「っ……」
独房を開けると、まず香ってきたのは、胸糞の悪くなるような凄まじい悪臭である。
それは、死臭ではない。
糞尿の強烈な臭いだ。
張り番がいないのでは、掃除もそう頻繁ではないだろう。
この仕打ちは、誇り高いエルフの心を折るためだろうか?
不衛生な環境が、ときに、恐ろしい病を生むことを大勢の錬金術師が指摘している。
遥か古の時代――星環暦が刻まれる前の暗黒時代、コレラやペストなどと言われる病は、不衛生が原因と言われていたのだ。
いまでも局所的にそれが起こるのだが、大抵は、衛生環境の悪い場所で発生する。
心が折れるのが先か、病で斃れるのが先か。そんな、危うい賭けである。
エルフの女は、部屋のベッドにいた。
足かせの鎖が、壁に縫い付けられている。
美しい蜂蜜色の髪は、汚れと脂でベタついており、着させられているボロ服は、何色かわからないような有り様だ。
しかし。
その目は――まだ生きる意志を宿していた。
伏して、床を睨み、噛み締めて。
生きるための炎に、たえず、薪をくべている。
「おい」
エルフの女が顔を上げる。
「生きる気はあるか」
小さく、頷いた。清冽な、見つめているだけで大火傷しそうなほどの眼光が、そこにある。
自分はなぜこんな問答をしているのだろうか。
このエルフを助けて、俺は、何をなそうとしている。
偽善か、罪滅ぼしか、打算か?
それとも、なにかの――シンパシーでも感じたのか?
「なら、黙って盗まれてくれ」
ラグはそう言って、鎖の付け根の部分の板を、ナイフでえぐっていく。
板を外し、そして鎖の金具を切っ先でねじって外してやった。
これで、一応は自由の身である。
「よせっ、そのエルフを手に入れるのにどれだけの苦労をしたと思っている!」
「知るか」
ラグは興味なかった。タジラードの野望も、その先の展望も、そこへ至る狂気にも。
ただ――奪うだけの自分に辟易していた。
与える側に立ちたい。それが、このエルフを救う理由である――と、そう思った。
「その、エルフは。フリエはな、故郷を焼かれ、蹂躙されたのだ。山賊にな。わかるか?」
フリエは、両手でラグの外套をぎゅっと握った。
その時の光景がまざまざと浮かんだのかもしれない。
ラグの瞼の裏にも。
魔物に蹂躙された、故郷が――。
「それもこれも、この私が、この王国を乗っ取る布石! いいか、私にひざまずくべきなのだ、この世のすべ――てッがぁぅっ」
ラグの拳が、今度は加減なく、タジラードの鼻面を潰す。
「いくぞ」
フリエの手を引いて、歩き出した。
しかし。
タジラードはしぶとかった。
「げへっ、かはっ――へっへ、へへ……なあフリエぇ。お前の故郷を襲った連中に、銃をながしたのはなあ、私なんだよ」
「――――っ」
フリエの目が見開かれた。
「魔法を、見せておくれ。一度でいいから、見てみたいんだ、本物の魔法を」
フリエの枯れた喉が震えた。
「よせ。乗るな」
ラグは止めた。
だがフリエはもう、その魔法力を解き、練り上げつつある。
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「
第5盗 炎と、月と
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