<interview>

textur3 features vol. 3|君島大空



1995年生まれ。2019年の1st EP『午後の反射光』を機に活動を本格化させ、これまでに4枚のEP、2枚のアルバムをリリース。5度のフジロック出演を経て、2026年1月には東京ガーデンシアターでの単独公演を成功させるなど、自身の美学を貫きながら着実にその歩みを進めてきた。

ベッドルームで途方もない時間をかけて研ぎ澄まされたその響きは、いつか置き忘れてしまった無垢な記憶を不意に呼び覚ます。それは単なる懐かしさではない。消えかかっていた光景の輪郭が、木漏れ日のように鮮やかに結び直され、心の奥底で大切な何かが再び息を吹き返すような体験だ。
一方、ひとたびステージに立てば、緻密な構築を自ら突き破るように、身体性を閃光のごとく放っていく。かつての葛藤さえも自由へと反転させていくような、しなやかで力強い呼吸。相反する衝動を抱えたまま変容し続けるその姿は、心地よい異質感とともに、聴く者の心を静かに解き放ってくれる。

そして今、約3年ぶりとなる3rdアルバム『花落知多少』を携え、彼は新たな地平へと踏み出す。

世界が深い霧に包まれたような数ヶ月でしたが、この対話を届ける準備が整いました。
音楽家・君島大空、初の海外メディア独占インタビュー。
ストイックなまでの渇望の果てに、彼の意識の深層で静かに息づき、今この瞬間もスケッチし続けられている音のイメージ。その先に広がる景色を、textur3 は辿ってみた。


(2026年1月 実施 / 2026年4月 公開)











君島大空:
私の音楽を強いて一言で言うなら
“呪い”だと思います。




君島大空 合奏形態 ZEPP HANEDA. photo by kana tarumi
音楽的なルーツ、そして楽器との関係性



textur3:ご自身の音楽ルーツを辿る上で、最も初期の記憶に残っている音や楽曲は何ですか?またその後、現在に至るまでのリスナーとしての変遷や、重要なターニングポイントとなったリスニング体験があれば教えてください。

君島大空:両親と両親の友人の聴いている音楽だと思います。父はTom Waits、RCサクセション、 加川良など母はAOR全般、ハードロックなどが好きで家の中や車の中にかかっていたものを自然に吸収していました。  
子供らしい遊びをしない子供だったので、音楽のことばかり調べたり聴いたりしていました。
YouTubeで調べてみたり、ディスクレビューをしているサイトを閲覧してみたりする上で北欧の電子音楽やシカゴ音響系、アルゼンチン音響系、などに行き当たってそこから枝葉が分かれて行きました。でもそもそもギタリスト志望なので、中学生の頃に聴いたスーパーギタートリオのFriday Night in San Francisco、Dream Theater、Guthrie Govanなどに衝撃を受けてギターを弾く引きこもりになっていきました。




textur3:とあるインタビュー記事で、お父様に言われて「毎年ジョン・レノンの命日に最寄り駅の駅前で弾き語りをしてた」というエピソードが語られていました。小学校高学年から中学3年生まで続いたその期間の中で、演奏内容、そしてご自身の心境、どのように移り変わっていき、その後のライブパフォーマンスにどういった影響を与えたか、教えていただけますか?

君島大空:最初の弾き語りは、本当に緊張しました。消えてなくなるかと思いました笑  
演奏内容の変化で言えば、中学3年生の頃はポータブルのアンプとエレキギターを手に入れていたので、駅前でチックコリアのスペインをソロギターで弾いていましたね 笑  
同級生も来てたけど、なかなかシュールなものだったと思います。今に繋がるものでいうと、人前に気軽に立てる気質はこの頃のおかげだなと思います。人前で演奏する時に緊張しません。




textur3:ギターとの関係についてお伺いさせて下さい。  
Ariaの子供用ギターから始まり、そしてエレキギターへと至るまで。ギターとの歩みの中で、君島さんにとって、ギターとはどのような存在なのか、また楽器に対して、意識の変化っていうのはありましたか?それから、受動的な練習から能動的な創作へと移行していく過程で、ご自身の感情だったり、想いというのは、ギターにどれほど乗せられてきたのでしょうか?


君島大空:今でこそトラックメイクや音楽全体のデザインなどにフォーカスして自分の音楽を作ることが生活の中で当たり前になっていますし、それぞれをとても尊いものだと思って接していますが、それ以前の自分にとってギターとは人生で唯一没頭できるものでした。そしてそれは未だに変わりません。エレキギターもガットギターも僕にとっては同じです。体の延長であり、自身を映す鏡のようであり、人と会話をする為の道具です。



2024/11/30 SHIN-ONSAI 2024 photo by @room0703_


textur3: 時間の経過と共に、お父様の楽器への関わりだったり、お母様のAORへの嗜好といった具体的な音楽的影響は薄れてきたかもしれないですが、何か抽象的、あるいは精神的な側面が、今の君島さんの音楽の根底にあったり、また両親から実は受け継がれていて、印として息づいているのか、お聞かせいただけたらうれしいです。

君島大空:最近、自分のルーツを見つめるために少しずつ子供の頃に聴いていた音楽を辿りながら思い出しながら聴くという行為をしています。やはり子供の頃に聴いた音楽には、そこにしか紐づかない景色があります。僕は多分ずっとそれを大事にしてきているし、父や母の聴いていた音楽だとしても、当時から自分の景色を当てこんで聴いていたと思います。


近影 汀線にて photo by kanade hamamoto

   


音楽性を決定的に形作ってきたリスニング経験


textur3: 君島さんのリスニング経験は多岐にわたり、音響派(もしかしたら杉本拓さんや秋山徹次さんのようなアプローチもお好きなのでは?)、そしてメタルなど、様々な方向性やジャンルに及んでいると、過去インタビュー記事で掲載されていました。また、フレッド・フリス(Fred Frith)やビル・フリゼール(Bill Frisell)のような、(即興の文脈においても)伝統的な枠に収まらないギタリストにも傾倒されていますよね。ギターを使用する「シンガーソングライター」に対する特定のイメージ、そして想定されがちの枠組みとは異なり、君島さんの作品には実験的なアプローチが多々見られます。これまで吸収してきた要素が組み込まれるのは、創作段階、それともプロダクション段階のほうが多いのでしょうか?またそれらをどのようにして、ご自身独自の音楽言語へと変換してきたか、伺えたらと思います。

君島大空:今まで吸収した要素が組み込まれていくのは創作の段階にも、プロダクションの段階にもあると思いますし、それぞれは別物と考えます。僕は音楽のジャンルを言葉にした時に想像しうる形、というものに依存したくないと思っています。そして難しいのは、聴いてきたものが全て自分の音楽を作る時の方法論にはなり得ないというところです。それを達成するには独力で学んだり、研究する必要があります。肌に馴染むまでそれを繰り返す時間がないとモノマネになってしまうと思いますし、自分にも常にそのアンテナを張るようにしています。アプローチというのは方向性であり、道具だと思います。それを使いこなす為にはそのための筋力をつけないといけないと思います。


textur3: 過去のリスニング経験なしでは君島さんの創作原点は語れないと思いますが、初期からポップスやフォークといった特定ジャンルを目指すわけでなく、あくまで結果として、それらの要素が時々ご自身の作品の表層となっていた、という捉え方はありでしょうか?

君島大空:そう思います。ベンチマークは自分の聴いてきた音楽の齎す映像の総体だと考えます。



textur3:ご自身が目指す音楽の方向性、強いて言語化するならば、どうお考えでしょうか。  
またキャリアの現時点で、道のりのどのあたりに位置していると感じていらっしゃいますか?


君島大空:ずっと精神性はアシッドフォークだなと思います。昨年、Lover という曲をリリースした際にこれはDark Ambient Balladだと思って、自分に合っているなとも思いますが、 私の音楽を強いて一言で言うなら“呪い”だと思います。  
キャリア、というものを考えるのが苦手で、まだ何もしてない気が常にします。





創作について


textur3:歌詞と楽曲の関係について、君島さんはどのように捉えていらっしゃいますか? また作詞をなさる際、サウンドとしての響きやハーモニー、言葉が持つ具体的な意味だったり伝えたいメッセージ、どちらをより強く意識するのか、そのバランスについてお聞かせください。

君島大空:歌はなるべく具体的な意味が通る言葉になるように心がけつつ、サウンドが重視される場合が多いです。  
自分の音楽を決定づける最大の因子は声だと思っているので、声の音色のことを考えています。




宅録について



textur3:君島さんの作品は、「宅録」手法によって大きく支えられているかと思いますが、この制作スタイルを初めて知ったきっかけは何だったのでしょうか?
宅録がもたらした影響について、楽曲の構成やアレンジメント、あるいはサウンドデザインといった、創作面においてどのフェーズに最も顕著に現れていますか?  宅録作品としての音源と、それを生で表現するライブとでは、どのような違いを念頭に、振り分けたりして、臨んできたのでしょうか?


君島大空:スタジオレコーディングって、レコーディングブースとコンソールルームが分かれているじゃないですか。あれでとても嫌な思い出があって絶対に一人で全部できるようになってやる!っていう気持ちが発端です。納得するまで誰にも見られたくないし、聴かれたくなくて、全て自分でコントロールできたらいいなと思っています。宅録の良い点はとにかく無限に時間をかけられること、偶発性を記録できるところです。例えば即興演奏を録音して、それを元に他の音を付け足していって曲たらしめていくという使い方をよくしています。  
ライブは全く違う身体性が必要と考えます。そこには圧倒的に肉体があり、瞬発力が必要です。  
準備、本番、制作、全ての時間のかけ方が全く違うので別物として向き合っています。



textur3:数多くのミキシングやマスタリング作業もご自身で手掛けてきましたね。そういったスキルを身につけたことで、楽曲を書き始める段階で意識が変わった点はないか、あるいは創作にどのようなフィードバックをもたらしているか、お聞かせください。また、音楽制作のトレンドと言いますか、レコーディングやミキシングの作業を創作のプロセスに完全に統合する人が増えてきています。制作の各工程が創作の一環となる傾向に対して、共感する部分、もしくは距離を置きたい部分、ありますでしょうか?

君島大空:これまでの経験で変わってきたのは、最終的な楽曲の印象はもちろん、それを構築する一つ一つの音色に対してのイメージも具体的になってきたことです。音色作りから作曲もミックスも始まっていると思います。もちろん、それら全てを無視して作るザラザラしたテクスチャーのことも同じくらい大切で大好きです。  
音楽における分業は大事だと思います。音楽制作も演奏活動も奏者以外にプロフェッショナルが必要で、その専門性が齎すものに支えられているので、必ずしも全て一人でやり切る必要はないと思います。  
僕が大切にしているのは自分のイメージです。イメージがあるので、なるべく自分の手でタッチできるところまではタッチしたいと考えます。イメージがある人は、できるだけの領分を一人でやった方がいいと思います。

photo by kanade hamamoto





2025 三鷹おんがくのじかん







君島大空 合奏形態 ZEPP HANEDA. photo by kana tarumi







ライブパフォーマンスについて

textur3:続いてですが、君島さんのライブといえば、やはり「独奏」と「合奏」、この二つの形態が真っ先に挙げられますが、まず独奏が持つ意義についてお伺いします。以前「Songbook Trioとの対バンでエレクトロニカ的なアプローチで歌ってみた」という試みをされたとインタビュー記事で拝読しました。  
それは具体的にどのような手法で、どういった表現を目指したものだったのでしょうか?


君島大空:シンプルな弾き語りと、サンプラーに自分の声で作ったpadと環境音、電子音などを仕込んで、ポエトリーリーディングのようなリズム感のない歌に沿って即興的にサンプラーで額装していくような演奏だったと思います。場所性や空間性に作用される音楽を嗜好していた時期だったので、そういったインスタレーション的な手法をとったのだと思います。



textur3:君島さんのポーカル表現力は、時とともに進化をさせ続けている感じがあります。ご自身の中で、「思い通りに演奏できている」「表現が自在になった」という手応えを感じ始めたのは、いつ頃からでしょうか?  
また、独奏という形態の中で、肉声の持つ繊細さや多層性を、意識的に増幅させたり表現したりするのでしょうか。


君島大空:2024年の秋くらいからです。独奏でのライブが増えていくほどに歌うのがやっと楽しくなってきたんです。思い通りにできるようになった、というよりも思い通りにできる頻度が増えたと言うのが正しいかもしれない、、、  
独奏は演奏のダイナミクスがその場に呼応して、左右されていきます。人の耳に入る為には音は常に大きくある必要がないし、うるさい音が鳴っていても心に立ち上がる景色は波が立たないこともあると思います。そういった矛盾みたいなものと手を取って遊ぶイメージでやってます。



textur3:独奏という形態を取るには、オーディエンスとの間、時には濃度の高い感情的交換が必要されたり、ある種の純粋性が求められると思われます。  
来場者20〜30人規模のライブ企画も手掛けてきた君島さんにとって、オーディエンスとの関係性はどのように捉え、どうお考えでしょうか


君島大空:会場に左右されない為に、ここ数年どこでもやるようにしてきました。  
お客さんはわからないけど、僕はどの場所でも変わらないです。



君島大空 合奏形態 ZEPP HANEDA. photo by kana tarumi




身体性について


textur3:合奏形態についてお伺いします。メンバーとの出会い、そして合奏形態が生まれた経緯について詳しくお聞かせいただけますか?



photo by kanade hamamoto


君島大空:まず和輝さんは高校生の頃からの友達で、地元のライブハウスのセッションで出会いました。  
修大は8年くらい前にギタリストが沢山いるセッションで意気投合して、しゅんしゅんは前述のsongbook trioでまずピアニストとして出会いました。
自分の音楽をバンドで演奏すると考えた時に、友達の中で一番楽器の達者で自分のイメージや内省の景色がシェアできる人を呼ばうと思いました。1st EPのレコ発 一 回限りの予定だったんですが、やってみると悔しくて、楽しくて今まで続いています。



textur3:共演されるミュージシャンの方々について、以前、「バンドはみんな友達だし、かつみんなが即興性、身体性の高い音楽家」と述べられていました。  
君島さんが感じる「身体性」とは、具体的にどういった要素を指すのでしょうか?  また、一部のプレイヤー界隈では、バンドのような集合体でしたら、自分自身をより遠慮なく消耗させたり、表現に没頭できると語ります。独奏と比べて、合奏で君島さんが意識的に行った点、また合奏がもたらす表現上の広がりについて、お考えをお聞かせください。


君島大空:身体性とは思考を超える速度での楽器と音楽に対しての瞬発力、判断力、行動力のことであり、それを使った交感だと思います。動物性みたいなものかもしれないなと、書いていて思いました。  
合奏は常に新しい表現を考え実践し続けています。みんなの身体性、ミュージシャンシップの高さに甘えることは簡単です。でもそれを大前提として脳が焼き切れるくら いのシステムを使用したり、できないことをわざと採用してみたり、毎回挑戦的な土台を作っています。その上で僕は遠慮なく自分を消耗させているなと思います。みんなありがとう。。。




君島大空 合奏形態 ZEPP HANEDA. photo by kana tarumi


textur3:ソロプロジェクトが君島さん現在の主軸となっています。例えばバンド形態(必ずしも「合奏」とは限らず)で創作を進めるなど、今後君島さん活動展開の可能性について、お考えをお聞かせ下さい。

君島大空:今年はバンドでの合宿を考えているのと、昨年はライブをしすぎたので個人的な制作期間を設け続ける年にならたらと思います。しばらくリリースをしていないような気がするのですが曲は沢山あって、次にどういう景色を作るうか吟味しながら、スケッチを重ねています。

締めくくり

textur3: インタビューのラストですが、「君島大空」を構成する10曲、(Mixtape形式で)リスナーのみなさんと共有していただけると大変うれしいです。

君島大空:


1. Tom Waits - Grapefruit Moon

2. Stina Nordenstam - So This Is Goodbye

3. Marc Ribot - Yo, I Killed Your God

4. Mark Fry & The A Lords - All Day Long

5. Antonio Loureiro - Voo a Dois

6. Jim O'Rourke - The Visitor



7. 麓健一 - 美化



8. The Faceless - Ancient Convenant

9. Eric Clapton - Blue Eyes Blue 

10. ペトロールズ - 雨





Produced & Japanese Editorial:Zing 
Chinese Editorial:neciak
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textur3   2024-2026