tamachangg|玉利康延

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@tamachangg
まだこの世に存在しないヴィジョンを形作ることが仕事。食べ物つき雑誌「東北食べる通信」の創刊に携わる。「文脈デザイン研究所」代表。

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なんでこういうのもっと早く出てこなかったわけ?で、なんで今頃? 「Adobe Systemsが、印刷物デザイナーがコードを書くことなくオリジナルのHTMLページをデザインおよび公開できるウェブデザインアプリケーション「MUSE」を公開」muse.adobe.com
「『一人暮らし』は80年代に三種の神器が揃って売れなくなった家やモノを売るために電通とデベロッパーが生み出した「概念」だった。そこに自己開拓という個人の幻想が一緒になって広がっていった。」
今の若者が消費しない世代、だなんてウソだ。いままでの大人達があの手この手で消費させようとしているものが、だいたいウソばっかりだってことが見えて来ちゃっただけの話で。http://bit.ly/chwbSx
地形上水没を免れないとこれまで言われてきた江東5区(荒川・墨田・江東・葛飾・江戸川)は積み重ねに積み重ねてきた治水がここで生きて浸水が無いという結果に。 一方蓋を開けてみると、近年不動産屋が無理矢理開発してきた、二子玉川や武蔵小杉が浸水。
そういえば今度SFCの隣に、有志で「湘南藤沢キッチン(仮名)」なるシェアハウス&コミュニティスペースができるらしい。あの大学の周りには、たくさんの農家さんもいれば、みやじ豚もあるのになんでキャンパスの中に調理場が無いんだと。なので業務用キッチンまで投入したという。
原発隠蔽問題についてアレックス・カー談「日本は文化面で、本音より建て前を大事にするとか、平和的な社会を守るためにとか言うけれど、遠慮とか、あるいみで美しい文化的なものがあるわけですね。それが残念ながら隠蔽とか改ざんだとかいうことになってくると、危ない結果になってくる。」
チェルノブイリの森。凄いな。まるでナウシカの世界「放射能に汚染され、人体には危険すぎるため人の立ち入りが制限されている周辺地域は動物が棲息する広大な森に変わっいてた。その土地がいまなお汚染されているにも関わらず、植生は戻り希少種の動物が集まり完璧な食物連鎖が生まれていたのです」
この国では、22歳で就職するのが常識で、ウインドウズのノートPCを使うのが常識で、帰ってこない年金払うのが常識で、馬鹿高い保険料に疑問を持たずに払うのが常識で、結婚式にウン百万使うのが常識で、不動産屋に敷金礼金二ヶ月分払うのが常識で、現状復帰義務で敷金帰ってこなくなるのが常識で
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大変興味深い表現ありがとうございます。ちなみに、海水面が現在よりも上昇していた時代、たとえば縄文海進のように陸地が浸食していた表現を含めるのは難しいですか?
京都にある町家を改装したシェアハウス「Kyoto Kitchen」では、これから随時、住人の募集をします。まずは、10月に一部屋募集。家賃3万5千円。4.5畳+収納x2。家具はほとんど揃っていて、10/15日以降入居可です。 kyoto-kitchen.in
究極奥義。笑 : 米国にいる原子専門の友人から言わせると「部分停電で需要と供給みながら全体停電を防ぐ」とか日本にしかできない神業らしい。数年前のニューヨーク⇔ワシントンの3日停電は最悪だったと。東電さんの究極奥義が炸裂中の中、文句言う奴なんなの。電子ちゃんに謝れ
いま広告代理店やめる人って、こういう人が多いのかしら? 「Twitter 11,270万×708パワー = 797億9160万パワー」http://www.nakamurahiroki.com/2011/06/party.html
文脈があると、不思議と自然に出会う。仕事だって、友達だって、恋人だって、たぶん、自分という人間の生きていく筋道に、必ず文脈に沿って存在している。その文脈っていうのは、だいたい自分自身の欲望や、主観的なものの見方とは違うところからやってきたりする。
元々、京都に来たときに、伊勢丹の地下とか錦市場とかで、いろいろ食材買うんだけれど、自分で簡単につくって食べれる場所がない!(宿にしてもなんにしても)から自分で町家借りてキッチンをつくっちゃったっていうのが kyoto-kitchen.in の始まりでして。
公開された情報にポジティブなフィードバックをすることが、きっと誰かを勇気付け次の新しい価値を生み出すんだっていうことを信じなくてはならない。それはなにか、いいことを言わなきゃいけないんだなんて思わなくっていい。インターネット上に発信すること。伝える事をためらってはいけない。
ほんとに不思議なのは、この植民地化された国では、村社会人になるために、教育の名のもとに、形骸化された軍隊教育を受け、就職活動の末、ようやく村社会人として認められるらしいのだが、そこまで来ないといわゆる社会が村社会だっていうことに気付かないっていうことである。
今日、東山の高台寺の南隣にあるガーデンオリエンタルでランチをしたんだが、ここで飲んだワイン用の葡萄ジュース(白)が、もうとにかく、どえらく美味かったんですよ。どうも Roter Traubenmost っていう銘柄らしい。
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お金を使うことには基本的には賛成なんだが、なるべくならば、お金を使うことで自分の国を作っている感覚でありたい。つまり、本当に意味のあるお金になっているのか、魂のあるお金の流れになっているのか、ということが、お金がただ数字の上で消費して貯めるもの以外の価値であって欲しい。
まったく。。。: 日本でgoogleを思いつく→著作権法違反で逮捕。 日本でFacebookを思いつく→個人情報保護法で逮捕。日本でセグウェイを思いつく→道路交通法違反で逮捕。 若者は世界を変えることをかんがえろといいつつ、やってみたら取り締まるのではないだろうか
最近世の中の匂いにやられるのだが、こないだは隣の部屋の洗濯物のの柔軟剤の匂い。それから小田急ロマンスカーEXEαの新品?のシートカバーの匂い。共通する化学薬品の強烈な匂いに頭痛が止まらないのだが、化学物質過敏症になった覚えもないし、どんだけひどいもの柔軟剤に入れてるんだろうか。
瀬戸内国際芸術祭によってだいぶ手垢が付いてしまった風景がある。A級戦犯は原研哉氏と日本デザインセンターと電通である。当初会場となった5つの島には、それぞれの地域課題があったが、そんなことお構いなしといわんばかりに bit.ly/2sFH6oP
最近、アレックス・カーさんの日本語のサイトをリニューアルしたのでした。http://www.alex-kerr.com/jp/ 日本のまだ残る歴史的景観「美しき日本の残像」をなんとか残していきたい。そんなアレックスさんがプロデュースする古民家ステイの紹介サイトです。
自分がどう在りたいか、っていうことにもう一度立ち返ろうよ。もう一度立ち返って、自分がはっきりクッキリしてきたら、ソーシャルなことしたらいいじゃん。パーソナルが存在しないのに、ソーシャルソーシャル言ってるのが気持ち悪いわけ。
黒田麻婆豆腐レシピ 1.最初に油(サラダ油)で煮詰める ・お玉一杯分 ・にんにく4カケ ・しょうがはそれよりちょっと多め ・豆板醤をスプーン大で半分 ・二分から五分くらい煮詰める 2.挽肉を投入
これ、デジタル一眼レフカメラどれかおうかな?って迷ってる人にはとても良い記事。思わず Canon EOS 5D mark II を買いそうになる。 [ダカフェ日記っぽく撮れるデジタル一眼レフの選び方] http://computer.petit.cc/
情報は、恥ずかしがらず公開することが大事なのである。誰になんと言われようと公開することが第一歩なんだ。不完全な情報でもいいのです。その瞬間、生み出された言葉は真実なのだから。そして、どんな内容であっても公開された情報をネガティブにバッシングしてはいけません。
JR九州という会社は、鉄道による公共交通インフラを整備、運営する会社ではなく、おそらく、人間中心主義を理解している観光会社であり、エンターテイナーである。
今更ながら、山崎亮さんの回の情熱大陸を見たのだが、なにもシンパシーを感じれない要点伝わらぬ編集だった。3331でやった時のがぜんぜん良かったなぁ。「デザインって本当に人を幸せにしているのか?ランドスケープ・アーキテクト 山崎亮」marebito.info/eid=6/
情報は、恥ずかしがらず公開することが大事なのである。誰になんと言われようと公開することが第一歩なんだ。不完全な情報でもいいのです。その瞬間、生み出された言葉は真実なのだから。そして、どんな内容であっても公開された情報をネガティブにバッシングしてはいけません。
クライアントと未来を共有してれば大概良い仕事が生まれるんだけども、共有できなさそうなお客さんだったら断った方が良い。未来を共有する気があるかどうか、受ける側が未来を見る力があるかどうかにも関わってくるんだろうなあ。
「幸福な食堂車」一志治夫 著。今年、文句なく自分の中でナンバーワンぶっちぎりの本。そして読み終わるのが切なくなるタイプの本。ちなみにまだ読み終わってない。いま「特急つばめ号」が1992年に誕生したところまで読んで、あと残り三分の一ほどをいつどこでどういうタイミングで読もうか悩む。
極端な話、広告屋とコンサルの価値は、客観視できる立場であること以外、なにもないのではないかという話。結局、ウェブデザインというのは、頼む側の鏡になってあげることに尽きる。つまり、客観視できる編集屋なのである。切れている文脈を、最適な形で繋ぎ直す文脈接続屋さんなのである。
結局、フリーランスがシェアオフィスやシェアスペースの類に求めているものは、場や空間じゃなくって仕事なんですよ。プロジェクトだとかやるべきこと。やってほしいこと。箱をつくったって、なーーーーんも意味なし。
現代において、「編集」や「デザイン」とは創造行為ではなく、掃除洗濯である。ただし、どこをどう掃除するかという見極めが甘い人が多いように思う。
どうもナガオカケンメイ氏は好きになれない。あなたが探し出すものは、どうせ自分で探し出すから、あらかじめ見つけておかないでもらいたいと、強く思いましたん。
昨日だいぶ実感として得たのだけども、コワーキングスペースは箱に金を払うんではなく、ソフトウェアに金を払う感じよね。コーディネーターのネットワークとコーディネート力(ファシリテーション?)に価値がある。なので箱代を回収しようと思って運営すると間違えそう。
みんな、まだ就職活動するの?年金払うの?不動産屋に仲介手数料払うの?家のローンなんか組んじゃったりするの?車買うの?ほんとに?
従って、子供に勉強をしろっていうことは、そもそもからして無理がある。自発的な勉強に繋がるだけの経験値の基礎がないのだから。だから子供は遊べっていうのは道理であり、遊んで遊んで遊びまくって、趣味にどれだけ走ることができたかが、大人になってからの勉強のフックに繋がるわけで。
公開された情報にポジティブなフィードバックをすることが、きっと誰かを勇気付け次の新しい価値を生み出すんだっていうことを信じなくてはならない。それはなにか、いいことを言わなきゃいけないんだなんて思わなくっていい。伝える事をためらってはいけない。
「インドは、道ばたでものを買ったりすると、値段が付いてなくて交渉するっていうことがある。地元の人も交渉して買っているんだけれど、ご近所の人には安く売る。見ず知らずの人にはふっかける。環境客には更にふっかける。お坊さんにはタダ。つまり関係性で値段をつけているんです。」
夜中ネットサーフィンをしていてたまたま見つけたサイト、これが良かった。よくわかってるなぁと。生活をするっていう超、超、超、基本的前提の上に、生活雑貨を買うっていう。無印良品とかで買うんじゃなくって、代官山のバカ高い値段の雑貨を買うでもなく。http://bit.ly/chwbSx
逆説的に言えば、田舎だろうが都会だろうが、村社会の精神構造に侵されていない人間はいるわけで。都会でも村社会の精神構造に侵されている人は、田舎にいようが都会にいようが村民にしかなれない。
丸の内オアゾの中にある丸善の四階で、密かに本屋のイノベーションが起きていた。松岡正剛がプロデュースしたらしい「松丸本舗」にびっくり!なにがどう驚くかっていうと、本が全てカテゴリーではなく「文脈」で配置されてるってところ
仕入れた知識応用しまくりですな。@MiUKi_None: 無印良品の原研哉のインタビューhttp://ow.ly/2fyN8読んで、日本は昔から異国の文化をエスノグラフするのに、あちらにこちらを内包させる事でバイフォーカルな視点を持ち合わせる事に成功してたのだと思った。
日本が近代化したのは、主に明治維新があって、一気に西欧化しようとがむしゃらにがんばったからだ、とついつい思ってしまうけれど。日本の田舎に近代というものが持ち込まれたのは、実は1960年代からこっちのことであるわけで、明治維新を重要視することで見えなくなっていることが多々ある。