【SS】チキンタツタを間違ってタツタ抜きで注文したら異世界に閉じ込められた話 前編
僕は森をさまよっていた。
どれだけ歩いたのだろう。どこまでも真っ直ぐ続く砂利道の両脇には見たこともない植物がひしめき合い、時折遠くで聞いたこともない獣らしき鳴き声が響いている。
僕の手にはマクドナルドの紙袋が一つだけ。さっきまでこんな大自然とは真逆の都会のマクドナルドにいたはずだった。持ち帰りでチキンタツタを一つ買って、店を出たところまでは記憶がある。
そして気づいたら森の中にいた。
「お腹すいたな……」
思わずつぶやいて、手元の紙袋を見つめた。
もしかしたらこのチキンタツタは貴重な食料かもしれない。
しかし、大事にしておいたところでどうせダメになる前に食べなければならない。あったかい方が美味しいし。うん、とりあえず食べて一回落ち着こう。
そして僕は紙袋からチキンタツタを取り出し、包装を解いていく。
表面を覗かせたパンにはまだ温度が残っており、香ばしい香りが沸き立った。
僕が幼い頃、かつてチキンタツタがレギュラーメニューだった時代には、ハッピーセットのおもちゃには目もくれずチキンタツタをねだったものだ。
まずバンズが素晴らしい。ふんわりとした独特の山型のパンは、これがタツタに合うのかは正直分からないが、とりあえず単体でもめちゃめちゃ美味しい。
そして主役であるタツタは、和風な味付けが何度食べても飽きないほど美味し……
「あれ……?」
違和感を覚えて思わず固まった。
これまで幾度となく食べたチキンタツタとは明らかに異なる感覚。
あまりに手応えのない薄い掴み心地。見えるはずの茶色い衣の不在。
そして僕は気づいてしまった。
「タツタが……ない………………」
そう、そこに必ずあるはずのチキンタツタが、ない。
いやこれはチキンタツタなのだが、そういうことではなく、チキンタツタに入っているはずのチキンタツタがない。
どういうことだ、なぜタツタが入っていないんだ。
見知らぬ場所に迷い込んでしまった今、そんなことを言っている場合ではないのは分かる。
いやチキンタツタにチキンタツタが入っていないことはそんなことでは済まんやろがい。はっ倒すぞ。
唯一の希望だったタツタの無惨な姿に、思わずめまいがしてよろける。
「うわっ」
そして道の端でバランスを崩した僕は、手にしていたチキンタツタ(いや、これはチキンタツタなのか?)を大きく放り投げてしまった。
道の外側は斜面になっており、チキンタツタ(審議)は童話のおむすびころりんのように勢い良く転がっていく。
「待っ……」
急いでチキンタツタ(不服)を追いかける。
しかし追いつく前にそれは坂を転がり終えて、その下に広がっている小さな泉の中へ落ちてしまった。
そんな、あれでも大事な食料だったのに……。
泉の前でへたり込む僕。風が吹いて紙袋が飛んでいってしまいそうになったのでしっかりと握り直した。自然の中にゴミを捨ててはいけないからね。
すると突然、泉が神々しい光に包まれた。
思わず目を細めた僕の前に、うっすらと人影が現れる。
まるで斧を落とした木こりの前に現れた女神の話ような……。
光が落ち着いて元の泉に戻ると、泉の上にはやはりいかにもな女神がいた。
きっと「貴方が落としたのは金のチキンタツタですか? それとも銀のチキンタツタですか?」と尋ねられるのだろうと思いながらそのときを待った。
「いいえ、普通のチキンタツタです」と答えたら金のチキンタツタをくれるのだろうか。金のチキンタツタは食べられるのか?
いや、そもそもあれは普通のチキンタツタと呼んでいいのだろうか。「チキンタツタの入っていないチキンタツタです」と答えるべきだろうか。
頭のおかしい人だと思われやしないだろうか。でも事実なのだから仕方がない、ここは正直に行こう。
そう考えていたが……。
「…………」
「…………」
女神は一切の言葉を発しないまま、僕を見て微動だにしない。
しびれを切らして僕から聞くことにした。
「あの、チキンタツタを……いえ、チキンタツタは入ってないんですけど、チキンタツタを落としたんですけど……」
すると女神は透き通ったいかにも女神然とした声で淡々と答えた。
「いえ、貴方は何も落としていません。なぜならチキンタツタのないチキンタツタは”無”だからです」
唖然とする僕。しかし確かにそうだな、チキンタツタのないチキンタツタは、文字通り何も残らない”無”だ。ハンバーガーだってハンバーグを抜いてもかろうじてerが残るもんな。
すっかり感心して冷静に戻った僕は、自分が珍妙な状況に置かれていることを思い出したため、ダメ元で女神に聞いてみることにした。
「すみません、ここって、どこですかね……? なんか、気づいたらここにいたんですけど……」
「ここはいわば”無の世界”。貴方達にとってはそう説明するのが分かりやすいでしょう。貴方達が想像した”存在しない存在”によって成り立っている世界です。この私も、人々がこれまで幾度となく想像してきた”何かを落としたら金のマルマルですかと聞いて来そうな泉の女神”という”存在しない存在”です。貴方達の世界には存在しえない……しかし、貴方達が想像することで、私達はここに存在することが出来ているのです」
なんだか哲学的だなあ。ともあれ、不思議と受け入れている自分がいる。
ついでなので、そのまま聞いてみることにした。
「よく分かりませんが、とりあえず分かりました。それで、僕はどうしてこの世界に来てしまったのでしょう。元の世界に戻る方法はありますか?」
すると女神はマニュアルを完全に覚え込んだインフォメーションセンターの係員のように、すらすらと説明してくれた。
「貴方は本来はこちらの世界に来ることはありませんでした。貴方達の……いわば”有の世界”とこちらの”無の世界”とは、実在の有無によって完全に隔てられています。しかし、貴方は”チキンタツタのないチキンタツタ”という”無の存在”を手にしてしまいました。本来”有の世界”に存在してはいけない”無の存在”を、そちらに生み出してしまったのです。それゆえに、”チキンタツタのないチキンタツタ”と入れ替わる形で、貴方が”無の世界”に来てしまったのです」
「はあ、なるほど」
つまり僕は、無を有にしてしまったがために、代わりに無の存在となってしまったのか。
「理解が早くてよろしいです」
女神が満足気にうなずいた。悪い気分ではないが、もう一つの質問の答えをまだ聞いていない。
「僕が元の世界に戻る方法はあるんでしょうか?」
すると女神は少し困ったような顔をしながらも答えてくれた。
「確かなことは分かりません。世界のバランスがどのように保たれているかは、作られた存在である私にも分からないのです。ただおそらく、”有の世界”へ行ってしまった”無”――すなわち”チキンタツタのないチキンタツタ”を、再びこの”無の世界”に生み出すことが出来たのならば、同じように入れ替わりで貴方が”有の世界”へ帰ることが出来るかもしれません」
「生み出す……?」
「何を以てして、”チキンタツタのないチキンタツタ”を”生み出した”ことになるのかは、私にも分かりません。ただ一つ言えるのは、貴方があちらの世界で”チキンタツタのないチキンタツタ”を手にしてから、こちらの世界の”チキンタツタのないチキンタツタ”は消えてしまったということです」
「はえ~~」
思わず気の抜けた声が漏れてしまった。
要は、セカイ的に”チキンタツタのないチキンタツタ”と同等のものがこの”無の世界”で生まれれば、僕は元の世界に戻れるのかもしれない、ということなのだろう。
いずれにせよ他に方法も思いつかないことだし、どうにかして”チキンタツタのないチキンタツタ”を作り出すしかあるまい。
しかし、どうやって?
僕の心情を見透かしたのか、女神が再び口を開いた。
「幸いこの世界には、貴方達の世界には存在しないものは大抵なんでもあります。その分、非常に広い世界ではありますが、貴方が何かを作ったり、日々を過ごしたりする上で困ることはないでしょう」
「はあ」
「例えばこういったものです」
女神がそう言うと、僕の目の前に小さな光が現れた。
思わず両手で受け止めると、光の中から皿に盛られた刺身が出現した。
その色は赤みを帯びたオレンジ色で、これまでに見たどんな刺身にも似つかない。
「これは……?」
「それは”マグロとサーモンのちょうど中間の味がする刺身”です」
「マジかよ」
これまで「マグロにしようかな~、いや、サーモンも捨てがたいな……」と悩んだことは数知れない。
たしかに、これは存在しえない存在の代表格だといえそうだ。
「絶対に二つに綺麗に割れる割り箸もどうぞ」
「わぁ、どうもどうも」
皿の上に綺麗な割り箸が現れる。軽く力を入れると、人生で初めて対称に割り箸を割ることが出来た。気持ちよすぎる。
「容器の隅にたまっちゃわない醤油もありますかね」
「ありますよ」
「神~~」
なんだこの世界。つまり現実では存在しない夢の代物が全部揃うってことじゃないか。もう帰らなくてもいい気がしてきた。
「ただしお気をつけて」
刺身をほうばる僕に、女神は釘を差すように付け加える。
「貴方が今この世界を受け入れ始めているように、貴方はやがて本当に”無の存在”となってしまうことでしょう。そうなれば、貴方は永遠に元の世界へ戻れなくなります」
「まりれるか」
マジですか。
僕が言い直そうとしたとき、どこからともなく鐘の音が鳴り響いた。
「絶対に反響が不協和音にならない鐘の音です」
「ありがたいですね」
「退勤5分前の合図です。それでは私はこれで。幸運をお祈りします」
女神はそう残すと、あっという間に消えてしまった。てか、女神にも勤務時間とかあるんだ。
「……退勤時間より5分早く退勤出来る職場、たしかに存在せんわ」
誰もいなくなった泉の上を、僕の独り言が駆け抜けていった。
なんか長くなりそうなので続きます。
作り話と思われるかもしれないんですがチキンタツタにタツタ入ってなかったんだけど私がパティ抜きで頼んでて本当バカ 私はなにをしてるんですか???? pic.twitter.com/U7Io4p3kYi
— ほとの。 (@hotoono_sms) April 18, 2026


元ツイがバズってしまったがゆえにわりと見てもらえてしまっている。同じ分量くらいの後編はもう結末まで元々考えてあるし、まぁ気が向いたら続きを待っててくれよな