この件は、自由法曹団の弁護士らが、平成24年12月7日の最高裁判決、いわゆる堀越事件をかなり意識して組み立てているのだと思う。
堀越事件では、社会保険庁の職員が、勤務時間外に、職務とは無関係に、日本共産党の機関紙号外などを各戸配布した行為について、国家公務員法102条1項および人事院規則14-7違反に当たるかが問題となった。
最高裁は、政治的行為規制そのものは合憲としつつも、処罰対象となる「政治的行為」は、職務遂行の政治的中立性を実質的に損なうおそれがあるものに限られると限定的に解釈した。
そのうえで、当該職員は管理職ではなく、職務内容も裁量的ではなく、配布行為も勤務時間外・職務外で、公務員であることも外部から明らかにされていなかったため、政治的中立性を実質的に損なうおそれはないとして無罪とされた。
おそらく自由法曹団側は、この判例を前提にしつつ、今回の自衛官の事案は堀越事件とは違う、と言いたいのだろう。
すなわち、堀越事件では公務員性が外部から見えなかったのに対し、今回は自衛官が制服を着用し、氏名や所属・職位を示したうえで、自民党大会という特定政党の政治的空間に登場している。だから、一般人から見て、自衛隊と特定政党との近接性を感じさせ、自衛隊の政治的中立性を損なうおそれがある、という構成である。
しかし、この理屈には大きな弱点がある。
堀越事件で問題となった赤旗号外等の配布は、内容それ自体が特定政党の政治的主張を広める行為であり、まさに政治的行為そのものであった。
これに対して、
今回の自衛官の行為は、国歌を斉唱したというものにとどまる。
国歌斉唱それ自体は、特定政党への支持表明でも、選挙運動でも、政策宣伝でもない。ここには決定的な違いがある。
もちろん、自民党大会という場、制服着用、肩書の表示という外形が、政治的中立性の観点から望ましかったのかという問題は残る。
自衛隊が特定政党に近い印象を与えることは避けるべきであり、防衛省や自衛隊として、今後の服務規律や出演許可の運用を見直すべきだという議論は十分に成り立つ。
しかし、それと刑事告発はまったく別である。刑罰法規としての「政治的行為」は、罪刑法定主義や表現の自由との関係から、限定的に解釈されなければならない。
政治的に望ましくない、外形上不用意だった、という程度の話を、直ちに刑事処罰の対象へと押し上げるのは危うい。
むしろ、自由法曹団がこれまで猿払事件型の広範な公務員政治活動規制を批判し、堀越事件などで公務員の政治的自由を守る側に立ってきたのであれば、今回こそ刑罰法規の拡張解釈には慎重であるべきである。
自分たちの政治的立場と相容れない場面になった途端に、「政治的行為」概念を広く使って公務員個人を刑事告発するのであれば、それは過去に守ろうとしてきた自由を自ら狭める行為になりかねない。
結論として、本件は「自衛隊の政治的中立性の観点から不適切だった可能性」はある。
しかし、「自衛隊法違反として刑事責任を問うべき政治的行為」とまでいえるかは、かなり疑問である。
問うべきは、個人への刑事告発ではなく、制服着用、肩書使用、政党行事への出演許可に関する制度的なルール整備である。政治的に気に入らない行為を刑事告発で吊し上げるような手法は、自由主義的な刑罰法規の運用として、むしろ強く警戒されるべきだと思う。
Quote
弁護士 鈴木祥平
@lawyersuzuki
自衛官が制服で自民党大会に出たことは、政治的中立性の観点から軽率だった。
そこは防衛省と自民党が反省すべきである。
しかし、それを刑事告発にまで持ち込むのは、明らかに行き過ぎだ。
国歌を歌った現場の自衛官を、あたかも政治犯罪者のように扱う発想は異常である。 x.com/nabeteru1q78/s…