コラム・寄稿

重なった視線、予感した引退 錦織圭が全豪で見せた、全盛期との違い

稲垣康介
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 今季限りでの引退を発表した錦織圭(36)=ユニクロ=を4大大会の会場で最後に見たのは、今年1月にあったテニスの全豪オープンだった。

 もっとも、試合でコートを駆け回る姿は見られなかった。予選1回戦の当日、右肩の痛みを理由に欠場した。

 前日の練習を終えて引き揚げる時、全盛期の錦織との違いを感じた。

 珍しく、彼と目が合った。

 世界ランキングのトップ10が「指定席」だった頃、いや、18歳で4大大会に出るようになった当初から、大会モードに入った際の錦織は冷徹だった。

 両親やコーチ、トレーナーらスタッフ以外、まるで視界に入っていない――。そう振る舞うのが常だった。心を研ぎ澄まし、試合に向けて集中を高めていく。普段はほんわかムードで接してくれる好青年は、大会にはいなかった。

 女子ダブルスの青山修子もかつて言っていた。

 「錦織君は試合当日だと、声なんか絶対にかけられない雰囲気がある。近寄れないオーラがあります」

 しかし、今年1月の全豪は違った。

 19歳の坂本怜(IMG)の練習相手という気楽さもあったのかもしれない。目が合う瞬間があり、練習中は笑顔ものぞいていた。

 2022年の股関節の手術以降、錦織はあらゆる箇所の痛みに襲われてきた。引退が脳裏をよぎったことが幾度もあったという。

 常に張り詰めた気持ちでいたら、心が折れてしまうのかも。錦織と重なった視線は、そんな想像を誘った。

 16年ぶりとなるはずだった4大大会予選は結局、試合直前に欠場を決めた。

 この時、世界ランキング237位。全豪後に発表されるランキングでは昨年の2回戦進出で獲得した50ポイントが消え、300位近くまで落ちるのは確実だった。主催者推薦枠をもらえなければ、4大大会の予選への出場すら厳しくなるランキングだ。

 欠場した選手は大抵、さっさと会場を後にする。だから、会場で錦織のコメントを取ることはできなかった。

 少し消沈気味に記者仲間2人と夜のメルボルンの繁華街に出た。日本の選手たちもよく通う大衆的な中華料理店に向かった。

 店のドアを開けると、中で錦織がチームスタッフらとテーブルを囲んでいた。

 負けるとホテルの部屋に閉じこもり、ルームサービスで済ませていた20代前半の頃と違い、談笑して気分転換を図る36歳の錦織に会えた。

 どこかホッとした気持ちとともに、世界の猛者たちと渡り合っていた時代の錦織を懐かしく思い返した。

 もしかしたら、引退はそう遠くないかもしれない。そんな寂しさとともに。

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この記事を書いた人
稲垣康介
編集委員
専門・関心分野
スポーツを「窓」に日本、国際情勢など社会について考察すること

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