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【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】危機認識の欠如した「食糧法」改定

鈴木 宣弘東京大学 大学院 特任教授・名誉教授

ホルムズ海峡の封鎖という重大な危機に直面し、日本国民の命を守るために優先されるべき「国防」の第一は、食料の国内生産を増やし、備蓄も増強することだと思われるが、今、国会で成立しようとしている「食糧法」は米生産を抑制し、備蓄も減らすという驚くべき逆行政策になっている。

今回の食糧法改定の柱は大きく三つあります。第一に「需要に応じた生産」、第二に需給見通しを精緻化するための「流通実態の把握強化」、第三に「米の国家備蓄を減らし、民間に任せる部分を増やす」という点です。

まず「需要に応じた生産」とは何か。私の理解では、これは実質的な減反強化です。表向きは「生産調整」という文言を消して、あたかも生産調整をやめたかのように見せていますが、国が需要見通しを出し、それに応じた生産を自治体や農協を通じて促す仕組みを明記している。今も「再生協議会」のような仕組みがあり、国からの「生産の目安」が個々の農家まで配分されているわけですが、それを引き続き機能させ、ある意味では強化する内容になっています。

政府は「需要は伸ばす。その伸ばした需要に合わせて生産するのだ」と言っています。しかし、現実には1人当たりの主食用米の消費量は減っている。そうなると、需要に合わせろというのは、結局、生産を減らせという話になります。価格を維持しようとして生産を絞れば、需要が減るたびにさらに減産しなければならず、農家の首を絞めることになる。

しかも、あまりに高く価格が維持されたら、その分だけ輸入に置き換わるだけです。去年は米の輸入が95倍に増えました。価格を維持できたとしても、国産の市場が狭まり、結局は農家を追い詰める。米の自給率すら下げてしまい、輸入が途絶したら、国民は米さえも食べられなくなります。つまり、ホルムズ海峡封鎖に直面した今やるべきことと逆行しています。

今、日本の食料自給率は極めて低い。米は余っているのではなく、むしろ増産して、輸入小麦や輸入トウモロコシなどの一部を米で置き換える方向へ進むべきです。そうすれば米の需要はいくらでもある。ところが逆に、米の生産を抑えようとしている。これは、ホルムズ海峡の封鎖のような事態が起きたとき、日本人が米さえ食べられなくなる危険をまったく考えていない、非常に危うい発想です。

その背景には、積極財政と言いながら、農業予算については相変わらず削減対象としか見ていない財政当局の発想がある。アメリカから武器を買うなど別の予算の穴埋めのために、農業・農村にはこれ以上金を出さない。だから「価格を維持したいなら、生産を減らしなさい」という形で、生産者にしわ寄せを押しつけている。その状態を、今回さらに強化しようとしているわけです。

次に、二つ目の「流通実態の把握強化」です。これは、需要に応じた生産を達成するには、需給見通しを正確にしなければならない、今回の米騒動は需給の把握が不十分だったから起きたのだ、という発想に立っています。そのため、流通段階の民間業者に対し、米の量について厳しく報告させる。報告義務の対象業者も増やし、罰則も設けて、報告義務を強化する。

しかし、需要と供給はさまざまな条件で変動します。それを正確に把握することなど、そもそもできるわけがない。それなのに、わざわざそこへお金をかけ、業界の負担を増やしてまでやる意味があるのか。

要するに、そもそも「生産を減らして、減っている需要にうまく合わせなければならない」という発想が根本的に間違っている。その間違った発想のために、無理に流通実態把握の強化をやろうとしている。やるべきことはそこではありません。

本来なら、今こそ農家にしっかり作ってもらうべきです。価格は需給で決まるとして、もし価格が下がれば消費者は助かる。その上で、農家にはコスト割れした分を補填する仕組みを入れればよい。そうすれば、消費者は安く買え、農家は所得を確保できる。ところが、それをやらずに生産抑制を続け、そのために流通実態把握の強化などという、できもしないし、関係者に負担ばかりかける政策をやろうとしている。これは愚策です。

三つ目が民間備蓄の問題です。政府の公式説明では、今回の米騒動で国の備蓄放出が手間取った、国が倉庫で持っているのは非効率だから民間で備蓄してもらう、という言い方をしています。しかし、これは本質を隠しています。

本来、財務省の財政審が言っていたのは、政府備蓄米の保管には年間400億円以上かかってもったいない、流通段階にある民間在庫を民間備蓄として活用すれば16億円で済む、だから国家備蓄を早く減らして民間備蓄にしろ、という話でした。今回の食糧法改定は、そこに基づいています。

しかし、この発想そのものが、現状の危機認識を欠いています。米騒動でもわかったように、日本の米備蓄は少なすぎるのではないか。さらにホルムズ海峡が封鎖され、原油も肥料も止まれば、国内生産そのものが打撃を受ける。中国は穀物を1.5年分備蓄していますが、日本の米備蓄は30万トン、日数にして15日分程度まで減っている。そんな状況で本当に物流が止まったら、日本は飢えかねません。

それなのに、国家戦略として食料を守るという発想ではなく、「米の国家備蓄に金をかけるのはもったいないから民間備蓄を増やす」という考えしかない。国民の命を守るという視点がなく、ただ農業予算を削りたいという発想で頭がいっぱいになっている。増やすべき米備蓄を減らす方向へ動いているのは、まさに逆行です。

そもそも民間備蓄といっても、民間の流通在庫として固定的に取り置くわけではありません。「一定量はいざという時に出せる量として認識しておいて下さい」という程度の話です。いざという時、本当にその量を出せる保証はない。しかも民間業界からすれば、「なぜそんなことを強制されなければならないのか」ということになる。今なぜこんな馬鹿げたことをやるのか、という話です。

財務省は今でも「農業予算はまだ多すぎる」と言っています。農家が苦しみ、作れないことが米騒動の一因にもなったのに、予算はまだ多いと言う。肥料や燃料のコスト高が深刻化しても、農家を助ける政策はやらない。それに耐えられる農家だけが残ればいいという発想です。そして備蓄は減らし、米は作るなと言う。食料自給率を上げるために金をかけるのはもったいないから、もっと輸入すればいいという発想に立っている。

これは驚くべき危機認識の欠如です。ホルムズ海峡封鎖のような事態が現実味を帯びているのに、そんなことを言っている場合ではない。こんな政策を続ければ、政府が国民を飢えさせる「セルフ兵糧攻め」になりかねません。今目覚めなければ、手遅れになりかねない。そのときに、こんな方向の食糧法改定をやっているわけです。

今こそ必要なのは、農家にもっと作ってもらい、備蓄も増やし、国産で輸入を置き換えることです。米には輸入小麦や輸入トウモロコシの代替需要もある。備蓄のためには政府の買い入れをもっと増やさなければいけない。中国は1.5年分、日本は仮に100万トンあっても1.5か月分にしかならない。1年分を備蓄しようとすれば、米だけでなお700万トン足りない計算です。

そのコストは「もったいない」のではなく、いざという時に命を守る安全保障・国防のコストです。アメリカから在庫処分のような武器を大量に買うのに巨額を使うくらいなら、まずこうしたところにきちんとお金をかけるべきです。それこそが本当の国防です。

そして、農家が自由に増産できるようにするには、価格が市場で決まっても、コスト割れ分はちゃんと農家に払う政策をとればよい。政府が高く買い上げて安く売る方法もありますが、市場価格が安くても農家の所得を保障する直接支払いを後から支給すれば、消費者は安く買え、農家は所得を確保でき、増産できて、自給率も上げて、市場も広げられます。そういう方向へ持っていくべきです。

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