ぐだ子のカルデアにぐだ男が落ちてきた話 1
FGO「if」の物語。第1部途中のぐだ子のカルデアに、第2部まで進んだぐだ男が落ちてきた話です。
・ぐだ男♂藤丸立香メイン、ぐだ子♀藤丸リツカも出てきます。
・ネタバレにはまったく配慮しておりません。
・捏造満載です。捏造しかありません。
・口調、呼び方、人称等、いろいろ曖昧ですがご容赦ください。
・公式設定や史実と違っていても「この話ではそういう設定なんだな」と思ってください。
・腐向けではありません。エロもCPもございません。健全なる全年齢向け。仲良しのふたりも「×」ではなく「+」のイメージ。(伝わ…れ!)
その辺も「すべて問題ないよ気にしない」と言ってくださる心の広い方、少しでも楽しんでいただけましたら、とてもとても嬉しみです。
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[追記]
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おかげさまで『ぐだ子のカルデアにぐだ男が落ちてきた話』がランキング入りしました!
2019/02/24[小説]ランキング
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ほんとうにありがとうございます!!!
こんなに多くの方が読んでくださったことにチカラをいただき、続きを書き始めました(単純)。
よろしければまた付き合いいただけますと、とても幸せです。
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弛緩した午後を殴りつけるように、突如、けたたましい警報が鳴り響いた。
通路の警報灯が明滅する。
慌ただしく行き交うスタッフたちの足音と声が廊下に響く。
しかし、この部屋の主はピクリとも動かない。
(――無理。ぜんぜん無理。カルデアに特異点が現れたとかそんなんじゃなきゃ動かないよ――)
そもそも警報の大半は誤作動だ。マンションでもオフィスビルでも商業施設でも。だからきっと、この人理継続保障機関フィニス・カルデアでも同じに違いない。――いやそんなことはないか。
(慣れってこわいなあ)
Grand Orderの基因となったあの事故からしばらくは、あらゆる物音に敏感になっていたものだったが。およそ1年を経ると、この為体である。
加えて今は、束の間の休息の時だ。特異点から昨夜どうにかこうにか生還したばかりとあって、身体のあちこちが違和感だらけで他人の物のようだった。
眠りを妨げる警報を遮断したいが、残念ながら人間の耳は随意筋ではない。腕を持ち上げて耳をふさがなくては蓋ができない。しかし腕がほんの数センチも持ち上がらない。疲弊しきった心身が切実に休養を要求している。その要求には全力で応えなければ。必要なのは意思だ。断固たる意志のチカラで音を遮断しなければならない――。
「失礼します! 先輩! ご無事ですか⁈」
少し髪を乱して駆け込んできたマシュ・キリエライトを、人類最後のマスターはうつ伏せに寝転がったまま迎えた。
「ああ……。マシュ……」
弱弱しく応えるマスターは微動だにしない。
「せ、先輩! どうなさったんですか⁈」
「もうダメかも……」
「――っ‼ しっかりしてください! 先輩‼ い、今すぐドクターをお呼びしてきます!」
「ドクターよりも……エミヤを……」
「は、はい?」
「……お腹空いた……」
菫色の瞳がキュッと細められた。
「先輩!」
「マシュは怒った顔も可愛いなあ」
「せ、先輩⁈」
「ごめんごめん」
力なく「あはは……」と笑いながらマスターは気怠くベッドから身を起こし、大きく息をついた。
「いやあ……。自分で思ってたより疲れてたみたいなんだよね……。めっちゃお腹空いたんだけど、食堂に行く気力も体力もなくて……」
「そうだったのですね! 失礼いたしました。すぐ何か――栄養があるものをお持ちします!」
「ううん、一緒に行くよ。みんなにも会いたいし」
「そう……ですね。先輩がいらっしゃれば皆さん喜ばれると思いますが……。すぐお持ちしますので、ご無理なさらないようが……」
「だいじょうぶ、マシュと一緒なら行く気になった。ほら、起きた」
大事なマスターにそう言われ、マシュの頬がほんのり染まる。
「はい! ご一緒させていただきます!」
「ちょっと待っててね」
手早く制服を羽織ると、マイルームを出る。警報はいつの間にか止まっていた。
ふたりで他愛もないお喋りをしながら廊下を歩く。そんな当たり前のなにげないことが、無事に帰って来られたのだという実感をもたらす。
食堂に入り、皆に挨拶しようと息を吸い込んだとき、後ろから声がかかった。
「まあ。あなた。またそんなだらしない姿で」
振り返るとそこには、小柄な愛らしい少女が立っていた。片眉を僅かに上げ、不快の意を表している。
藤色に流れる髪。同じ色の瞳。優雅な物腰。
完成した偶像。
昨日まで共に戦ってくれた女神。
この少女がいなければ、太陽の騎士を退けることはできなかった。万感の思いを込めて、挨拶をする。
「おはよう。エウリュアレ」
「おはようじゃないわ。もうとっくに午後よ。なによ、そんなにぼさぼさの髪をして」
「あ……はは。ごめん。寝起きで」
耳の下の髪をちょっとつまむ。日本人には珍しい橙色の髪は癖が強く、どんなに梳いてもなかなかいうことをきいてくれなかった。「女の子なんだから、もっと可愛くすれば」等とサーヴァントから言われることも少なくない。
そうこうしているうちに、食堂にいた数人がやり取りに気づいて近寄ってきた。
「お。起きたか嬢ちゃん」
「マスター。お目覚めですね」
「おかえりなさい!」
「みんな、ただいま! 今回もなんとか帰ってきたよ!」
昨日まで共に戦っていた者、留守を守っていた者。それぞれを労い、再会を喜び合う。
(――やっと帰って来たんだなあ)
今回の「敵」もほんとうに強かった。何度ももうダメかと思った。でも、こうして帰る場所があって、そこに帰って来られたことを嬉しく思う。
そして今日も厨房にいてくれたエミヤに「高カロリーで消化の良いもの! できれば醤油味で!」とおねだりをし、ささっと作ってくれた大盛りバター醤油味アボカドパスタを飲むように食べ始め、「しっかりと噛んで食べろ!」とエミヤに叱られ、「ごめん! おかん!」と返し、「誰が『おかん』だ!」とまた叱られる。
もはやテンプレートと化したやりとりを楽しみ、カルデアに帰ってきた実感をパスタと一緒に再び噛みしめていると、ブンと低い音がした。壁に設置されたモニタがオンになった音だ。
「やあ、みんな揃ってるようだね。マスター君も、そこにいるかな」
モナ・リザの微笑みが問いかける。
「もあーい! いまふ!」
「マスター! 飲み込んでから喋りたまえ!」
「よかった。マシュもそこにいる? いたら一緒に来てもらえるかな」
「はい、マシュ・キリエライト、先輩と一緒にうかがいます!」
「うん。――ええとね、ふたりとも管制室じゃなくて医務室に来て欲しいんだ」
呼び出されたのが医務室と聞いて、皆が騒つく。先ほどの警報を思い出したのだ。まさか誰か大怪我でも? と少し血の気が引いたが、それを見透かしたようにモニタ越しの声が続く。
「ああ、緊急事態じゃないんだ。それ食べちゃってからでいいから。じゃ、後で」
隣にいたマシュと顔を見合わせ、ほっと笑顔を交わす。慌てなくてよいと言われたので、パスタをよく噛んで完食し、満足したお腹を撫でつつ医務室に向かう。
いつものように声をかけて入ろうとし。
「失礼しま……」
語尾が蒸発した。
見慣れた医務室は、さながら集中治療室へと様変わりしていた。見慣れない機器やモニタ類が所狭しと並んでいる。知らず後ろに一歩下がっていた。マシュとつないでいた手を、ぎゅっと握りしめる。
(――緊急事態じゃないって言ってたよね……)
入り口で立ち竦んでいる少女たちを見つけたダ・ヴィンチが、大きく手を振った。
「来たね! こっちこっち!」
「――は、はい」
床を埋め尽くすコード類を踏まないようそろそろと歩く。この光景のインパクトにうろたえていたが、少し落ち着いて周囲を見回すと、存外、スタッフもダ・ヴィンチも殺気立ってはいないようだ。
「バイタル安定しています」
「意識はまだ戻りませんが――心配はないと思います」
「そうか。じゃあ、あとは目を覚ますのを待つだけ、か……。うん、あとはふたりほど残っててくれればいいかな。みんなありがとう! ご苦労さまでした」
ロマニ・アーキマンの言葉に頷いて出ていくスタッフたちを見送ると、医務室の中が急に静かになった。計器の音が妙に大きく響く。
コード類につながれてベッドに横たわっていたのは、少年というには成長し過ぎだが青年というにはまだ少しだけ早い、高校生くらいに見えるヒト型の生き物だった。おそらくは男性。暗色の髪と肌色などから、アジア系かなと見当をつける。
(医務室にいるんだから人間だよね――同世代の、同じアジア系の……男の子?)
つまり性別が違うだけで自分とほぼ同じ属性だ。こんなスタッフいたかなと首をかしげる。名前も所属も思い出せないが、なんとなく見覚えがあるような気がするのでカルデアの人なのだろう。――だって、今のカルデアは。
「あの、ドクター。こちらの方は……?」
マシュが小さく声をかけた。
「それが……誰だかわからないんだ」
ロマニが困ったような笑顔を向ける。ダ・ヴィンチはベッドの右側に立ち、寝かされている人物を黙ってじっと見ている。
「誰だかわからないって、そんな……」
「彼はね――――」
《彼》と言うならやはり男性だったかと思いつつ、寝ている人物に再び目を向けた。そのままロマニの言葉を待っていたが、それきり続かない。訝しんでロマニを見ると、怖いくらいに真剣な顔をしていた。静かな湖を思わせる澄んだ緑の瞳が、いつにも増して深い光を帯びている。
「ドクター。この方は……どこにいらっしゃったんでしょうか」
「え? ああ――」
夢からはっと醒めたようにロマニがマシュを見つめる。ほんの数秒だったのに、何年も何年も彷徨っていたような顔をしていた。
「ドクター? お加減でも悪いのでしたら――」
「いや、ごめんごめん、ぼけっとしていたかな。伝えなくちゃいけないことが幾つかあって、何から伝えようか迷っていた」
いつもの優しい笑顔に戻ったロマニが、困ったときの癖で頭を搔く。
「――ええと。さっき警報が鳴っただろう? 発信源はレイシフトルームだった。でね、スタッフが駆け付けたところ――レイシフト用コフィンに《彼》が入っていたんだそうだ」
ロマニの言葉を咀嚼する。
が、いくら噛んでも理解できない。
他所からカルデアに来ることなんてできないはずなのに。――だって、今のカルデアは。
「そう。《彼》は何処からか、レイシフトして来たんだ。そうでなければ、何者かが《彼》をコフィンに閉じ込めて、外側からロックしたことになる。でも、レイシフトルームはきちんとロックされていたんだ」
コフィン筐体にもレイシフトルームにも、しっかりと外側からロックがかかっていた。レイシフトルームを解錠できる者は3名のみ。ロマニ、ダ・ヴィンチ、レイシフト主任技師の3名だ。
つまり、入ることができないはずのレイシフトルームで《彼》は施錠されているコフィンに入っていた。密室ミステリー? いやそういうことではない。
「レイシフトして、来た。――ここに、レイシフト、して、来た」
なかなか理解できない言葉を馬鹿みたいに繰り返す。
「そう。有り得ないことなんだけど、そうとしか考えられない状況でね。
そして先ほど、カルデアに登録されている人間のデータすべてと《彼》のデータを照合してみたんだ。で、その結果――」
ロマニが躊躇う。いつもだったら「もったいぶらずに教えてくださいよ」などと軽口を飛ばす場面だが、とてもそんなことは言えない。固唾を飲んで、次の言葉を待つ。
「いや、その前にひとつ訊きたい。
――君たちは、この人を見てどう思った?」
「顔色悪いなあって」
「――そうじゃなくて」
「アジア系で同い年くらいかな、って」
「――そういうことでもなくて」
「この方にどのような印象を受けたか、ということでしょうか……」
真剣な顔で《彼》を見下ろしているマシュに問いかけられ、ロマニが無言で頷く。
「先輩は、いかがですか?」
「――たぶん見覚えはないんだけど――まったく見たことがないとも言い切れない気がする。なんでだろう?」
「先輩もですか……。わたしもなんです。けど、見ているとなんだか安心します。見ず知らずの方だと思うのですが――不安な感じがしません」
「そうだね。悪い感じはぜんぜんしない。――見覚えはないと思うんだけど――懐かしいような気がする。――変だね。幼馴染とか遠くに住む親せきとか、そういう人とひさしぶりに会ったような感じ。見覚えないのに懐かしいって、矛盾しまくってるけど」
我が意を得たりとロマニが頷く。ダ・ヴィンチを振り返ると、ダ・ヴィンチも大きく頷いてみせる。
「実はボクたちもまったく同じ印象をもったんだ」
「ドクターとダヴィンチちゃんも⁈」
「ああ。しかも、ボクと違ってダヴィンチちゃんはサーヴァントだ。忘れるってことはないはず。そのダヴィンチちゃんが、《彼》には会ったことがないと、それなのに見覚えがあるような気がすると言う」
「それは……」
「不思議だろう? ところが、もっと不思議なことがあるんだ」
ベッドの横に立つダ・ヴィンチが《彼》の右手をそっと持ち上げた。
「それは――令呪……⁈」
「令呪なのですか⁈」
目を瞠るふたりの少女。
ダ・ヴィンチは《彼》の手をそっと元に戻すと、そのまま目を閉じて溜息をついた。
あの模様には見覚えがある。慌てて自分の右手を確認すると、《彼》の令呪と自分の令呪は同じだった。――いや、酷似してはいるが、よくよく見比べると少しだけ違っている。
彼を起こさぬように、でも他の人にもよく見えるように、ダ・ヴィンチの傍に寄り添い、《彼》の右手に自分のそれを並べた。
マシュが、その大きな目を零れ落ちそうに見開く。
「――とてもよく似ています」
「うん。ちょっとだけ違うけど、そっくりだね」
「令呪があるってことは……この人もマスターなのかな?」
「カルデアに登録されたマスターは今も変わらず君だけだ。念のためさっき確認した。
けど、もうひとつ不思議なことがあってね。――今はこうして検査着だけど、発見された時、《彼》は魔術礼装を着ていたんだ」
「カルデアの、魔術礼装?」
「それがね……。間違いなくカルデアの技術で作られたものなのに、ボクたちにはまったく見覚えが無いんだ」
「ドクターたちが知らない、カルデアの魔術礼装……」
「そんな、コフィンに入っていたのに、レイシフトスーツではなく魔術礼装だったんですか⁈」
「うーん。――そう、どっちも不思議なんだよね」
ロマニがまた頭を掻く。
「令呪があって魔術礼装を着ていたんだから《彼》もマスターだと考えるのが自然だ。レイシフトスーツじゃなかったのは、着替える暇がないほどの緊急事態だったのかもしれない。
だけど――だとしたら、どこのマスターなのか。どうやってレイシフトしてきたのか。わからないことばかりだ。
まずは本人にあれこれ訊きたいところなんだけど……。発見されてから、見ての通りずっと意識を失っていてね。まあ、目立った外傷は無いし、バイタルも正常範囲内。こうして意識が戻るのを待っているわけさ」
「――ともあれ、カルデアの関係者だろう、ってことは間違いないみたいですよね」
ロマニが「そうだね」と頷く。
「――そこでさっきの話に戻るんだけど。
カルデアの関係者ってことは間違いなさそうなのでね。カルデアに保存されているすべてのデータと《彼》の生体情報を照合したんだ。
『すべて』というのは、あのときの……あの事故で亡くなった人々はもちろん、冷凍保存されているマスター候補生も、ここの建設や準備にかかわった人までも、すべてが含まれている」
いったん言葉を切ると、ロマニはどこか痛みを堪えているような顔で、カルデアのマスターの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「照合の結果――《彼》の生体情報は、君のデータと酷似していた」
「わたし……の……?」
「――っ! 先輩ですか⁈」
「そう。有り得ないことなんだけどね。データは確かだ。数値は嘘がつけない。――同じ両親をもった兄弟姉妹よりも高い合致だった」
「家族よりも……高い合致……」
「信じ難いことだけど。もしかしたら彼は――。いや、これ以上の憶測は避けよう」
「ドクター‼」
思わず大声を出してしまったことに気づき、慌てて自分の口元を押さえたが遅かった。《彼》が少し身動ぎをする。
「う……うぅん……」
目を開くと、眩しそうに右手をかざそうとして、貼り付けられた幾本ものコード類に気づく。
「――あれ? オレ……。どう……して……?」
「目が覚めたかい?」
優しい声で、ロマニが覗き込む。
「あ……ドクター。オレ……」
寝ぼけたように言いかけたかと思うと。
猛烈な勢いで跳ね起きた。
ぶちぶちっとコードが引き剥がれて床に落ちる。
「って‼ ドクター⁈」
瞬きもせずロマニを見つめる《彼》の青い目が、驚愕に大きく見開かれている。
「ふむ。ロマニを知っているようだね」
ダ・ヴィンチがロマニの後ろからひょいっと顔を覗かせる。
「ダヴィンチちゃん⁈」
そのまま《彼》は彫像のように動かなくなってしまった。瞬きはおろか呼吸さえも忘れているのではないかと危ぶまれるほどに。生きた彫像はうっかり声でもかけたら粉々に崩れてしまいそうな危うさを孕んでおり、息を吞んで見守るしかなかった。
「夢……だったのかな。……こっちが夢かな」
ほろほろっと涙と一緒に微かな言葉が零れる。そして《彼》はそのままゆっくりと目を閉じるとふらりと崩れ落ちるように倒れ伏し、ふたたび動かなくなってしまった。
逸早く我に返ったロマニが指示を飛ばす。
「誰か! バイタルを!」
「――正常です。また意識を失っただけのようです」
「そうか……よかった……」
一同が凍結から解け、ほっと息をつく。
「――今……ドクター、ダヴィンチちゃん……と」
「うん。確かに、そう言ったよね」
「ダヴィンチちゃんとドクターを――知っているみたいだった」
「でも……とても驚いていました」
「そうだね。まるで――」
「幽霊でも見たような、かい?」
剥がれ落ちてしまったコードを床から拾い上げ、再び貼りつけながら、ロマニは僅かな痛みを堪えるような眼差しで《彼》を見下ろす。
「―ーうん、そんな感じかなあ。でもカルデアのマスターなら、ドクターとダヴィンチちゃんを見て驚くって変だよね」
「そうだね」
気遣わしげな表情で、ダ・ヴィンチがロマニを見ている。ロマニは首を振ってそれに応える。
「全員でここで待っていても仕方がない。さしあたり心配はなさそうだし、《彼》がまた目を覚ましたら知らせるから、部屋で休んでいるといい」
「はい、わかりました」
「それじゃあここは任せていいかな。私も管制室に戻るよ」
「もちろん。もともと、ボクの持ち場はここなんだし」
「それもそうだったね。すっかり忘れていたよ」
「ひどいなあ」
笑いながらダ・ヴィンチが退室する。振り返ったマシュに頷くロマニとメディカルスタッフを残し、少女たちも後に続いた。
*--*--*--*--*--*
粘りつく目蓋をようやく持ち上げると、見慣れた白い天井が目に入る。
よかった、ここはカルデアだ。
たぶん――医務室。
(あれ? どうしてオレは医務室にいるんだっけ?)
錆びつく記憶をこじ開ける。
たしか――。
極寒の地で戦っていた。
このカルデアをとうに失ったと思っていた。
誰ひとりサーヴァントもいなくなって。
見知らぬ地。
見覚えのない敵。
ヒトと違う理で生きるモノたち。
(――夢だったのかな。やけにリアルだったけど)
よいしょ、と上体を起こす。まとわりつくコード類が邪魔になったが、貼りつけられている理由がわからないため外すと怒られそうな気がして、そのままにしておく。
起きたことに気づいたメディカルスタッフが声をかけてきた。
「気分は? 悪くありませんか?」
「――だい、じょうぶ、です」
喉がざらついている。
「おみず、を、もらえ、ないでしょう、か」
「ちょっと待ってくださいね」
あのメディカルスタッフも知っている顔だ。だいじょうぶ、ここはカルデアだ。
(そうか、カルデアが失くなったなんて夢だったんだ。夢でよかった……)
とても夢だったとは思えないほどリアルだったが、今こうしてカルデアにいるのは紛れもない現実だ。
で、あれば。
あの悲しい出来事、そして辛い戦いのほうが夢だったんだ。よかった。後でマシュに話してあげよう。長い長い話になるけど。
水を飲みほっと息をつき、伸びをする。身体のこわばり具合からして、かなり長い間ここで寝ていたようだ。肩や首を回しながら医務室をぐるりと見渡し――気づいた。
(――あれ? おかしいな)
かなり前に、クリミアの天使が大量に持ち込んだ包帯や薬品がない。彼女が自分用にと設置した頑丈そうな木製の椅子もない。彼女を説得して撤去するのは不可能だ。
さらに周囲を見渡し、また気づく。
右奥の壁、ナイチンゲールが誰かと喧嘩になって破壊して、修理した部分の色が少し違ってなかったか? 跡形もなく直ってる⁇
あの機械もそのとき壊れて直した跡が――なくなってる?
(――ここは……どこだ?)
いったん疑問をもつと、後はもう目が勝手に部屋中を舐める。
違いを探して。
違和感を探して。
ベッドはこんな配置だったか?
あんな場所にモニタがあったか?
あの機械はここにあったか?
あれは?
これは?
じわり、と背中から違和感が染み込む。
(まさか――これは魔術? カルデアにいると思わされている?)
全身全霊で記憶を探る。
(思い出せ――オレは、どこにいた? 何をしていた? 思い出せ……!)
*--*--*--*--*--*
シュッと軽い音をたてて医務室のドアが開く。
起きたと連絡をもらった《彼》は、ベッドの上で半座していた。入ってきたロマニを見て、一瞬、驚いた顔をしたが、先ほどのように呼びかけてはこなかった。慌てたようにロマニから目を逸らし、軽く一礼する。明るい青の瞳が思いつめたような光を帯びていることに、ロマニは気づかないふりをした。
「よかった。起きられたんだね。気分はどうだい?」
「――ここは……どこでしょうか?」
先ほど「ドクター」と呼んだことは覚えていないらしい。またロマニもそれを噯にも出さない。
また《彼》もロマニから知らない人のように接せられて胸が少し痛んだが、それを面には出さず堪えていた。
「ここは人理継続保障機関という施設です。名称を『フィニス・カルデア』という。ボクの名前はロマニ・アーキマン。ドクター・ロマンと呼んでくれると嬉しい。医療部門の責任者でね、今は……いちおう司令官代理ってことになってる」
「ありがとうございます。あと――オレを助けてくださったんですよね。そのことにもお礼を」
握りしめた《彼》の拳が小さく震えている。それが示すものは、緊張――もしくは警戒。刺激せぬよう近づき過ぎぬよう、適切な距離を保ちながら微笑みかける。
「礼には及ばないよ。自分ちの中で倒れている人を放置する者はいない」
「……」
「放り出すにせよ、助けるにせよ、放置はしないだろう?」
「そう……です、ね」
目を逸らしたまま頷く《彼》の顔がこわばっている。ロマニはそれにも気づかないふりで、話し続ける。
「この施設の中で、君は倒れていたんだ。カルデアのセキュリティは万全なはずのに、なぜここに、しかも施錠された部屋の中に君が入れたのか、ボクらも訊きたくてね。目を覚ますのを待っていたんだよ」
「なぜ……って……。あ! ――オレの他には誰も……誰もいなかったんでしょうか?」
「――誰かと一緒だったはず、なのかな?」
「……」
「答えたくないなら、無理に答えなくても構わないよ」
優しい声に油断して、つい、声の主を見上げてしまった。
そこに立つのは。
懐かしい大切な人。
もう二度と会えないと思っていた人。
これが魔術による幻覚だとしたら、なんて、なんて残酷なんだろう。
《彼》の顔が泣き出しそうにくしゃりと歪む。そんな顔をすると成長期の顔に残る幼さが際立つ。
「いえ……。どう、だったのかな、と、思っただけ、です」
「そうか……。――ええと、まだ話したいんだけど、その前にちょっと失礼するよ」
ロマニはメディカルスタッフを呼ぶと、てきぱきと診察を始めた。その様子は何から何まで記憶の中のロマニと同じだった。懐かしさが喉元にせり上がって息苦しい。
それにしても。舌圧子の冷たさも、舌の奥を圧されて軽く「うっ」となるあの感じも、とても幻覚とは思えなかった。
幻覚でないのならばここは現実かもしれないという疑念とともに、考えないようにしていた或る可能性が蛇のように頭を擡げ始める。
(――もしかしたら――ここは、過去……?)
もしもここが魔術による幻覚でないのなら。過去のカルデアなら。オレがマスターになる前のカルデアなら。
カルデアがあって当たり前だし、ドクターがいて当たり前だし、ドクターがオレを知らないのも当たり前だし、ダヴィンチちゃんも元のままのはずだし、それに、それに……。
(――もしかしたら――最初から、あの悲しい出来事から全部やり直せるかもしれない……)
頭の中で囁く声がした。
それはあまりにも甘美な誘惑だった。
そんなものに抗えるはずがない。
《彼》が口を開き、「ドクター」と声をかけようとしたとき。
ドアが開き、ふたりの少女が駆け込んできた。
ひとりは、マシュだった。驚いたような、不安そうな、でもこちらを心配しているような顔は、どう見てもマシュだった。やっぱりここは偽物の世界なんかじゃない、と不安を抑え込む。
マシュの隣にいるのは、アジア系の顔立にオレンジがかった明るい茶の髪をした少女。見慣れた――しかしボトムがスカートの――カルデアの制服を着ている。
『魔術礼装・カルデア』――それを着ているということは、彼女はカルデアの職員ではない。知らない顔だと思うのだが、どこか見覚えがあるような気もした。
(――たくさんいたマスター候補生のひとり、なのか? でも彼女がどうしてここに?)
状況を把握できずに呆けていると、カルデアの制服を着た少女が意を決した様子で右手を上げて甲を正面に向け、はにかんだように笑った。
「こんにちは! わたしはフジマルリツカ。このカルデアのマスター、です!」
「こ、こんにちは。マシュ・キリエライトと申します!」
素直な笑顔を向けてくれているふたりに笑顔を返すことも忘れ、《彼》は茫然自失となっていた。
「令呪……。カルデアの、マスター……」
(――これが幻覚なら、オレを騙すつもりなら、マスターがいないほうが都合がいいはずだ。それともオレがマスターであることを否定しようとしている幻覚……?)
はっとなって自分の右手を確認すると、そこにはいつも通り令呪があった。見比べるまでもなく、リツカと名乗った彼女のものと酷似している。どうやら自分がマスターではなくなった、ということではないようだ。
(――ということは)
オレではないフジマルリツカというマスターのいるカルデア。
つい先ほど抱いてしまった甘い希望がぺしゃりと潰されて胸が痛い。
(――もしかすると、ここは別の世界線のカルデア、なのか?)
その可能性に、ようやく思い至る。
ドクターがいて、マシュがいて。
令呪をもったマスターがいて。
ここがカルデアであることは間違いない。
(でも、オレのカルデアではない)
見ると、リツカとマシュはしっかり手を握り合っていた。
胸の奥の柔らかな部分が妬心でちりちりと焦げる。
表情に出ないよう、奥歯だけを噛んで感情を押し潰す。
間違えるな。あれはうちのマシュじゃない。
ここのマシュだ。
これぐらいで動揺してどうする。
慣れろ。
マシュだけじゃない。
これからきっと幾人ものサーヴァントが、カルデアの人たちが、彼女をマスターと呼び、親しみ、オレのことは見慣れぬ闖入者として警戒するはずだ。
いちいち動揺するな。
慣れろ。
(このカルデアの力を借りて、オレはオレのカルデアに帰らなくちゃ)
リツカの令呪を見て、傍目にもわかるほど動揺していた《彼》だったが、強い意志をもってそれを抑え込んだのが、マシュにもよくわかった。
顔を上げ。
笑顔になり。
透き通る青の瞳を《彼》は真っ直ぐにひたと向けてきた。
宝石のような硬質の青ではなく、あたたかさのある青。
まるで海のようだとマシュは思った。
特異点で初めて見た、海。
穏やかに晴れた日の、澄んだ青。
《彼》はすぅと音を立てて息を吸い込み、落ち着いた声で言った。
「はじめまして、カルデアのマスター。オレは藤丸立香。此処とは違うカルデアの、マスターです」
(続く)
これは面白い、続き期待します!