春の湊 暮らしの古典157話 | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

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先週、語末の「春」の音読み「しゅん」を予告しましたが、

漢語の資料集を断念しましたので、

予定を変更して語頭に「春(はる)」を冠する語から

さまざまな「春」を探ることにしました。

テキストは『広辞苑 第七版』2018年、岩波書店です。

 

50音順に約100語挙げられている語彙を、次の15項目に分類しました。

〖「春」を冠する時候〗  〖「春」を冠する気象〗

3〖「春」を冠する昼夜〗  4〖「春」を冠する天文〗

5〖「春」を冠する風景〗  6〖「春」を冠する植物〗

7〖「春」を冠する動物〗  8〖「春」を冠する神・人〗

9〖「春」を冠する生業〗  10〖「春」を冠する行事〗

11〖「春」を冠する遊興〗  12〖「春」を冠する衣服〗

13〖「春」を冠する調度品〗 14〖「春」を冠する風情〗

15〖「春」を冠する情〗   

今回は≪1〖「春」を冠する時候〗≫を取り上げます。

 

「時候」といいながら寒暖といった感覚は

≪2〖「春」を冠する気象〗≫を立てていますので、その項に当てます。

はたして「時候」の何処に「春の湊」が出て来るやら?

【春待ち月】が挙げられています。

陰暦12月の異称」とあります。

原文の漢数字を算用数字に書き換えています。

今回、蒐集したデータに「陰暦」表記は、これのみで、

「陽暦」「新暦」「旧暦」も見えません。

断わらない限り「陽暦」「新暦」と考えます。

「異称」は、他に〖「春」を冠する植物〗〖「春」を冠する動物〗≫に見えます。

「陰暦12月」は、未だ暖かい「春」にならず待ち遠しい思いが感じとられます。

 

【春隣】【春の隣】が挙げられています。

後者には、次の記述があります。

◆春に近いことを空間的に隣と表現したもの。

晩冬、春の近づくのにいう。古今雑体「冬ながら―の近ければ」

 

「冬ながら」とあり、これも未だ「春」ではありません。

いったい、何時になれば「春」なのでしょう。

【春立つ】や如何?

◆春になる。立春の日を迎える。〈[季] 春 〉。

古今和歌集(春)「袖ひちてむすびし水のこほれるを―けふの風やとくらむ」

 

暦の上での「春」が来ました。

新暦では2月3日頃が「節分の夜」で4日頃に「立春」を迎えます。

「はる-さーる」とある項には【春さる】があてられいます。

◆ (「さる」は移動する意)春がくる。春になる。

万五 「ーればまづ咲くやどの梅の花

 

この「さる」に「去る」をあてれば大変です。

漸くやって来たのに、また去ってしまいます。

【春ざれ】があり、

「ハルサレとも。「はるさる」の連用形「はるさり」の転」とあり、

「春が来てうららかな景色になること」とあります。

 「うららかな景色」は何時まで続くやら?

【春先】は「春のはじめ。早春」とあって「春先の陽気」の用例が挙げられています。

【春方】や如何?

春方】は、「はる‐べ」にあてられて、次の記述があります。

◆(古くは清音)春の頃。万葉集(1)「―には花かざし持ち

「春の頃」の語義は【春つ方】にも見えます。

 

いずれにも見える「方」はへ【辺・方】の項の④に

「そのころ」とあります。

「春方には花かざし持ち」とあって御安心ください。

タイトルの【春の湊】や如何?

「湊」に冠された「春」とは、何時?

次の記述があります。

◆春の行き止まるところ。船のゆき泊まる港にたとえていう。

春の泊(とまり)。季語;春。

新古今春くれてゆくーはしらねども」

 

問題は「新古今春」の歌です。

*『日本古典文学全集』に当りました。

 *『新古今和歌集』日本古典文学全集26、第四版1976年、小学館

◆五十首歌奉りし時 寂蓮法師

暮れてゆく春のみなとは知らねども霞に落つる宇治の柴舟

 

「くれてゆく」に「暮れてゆく」があてられています。

頭注「春のみなと」には「春という季節の行き着くところ、の意」とあります。

「みなと」「とまり」につきましては1年半前、

真剣に考えました。

  ↓アクセス

https://ameblo.jp/tanonoboru/entry-12850082713.html

≪ミナト「水門」の地形 暮らしの古典75話:2024-04-28 09:24:14≫

「ト」は狭まった場所のようです。

*折口の引用の続きを記します。(下線は原文では傍点)

 *初出1919年1月、文会堂書店『万葉集辞典』の

≪みなーと[水門]≫の項

◆みなは水の形容詞的屈折で、

 水之[ルビ:ミノ]ではあるまい。

   今日の湊といはれてゐるのは、

 すべて海湾の船泊りの事であるが、

   海から川へ入る川口の、波除けに便な地をいふので、

 海から川口へ狭窄した地形をさしていふのである。

 

「湊」を「海湾の船泊り」とし「波除けに便な地」としています。

「湊」はゆっくりお休みになる場所です。

写真図 「湊」イメージ

「暮れてゆく春のみなと」は、「春の暮れ」でしょう。

テキストの【春の暮】には

「春の終わる頃。晩春。暮春」とあります。

【春の限り】には「春の終り。春のはて。〈[季] 春 〉とあります。

今回は〖「春」を冠する時候〗に、「春の湊」を見つけ、

「春」を総浚えして、「歳暮」ならぬ「暮春」にまで行き着きました。

 

究会代表 田野 登

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