第1回「スマホ農場」でつくる閲覧数 SNS時代の「正義」に現実が揺らぐ
「スマホ農場」という聞き慣れない言葉を聞いた。SNS上で実態のない閲覧数をつくる拠点という。
ユーチューブで仕組みを解説するグループに連絡すると、取材を受けると返事が来た。
2月、朝日新聞東京本社に現れたのは若い男性。
「18歳で都内の高校3年生。春から理系の難関私立大に進みます」と自己紹介された。
「SNSのアカウントを教えてください」。そう聞かれた記者は、自分のX(旧ツイッター)のURLを伝えた。1分もたたずに、投稿の表示回数が8千件近く跳ね上がった。
「SNSの数値なら何でも増やせますよ」
男性によると、茨城県つくば市周辺の建物3軒に、1千台を超えるスマートフォンや基板を集め、パソコンにつないでユーチューブ再生やXの「いいね」のクリックを繰り返しているという。
その再生数や表示回数を、人気や信頼、影響力を得たいユーチューバーや一般企業などに売る。料金はユーチューブ再生1千回で175~750円。2024年ごろから運営を始め、年間の注文件数は「数千万~数億単位」。同年代を中心としたグループで運営し、売上額は非公開という。
拠点を見せてほしいと頼んだが、「セキュリティー」を理由に断られた。
男性の説明によると、二重扉を抜けた先に部屋が広がり、天井近くまでの棚が60台並ぶ。そこにスマホ本体や内部にある基板が収まり、冷却するための特殊な液体にひたされている。通信状況を示す赤色や黄色のライトが点滅し、24時間稼働している。取材は2日間で計8時間に及んだ。
「違法な手段に使われそうな注文は断っている」
「農場」はSNSでの情報拡散のほか、詐欺やサイバー攻撃に使われる例もある。近年、欧米や東南アジアで摘発が相次いでいる。
ウクライナの捜査当局は23年、国内の約20カ所の「農場」を摘発し、スマホの通信に必要な約15万枚のSIMカードを押収した。偽アカウントを使い、SNS上でロシア寄りのプロパガンダを拡散していた。
日本の捜査当局に取材すると「国内での摘発例は把握していない」という。
男性は言う。「違法な手段に使われそうな注文は断っている」
「農場」で数値を生み出すことは、各SNSの利用規約に反する。男性はその認識はあるとした上で続ける。「高い値段で数値が売買されているのは問題だ。そういうビジネスを滅ぼすため、利益は考えずに売り出している。一度、自分たちが悪に染まる必要がある」
取材の終盤、男性が今年2月の衆院選に触れた。ある候補者の街頭演説の動画について、「高評価」のボタンを押すよう依頼があったという。
選挙関連の依頼はすべて断っている、とした後、男性はこう言った。
「世論誘導なんて簡単にできちゃいますけどね」
政府の機密文書
SNS上の「世論誘導」がリアルな政治を揺さぶる――。その恐れは国境を越えて、現実のものとなっている。
2024年11月、東欧ルーマニアで大統領選があった。人口約1900万人。本州とほぼ同じ面積を持ち、ワインやハチミツが名産だ。
ロシア寄りの主張を掲げる極右のカリン・ジョルジェスクが立候補した。無名候補だったが、動画投稿アプリ「ティックトック」のフォロワーは選挙期間中、50万人に迫った。コメント欄には「彼に投票するつもりだ」といった書き込みが並んだ。第1回の投票でトップに立った。
なぜここまで票を伸ばしたのか。それを知る手がかりとなりそうな政府の機密文書がある。
12月の決選投票を前に公開された文書には、こう書かれている。「選挙期間中、休眠状態のものを含む約2万5千のティックトックのアカウントが動き出し、彼の主張を支持する投稿を拡散し合った。拡散に関わったインフルエンサーに少なくとも100万ユーロ(約1億8千万円)が支払われた可能性がある。背後に、ロシアの関与が疑われる――」
憲法裁判所は投票を無効と判断し、大統領選は翌25年にやり直された。
朝日新聞は報酬を受け取ったとみられるインフルエンサーに取材を試みたが、報酬を要求され実現しなかった。
衆院選は「歴史的転換点」
「海外からの世論誘導は、すでに日本の選挙でも起きていますよ」
日本サイバーディフェンスの専務理事の名和利男は言う。
名和によると、2月の衆院選では、数千の中国系とみられるアカウントが首相の高市早苗や日本の政策を批判する内容を投稿していたという。
「#国民の裏切り者高市早苗」や「#高市早苗退陣」といった特定のハッシュタグを1月中旬から拡散。「首相が旧統一教会から票を買っている」「首相は軍備増強と歴史修正に道を開いた」といった投稿をしていたという。
翻訳ツールを使用したとみられる不自然な日本語や、中国の簡体字の混入などもあった。生成AI(人工知能)で作られた政治家のフェイク写真や、在日米軍への反感をあおる偽画像なども確認されたという。
海外からのSNSを使った世論誘導は、東京電力福島第一原発が放出した処理水をめぐり、日本と中国が対立した23年から始まったと名和はみる。
今回の衆院選は、選挙期間が短かったため、結果を左右するほどの影響はなかったと結論づけた。とはいえ、生成AIの発展でかつてない規模で世論誘導が試みられた「歴史的転換点」だったと指摘する。「これらの投稿者は日本の首長選など、地方の選挙で『練習』を重ねている」とし、「成熟度を上げている」とみる。
洪水のように入ってきたAI
日本政府でサイバー安全保障を担ってきた前デジタル相の平将明も、衆院選で他国からの選挙介入があった可能性が高いと話す。複数のサイバーセキュリティー会社やシンクタンクから、そうした報告が寄せられたという。
日本は言葉の壁が高く、数年前までは大規模な介入の可能性が指摘されることはなかったが、「生成AIの登場で一気に乗り越えて、洪水のように入ってきた」と指摘する。
他国が繰り返し世論誘導を試みる狙いについて「政権を不安定にさせ、何も決められないようにしたいのだろう」と強調。「民主主義の根幹に関わる」として、SNSを運営するプラットフォーマーに対策を求めている。
平は「同盟国・同志国、ビッグテック(巨大IT企業)と連携しながら防御する仕組みを作らなければいけない」と指摘する。
一人ひとりはどのように情報に接すればいいのか。
国立情報学研究所教授の佐藤一郎は「人間は、知っている情報よりも知らない情報に反応し、拡散してしまう。知らない情報を用意する方法の一つは、AIを使って偽の文章や画像、動画を作ることだ」と話す。驚きや憤りといった感情を刺激され、何者かが意図的に作り、拡散した情報だと気づかないまま拡散に手を貸してしまうという。
「その仕組みをしっかり知っておくことが有効な防御策だ」(敬称略)
連載にあたって
自由に見て、聞いて、話す――。そんな当たり前のことが、いつの間にか難しくなってはいないでしょうか。
連載「『みる・きく・はなす』はいま」は1987年5月3日、朝日新聞阪神支局が襲撃され、記者2人が殺傷された事件を原点に始まりました。暴力によって言葉を封じることは許されない。その思いを出発点に、日常に潜む「自由な言論を阻むもの」を追い、「このままでよいのか」と問い続けてきました。
第51部は、SNSや生成AI(人工知能)が広がった社会と向き合います。中傷や真偽の分からない情報が、かつてない速さで広く、遠くまで届く時代です。
取材を続ける中で、私たちは繰り返し、それぞれの「正義」と出合いました。
SNS上で取引される実態のない「表示回数」。傷害事件の動画をネット上に投稿する「私的制裁」。再生回数や「いいね」を求めてAIで量産される「批判コメント」。選挙結果を疑う人々の間で支持される「#不正選挙」。広がり続ける「外国人排斥」――。
一方、そうした言葉や行為は、誰かを追い詰め、分断を深め、言論空間をゆがめかねない危うさもはらみます。
虚実が入り乱れるSNS時代の「正義」は、どこから生まれ、どう広がり、社会にどんな影響を与えているのでしょうか。正体を探ります。
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「プラットフォーム資本主義」や「テクノ封建制」などの言葉がありますが、SNSのプラットフォームはすでに中立的なコミュニケーションの場ではなく、政治性や公共性を強く帯びています。にもかかわらず、プラットフォームはいまだに、民間企業が運営する「プライベート」なサービスの空間のように見なされがちです。 たとえばある社会の中で政治に問題があれば、市民は政治のあり方を変革するための様々なアクションを起こすことができます。しかし、プラットフォームの機能や運営そのものに明らかな問題があったとしても、私たちユーザーはそれを「変革する」という意識をうまく持つことができません。なぜならそれはあくまでも民間企業の一つのサービスであり、公共的な場ではない、と見なされるからです。 しかしプラットフォームがここまで巨大化し、社会や政治の行く末を左右するようになった今、私たちユーザーは「プラットフォームをいかに民主化するか」「プラットフォームという公共空間を変革するためにいかにプラットフォーム市民としてアクションするか」ということを真剣に考えねばならなくなっている。そのように感じています。
2026年4月28日 05:00 - 小西美穂関西学院大学総合政策学部特別客員教授視点いまなら試し読み
「世論誘導なんて簡単にできちゃいますけどね」と、18歳が軽く言えてしまう怖さを感じました。SNSの表示回数や「いいね」がこれほど手軽かつ大量に人工的に作れると、私たちが"世論"だと思って見ているもの自体が、かなり脆い基盤の上にあることになります。そして民主主義を脅かす世論工作が、国家や特定の組織によるものだけではなく、大衆化されることにもつながります。外国からの組織的工作も深刻ですが、見落とせないのは、善意ある普通の人が感情を刺激され、拡散の担い手になること。専門家は「仕組みを知ること」を防衛策に挙げていますが、知識があっても感情は揺さぶられます。生成AIが日本語の壁を越えた今、個人のリテラシーだけで対処できる段階はすでに超えています。連載の続きに期待しています。
2026年4月28日 05:00