会話

わかります。 別垢で投下しようと思っていた内容なんですけど、無言だった女性の全てがその意見に賛同していたわけでない事だけ知って頂けましたら幸いです。 【以下、下記のユダヤ人問題と現在の規制対立についての所感】 この現代のナチとユダヤ人の問題、フェミ的表現規制賛成派とそれに対する反対派にも通じる理屈なんですよね。 賛成・反対の是非を「内心」で抱いても 「実際に口に出す」 人は圧倒的少数という現実がある。 「意見を述べる人が多数派の筈だ!」「口にしない人間は敵だから口にしていないんだ!」 という人間はYoutubeを見て欲しい 再生数に対してグッド/バッドボタンを押している人は圧倒的少数だ 「自分は良い/悪い」という感情を、最後まで視聴した人でさえも、ボタン1つ押す事さえしていない。 ましてや「意見の表明」となれば、余程の琴線に触れなければ実現し得ないという理屈が分かる。 しかし、大きな問題が発生した時、人は短絡的に何れかを攻撃する。 結局の所、「物事の大小、時代、性別」に依らず、「攻撃」でなく「分析と良心」を行使できる人間が多数派にならない限り、同様の問題は繰り返されるし、未だ人は過去から学ぶことができない事を言動で示していまっている。
引用
正木伸城
@nobushiromasaki
「ナチ党が共産主義者を攻撃した時、何もしなかった。社会主義者を攻撃した時、何もしなかった。ユダヤ人を攻撃し始め、彼らが教会を襲った時、行動したが、遅かった」という趣旨のニーメラーの詩が本書に出てくる。本書は、「いつか収まるよ」といって問題を看過していたら手遅れになった、というナチ
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