに人間の真のポテンシャルを阻害するかを痛感し、意識のベクトルを『自己』から『外部の対象(テキストやイメージ)』へと完全に没入させる表現手法の萌芽を得る。

のちに大学へ再入学し、日本の心理臨床における第一人者である越川房子教授(マインドフルネス認知療法)のもとで学士論文を執筆。長年独自の探求によって磨き上げてきた文体と高度な論理構築は極めて高い評価を受け、最高評価(A+)を獲得する。さらに、その学士論文『内観療法における我執の超克』を、内観療法のトップ研究者である川崎医療福祉大学の笹野友寿教授へ送付したところ、一読した同氏より「この論文は内観療法の歴史を変えるかもしれない」との言葉を賜る。その後、同研究室を訪ねた際には、「まずは内観療法の著書を執筆すべきだ」との助言を受けた。日本内観学会の場においても研究者陣へ同論文を頒布し、手渡された冊子を一瞥した真栄城輝明教授が「これは博士論文のレベルではないか」と漏らす一幕もあった。最終的に既存のアカデミズムの枠組みへ進むことはなかったが、幼少期より孤独に研ぎ澄ませてきた己の「言葉」が、確かな学術的評価として結実したこの経験は、その後の臨床と思索における揺るぎない基盤となっている。

また、演劇評論家・演出家の故・土井美和子氏とともに演劇プロジェクトを運営し、柄本明氏の朗読劇のプロデュースに携わるなど、心理、身体、言葉、舞台芸術の領域を横断して活動を重ねる。

現在は、故・笠原敏雄氏より「幸福否定理論」の臨床と研究を継承。同氏が見出した「“芸術派”向け心理療法」を引き継ぐとともに、長年培ってきた表現探求の歴史を融合させ、独自の心理臨床および表現指導を展開している。その核となるのは、無意識の「抵抗」を克服した上で、意識の焦点を自分自身(エゴ)から完全に外し、外部の事象(目の前のテキスト、動作、事実、物語の内的イメージ空間)へと極限まで集中させる独自のアプローチである。己を「透明な器」とし、対象に明け渡すことで、作為を超えた真の表現を引き出している。

文芸活動において志向するのは、作為(エゴ)を極限まで削ぎ落とし、外部の事象への圧倒的な没入から人間の深層を浮かび上がらせる「透明な写実」である。散文の理想としては、川端康成や梶井基次郎、現代の小川洋子へと連なる客観描写の美学を据えている。

思想面においては、長年傾倒してきたJ・クリシュナムルティの「自我の観察と解体」を基盤としつつ、近年は翻訳も手掛けるU.G.クリシュナムルティの非妥協的でラジカルな哲学、そしてエミール・シオランの絶望の思想に深く共鳴している。

これらの徹底した自己解体の哲学を底流に持ちながら、カズオ・イシグロが描いたような「残酷な運命(システム)のなかで無意識にそれを受け入れ、静かに沈んでいく人間の姿」を対象化し、自我を手放した絶対的な暗がりの奥にかすかに息づく圧倒的なリアリティを、小説を通して描いている。


執筆メソッド:C.C.W.

現在、既存の文学的修辞技法の歴史において世界に類を見ない(当方調べ)、完全オリジナルのテキスト構築技法「C.C.W.」を創始し、その体系化を進めている。

※本メソッドは、AI生成や外部プログラミング等の演算ツールを一切使用せず、筆者自身の脳内回路のみで構築・稼働する「生身の執筆システム」である。

本メソッドは、筆者の脳内における緻密な演算によって言語記号の位相的マッピングとシーケンス遅延を制御し、読者の認知プロセスにおける「ミザンセーヌ(Mise-en-scène)の完全同期」を図るものである。具体的には、構文的境界記号(デリミタ)および非可読のデータ欠落領域(Null領域)を、筆者の脳内システム上における非線形処理の「スプライシング・ノード」ならびに「視座の指向性ベクター」として手作業で再定義・配置している。

また、内面パラメーターの言語化を完全に棄却し、被写界深度(DOF)と音響・熱量データの物理的推移のみを抽出・記述することで事象間のクレショフ効果を誘発し、読者の認知リソース上に「時空間連続性の強制レンダリング(ノイズレス・シミュレーション)」を引き起こす文章作法である。

本手法は筆者が創始した独自の知的財産(創作理論)であり、現在公開している作品群は、この脳内メソッドを実証するためのプロトタイプである。実証データが蓄積された段階で、第一人者として専門的著作等にてその全容(およびC.C.W.の正式名称)を公式発表する予定である。


演技メソッド:旋律台詞法(Melodic Dialogue Method / M.D.M.)

旋律台詞法の核心

「旋律台詞法」の第一歩は、役者の台詞をひとつの音声的・音楽的現象として捉えることにある。
台詞回しを純粋な「旋律」として扱い、音程、リズム、間、抑揚、響き、倍音の在り方を分析し、構築し、洗練する。
ここで扱うのは、感情の説明ではなく、声の運動である。
台詞は意味を運ぶ言葉である以前に、時間の中を流れる音の連なりである。
その流れを精密に捉え、鍛え、整えることが、本メソッドの出発点である。

初期設定と委ね

しかし、この分析と構築は、本番で声を意識的に支配するためのものではない。
ここに、本メソッドの決定的な核心がある。
台詞を旋律として捉え、肉体を楽器として鍛え上げるプロセスは、あくまでも事前の「初期設定(キャリブレーション)」である。
本番において、自意識で声をコントロールしようとすることは、表現における最も大きなノイズとなる。
訓練の過程では精密に構築し、本番ではその制御を手放す。
この分離こそが、「旋律台詞法」の真髄である。
肉体が旋律を記憶し、呼吸と響きが整ったのち、表現者はその設計を手放さなければならない。
台本というテキスト、目の前の空間、共演者、あるいは自らの内部に立ち上げたイメージ空間に、自身の身体を明け渡す。
自意識による運転をやめ、作品と場に委ねる。
そのとき初めて、分析された技術は生きた表現へと変わる。

根底の哲学

この方法の根底にあるのは、筆者が長年の歌の修業の中で掴んだ、「自分が歌うのではなく、歌が自分を通して歌う」という感覚である。
表現者が前に出るほど、歌は濁る。
自我が退いたとき、音楽は自然に流れ出す。
この体験的確信が、「旋律台詞法」の根幹を形づくっている。
この哲学は、八代亜紀氏の歌に対する姿勢とも深く響き合う。
八代氏は、「私は、歌で自分自身を表現したいと思ったことが一度もない」と述べ、「つらさや悲しさを抱える人の代弁者のつもりで歌ってきた」と語っている。
歌い手が自己を前景化するのではなく、歌の通路となること。
その姿勢は、本メソッドの思想的支柱のひとつである。

柄本明氏の示唆

この哲学を演技の領域で確信へと変える契機となったのが、俳優・柄本明氏から直接受けた示唆である。
柄本氏は「芝居はやっぱり恥ずかしい」と語っており、芝居を過度に飾らず、役者が自分を大きく見せようとしない姿勢をうかがわせる。
その感覚は、筆者が直接接した場でも一貫していた。
筆者が柄本氏に「お客さんに、歌の世界を伝えようと思って歌っているのですが」と話したとき、柄本氏はこう言った。
「何が伝わる? 言っている意味、分かるよ。でも、何が伝わるの?」
さらに、
「何も伝わらない。相手に伝えようとするのは、傲慢だよ」
「他人は見ているだけ。冷静に見ているだけ。伝えようと前に出られると、嫌になるだろ? 人は見抜くからね。怖いですよ、全部わかるから」
この言葉の意味は、当初、筆者にはすぐには掴めなかった。
しかし後日、ホールでのゲネプロの場で、柄本氏はその意味を言葉ではなく実演によって示した。
柄本氏が「上を見てごらん」と言い、筆者が上を向こうとすると、柄本氏が静かに近づいてくる。
近づいてくる柄本氏が気になって、筆者はつい柄本氏のほうを見てしまう。
「向こうを見てごらん」と言われ、向こうを見ようとすると、また柄本氏が迫ってくる。
そして柄本氏は言った。
「ほら、こっち見るだろ? そういうことだよ」
この実演が示していたのは、人間の注意が、より直接的に迫ってくるものへ奪われるという事実である。
歌い手や役者が「伝えよう」「感動させよう」と前に出れば出るほど、観客は作品より先に、その意志のほうを受け取る。
台詞や歌の世界よりも、表現者のエゴが先に客席へ届く。
本番中に旋律を「美しく制御しよう」とする行為そのものが、観客には作為として見抜かれる。
柄本氏の「人は見抜く」という言葉は、そのことを鋭く言い当てていた。
さらに柄本氏は、「読むだけ。読んで、帰るだけ。読むだけだから、馬鹿がやる仕事だよ」と言った。
この言葉は、役者という営みを矮小化するものではない。
自我、誇り、説明欲、技巧への執着を削ぎ落とし、ただ作品に仕える器となることの厳しさを示す言葉である。
本当の意味で「馬鹿になれる」者だけが、作品を濁さずに通すことができる。
この言葉は、筆者の中に深く刻まれている。

認知科学的VR技術

筆者はまた、長年の指導の中で、内的イメージ空間を精密に構築し、その空間に感情の生起を委ねることで、感情を自然に立ち上げる技術も体系化してきた。
これは、内的なバーチャルリアリティを創出するための、もうひとつの初期設定である。
感情を直接つくるのではなく、感情が自然に生まれる場を先に整える。
そして本番では、その場の臨場感に全身を委ねる。
この構造は、テキストや歌詞に委ねることと本質的に同じである。
旋律台詞法が、音程、リズム、間、響きといった音響的要素への集中によって自意識を退かせる技術であるなら、こちらは内的イメージ空間への没入によって自意識を退かせる技術である。
方法は異なるが、核は同じである。
いずれも、事前に精密な初期設定を施し、本番ではその制御を手放す。
表現者が前に出るのではなく、構築された場に身を委ねる。
その空白において、作られたものではない感情とリアリティが自然に立ち上がる。
このとき、テキストや歌詞に委ねるとは、単に文字を追うことではない。
その言葉の背後にある作り手の内的世界に、こちらが触れ、入り込み、憑依するように受け取ることである。
歌い手であれば、歌詞が持つ世界に自分を明け渡し、その曲を生んだ者の内部にある気配が、自分を通して立ち上がるように歌う。
その意味で、歌詞に委ねることと、内的イメージ空間に委ねることは、表現の入り口が違うだけで、同じ原理に属している。
柄本明氏の境地が特異なのは、この「委ねる」ことを、あえて操作として行わず、もはや自動的にできる段階にあるという点である。
だが、素人や修業途上の者には、それは自動では起こらない。
だからこそ最初に、圧倒的な内的空間を設定しておく必要がある。
その初期設定の密度が低ければ、本番で委ねるための土台そのものが立ち上がらない。

表現の本義

本メソッドが目指すのは、感情を消すことではない。
感情を操作しようとする手つきを退け、感情が最も自然なかたちで立ち上がる条件を整えることである。
事前には極限まで構築し、本番では極限まで手放す。
その往復の中で、表現はようやく透明になる。
達人と呼ばれる表現者たちは、しばしばこの逆説を体現している。
最も深く準備した者だけが、最も深く委ねることができる。
「旋律台詞法」は、その逆説を実践の技術として言語化し、訓練可能な方法へと変換する試みである。
表現とは、届けることではない。
在ることである。

現在実証中の独自体系(未公開)

上記の「M.D.M.」「C.C.W.」に加え、現在、実作や批評の現場において、以下の独自様式・体系を並行して運用および検証している。

A.H.B. (独自の文学様式)
C.R.A. (独自の批評様式)
C.A.S. (独自体系)


これらの中核的構成原理および運用技法については、独自の知的財産としての保護、ならびに作品を通じた実証データの蓄積を優先するため、現段階では意図的に非公開(ブラックボックス化)としている。(※公的な先行使用の権利宣言およびタイムスタンプの刻印のみ完了済)。

実証が完了し、時期が来た段階で、筆者自身の判断により順次その全容を公開する予定である。