初めて夜帳が比鷺を抱いた夜。比鷺の口から溢れたのは、歓喜や幸福などではなく、乱れる表情を夜帳に見られたくないという抵抗だった。顔を両腕で覆い隠し、比鷺は己の誇りを守ろうと足掻いていた。
「先生……お願いだから、見ないで……」
夜帳は、その震える腕を強引に剥ぎ取ることもせず、ただ静かに見下ろしていた。
いずれこの腕が、夜帳を求めて彷徨い、縋りついてくる未来を確信していたからだ。
「やめるか? 比鷺」
首を横に振る比鷺が、力無く呟く。
「今やめたら……次はない気がする……」
抱かれる側の負担は体だけではない。比鷺がどれだけの思いでその禁域を開いたか、理解できない夜帳ではなかった。これは、萬燈夜帳に、自分の体という供物を捧げるための、血を吐くような祭祀なのだ。
夜帳は、顔を覆う比鷺の指に、唇を寄せる。
腕の隙間に、比鷺の濡れた睫毛が戦慄(わなな)いているのを認めた。
「お前のその覚悟に、俺は感謝しなければいけないな」
歪(いびつ)で美しい、真の悦楽へと繋がる、長い夜の始まりだった。
comment
0ログインするとコメントが投稿できるようになります