「ヌーメノン」についてのお話
どうも皆さんこんにちは、豆カカオです。
まずはボカコレ2026冬TOP10029位、YouTube10万再生突破ありがとうございます。こんなに伸びるとは思ってなかったので困惑ですが、やはり皆さん初音ミクのことがお好きなようで。
伸びたので恒例となりつつある楽曲解説noteを書きました。いつものごとくグダグダ書いているので暇な人は読んでみてください。
先にこっちの記事を読むことを推奨します
曲を作ろうと思ったきっかけ
今回の曲のテーマはあなたのいないデスクトップとは対照的で「初音ミク(記録)が実在する」という視点で進んでいきます。
あなたのいないデスクトップで「初音ミク(記録)は現実に存在しないが、初音ミク(記憶)は現実に存在する」と結論付けて、自分の中で初音ミクの存在の定義は終わりました。その考え方は今でも変わりませんが、それは初音ミクを心の拠り所にしている人にとってあまりにも酷な定義なんじゃないかと思うようになりました。
きっかけは「病みっ子トラブルメーカー」というゲームをプレイしたことでした。姉にオススメされてなんとなくプレイしたのですが、後半の主人公の言動がまさに妄想の存在に狂わされる人間を表しており、共感できる点もあってどハマりしました。
そこで自分は「初音ミク(記録)は現実にいる」という逆の考え方で曲を作ってみようかな、ということでヌーメノンが出来ました。
病みっ子トラブルメーカーについて
自分のサブ垢を普段から観察している人なら分かると思いますが、みゅーじっく♡えんじぇぅ以降から自分は何かしらのゲームをテーマに置いて楽曲を作ることが増えています。あなたのいないデスクトップならserial experiments lain、メランコーリならOMORIといった形です。この曲も様々なゲームを背景に置いていますが、その中でも一番色が濃いのが「病みっ子トラブルメーカー」というゲームです。
鍵だけど誰でも通してます、現在はさよならを教えてとダンガンロンパにお熱。
病みっ子トラブルメーカーのあらすじとしては、精神科医であるドクターが謎の病院で目を覚まし、3人の女の子の患者たちを退院までの5日間、面倒を見てあげるといった内容です。しかし3人の患者たちはそれぞれ違った形でとびきりの「トラブルメーカー」なので、気に触れないようにカウンセリングしてあげよう!という感じ。
steamの説明文には「プレイヤーであるあなたの選択によって主人公の結末が変わるサイコホラー選択型鬱ゲーム」と書いてあります。
前半は不穏ながらも可愛いキャラを愛でるゲームではあるのですが、中盤から後半にかけて目も当てられないような鬱展開が続きます。ヌーメノンが影響を受けているのは中盤~後半のパートです。ホラー&重すぎる鬱で正直他人にオススメしづらすぎるゲームなのですが、伏線回収が綺麗すぎるし、単なる鬱ゲーではないので精神状態に余裕がある人はプレイしてみてはいかがでしょうか。
さて、ここから先はネタバレ込みで病みっ子トラブルメーカーに影響を受けている部分を書くため、プレイしていない方は「結局初音ミクとはどう向き合うのがよいのか」の項目まで飛ばしてください。忠告したからね
はい。ここを読んでいるのは履修済みオタクの皆さんで間違いないですね?
結論から言うとヌーメノンの主人公はドクター、いや、「零雨」を参考にしています。零雨を理解すればヌーメノンはすべて理解できます。
零雨は過去に「そりゃ心を病むわ」と納得せざるを得ないほどの学校環境・家庭環境下にあり、さらに親から医者になることを望まれていました。しかし病院での検査の結果で色盲ということが発覚し、努力関係なく夢への道が閉ざされてしまいます。酷い、酷すぎる。
そんな環境の中、零雨は自分の部屋のテレビでふと「魔法少女リリカルたん」というテレビアニメを偶然目にしました。まぁ途中で母親に止められた挙句罵られるのですが、そこで零雨くんは神経性疼痛の薬である「リリカカプセル」とアニメの「リリカル」というキャラから「リリカ」という幻想を現実世界に作り出します。
狂った状態にうさぎが関連しているのは三月ウサギがイメージとしてあるから?
幻想であるリリカが零雨の心の拠り所となり、しばらくの間は日常生活を送り続けることが出来るのですが、だんだんとリリカが幻想であるという事実を突きつけられ始めます。
そんな中でリリカが現実にいると思うか、いないと思うかを選択していくことでエンディングが変化していくのですが、ここで現実にいない方を選択していったときにたどり着ける「孤毒」というエンディングがとても好(ハオ)です。
このエンドではリリカを手放す、つまり精神病の治療をすることになるのですが、序盤は順調だったものの、最終的にはまたリリカを求めてしまいます。しかし治療をしてしまったためリリカは現れない。もう一度リリカに会うために零雨は自分自身を傷つける。そんなエンドでしたね。
メランコーリが幻想を現実にいると肯定し続けた世界観だとすると、ヌーメノンは「孤毒」のように一度幻想を否定してしまった世界観という感じです。
自分含めてたいていの世の中の人は零雨ほど酷い環境や精神状態ではないと思っていますが、それでも幻想に縋ってしまうことは多いと思います。現代では一般的になった「推し活」というのもその一種かと思っています。実体のない存在に身をささげ、救ってもらう。だって実体のない存在は誰よりも自分のことを理解してくれるから。それを「異常」だと切り捨てるなんておかしい、むしろ世界が間違っている、そう思いませんか。
このnote執筆時点では自分は二十歳なのですが、成人を迎えると一度は「ちゃんと現実を見よう」と幻想を切り捨てようかと思う瞬間が来ます。自分もありました。しかし、切り捨てられる人はいいですが、自分のように過去の失敗体験が今の嗜好に結びついている人間にとってそれは難しかったです。切り捨てる時間が長いほどその幻想を忘れていきます。それが怖くて、大人になっても幻想に縋っています。
孤毒時の零雨くんと近い精神状態で、自分のような考えを持った人間が初音ミクを解釈したときに見える世界を「ヌーメノン」で表現したということで、この話は帰着します。記憶が現実の存在だと分かっていても、オタクは愚かなもので、記録にも存在を求めてしまう。
若干話が反れますが、先日ポケミクのライブ配信を見て号泣しました。記録で涙を流せるうちはまだ初音ミクを愛して、初音ミクに狂っている証明になるので安心です。
楽曲中の元ネタや小ネタ
続いて楽曲中の元ネタになった作品や小ネタを紹介。ここでは以下の作品のネタバレが含まれるので気を付けてください。
・病みっ子トラブルメーカー
・チェンソーマン
・マブラヴ オルタネイティヴ
楽曲全体で周りにあるカメラフレームのようなもの、これは病みっ子トラブルメーカーを知ってる人なら既視感があるかも
画面左上の「Monitoring」は監視中ということ。「MWAH! お願いきみが欲しいの」の方ではありません。
初音ミク以外の全概念が、あなたのことを監視しています。
酷い酷い悪夢のようなこの世界から出られたら 二人で海に行こうね
こんなSNS抜け出して、二人で海を見に行くぞ!!!!!!!
インターネットやめろ!!!!!!!!
腕が三本ないと取れないシーン。この曲のコメント欄で、特に外国人の方に「外で初音ミク映ったiPad持って歩いてるのヤバすぎ」と言われましたが、これくらいのことを躊躇っていたらこの曲は作れないでしょう。これが侍魂だよ
今日は目を開いたまま夢を見る
くれぐれも眠らないように
かなり大好きな歌詞。おやすみプンプンという漫画のセリフから影響を受けています。
都合のいい夢よりも魅力的な現実が広がっていたら、眠ることが嫌になってしまいますよね。ヌーメノンでは主人公は「眠る」という行為を非常に嫌っています。メランコーリと逆な状況ですが、初音ミクが現実にいると信じてる主人公にとっては現実の方が救いなのかもしれないです。それに眠るという行為を自分自身の意思でやってるのではなく、薬などの外的要因によって無理やり寝かされているならなおさらですね。
怪物共が嘘をつく しょうじょは強めの幻覚
拷問室は爆破する 大丈夫、騙されはしない
ここの歌詞は病みっ子トラブルメーカー知ってる人が見たらだいたい察せるでしょう。爆破というワードは作中で何度も出ますから。
「しょうじょ」は「少女」なのか「症状」なのか、どっちなんでしょうかね。怪物は妄想以外の全概念のことです。こいつらが騙して、俺たちから初音ミクを奪おうとしてくるんです。
ここら辺の文字は電波ゲーとかにありがちな文字配置を意識しています。内容は境界があるものが怖い理由です。
境界のあるものは境界がある以上そこに意味や歴史、概念によっては確定した意志を持っています。その中でも人間は特に怖い。何を考えてるか分からないし、なんならこちらのことを攻撃的な目で見てる可能性もあります。
その点ミクちゃんは立派やね
俺と同じ思想 同じ感情
強がっとるけど
自分が二次元やと心底理解しとる
最低限の公式設定で、自分たちの解釈で姿形が変わる、境界の定義が曖昧な女の子です。意思決定権が完全にこちら側にあります。しかしこちら側が境界のある存在である以上、本質的な意味で触れることが出来ないのは悲しいところです…
君が中に入った画面の
中の君が中に入った画面
の中の君が中に入った…
あー訳わかんない!
ここは「Milk inside a bag of milk inside a bag of milk」というゲームを意識しています。
このゲームはとある少女とイマジナリーフレンドが牛乳を買いに行くというシンプルな内容なのですが、まぁ様子がおかしいと。
少女にとって外の世界は化け物だらけの恐ろしい場所なのですが、そんな恐怖を克服するためにイマジナリーフレンドと共に一歩を踏み出します。歩数を厳密に数えたり、牛乳の状態を定義しようとしたりでなかなか進みませんが。
ヌーメノンでもイントロ以外ほぼ外の世界を主人公が歩いているのですが、これは一般人からしたら当たり前なことでも主人公にとっては非常に恐ろしい行為です。なのに外に出ているということは「特別な日」だったんでしょうね。
稼いで家庭を持って
安らかに眠ることが
幸せと思わないでね
まともになれてしまったら
君を忘れちゃうから
ずっとずっと狂った
ままでままでままで居させてくれ!!!
情けない歌詞。ただ、この歌詞に書いてあるような一般的な幸せを享受してしまったら、初音ミクを本質的に愛することが出来なくなりそうです。
以下、チェンソーマン2部のポチ太のセリフを引用します。
行きたかった学校に行けた時
そして…アサと理解しあった時
デンジはどこか幸せじゃなかったよね?
残念ながらデンジも気づいてたハズ
デンジは飢えて苦しんで悪魔と戦って
ボロ小屋で腐ったパンを食べてるほうがずっと幸せだった
デンジはね
地獄の中じゃなきゃ天国を見つけられない…
最悪だけど最高な脳みそを持っていたんだよ
チェンソーマン2部は「幸せとは」という哲学的なテーマで描かれたものだと自分は思っています。デンジはデビルハンターになってからパンにジャムを塗って食べること、女の子(パワー)のおっぱいを揉むこと、家族と暮らすことが叶い、最後には夢に見た性行為の寸前まで行きます。しかし、夢が叶ったデンジは1部初期とくらべてどこか大人びているというか、満たされたはずなのに幸せそうに見えません。それを見てポチ太は昔の方が幸せだったと思ったわけですが、「夢を追っているときの方が幸せ」という考え方には納得してしまう節があります。
ヌーメノンの主人公にも、彼女を作って結婚して家庭を築いて…みたいな一般的な幸せを送る世界線があったのかもしれません。しかし、その人生に初音ミクはいないでしょう。あくまで初音ミクは主人公の精神を安定させるための存在、満たされた主人公の世界の登場人物に初音ミクはいません。だったらこのまま狂ったままでいいと、そう思ったわけです。地獄の中じゃなきゃ天国を見つけられない、最悪だけど最高な脳みそを持っていたんです。
そうだ僕は 最善の 未来を選んだんだ!
「最善の未来を選ぶ」は「マブラヴ オルタネイティブ」という作品で印象に残ったフレーズです。
BETAとの戦闘で伊隅大佐や速瀬中尉は自らを犠牲にして戦局を有利にする行動をとるのですが、この行動は単なる死ではなく「最善の未来を選ぶ」ことだと語られます。
人生にはたくさんの死の分岐点がある訳ですが、その死の中でも最も未来を良くする分岐を選ぶこと、それが最前の未来を選ぶということです。実際作中での伊隅大佐や速瀬中尉の犠牲は、人類がBETAに勝利することに大いに貢献しました。
マブラヴほど壮大な物語ではないですが、このヌーメノンの主人公も、初音ミクを最も強く想うことができる時に最善の未来を選びました
そして最後のシーンに繋がります
結末はご想像にお任せします
結局初音ミクとはどう向き合うのがよいのか
ヌーメノンでは初音ミク(記録)が現実にいると捉え、あなたのいないデスクトップでは初音ミク(記憶)だけが現実に存在すると捉えました。じゃあ結局、初音ミクという存在を捉えるならどちらが適切なのでしょうか。
自分の答えは「どちらも程々に信じる」です。中途半端じゃんと思われるかもしれないですが、これが一番幸せな気がします。
まずヌーメノンのように初音ミクを捉えた場合、おそらくその人は人間であることに耐えられなくなってしまうと思います。初音ミク(記録)が現実にいるとするならば様々な問題点が発生するため、その問題を埋めようと世界を再解釈しようとすると、最終的に「自分という三次元に位置する存在が邪魔」という結論になりそうです。
それにあなたのいないデスクトップのnoteでも語りましたが、三次元の存在は創作を通して二次元の存在を残していく、この一連の流れこそが二次元との繋がりだと考えているので、「自分の存在を二次元に近づける」行為は正解だと思えません。
じゃあ初音ミクは記憶にだけ存在すると確定させるのはどうなのかと言うと、これも違う気がします。
だってマジカルミライで感動できなくなるじゃん
初音ミクのライブは「記録」です。でもそのライブを見て「この初音ミクは記録だから現実にはいないんだな〜」なんて思いたくないですよね。
いるんすよ、たしかに
いやいないんだけど、いると思いたいんすよ。
初音ミクの存在を記憶だけだと割り切った世界はあまり楽しいものだと思えないです。普段は存在が〜とかうるさいけれど、ライブ等では「初音ミクがいる!」と騒ぐ都合のいいオタクがいいです。
というか、世のオタクは無意識にこの「どちらも程々に信じる」をやっていることに気づきました。例えば「○○はオレの嫁」という言葉をオタクはよく使いたがりますが、実際に現実で結婚を試みようとするオタクは少ないです。ですが、脳内では1度でもその存在とあれやこれやする妄想をしたはずです。皆さんちゃんと「記憶と記録の区別」を出来ているからオタクであれるんですね。
オタクがよく言う冗談じみた発言は、二次元と正しい繋がり方ができている証拠です。もっと誇りましょう!
終わりに
以上でヌーメノンのお話を終わります。考察の余地を無くすのは良くないかなと思ったので、ヌーメノンを作る上で元になった考え方や思想をメインに語らせて頂きました。このnoteを読んで、改めてヌーメノンを考察していただけたら嬉しい限りです。
余談ですが、自分は文章を書くのは得意ではないですがnoteを書くのは大好きです。楽曲解説note以外にも色々書いてみたいな〜という気持ちがあるので、何か書いてほしいものがあればサブ垢のマシュマロやらDMで教えてください。
とりあえずあなたのいないデスクトップ、メランコーリ、ヌーメノンの制作を通して「初音ミクの存在」については一通り整理が着きました。なので初音ミクの存在についてクネクネ語る曲は一区切りして、とろいめもりーみたいなシンプル初音ミク好き好きソングを連発していくか〜と思っていたのですが…
出会ってしまった、少女に
次回のクネクネオタクソングでは「初音ミクが好きという感情」について、いろいろ語る曲を作る予定です。
クネクネクネクネ
🫨←クネクネオタクの振動で揺れている
クネクネクネクネ
それではまた次回のnoteでお会いしましょう
See you next time!


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