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ライアイ詰めあわせ/Novel by くま

ライアイ詰めあわせ

9,563 character(s)19 mins

過去にかいたライアイ小話詰め合わせです。

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訪問者

「なあ、入っていいか?」


布擦れの音、続いて細く吹き込んだ冷たい風とともに、ライは現れた。

無駄のない筋肉がついたその腕が、今は天幕の分厚い入り口の布を持ち上げている。


化身はしていない。
多少の差異を除けばベオクのそれとよく似た姿でライは笑みを浮かべ、そうしてそのまま、この天幕の主である青年の了承を待つ。
ライと青年はいっそ気安すぎるほどの仲であり、最早それは不要の問いにも思えたが、彼はともかく少なくともライは、不用意に相手の領域を侵すようなことはしたくなかった。
生来の気質に由るものなのか、または血に受け継がれた異種への畏怖なのか。それは自身にも判じかねるものだったが、手も届かないほど心の――あるいは魂の、その奥底にある暗く形を成さない澱よりも、ライはもっと身近で確かな感情を大事に手繰り寄せた。

つまりはこの目の前の青年が好きなのだ。


「ああ」

問われた方の青年は手にしていた紙の束から目を離すことなく、いっそそっけないとも思えるほどの短い承諾の意をライに伝える。
どうやら書類の整理をしていたらしい。あまりこういった作業が得意ではないらしい彼の眉間には深い皺が刻まれている。
天幕の梁から吊るされたカンテラの、その橙色の光に照らされた横顔にどこか疲労の色が見てとれるのは、ライの気のせいではないだろう。

「なあ、アイク」

名を呼べば、アイクと呼ばれた青年はようやくその髪と同じ蒼い瞳をライに向ける。
揺れるカンテラの炎をうけて瞬く瞳にようやく己の姿を映すことができ、その本性に獣を宿すラグズの青年は満足げに色違いの瞳を細めた。

「オレ、さ、」

そこでいったんライは思わせぶりに言葉をきる。怪訝に思ったのか「なんだ?」と目で先を問う彼に、ライは思わず喉の奥でくっと笑う。もとより彼はそう口数が多い方ではないが、これではまるでラグズ同士のコミュニケーションだ。

「珍しく時間あいたんだけど?」
「そうか」
「そうかって、お前ねー…久々に二人きりになれるって言いたいんだけどな、オレは!ようやくスクリミルのお守りから開放されたっていうのに、相変わらず素気ないよなーお前。夜更けにひそんできたっていうのに驚きもしないし」

ライは「つれないよな」と不満をこぼし瞑目すると、わざとらしい仕草で肩をすくめ嘆息して見せた。
そうしてちらりと薄目を開けてアイクの様子を覗き見してみれば、彼の方もようやくひと段落着いたのか、手にしていた紙の束を普段の彼らしからぬ丁寧な所作でくるりと丸め手近な台の上へと移すと、どこかぶっきらぼうに口を開いた。

「…別に」
「ん?」
「驚いてないわけじゃない」

外では風が鳴いている。吹き抜けたそれが幕布を波立たせると、それを支える木の柱がぎしりと軋んだ音を立てた。その振動に、梁から紐でつるされたカンテラも頼りなく揺れると、幕内にアイクの影が陽気に踊った。

「ただ」

右へ左へ揺れる影の主は、しかしそこに佇み憮然と告げる。

「 気配がしたから、くることはわかっていた」
「ん、そうか」

その言葉に、ライの青い尻尾がぴんと跳ねた。機嫌の良いときに見せるその仕草を視界の端に捕らえつつ今度はアイクが問うた。

「どうしてだ?」
「ん?」

端的な物言いは彼の特徴だ。
大概のことならば彼が言葉に出さなくても察する自信がライにはあるが――現に自分は彼の訊きたいとしていることはわかっている!――が、あえて訊いてみる。
「なにが?」と。


アイクの方は問いに問いが返って来るとは思っていなかったようで、どこか気まずげにその瞳が揺れたのを、ライは決して見逃すことはなかった。
われながら意地が悪いと思ったが、密な言葉の遣り取りもたまにはいいではないか。
大好きなその声がもっと聞きたかったからなどとは、決していわないけれど。

「…いつも不思議に思っていた」

渋々といった感で、アイクが口を開く。

「傍まで来ると、気配を断つことをやめる。そっと近づくことはやめないくせに、途中からわざと足音をさせる。今だって」

獣牙の、とりわけしなやかな身のこなしを得意とする猫族のライがその気になれば、足音はもとより気配をも完全に近いところまで消すことが可能だろう。それがどうして、と。
思わずライは苦笑し、その腕で跳ね上げていた幕布を下ろすとアイクに近づいた。

「わからないか?」
「ああ」

やはり音もなく近づく彼の様に、アイクは何か言いたげにライを見つめた。


(本当にわかってないのか?)


朴念仁と評される彼だが、その実人の機微には驚くほど聡いことを、ライはこれまでの付き合いで知っている。
それが自分に向けられたものだと、どうしてこうも疎くなるのか。


(わかって聞いてるんだったら、タチがわるいったらないよな)


先ほど自分が仕掛けた言葉遊びへの意趣返しのようなそれに、ライはまた苦笑を濃くする。


「そんなの、」

二人の距離はすでに半歩もない。
いまや風も止み、踊る影もゆっくりとその舞いを止めると主の足元にまた忠実に佇んだ。

まっすぐに向けられた視線に、たまらず彼に触れたい衝動に駆られ、ライはアイクのカンテラに照らされた橙色の頬に手を伸ばす。
それまで外に居たせいか、思いのほか冷たいライの指先にアイクはちらりと視線を落としたが、どうやら振り払う気はないらしい。
そのことに安堵し、ライはそのまま擦り寄るように冷たくなった鼻先をアイクの首筋に押し付けると、その暖かかい肌を確かめるように、すん、と音を立てて匂いをかいだ。

頭上で燃えるカンテラの、獣脂の匂い。
彼が先ほどまで手にしていた紙とインクの匂い。
革の匂い。
鋼の匂い。
それから、もうどれほど浴びたかわからない――落ちることのない誰かの血の匂い。

雑多なそれらを除けてようやく彼の匂いに辿り着くと、ライはそれを胸いっぱいに満たす。
指先も、鼻先も。彼に触れた何処もかしこも暖かい。
染み渡るようなその熱はライに眩暈のような幸福感を与えた。

いまだアイクの首筋に顔を埋めたまま、まるで秘密を打ち明けるような密やかさで、ライはそっと告げる。


「そんなの…、気がついてほしいにからに決まってるだろう」
「……」
「…お前が好きだから」
「…………」
「なあ…、しよう…?」


どこか呆れたような、または何かを諦めたような、そんなアイクの溜息を耳元に聞きながら、ライは灯りを消すべくカンテラへと手を伸ばした。

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