反骨の原子力学者が遺した10万枚の文書 九州大が来春に一般公開へ

小川裕介

 原子力政策を問い続けた元九州大学副学長の故・吉岡斉さんが残した文書や書籍が、九大の大学文書館(福岡市東区)に寄贈された。東京電力福島第一原発事故や核燃料サイクルを巡る政府の会議などに携わり、当時の内部文書もある。九大は来年4月の公開に向けて準備を進めている。

自称「反体制御用学者」 吉岡斉さん

 吉岡さんは富山県に生まれ、東大理学部物理学科で学んだ。科学技術史を専門とし、1988年に九大に着任した。研究者として数々の著作を残しながら、原子力やエネルギー関連の国の審議会の委員も引き受けた。独特のユーモアで自らを「反体制御用学者」と呼び、原子力政策を批判的に問い続けた。

 2011年の福島第一原発事故後は、政府事故調査委員会の委員や脱原発に向けて政策提言をするシンクタンク、原子力市民委員会の座長も引き受けた。九大副学長の任につく傍らで東京と福岡を往来した。

 しかし17年9月に肝神経内分泌腫瘍(しゅよう)と診断され、約4カ月後の18年1月に帰らぬ人となった。64歳だった。

 自宅や研究室には、約1万2千冊の書籍や政府の会議資料など10万枚を超す文書群が残された。

 「脊髄(せきずい)反射的に何とか残したいと考えた」と語るのは、九大時代の教え子で現在は早稲田大で教壇に立つ綾部広則教授(科学技術社会論)。遺族の了解を得て、ボランティアスタッフとともに吉岡さんの自宅や研究室から書類を運び出した。

段ボール363個分「政策の行間埋める」

 段ボール箱は363個分。吉岡さんが使っていたパソコンやワープロ計48台も回収し、メールのデータも電子データなどで保存した。出演したテレビの録画ビデオテープやDVD、CDなど映像資料も残されていた。

 綾部さんら教え子や元同僚たちが調べたところ、手帳には細部にわたってメモが書き込まれ、中にはプルサーマルをめぐる電力会社幹部との面会、原発再稼働をめぐる政権幹部(当時)とのやりとりとみられる記録も残っていた。「政策決定の行間を埋める資料がいっぱいあるのではないか」と綾部さんはみる。

 一連の資料は20年に九大大学文書館が寄贈を受け、書籍は「吉岡斉科学技術史文庫」と名付けられた。保存や整理に携わる市民らは「原子力政策の検証に役立ててほしい」と話す。

 昨夏には一部の資料が一般公開され、文書館が来年4月に九大伊都キャンパス(福岡市西区)に移転するのにあわせ、大半の資料が公開される。

 文書館の藤岡健太郎副館長は「原子力の推進派、反対派双方の資料が膨大に残されており、今後の原子力政策を考える上で非常に重要な内容が含まれている」と話す。

吉岡斉さん 略歴

よしおか・ひとし (1953~2018) 専門は科学技術史。原子力・エネルギー関連の政府の審議会委員を引き受け、独特のユーモアで「反体制御用学者」と自称した。東京電力福島第一原発事故の政府事故調の委員も務めた。

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この記事を書いた人
小川裕介
くらし科学医療部|原子力担当
専門・関心分野
核・原子力、感染症、調査報道

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