機動隊(半年隊員)時の話
警察官を辞めた一般人なので現場で起こった15年前の話を守秘義務を守りながら記します。
※特定の政治団体や宗教、個人を指しておりません。
2011年東日本大震災から3〜4ヶ月経過し、温かくなってきた頃になります。
当時、機動隊員の半年隊員として福島原発3キロ圏内の警戒など、東北に特別派遣員として頻繁に行ってました。
東京に帰ってきた際には国会包囲デモ、東電デモ、当時は民主党本部警備などがあり機動隊員としては警備事象が増え、重防先も増えたりと体を休める休みなんてほぼほぼありませんでした。(夜中までの現場ばかり)
我々は東北の最前線で活動していましたので
ある意味…
東京ではできるだけ体力を回復し、オフはストレス発散し、東北へ行くためにエネルギーをチャージし機動力を活かして被災地にて全てを注ぎたい一心でした。
しかし、現実は。
都内でトラブルなどが起きぬよう機動隊が最前線の現場ばかりの警備事象の仕事がみっちり詰まってました。治安を守るため休む暇もなく働いておりました。
ある日、脱原発キャンドルデモ(国会包囲)がありました。
今でも覚えております。
デモ参加者の安全を確保するため、道路に出ないように部隊として(敬語で整理誘導)促したところ。
「お前らは現場(福島)を知らないだろう!」
「邪魔だどっかいけ!」
「警察帰れ!」
と難癖をつけられました。
心の中で俺らは数日前にタイベックスーツを着て行ってきた後じゃ!数週間後にも行くんじゃ!
と叫びながら顔色も変えず警備していました。
我々は20代。
詰めてくるのは親世代の5.60代ばかりでした。
肩に赤い布を付けた方々に詰められたり、トラメガを耳の近くに位置し大声で警察批判もされました。
警察(機動隊)に不満があるのか…
デモ参加者以外の方々の歩道を確保するために立っていたり、荒れた現場に行く際などの移動中に足元を何回も蹴られたりワザと足を踏まれたりもしました。
証拠が残らないように足元ばかり攻めてきました。
公務執行妨害として検挙したかったのですが夜中まで長い現場において検挙してしまうと署に同行するため人員が減る問題があったため、当時の幹部が我慢しろ。との事で、奥歯を噛み締めて我々は我慢しました。
ニュースや新聞も国会デモが正義みたいな報道ばかりでしたが、辞めた元機動隊員としてはこれがリアルな話です!
そんな経験があるので嫌いなものは嫌いです。
神でも仏でもない人間なので俺は現在は一般人。
当時、我々に起こったことを絶対に許せません。
金輪際、関わりたくない人達としております。
以上


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