家族の練習問題②
母は私の9才上の兄を水難事故で亡くしている。私は月齢の赤ん坊だった。兄が亡くなってすぐに妹が生まれ、1才半違いの早生まれの妹は私とは学年が年子にあたるわけで、大学以外はずっと同じ学校に通った。
その下に3才半下に弟が生まれたので、大学生の時は私が4年、妹が3年、弟が1年と年頃の男女ばかりの賑やかな家だった。
母の子育てというのはとても強引なもので、とりわけ、長女の私は母の子育てにおいてはなくてはならない戦力だったのだ。
母の私に対する口癖は「一を知ったら十を知りなさい」だった。
要するに、気を利かせろということなのだが、後に祖母から母の育った商家で、丁稚さんにそう教えていたと、後からそれを聞いて、少々悲しかった覚えがある。
私が2才10か月の頃、夏の暑い日に来客があったらしい。
その来客が帰った後に私は母から叱られたというのだ。
「お客さんが来たらお茶を出すように言うてあるでしょ」
しかし、さすがに、その時はそばにいた父が止めたらしい。
「まだ2才の子になんぼなんぼでもやりすぎや」
そう、母という人は加減がわからない人だった。兄をなくして私に依存していたのも確かだが、戦力として子育てを手伝わせていたの事実。
4才のある日、妹と私は家の前の道路で遊んでいた。すると、知らないおじさんが妹に「チョコレートをあげるからおいで」と話しかけてきたことがあった。疑いもしない妹は素直にそのおじさんに手を引かれ歩き出したのだ。子供ながらに大変なことだと悟った私は、大急ぎで家にかけ戻り、母に知らせた。「お母ちゃん、〇〇が変なおじさんとどっか行ったよ」その時の母の顔は覚えてないが、おそらく、血の気がひいていたと想像する。母はそっと二人に忍び寄り、後ろから妹の手を掴んで二人を引きはがし、事なきを得た。そのおじさんが、そのあと、逃げたかどうか、姿までは覚えてないが、逃げたに違い。


コメント