2018年、香港で開かれていた科学学会の壇上に、緊張した面持ちの中国人科学者が姿を現した。満場の聴衆が固唾を呑んで見守るなか、その科学者フー・ジェンクイ(賀建奎)はマイクを調整し、報道されていた事実を認めた。彼は世界で初めて、遺伝子操作(ゲノム編集)ベビーを誕生させたのだ。
HIVへの耐性をもつよう遺伝子操作を施された3人の女の子が誕生した。DNAに加えられた変更は恒久的で、しかも遺伝性がある。つまり、のちの世代に受け継がれる可能性がある。
中国の法廷はフーに懲役3年の判決を言い渡し、中国政府は生殖を目的とする遺伝子操作を禁止した。フーは現在、歴史的な変革に挑む人物として再出発しようとしている。
22年に出所して以降、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを抱える男子のための遺伝子治療に取り組んできたと、フーは語っている。研究結果はまだ発表も共有もされていないが、フーによれば、ある製薬会社がこの研究に協力しているという。
フー自身は北京南部に独立した研究所を設立しており、最近ではヒトの胚の遺伝子操作について発表を始めている。今回の目的はアルツハイマー病の予防だ。生殖細胞系列のゲノム編集は、米国を含めほぼすべての国で禁止されているため、その行方は不透明だ。
研究のかたわら、フーはソーシャルメディアで過去の経緯を振り返っている。「バイオテクノロジー界のバービー」を自称するキャシー・タイとの恋愛が破綻したことについても投稿したことがある。タイは元ティール・フェローのカナダ人で、ヒト胚ゲノム編集を扱うスタートアップの共同創業者だ。
今回のインタビューの条件は、フーを「ゲノム編集のパイオニア」と呼ぶことだった。だが本人はXで、さらに派手な表現を用いており、「中国のダーウィン」「中国のオッペンハイマー」さらには「中国のフランケンシュタイン」と自称している。
おろしたての白衣を身にまとい、実験設備のかたわらでひとりポーズをとる写真を投稿することも多い。明らかに誰もいない研究室に立つ1枚の写真には、「わたしは倫理を犯したのではない、ひっくり返したのだ」という一文が添えられていた。その少し後には、厳粛な表情で玉座に座る写真も投稿している。足元には有史以前の動物たちが描かれ、王冠からは虹の柱が立ち上る、そんな絵柄だ。
『WIRED』はフーにインタビューし、デザイナーベビーについて話を聞いた。すでに生まれた子どもたち、そして最終的に生み出したいと考えている子どもについて。
*インタビューの内容は、長さとわかりやすさを考慮して編集している。
──2018年当時、ゲノム編集は成熟したテクノロジーではないというのが科学界の一般的な見解でした。いまは熟したとお考えですか?
フー・ジェンクイ:この分野の第一線にいる人なら、成熟しているとは言わないでしょう。ライト兄弟は初の有人飛行に成功しましたが、あれは熟していたでしょうか。もちろん違います。それでも、兄弟は歴史に名を残しました。
幸いなことに、ルルとナナ、そして3人目の女児は健康に育っています。正常です。観察を始めてもう7、8年になります。ですから、ゲノム編集した赤ん坊を数百人規模へと進める段階に来ていると考えています。いまなら、300人に挑戦してもいいでしょう。
──3人の子どもの親とは連絡をとっているのですか?
はい。定期的に連絡しています。
──それで、順調なのですね?
ええ。小学校に通っています。家族もとても喜んでいます。
──ゲノム編集を受けていることを、親たちは子どもたちに伝えているのでしょうか?
いいえ。
研究対象はアルツハイマー病です
──新しい研究所では、主にどのような研究に取り組んでいるのですか?
生殖細胞系列のゲノム編集、胚のゲノム編集、それからアルツハイマー病の予防です。
──研究しているのは、どの遺伝子ですか?
APP-A673Tという、アイスランドの住民のあいだで見つかった変異です。この変異をもつ人はアルツハイマー病にかからず、寿命も長いことがわかっています。健康で正常です。そこで、次世代にその変異を組み込みたいと考えています。そうすれば、アイスランドの人々と同じようにアルツハイマー病にかからなくなります。
──現在、ヒトの胚を扱っていますか?
いまはまだ胚の段階には進んでいません。ヒト細胞系での実験段階です。
──この数カ月は、それに取り組んでいるということですね?
はい。
──すでに疾患を抱えている人をゲノム編集で治療するのではなく、胚に手を加えることに関心をもっているのはなぜですか?
それが世界を変えるからです。
──研究資金はどこから?
寄付金と、初期資金を提供してくれた人がいます。投資家には頼んでいません。向こうから来るんです。毎週のように北京に足を運び、会食しながら投資をもちかける投資家もいますし、ビジネスのアイデアをもち込む人もいます。カナダからも、ロシアからも、世界中からです。
──これまでにどのくらいの資金が集まりましたか? 政府からの助成はありますか?
5,000万元[約11億円]です。政府の助成はありません。
──あとどのくらい必要ですか?
1,000万ドル(約15億円)です。それだけあれば、アルツハイマー病の研究を終えることができます。そして細胞系からマウス、サルへと実験を進められます。小規模な臨床試験も可能でしょう。
──患者からも寄付があったと、Xに投稿されていましたね。
ああ、はい。その患者さんは大手企業の起業家です。ご家族にも同じ病気の方がいます。
──アルツハイマー病ですか? それともほかの病気ですか?
病名はお答えできません。患者のプライバシーに関わりますので。
──資金を提供しているのは、生まれてくる自分の子どもに予防的な形質をもたせたいと考えている裕福な人々だと考えてよいでしょうか?
いいえ、違います。
──アルツハイマー病を扱う研究所には、何人が勤務していますか?
わたしのほかにふたり。合計3人だけです。
研究できる場所ならどこへでも
──犯罪歴のある中国国内で、臨床試験に進むことは可能なのでしょうか?
生殖細胞系列のゲノム編集は、中国では現在禁止されています。ですから北京では、ヒト細胞系とマウスやサルの胚の研究までにとどまります。テキサス州オースチンに研究所を開設し、胚のゲノム編集研究を続けたいと考えていますが、パスポートがありません。
そのため、代案として香港に行くことを検討しています。ただ、ヒトでの臨床となると、香港でも実施できません。南アフリカでは25年、合法化されました[編集部注:25年8月、南アフリカは遺伝性のあるヒトゲノムの編集を認めると一部で解釈されていた文言を、国内の倫理ガイドラインから削除している]。
──南アフリカは、希望すれば受け入れてくれると思いますか?
南アフリカの関係者にはすでに話をしています。かなり興味を示してくれました。
──国外に出ることは認められているのですか?
可能です。
──IQの向上に関する研究を批判されたことがありますが、アルツハイマー病を防ぐために胚に手を加えることも、遺伝子改良の一種だと考える人がいます。疾病予防と遺伝子改良の境界はどこにあるとお考えですか?
最近、シリコンバレーの一部の富裕層が、人間、特に赤ん坊のIQ向上を推し進めています。あれはナチス的な優生学実験であり、阻止すべきです。金持ちのために人のIQを高めようとする科学者は逮捕されるべきでしょう。アルツハイマー病やHIVの場合は、単に人間の病気を防ごうとしているだけで、個人のIQを伸ばすのとはまったく異なります。
──ゲノム編集によってアルツハイマー病に耐性をもつ赤ん坊を生み出す段階までには、何年かかると考えていますか?
マウス、サル、そしてヒトの胚について研究を終えるのに2年かかります。その後、南アフリカで規制上の承認を得ることになります。米国が認めるなら米国に行きますし、日本でも同様です。
患者の幸せが最優先
──大幅なゲノム編集を施した胚から生まれた動物はすでに存在します。25年にはダイアウルフが復活し、ヒトへの移植にはブタが使われています。将来、ヒト胚に対する複数のゲノム編集は可能になるとお考えですか?
まさにそれが、わたしたちの研究所で取り組んでいることです。ヒトの胚に12の編集を加え、それを安全にしたいと考えています。
がん、アルツハイマー病、循環器疾患、HIVなどを予防できる複数のゲノム編集を、10~20の遺伝子パネルで実現できれば、現在ある難病をすべて予防できます。生まれてくる子どもはより健康になり、おそらくわたしたちより長生きするでしょう。
──この研究に異を唱える人もいると予想されます。中国当局との衝突は、どのように回避するつもりですか?
ただオープンに、誠実に向かい合い、正しいことをするだけです。研究計画はソーシャルメディアで公開しているので、研究内容は誰でも見ることができます。研究所も公開しており、何も隠していません。訪問者もいます。ただし、国の安全保障上の理由から、現在は外国の方には公開できません。
──懲役を終えてから、中国政府との対話はありましたか?
法に背くつもりはありません。
──ゲノム編集を受けた赤ん坊を誕生させ、懲役刑を受けたことで、あなたは一躍有名になりました。そしていま、研究を再開しています。このあいだに、どんなことを学びましたか?
何より大切なのは、患者が幸せになることです。患者をより健康に、より幸せにすることです。どのような医学研究であっても、それを最優先しなければなりません。倫理や国の政治、外交は二の次です。
(Originally published on wired.com, translated by Akira Takahashi/LIBER, edited by Nobuko Igari)
