日本を蝕む”朱子学”の闇 その75
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朝鮮の儒教(特に朱子学)は、李氏朝鮮(1392-1910)において国教的地位を確立し、政治、社会秩序、倫理の根幹となった。支配層である「両班」(ヤンパン)の精神的支柱であり、彼らの中では「忠孝、年長者尊重、礼節を重んじる」としたため、さも現在の韓国までもが「東方礼儀の国」であるなどというまことしやかな嘘が喧伝されている。だが、それはあくまで支配層だけの話であって、下層民に対しては年長者だろうが両班が礼節を重んじたなどという記録はどこにもない。そもそも年長者を尊重し、礼節を重んじる国が人間を売買できる”モノ扱い”などするはずがない。
現在もそうした風潮が変わっていないのは、2017年の文在寅(ムン・ジェイン)政権が誕生して2か月後に発覚した。大統領府行政官の“歪んだ女性観”が、大きな問題となったことでも明らかだ。この行政官、ソウルの風俗街を「東方礼儀の国の美しい風景」と絶賛していたのである(笑)。渦中の人物は、大統領儀典秘書官室のタク・ヒョンミン行政官である。「儀典秘書官室」とは、「大統領府の総体的行動様式を企画して執行するところ」(『東亜日報』)で、タク氏は5月の大統領選挙で文在寅氏の出馬映像の演出などを手がけ、米韓首脳会談にも随行したとされるまさに韓国高官の一人で、問題視されたのはタク氏が過去に出版した一連の書籍だ。
上:タク・ヒョンミン行政官と彼のエッセイ集
タク・ヒョンミンは何冊も著作を出しているのだが、これがどれもどうしようもない内容の作品である。2007年に発行した著書『男心の説明書』で、自身の女性観について明かしている。「したい、この女」と題したコラムでは「コンドームを嫌う女」「体を覚えさせる女」などと書いており、同じく「そそられる、この女」では「かかんだときに胸の膨らみが見える女」などと記されている。その他にも、「背中と胸の差がない女がタンクトップを着るのは、男にしてみればテロに遭ったような気分」「短い服を着るくらいなら下に何か着るんじゃない」といった文も確認されたという。
まさに両班的な思想の塊だ。日本が韓国統治で両班をなくしても、女性蔑視とモノ扱いはDNAに刻まれており、一向に改めようという気配はない。なにせこの問題が発覚したタイミングは、世界で「#MeToo」が話題になっていたタイミングである。日本では閣僚に起用するかどうかを決める際、一応、過去はチェックする。もちろんほとんどの閣僚は統一教会に世話になった人間だが、登用されてすぐに更迭という事態は避けるために、下世話なネタがないかどうかは確認するものだ。が、韓国では文在寅を筆頭に大統領府で働く人間はほとんど両班の末裔である。だから掘れば必ずおバカなネタはいくらでも出てくるのである。
自らの書籍に女性蔑視と指摘されかねない文章を書いているだけでも、十分にその資質を疑われる人物だが、2010年4月に発行した『想像力に権力を』という著書はさらに過激だった。同書には「私のソウル風俗文化探索記」と題された文があり、性売買や女性の商品化について何度も絶賛、「東方礼儀の国の美しい風景」とまで讃えているのだ(笑)。過去、韓国では性産業が国内総生産(GDP)の4.1%を占めていると報告され、そんな性産業を抑圧しようと2004年に「性売買特別法」が施行されていた。それから丸10年以上が経ったこの時点でも、大っぴらに性売買について賞賛することは許されることではない。
ソウルの風俗店とフーゾク大好きタク行政官
世界に「#MeeToo」運動が吹き荒れようが、両班の末裔たちにとっては、「女性は自由にできるモノ」という意識からは抜け出せない。だからなのだろう、タク氏はその著書の中で、様々な種類の風俗店が並ぶソウルの一角について、以下のように記述している。
「このような風景を見ていると、実に東方礼儀の国の美しい風景と思わざるを得ない」
「昼夜を問わず享楽が日常的に可能な、おお! 胸に染み入るような美しい風景が演出される」
それにしてもソウルの風俗街はまさにフーゾクの塊だ。日本の風営法ではみな逮捕されるレベルのカラオケ店や飲み屋ばかりだ。だからなのだろう、タク氏は皮肉を述べているわけではない。7月4日、国会で開かれた人事聴聞会で「国民の党」キム・サンファ議員は、タク氏の書籍に触れ、「もしかしたら反語的な表現ではないかと思い、書籍を全部読んでみたが、性売買を批判するという部分を見出せなかった」としている(笑)。つまりタク氏は筋金入りのフーゾク大好き両班なのである。もちろん韓国でも近年は“女性嫌悪”がイシュー化しており、女性を蔑視するかのような記述や発言は非常にセンシティブな話題である。
韓国メディアも、「誤った性意識の騒動、タク・ヒョンミン行政官を早く整理しなければ」(『韓国日報』社説)、「様式と品位毀損したタク・ヒョンミン行政官に対する大統領府の沈黙」(『毎日経済』社説)などと報じ、文在寅政権への影響を危惧していた。というのも文在寅は大統領選挙中から「同性愛が好きではない」と発言、波紋を呼んだことがあったからだ。
2017年4月25日、JTBC主催の韓国大統領選挙討論会で、当時候補だった文在寅は保守系候補からの質問に対し「(同性愛が)好きではない」と述べ、さらに同性婚の法制化にも「反対する」という姿勢を示し、波紋を広げた。この発言は、同性婚の合法化に関する質問に対する回答であり、人権派弁護士としてのイメージとは異なり、同性愛には冷淡であるという批判や懸念を生んだが、そもそも「人権派弁護士」というのも大嘘である。
文在寅は大学生時代に民主化運動に関わり逮捕・収監の経験を持つ。その後、盧武鉉と共に釜山で反政府デモや労働争議の弁護を精力的に行ったこと、また「清廉で温厚」な人柄と社会的弱者の権利擁護に取り組む姿勢が評価され、”人権派”のイメージが定着した。だが、大統領時代には、脱北者の人権は完全に無視、与党による言論の自由への介入も問題視され、人権重視の姿勢を疑問視する意見が続発した。文在寅という男は”羊の皮を被った寅”なのである。なにせ金正恩にペコペコする”親北朝鮮”だった文在寅政権下では、脱北者に対する人権無視が著しかった。
2019年の脱北漁師強制送還事件、対北朝鮮関係を優先して脱北者支援団体への補助金を大幅に削減するなど、南北融和政策を重視するあまり、脱北者の安全や人権は犠牲にされたのだ。「脱北漁師の強制送還」では、亡命の意思があった2人の漁師を北朝鮮に強制的に送還。本人の同意がない強制送還は、拷問や死刑の危険がある場所へ送らないという国際人権法に反すると批判が殺到した。さらに 脱北者たちが北朝鮮へビラを散布する活動を厳しく規制、関連団体への補助金を約9割カットするなど、活動を妨害した上、 国連の北朝鮮人権決議案に対し、5年間の政権期間中、共同提案国に参加もしなかったのである。
韓国のネット新聞に掲載されたビラと侮辱罪で起訴させた文在寅
2021年、韓国で文在寅大統領を非難するビラを配った男性が「侮辱罪」の疑いで起訴された。侮辱罪は親告罪であり、批判された本人か、その人が委任した人物が告訴してはじめて捜査が始まる。つまり大統領が国民を告訴したことになる。韓国では大統領のこの行為に対する強い非難が巻き起こった。ことの発端は2019年7月17日、保守派青年団体「ターニングポイント」代表のキム・ジョンシク氏(34歳)は、国会敷地内の噴水台の前で、文在寅大統領を批判するビラを配ったことにある。
そのビラは親日派の一掃を掲げる左派・歴史団体の「民族問題研究所」をパロディーにしたチラシ(上の画像)で、表には「2020年応答せよ、親日派の子孫たちよ」というスローガンとともに、文在寅大統領、朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長(当時)、洪永杓(ホン・ヨンピョ)元民主党院内代表らの父親が日帝植民地支配当時に揃って親日行為をしたという主張が書かれていた。旭日旗模様の背景の上に、「文在寅統領の父親のムン・ヨンヒョンは日帝強占期当時、名門高の咸興農高を卒業後、興南市役所農業係長を務めた」という主張も書かれていた。
さらにチラシの裏には「北朝鮮の犬、韓国大統領・文在寅の真っ赤な正体」という文書とともに、関連記事を掲載した日本の某雑誌の表紙写真が入っていた。このチラシが問題となり、キム氏は同年10月から1年6カ月余りにわたり断続的に警察の取り調べを受け、ついに4月8日に検察に送致され、侮辱罪で起訴されたのである。これがインチキ「人権派弁護士」の実態なのである。さらに文在寅は北朝鮮にペコペコするだけでは飽き足らず、中国に対してもペコペコ外交をしたことで、韓国国内のみならず国際的なメディアからも「屈従的」「二枚舌」といった批判的な評価が数多くなされた。
文在寅政権(2017年〜2022年)の対中・対北朝鮮外交については、異常とも言えるほどの下僕的な姿勢から、韓国人のみならず海外のメディアも呆れさせた。2017年の訪中時に中国側から礼を欠く待遇を受け、韓国国内で「冷遇された」と批判されたにもかかわらず、北京大学での演説では習近平の「中国の夢」に共鳴する発言や、習近平への賛辞が「甘言」と報じられ、対中従属的であると批判され、JBpressは、文政権の中国に対する姿勢を「異様な屈従」と断じている。
南北和解・協力を優先するあまり、北朝鮮の金正恩・金与正からは不快感を示され、北朝鮮が南北連絡事務所を爆破するなどの挑発行為を行っても、対話路線を変えなかった姿勢は韓国の国内メディアから「屈辱的」「手下扱いされている」などと批判された。ボルトン元米大統領補佐官の回顧録では、文政権が米韓間で「二枚舌」を使っていると暴露され、米国側からも不快感を示されている。こうした呆れた”人権無視の弁護士”文在寅に対し、韓国人の”教授”なる人物は、以下のような非常にシュールな内容の投稿をしている。タイトルは『最近、東方礼儀之国の意味を知って愕然とした!』である。
私は小学の時からうんざりするほど入ってきた'東方礼儀之国'という言葉がすごくいい意味だと思っていた。先生は黒板に漢字まで使って、説明し、韓国は、胸いっぱいになる自負心で学んだ。はなはだしきは電話も目上の人が先に切った後にやめなければならないと学んだ。みんなが誇らしくており、韓国人の自負心ぐらいに思って喜んでいた。
ところで、この言葉が私たちが知っている意味とは違って、非常に侮辱的な意味も同時に持っているということを恥ずかしいけど最近知った。伝えられている通り、東方礼儀之国という言葉は昔中国が韓国を歌っていた言葉だ。後漢書によると、我が国は常にお互いに譲歩し、食べ物もお互いに譲り、男と女が別に居住して混入されないので孔子も生きたがった'礼儀の土地'だった。しかし、良いのはここまでだ。このような良い意味とは違って、正反対の意味としても長い間使用された。
朝鮮はいつも中国の棒だった。それもとても言うことをよく聞く'礼儀正しい'棒。きれいな女性を数百人を選抜して捧げなさい、馬3000頭を送ってなど無理な要求をしていた。さらに永楽帝は『食欲がないので、塩辛やタコのようなものを送れ。二十歳以上三十歳以下で料理上手でお酒を良く楽しませる娘をたくさん送れ』とまで要求した。世宗実録に出ている。ほとんど朝鮮を見下す行動だ。しかし力の無い朝鮮は'礼儀正しく'要求を受けた。最も苦痛を受けたのは、朝鮮の民衆たちだ。
そんな中国だが、長年、隣国の脅威に悩まされてきた。それで万里の長城を築いてまた、宋で見られるように、必要な場合、金銀の宝を与えて和親関係を維持して襲うこともあった。中国をいじめる隣国の中で、唯一朝鮮だけが絶対的に中国に服従してきた。アジアの歴史を見ても、余震、モンゴル、契丹、満州族などが中国を支配した場合が何度もあるが、朝鮮だけは一度の試みすらしなかった。そんな理由で中国は朝鮮を'東方礼儀之国'と呼ばれたと伝えている。始まりはよかったが、この言葉は、このようにすごく侮辱的な意味を持っている。
朝鮮と中国との関係はいい言葉だが、非対称的な関係でありていに言って属国の関係だった。韓国人の精神世界で最も理解されていないのが反日感情だ。朝鮮王朝の絶対無能のため、40年間日本に国権を奪われたことをめぐり、ほとんどの韓国の人は、ひどい恥辱と考えられる。そうだ。確かに恥辱的なことだ。それでチョ・グクなど、ムン・ジェイン政権の実力者らはともすれば土着倭寇、竹やりを叫び、反日感情をそそのかして政治的反射的利益を得ている。
ところで40年に国権を奪われたことについてはぶるぶると震えながら、五百年間中国に受けたことについては、わざと知らないふりをする。それだけではない。2017年中国を訪問したムン・ジェイン前大統領は北京大学での演説で、中国を'高い山の峰'に例え、『韓国は小さな国だが、中国夢に参加する』と話した。間抜けな話だ。中国夢が何か。一言で中華民族の復興という目的の下、中国の優先主義、人権、言論弾圧、民主主義抹殺など全てを正当化する。そのような国が中国だ。
一時は世間の人が誇りに思っていた東方礼儀之国という言葉に対して、私は今日激しい羞恥心を感じている。自由、平等、自己主張、成就など耳にするだけで胸がどきどきしている価値を追求してきた国が韓国だ。そのような国がまだ中国夢がなんだかんだと言い放つ行動は実に荒唐無稽で不憫でもある。人権と民主主義が生きている大韓民国はこれ以上中国の圧制と覇権主義に屈してはならない。季節はいつのまにか秋の入り口だ。この秋、私は長い間一緒にしてきた東方礼儀之国ともう別れしようとしている。
東方礼儀之国の大統領・文在寅
朝鮮は儒教を単なる学問ではなく、統治の理念と日常生活の規範として受容した。そして本家の中国以上に朱子学(性理学)を厳格に追求し、独自の理論(主理派・主気派など)を発展させた。それが両班が支配する階級社会の理論的根拠となり、中人以上の階級では儒教的「礼」が家族関係や婚姻、葬儀に至るまで深く浸透した。だが、人口の50%を下層民にしていたような国が、何をもって「礼節」なのだろうか。韓国ドラマには必ず年上を敬うことを示す酒の飲み方が出てくるが、それは両班の世界の話であって、一般庶民には関係のない話である。
「家族を大切にする、教育を重視するといった価値観や、儒教的な儀式(チェサ:祭祀)は現在も韓国社会の基盤となっています」などという大言壮語は、逆にいえば「家族しか信じられない」「教育を受けさせてもらえなかった」という両班に対する「恨:ハン」なのである。韓国は自ら儒教の元祖と名乗ったぐらいで、中国とも違う普及を遂げたが、要は両班が民衆支配のため、儒教を利用したということで、中国の科挙のように、文と武の試験を行って官僚を作り出した。だが、科挙試験にも不正が横行し、官職が売買されるようになって、腐敗が進んだ。その末裔たちは今も同じことを繰り返している。
朱子学の国は変わらない。いや、変われないのである。朱子学の猛毒は国家を蝕み、やがて民族丸ごと狂った国家にしてしまうのである。さぁ、こんな狂った朱子学の話ともそろそろおさらばしたくなってきた。だが、その前に朱子学と日本はどう闘ったのか、蝕まれたのかを記しておかねばならない。
<つづく>