TBS「報道特集」はナフサ不足で炎上しても"補足"で逃げた…元テレビ局員が見た「視聴者を見下す傲慢さ」の正体
■「自分の言葉」はどこにあるのか 翻って、「自分の言葉で伝える」とウェブサイトで謳う、いまのキャスターたちは、相手を、つまり、私を含めた見る側を、どれだけ「納得させる表現力」を持っているだろうか。 放送した後に、Xだけではなく、1週間後のOAでも、2度にわたって「補足」をしなければいけないのは、相手=視聴者たちの理解力が劣っているからなのか。もし、料治のような表現力があるのなら、いちいち「補足」などしなくても済むのではないか。「自分の言葉」を持っているのなら、なぜ「補足」が必要なのか。 今回の炎上は、「自分の言葉」を打ち出し、これまで半世紀近くにわたって民放のみならず、日本のテレビ報道を牽引してきた同番組が、「補足」という、謝罪でも強弁でもない、木で鼻をくくるような、どっちつかずの表現を繰り返しているせいではないか。 いや、こんな問いかけ全てが、むなしい。「“政府発表”のウラ側を追い、“当たり前の常識”を疑う」とウェブサイトで打ち出す「報道特集」の人たちには、響かないだろうからである。高市首相がXで説明すればするほど、それを「政府発表」として追い、それを信じる人たちの「当たり前」を疑うのが、彼ら彼女たちの方針だからである。 しかし、まさしく、その姿勢こそ、自分たちが築き上げてきた長く尊い歴史を蝕むのではないか。 ■「結論ありき」のテレビ報道の限界 今回の「間違いなく、今の状況が続いたら、6月、詰むんですよ、日本」との発言は、ディレクター側にとっても、また、発言した側にとっても、「おいしい」ものだったと思われる。私自身、取材する立場だったときから、今は取材される側としても、こうしたパンチラインが出ると、心の中で「これは使える」と安堵したり、喜んだりしてきた。 実際、発言の主である境野氏は、Xに「『報道特集』裏話シリーズ。」と題して、ある比喩表現をめぐり、「ディレクターから『もう一回、それ言ってください』と言われた」と明かしている。そのポストの末尾に「笑。」をつける程度の、つまりは、そこまで深刻ではない話題なのかと疑うのは、誤りなのだろう。「詰む」とか「一択しかない」と表現する境野氏と、それをOAに使う「報道特集」にとっては、こうした「笑。」を「自分の言葉」として使う点で、姿勢を共有しているのだろう。 その姿勢が、あくまでも「補足」と称して「結論ありき」にこだわり、「指摘されても謝らない」、そんな傲岸不遜さだと、少なくない人たちにとらえられているから、今回の炎上が起きたのではないか。その高慢さは、「調査報道」の看板を揺るがす限界を過ぎている。 ---------- 鈴木 洋仁(すずき・ひろひと) 神戸学院大学現代社会学部 准教授 1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。 ----------
神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁