最初の大和統一王(かもしれない)・ニギハヤヒ(饒速日命)編…石切劔箭神社(東大阪)
続いては、一説では最初の大和統一王であるニギハヤヒ(饒速日命)について書きたいと思います。
長くなりますが、よければお読み頂ければ、と思います。
このニギハヤヒという神については、正直これまで全く知りませんでした。ただ、例のyoutubeを見ていくと、神話の時代ではとても重要で、インパクト大なのに、古事記では軽くしか扱われず、隠されている神である、との事。
色々見てニギハヤヒについて知っていくと、古事記の記述には確かに不自然な事が多いっぽい。
古事記ではイワレビコ(後の神武天皇=初代天皇)が大和国(奈良の辺りで豊かな土地があり強大な支配氏族がいた)を手に入れる為にこの地の豪族の強者、ナガスネヒコ(長髄彦)と戦った際に、ニギハヤヒは天の神の一族(詳しくは後述)で長髄彦の主君だったが、イワレビコも天の神の一族と分かって、ナガスネヒコを殺害してイワレビコに大和を渡した、という流れ。そんなわけ無さそうな不自然な話の流れ。
そもそもイワレビコは天の最上の神のアマテラスから遣わされた神の一族の1人。なのに、それより前にニギハヤヒは天から地上に降りて既に大和を統べていた神の一族の1人であった。確かに古事記の記載のこの辺を見てよく考えたら、ニギハヤヒってどういう存在?って思う。
でも、色々知っていくと、古事記で全く存在を消す訳にもいかず、かといってはっきり詳細に書く訳にもいかない理由があったらしい。
それは何か。この辺り面白い。
これから先は、上のyoutubeでいうエンタメ考察ということになり、とある一説ですよ、というお話です。そのご理解の上で、お読み頂きたいと思います。
それは、結論を一言で言うと、
王の一族に繋がるアマテラスを主神と奉じる一族が、嘗て戦って敗れ、従属的に敵対する一族と同族となった屈辱の歴史があったから、
という事。
そんな事柄は初耳。
その敵対する一族とはどんな一族か、どういう経緯か、をここからどんどん書いていきます(エンタメ考察より)。どんどん知らない事が出てきてややこしくなるかもですが、、理解すると辻褄はあっていて、しっくりきます。
その一族とは、有名な神様の一族で、名前は知ってるものの、そんな重要な神様とは知らなかった神様、スサノオ(素戔嗚)の一族です。
ではここで、スサノオについての古事記での書かれ方を軽くおさらいします。(っていっても軽くさらえるような量では無いですが、要点をかいつまみます)
スサノオとは、アマテラス・ツクヨミと並んで三貴神と尊称されています。その三貴神とは、イザナギイザナミという日本の国土を作り様々な神様を生んだ神様が生んだ神様の中でも最高といわれる神様です。アマテラスは太陽の神様で天の世界を統治し、ツクヨミは夜の世界の神様となり、スサノオは海の世界の神様となりました。
しかしスサノオは、統治とかの神らしいことは何もせず、死んだ母神に会いに行こうとし、その前にアマテラスに挨拶に行き、戦いに来たと勘違いしたアマテラスと口論、誓約(うけい、占い対決)をし、その後高天原(たかまがはら、天の国)で暴れ回り、アマテラスが失望して天岩戸に隠れる原因となり、アマテラスが再び天岩戸から出てきた後は高天原から追放されて地上に落とされる、という存在と書かれている。
まだまだスサノオのエピソードは色々ありますが、ひとまずはそんな存在。
それが実は敵対勢力であり、戦争があったという説。それはどんな話か。
実は、数千年前(縄文時代)に、日本には日本人という名もまだない民族(縄文人)が住んでいたが、天変地異(鬼界カルデラ噴火?)が起こり、住んでいた地域に住めなくなり、日本以外の世界中に安住の場所を求めて旅立った。その内に、後のアマテラスの一族やスサノオの一族やツクヨミの一族がいた。
そして長い歳月の後に、スサノオ一族や(意図的にか)謎多きツクヨミ一族が日本に帰ってきた。
日本にそれら氏族が帰ってきた際には、日本にもずっと北の方をベースに残っていた民族(出雲族)がいたが、出雲族は八百万の神々の信仰もあり、スサノオ一族やツクヨミ一族と婚姻関係を結び、同族となり、それぞれの神も敬うようになった。その為、元々古くから日本にあった信仰とスサノオ一族の人々や神が同一とされるようになっていった。蛇神信仰とか水神龍神信仰とか。またスサノオの一族は強い武力と農耕・医療の知識・技術があったと思われ、スサノオが暴れ回ったというエピソードや、スサノオの子の大国主(オオクニヌシ、大国様)が日本国中に農耕等を広めた、というエピソードに繋がっていると考えられる。
そしてそこにアマテラス一族も日本に帰ってきた。それが日向国(宮崎県)であり、天孫降臨の地(高千穂)と考えられる。
そして、古事記で書かれた誓約(占い対決)とは、アマテラス一族とスサノオ一族が含まった出雲族との戦争の事だった。
そこで、出雲族が勝利し、アマテラス一族は敗北し、それまでの出雲族の対応のように、アマテラス一族も出雲族に従属的に同族となった!
しかしその後スサノオが亡くなると、アマテラス一族は改めて出雲国を攻めて倒し、さらにアマテラス一族のイワレビコは大和国を治めていた出雲族(ニギハヤヒとその配下ナガスネヒコ)を倒して頂点となり、天皇となり、後世に繋がる一族となった、というもの。
ただ、別に大和国は昔から日本の首都だった訳ではなく、大和国を統治したらトップ・統一王になる、という訳では無い。ではなぜニギハヤヒを初代統一王と呼べるのか。
それは、ニギハヤヒが初めて、有力な氏族であるスサノオ一族・ツクヨミ一族・アマテラス一族の全てを統べたから。
では、全てを統べたとはどういうことか。
ニギハヤヒは、ツクヨミ一族の女王とスサノオの子供だった。この時点では2氏族の長。ただ、出雲族は末の子が王という決まりだった。
その後、アマテラス一族が出雲族に従属的に一族となり、スサノオとアマテラスの子が生まれた。その時点でニギハヤヒは出雲族内でツクヨミ系のトップではあるものの出雲族の長ではなくなった。
ただ、出雲族のトップではなくなったこともあり、ニギハヤヒは出雲国と決別して大和国へ行った。そこで、大和国のナガスネヒコを倒し従えた。
その後、出雲族の長であるスサノオの末子(女王)とオオクニヌシが婚姻を結び、その末子(女王)が新たな長となった。
ただ、その新たな長は出雲国がアマテラス一族に攻められた際に亡命し、大和国に逃れ、そこでニギハヤヒと婚姻を結んだ。ここにおいて、ツクヨミ一族の長とスサノオ一族&アマテラス一族の長の血が混ざる事となり、初代統一王となることになるのであった。
ここで古事記の記述に戻ると、イワレビコはアマテラスの直系で天の一族の子孫であるが、ニギハヤヒも天の一族である、ということの辻褄が合う(アマテラス一族と同族)。
同族ではあるけれども、後の王の一族に繋がる血脈ではなく、過去に敗北した歴史の証ともなるような血脈の為、詳述できず、無記載とする訳にもいかない、という所と考えられる。
これは納得出来て辻褄が合う。
ちなみにニギハヤヒはとても強い王だったそうだが、イワレビコが大和を手に入れる際にはもう亡くなっていたようで、ナガスネヒコも抵抗したが色々あって敗退したとの事。(この色々についても面白いのですが、機会があればまた書きます。)
というわけで、ニギハヤヒはこれ程の神様にも関わらず、ほぼ無名の存在となっている、というわけです。
一応再度の記載になりますが、以上はエンタメ考察が元になってます。
なので変わらず伊勢神宮を頂点とする天照大神様の今の血統は尊いと思っています。
また仮に上の考察が事実だったとしても、最終的な勝者の血統ということであり、変わらず尊いと思っています。
で、そんな神様・ニギハヤヒが主祭神となっている神社を調べてみたら、これまた名前はよく知ってるが行ったことのない神社が出てきました。大阪に住んでる人なら名前はまず知ってると思われる神社、石切さん(石切劔箭神社)。
石切神社ってそうなんか、知らんかった。
っていうことで、大阪で生まれ育ったのに行ったことのなかった石切劔箭神社に行ってみました。
現在、石切劔箭神社には、かつて中之社と呼ばれた場所に上之社があり、かつて下之社と呼ばれた場所に御本殿があります。
ひとまず現在の上之社に行ってみました。
近鉄の石切駅から結構坂を昇った先にその神社はありました。
参拝の方もまばらで、その日はあいにく社務所がお休みだったこともあり、ひっそりと、しかし厳かにありました。
石切駅自体が結構登ったところにあり、更にそこから登ったので、結構高い場所にあり、生駒山の中腹くらいにあるので、結構パワーのありそうな感じがしました。
そして、実はさらにそこからかなり登ってけもの道のような道を登った先に宮山があり、かつて上之社と呼ばれた場所があり(今はありません)、せっかくだから行こうとして途中まで行ったのですが、途中で行き方が分からなくなり、怪我・遭難も怖かったので、諦めて引き返しました。(予想外のしゃがんだり跨いだり飛び降りたりの全身運動のガチハイキングになりましたが、自然の中でパワーを貰えた気がしました)
登る時はただ登るのに一生懸命でしたが、がんばって登っただけあり、帰りの下りは大阪の街を広く見晴らせ、とてもよい景色でした。
古代の王様の在所にふさわしい場所と思いました。
後で調べてみたところ、この宮山のある所は生駒山頂の近くであり、いかにも神様が祀られるべき、パワーがありそうな所と思いました。
そして、再び石切駅まで戻り、今度はさらに下って石切劔箭神社の現在の御本殿に向かいます。
その途中に、ずっと神社街の商店街があり、昭和の風情そのままやろな、という感じで、占いの店が沢山あったりで、思った以上にしっかりとした神社街がありました。
そして石切劔箭神社御本殿に到着。
こちらは上之社とは異なり多数の参拝の方がいて、ここで有名な御百度参りというお参りがあり、ぐるぐる参拝の方が回っていました。
まあ賑やかな雰囲気でした。
さらに石切劔箭神社の帰りに境内で、猫も沢山いてのんびりしてました。
そんな感じで、少し心残りもありつつ、とても良い神社でした。
ちなみにまた後日に、近くに行った際に、そこから少し下った所にある公園も大阪が見晴らせてとても良い景色でした。
また必ず行こうと思っています。
ちなみに最後に、今回書いたニギハヤヒという神様の名前に近い名前として、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」の登場キャラクターのハクの本名が「ニギハヤミ コハクヌシ」であるというものがあります。
ほぼ同じ名前な上に、名前を失った神という共通点…、宮崎駿監督もこの事を知っていてあの物語・あのキャラクターを描いたのかも知れません。。
それでは、また。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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