弐之章 火縄、怨嗟燃やし

 戦灰暦五八一年 葉月の二十五日

 ――柚丸が旅に出て十六日目。



 うつせみの 晩夏遠けき 城陽炎


 柚丸は茶屋で腰掛け、道中記にそのように、己の気持ちを俳句で表した。

 うつせみ――それは、空蝉であり、現身うつしみとかけた表現である。

 夏も終わって良い頃合いであるのに、なお暑く、城も陽炎で揺れる。おかげで我が身は空ろに蝉が鳴くかの如く――。

 そういう一句である。


 まだ己の俳句が稚拙なのはわかっているが、こういうのは、繰り返しだ。やっているうちに嫌でもうまくなる。

(さて、その城をもういっぺん、しっかり眺めておくか)

 柚丸は腰掛けから立ち上がった。

 その様相は、見ようには、今にも戦さをおっぱじめんとするほどに、血の気が立ち上っている。


「見ろよあの餓鬼」

「なんだありゃあ……一人で城攻めする気か」

「世も末だな、あんなぼこさえ戦さ仕事たァ」

「けんど、ありゃあ人を幾人も斬ったやつの目つきだ」


 柚丸は周囲の声を聞こないふりをしていた。

 愛馬の青鹿毛は、旅籠とつながりがあるという馬喰の主人が面倒を見ている。銭は取られたが、馬の扱いには一日の長があるだろう。

 万一、馬を売り飛ばす真似をすれば、お前を斬るぞという言外の脅しはしていた。


 さて。

 吉多は美河道五十三次、三十四番目の宿場である。

 いわずもがな、美河国を東西に横断する重要な交通の要衝であり、徳河家の大本丸たる岡咲おかざきを西に控える、重要な防衛拠点でもあった。


 吉多、込油、紅坂間の距離は短く、その間に吉多城を除けば、わずか五つの本城と、幾ばくかの支城があるくらいだろう。

 それならば守りは十分と思うなかれ。


 まず、一度戦さに負けるということは、それだけ兵を失うということ。そして、この時代における兵とは大半が農兵である。軍役衆だけでまかないきれなければ農役衆からも駆り出すのが普通だ。

 土地の生産力そのものが、軍事力。こういった兵隊組織は、日本も、欧州も、これくらいの時代ではさほど差がない。西洋で言うところの「耕す人」が「農兵」にあたる。

 そして、「戦う人(騎士)」が、武士というわけだ。


 つまり――。

 戦さに敗北するというだけで、動員し死んだ兵は帰ってこないうえ、落人は治安維持という名目で狩り殺される。

 さらに土地を削り取られた挙げ句、その土地の実りだけでなく、生産力となる農民を接収されるのだ。

 和深大陸は肥沃な土地が多く、領土がそっくりそのまま国の地力、石高となると言ってい。


 さらに切実な問題として。武士はひどく気位が高く、面子を気にし、体面と体裁を保とうとする。

 一度失った兵を補充するだけでも大変なのに、敗北をすれば、それだけ積み上げてきた誇りと意地、そして人徳さえも失っていくのだ。

 あの殿様は腑抜けじゃ。などと一度舐められれば終わりである。

 武士ほど面子、矜持を重んじる生き物はいない。

 それを守るためだけに、ときに、己の妻子すら見せしめに殺すのである。


 ゆえに、本来反乱などはあってはならぬもの。

 それを認めるゆとりを、下剋上の隙を見せただけでも大失態なのだ。

 美河国国主将軍、すなわち、美河様と呼ばれる、美河珠揺毘売みかわたまゆらひめ様よりこの国を預かる徳河親康とくがわちかやすは、大いに苦慮しているに違いない――。


 そしてその忠臣、酒伊広次もまた。

 ――美河武士は、犬のごとく働く。

 そのように揶揄されるほどに、彼らは徳河に尽くす。

 ゆえに、負けは許されぬ。

 この鎮圧の足がかりとすべき初戦で、一気に己に勢いを持っていこうとしているだろう。


(酒伊の殿にとっても一世一代の戦さだ。俺の武功の足がかりになってもらおうか)

 ことここに至って、柚丸はつくづく、自分本意であった。

 いっそすがすがしいほどの自己中心であるが、これくらいでなければ、乱世の世で天下無双になるなどという妄言大言を吐くことなぞできはすまい。


 柚丸は吉多宿の東にある寺院に入った。

 寺領である。ここは美河国ではなく、寺の領土だ。

 燦仏天さんぶってん――とは。最高女仏天・陽延廻儺鬼尼天ひのえだきにてんの陽に焼かれながら、身心を鍛え、苦行の果て真理を見出さんとする教えである。

 特に夏なんかは、死者が出るほどの苦行・修行を行うことで知られる。陽に焼かれくろぐろとした肌の僧侶は、そこらの蠅侍なんぞよりずっと頑健な肉体である。


「おはようございます」

 僧侶の一人が、ひだまり色の数珠を手首にかけつつ、一礼した。

 柚丸はこんな恐ろしげな僧侶を敵に回すのは御免だったので、素直に、「おはようございます」と返した。

「今日はどういったご要件で」

「戦さの願掛けだ。といっても、来年までは音沙汰もなさそうだが」

「左様で。最近はそのような方が多いですな」

陽延廻ひのえ様は戦神であらせられるとも聞いた」

「そのとおりです。しかし、――あまり大きな声では言えませぬが」


 柚丸は、そっと僧侶に寄った。

「陽は、東から出るでしょう。双川は、ここより東。東に戦さを仕掛けるのは、どうなのでしょうな」

 なるほど、たしかにそうだ。

 縁起や験を担ぐ――そして和深において、それはけっして、まやかしではない以上、武士にとっては、あまりにも酷な戦さになると言えよう。

「だから、願掛けなんだ」

「なるほど。ではあちらに。あの、千年杉を目指して参られればすぐです」

「わかった」


 柚丸はその千年杉を見、歩いた。

 お参り自体はしっかりとする。和深妖怪は信心深い。妖怪が千年を生きながらえると半神仏になると信じられている。

 そこからさらに千年を修行すると、ほんとうの神仏になる、とも。

 その修業がどのようなものなのかは知らぬ。だが妖怪から神になった、という伝承は、和深では意外に多く語られていた。


 吉多――。

 城の敷地だけで八四町余り。城下の宿場を含めればその土地は非常に広大である。

 その吉多城が、この千年杉からはよく見える。

 狐は木に登らないなどと笑われることもあるが、実際は猫のように木を登り、高所を駆け巡る生き物だ。

 幹が太く爪をかけやすい千年杉などは絶好の登り台、天然の物見櫓だ。

 柚丸は本来の銀狐の姿でそこに立ち、じっと、城を観察する。


 吉多川から水を引いてきた総掘と、その内にある武家屋敷群、三の丸、二の丸、そして本丸。

 本丸の守りは鉄壁である。その由来は地上三層からあなる千貫櫓せんがんやぐら鉄櫓くろがねやぐらが大きな特徴だろう。傍から見る分にはどちらも立派な天守といえるだけの造りなのだが――。

 しかし天守を持つことを許されているのは、土地の神仏に国を治る権利を頂いた国主のみとされている。

 そのため、吉多城をはじめ多くの城は、事実上の天守を、神仏と国主将軍家に慮って「櫓」と言い、押し通しているのが実情だ。


 曲輪の出入り口には虎口こぐちが築かれている。

 敵の襲来があれば、漆喰塀に築かれた狭間、そして多門櫓と千貫櫓から、雨のごとく矢が射掛けられると見える。


 柚丸の目はすこぶるいいため、それを、木の上から睨んでいるだけで見通せる。

「……聞いた限り、城兵はすでに八〇〇。近隣から集めている兵が三〇〇〇。年が明ければまだ増える」

 一方の双川反乱軍は二鎌木にれんぎ城を占拠。これを居城としている。

 彼らはどうも示し合わせたように(実際、示し合わせたのだろう)双川宿へ参集し、そこにいた徳河親康の嫡男、元服間もない徳河親宗とくがわちかむねを籠絡。反乱の旗印としたらしい。

 敵総大将は徳河の嫡流であり、神仏より直に託宣を賜る正当なる血統なりと宣誓できる、「正当性」を保持していた。


 どうやら、黒幕は別にいるようだが――。


 神仏は人の世にあれだこれだと口出ししない。だからこそ、戦さの時代などという「隙」を生んでしまう。

 放任主義なのか、人の世に興味などないのか。

 いずれにしても、和深におわす八百万の神は、あくまでも人に差し出口を叩かないのを是としていた。


(神様はひょっとしたら、

 柚丸は、時にそのように考えてしまうことがある。

 いつかひとが、神々を弑逆しいぎゃくする時代が来るのでは、と。そう恐れているから、勝手に自滅するのを待っているのではないか、と。


 柚丸は木から駆け下りた。

 僧侶の一人――さっきの男だ――がこちらを見、「お、狐」と無邪気にいう。

 媚でも売って鳴いておくか、と柚丸が「こっここっここっ、こぁぁっ」と鳴く。

 僧侶はそれさえもありがたいと言わんばかりに手を合わせると、去っていった。


(坊主ってのはよくわからんな)

 妖怪である柚丸は、別段美女に化けようとか思うでもなく、ただそう思うだけだった。

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