わたしは機械加工に40年近く携わってきました。
ただ「勘と経験でやってきた熟練工」かというと、少し違います。
むしろ逆で、めっちゃコンピュータ好きで、感覚に頼らず、ロジックとデータを愛し、記録を残し、条件を揃え、再現できる形にすることと、効率化するための怠惰をずっと重視してきました。
機械加工の現場の仕事は、どうしても属人的になりやすいものです。
誰がやるかで段取りが変わり、加工条件が変わり、判断の根拠が口伝えのまま消えていく。
そうした状態は、短期的には素早く回っているように見えても、長い目で見ると組織の力にはなりません。
そのためシマダ機工では、かなり徹底して文書主義、記録主義で運用しています。
社内の日々のやりとりも、できるだけChatを経由して行い、会話を文書として残すようにしています。顧客や協力会社との連絡も、基本はメールです。
電話やFAXで入ってきた内容も、最終的にはメールに集約し、Salesforceに蓄積される形にしています。
機械加工そのものについても同じ考え方です。
ちょっとした加工であっても、すべてCAMを経由して進めるようにしています。そうすることで、加工条件、加工方法、段取りの進め方といった重要な情報が、個人の頭の中だけでなく、ファイルとして残ります。
顧客とのやりとりと加工データが文脈をもったセットとなっていて検索ができること、過去の技術情報が見返せること、他の担当者でも容易に引き継げること、別の機械加工をするときにデータが活かせること。この積み重ねが、会社の技術になります。
私たちは、データが会社の資産そのものだと考えています。
そのため、保管体制にもかなり気を使っています。RAIDによる冗長化はもちろん、1時間ごとのスナップショット、第二工場とのShareSyncによる二重化、さらに3-2-1バックアップの考え方に沿って、バックアップ用サーバとシアトル側のサーバへ夜間自動バックアップを行っています。作ったデータを失わないことは、設備を守ることと同じくらい重要です。
流行りのランサムウェアに対抗するため、サーバ管理者であっても健康なデータを削除や改変ができないようにもなっています。
なぜここまで文書主義なのか、と自分でもたまに不思議に思います。
前世が敦煌の役人だったのかもしれません。何でも書き残しておきたくなる性分があります。
ただ、これは単なる性格の問題ではなく、結果として時代に合ったやり方になってきたとも感じています。
これからのAI時代において、本当に価値を持つのは、表面的な情報ではなく、現場で蓄積されてきた文脈のあるデータです。
誰とどういう考え方でやりとりしてきたのか。
どのような経営的、技術的判断をしてきたのか。
加工だけでなく、納品後にどう対応してきたのか。
会社の運営体制の文書と、そうした日々の記録が残っていれば、AIは単なる検索ツールではなく、その会社らしく考え、ふるまう存在に近づいていけます。
現時点では、サーバの中を全探索して、会社の文脈ごと学習してくれるようなAIは、まだ本格的には普及していないと思います。
ただ、これはおそらくそう遠い話ではありません。1年もしないうちに、かなり実用的な形で出てくるのではないかと見ています。
そうなったとき、重要になるのは、AIの性能そのものより、学ばせる材料を会社が持っているかどうかです。
そういったものがきちんと残っていれば、将来のAIはかなり有能な補佐役になってくれるはずです。
いずれは、そのAIにバーチャルCEOとして働いてもらい、わたしは引退ゲフンゲフン
ともかく、このタイミングでAIがここまで発展してくれたことはチャンスだなと感じています。