蝉丸伝説-音曲の神様はなぜ坊主めくりのジョーカーになったのか-
目次
はじめに
第1章 千年アイドルの誕生
第2章 蝉丸、神様になる ~関の蝉丸神社へ
おわりに
はじめに
蝉丸。
その名前を口にすると、みんなが同じことを言う。
「ああ、あの、坊主めくりの…」
百人一首の札で遊んだ遠い記憶を探る表情になってくる。
「引いたら全部もらわなきゃならない、あれね」
坊主めくりにおけるジョーカー札。それこそが蝉丸だった。
そして、ひとしきり思い出した後、なぜか笑い出すのだ。頭には、子ども心に"坊主らしくない不思議な坊主札"として認識されていた姿がぼんやり浮かんでいる。時間が経っているからはっきりとは思い出せないが、百人一首の中でただひとり、どこか異質な存在感を持っていた蝉丸の絵は、残像のように心に引っかかっているのだ。
「たしか後ろ向いてて、頭をきれいに剃ってないんだよ」
「いや、こっち向いてるよ。ただ、まったく覇気がないというか、やる気のない顔なんだよ」
どちらも正しい。百人一首の絵は1種類ではないのだ。いずれにしろ共通するのは蝉丸が圧倒的に冴えない様子で描かれていることである。
ぼくが蝉丸に興味を持ったのは、2015年のある日、知人と話をしているときだった。蝉丸っておもしろくないですか。ふいにそう尋ねられたのだ。会話の流れも何もない急な質問を浴びせられ、数十年ぶりに蘇ってきたのは、こっちを向いたやる気のない蝉丸の絵で、返事する前に爆笑してしまった。考えてみたら蝉丸と名乗るセンスも変わっている。とはいえ百人一首に選ばれるくらいだから、歌は有名だ。これやこの~。あとは何だっけ?
「最後が逢坂の関~なんですよね」
知人も知らなかったので調べた。
これやこの ゆくもかえるも 別れては
知るも知らぬも 逢坂の関
とても有名な歌なのに覚えていなかったのは、かるたより坊主めくりばかりしていたからだろう。子どもの頃、正月には祖父の家に親戚が集まったものだが、時間を持て余した子どもたちの楽しみは坊主めくり。坊主が出るたびに上がってゆくボルテージが最高潮に達するのは、決まって蝉丸が出た瞬間だった。引いたら負けが決定しかねないため、みんなから嫌われていた札。それなのに、いまだに忘れることができないあの姿。ノスタルジーとかではないと思う。変だったのだ。子どもたちは蝉丸札に他の99枚とは違うものを感じていた。坊主ってことになっているけど坊主に見えない。なんか偽物っぽくて怪しい。
でも、わざわざどうして。もしかすると、蝉丸の絵はああでなければならなかったのではないだろか。わざとらしく変な絵にしたのは他の坊主と似ていてはおさまりがつかない事情があった……考え過ぎか。
しかし残念ながら、ぼくはそのときの素朴な疑問をほったらかしにしたまま坊主めくりから離れてしまった。たいていの人はそうだろう。大人になっても坊主めくりが好きな人に会ったことがない。
でもね、と知人は言うのだった。
「滋賀県には蝉丸神社というところがあるそうです」
驚いた。あの冴えない蝉丸が神様扱いされているのか。
「しかも、蝉丸って実在したかどうかわからない人物とされています」
何なんだそれは。そんなあやふやな人の歌が、押しも押されもせぬ名歌として百人一首に選ばれ、かるたとして親しまれ、坊主めくりという遊びでは子どもたちを心底うんざりさせている。また、琵琶の名人として知られ、その人生は能の演目にもなっているという。どうなっているんだ蝉丸周辺は。興味ある、すごくある。
知人もそれ以上のことは知らず、奇妙な印象だけを残して会話は途切れた。
が、ぼくの熱は冷めなかった。蝉丸はどこかおかしい、おもしろい。とはいえ、ネットで検索しても決定的な情報にはぶつからない。万葉集に関する本を読んでも、歌についての解釈が中心で人物像ははっきりしない。
蝉丸、何者だったんだ---。
万葉集や百人一首の研究家、あるいは歴史家が調べてもわからない蝉丸の謎を素人に解けるとは思わないけれど、坊主めくりに興じる子供たちが感じる「なんか変」の正体に近づきたい。
どうするか。年に一度、正月だけに訪れる爆笑と興奮の数時間。誰が百人一首を選んだのかさえ知らなかったあの頃の、素朴な疑問を追いかけてみようと思った。
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