ふるーつ

7日目

7日目 - ふるーつの小説 - pixiv
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6,806文字

「あれ、コナン君。今日は早いのね」
 不思議そうに声をかけてくる蘭に、コナンは穏やかな笑顔を作った。
「うん。今日で最後だから、向こうの先生に、ちょっとお話しとこうと思ってさ」
 嘘はついていない。ただ、事情を大幅に端折っているだけだ。
「そうなの。ちゃんとご挨拶してこようね」
「うん」
 その『ご挨拶』の内容は、どんなものになるのか――浮かない思いをきれいに押し隠し、コナンはドアを開いて出て行った。

「……今日は、随分と早いですね」
 超生物は、既に校舎前で待ち構えていた。コナンは、驚くでもなく肩をすくめる。
「お互い様だろ。あんただって、烏間さんや他のみんなに聞かれないように、今日は特に早く来たんだろうし」
「そうですね、先にお礼を言っておきます。君は私の事情をほぼ全て見抜きながら、それを生徒たちに悟らせないよう振る舞ってくれました。君の行動次第で、このクラスは崩壊していたでしょう」
「んなもん、礼を言われるまでもないよ。オレとしても、みんなを無駄に混乱させるのは本意じゃないしな。だから、言いたいことと聞きたいことを、ここで済ませておく」
「ええ」
 コナンは、一拍おいて続けた。
「ユキムラ先生――それが、あなたがこのクラスに命をかけることを決めた、きっかけになった人なんだね」
「……理事長に聞いたんですね?」
「ああ。このクラスの前の担任はユキムラという先生で……既に亡くなっている、とね」
 コナンは超生物から教室の方に視線を移して続けた。
「あなたは、この学校ではなく、このクラスに執着している。となれば、前に担任だった人が何か関係がある可能性が高い。だから、理事長さんに聞いてみたんだよ、今はどこの担当なのかって。そしたら、亡くなってると言われてね。ついでに、この学校が副業OKだってことも聞いた。となれば、前の担任だったユキムラという先生が、副業としてその研究所に関わっていて、そこであなたと知り合っていた、と推測するのは難しいことじゃない。
 あなたを改心させたのも、その人だね。恐らく、あなたを
実験動物(モルモット)としてしか扱わない研究者たちの中で、そのユキムラ先生だけが、あなたを対等な人間として接していたんだ。あなただけじゃない、ユキムラ先生の方も、あなたに気を許していたんだろうね。だから、本業は教師であることも、職場がここであることも、あなたに話してたんだ。
 しかし、その密かな交流は終わってしまった。実験中の不慮の事故によりそのユキムラ先生が亡くなってしまい、怒ったあなたがその研究所に見切りをつけて逃げ出したか、もしくは別の理由で脱走を決意したあなたが起こした混乱に巻き込まれて、その人が亡くなってしまったか……そんなところかな。
 ユキムラ先生の死を目の当たりにしたあなたは、その遺志を継ぐために、教師としてここに来た。そうだろ?」
 超生物はコナンを見ることなく、しばらく無言で彼方を見つめていた。……そして。
「……服装のセンスが、絶望的にダサい人でしてね」
 コナンの沈黙をどう受け取ったか、超生物は続けた。
「なのに、毎晩毎晩、これはどうだ、あれはどうだって、服を見せに来まして。お気に入りのブランドだったんだそうです。このネクタイも、まだ人間だった私にプレゼントしようとしていた物でね。その時には、まったくつける当てもなかったが……こんな体になって、丁度いいサイズになりましたよ」
 言いながら、その腕で軽く触れたネクタイには、三日月が縫われていた。
「教師という仕事を、心から愛していた人でした。家の事情であの研究所を手伝う羽目になったことも、『あの男』と婚約させられたことも、まったく悲観的にならず、私と向き合ってくれました。私の残された時間で、どうかあの生徒たちを教えてやってほしいと、それが彼女の最期の願いでした。「何があろうと、生徒たちからこの
触手()を離さない」……そう、私は彼女の亡骸に誓ったのです」
「……北風と太陽、だな。その人が、あなたの凍り付いていた心を溶かしたってわけか。オレにはできない芸当だろうけど」
「……そうでもないと思いますけどね」
「ん?」
「私が思うに、君の心に触れて、生まれ変わった者はいると思いますよ。君は、彼女とよく似ています」
「……って言われてもな。心当たりねーし」
「でしょうね」
 ヌルフフフ、と超生物はおかしそうに笑った。

「もう一つ、聞きたいんだけど」
「何でしょう?」
「あなたをその研究所に売ったのは、誰なんだ?」
 超生物は、静かに返答ではない反応をした。
「……君は私のことを、収監されていたと思っていたはずですが?」
 コナンは肩をすくめた。
「ああ、初日にそう推理した。けど、ちょっと違ってたみたいだな。あなたは、捜査機関に捕まって、収監中に連れ出されたんじゃない。殺しの依頼主か、それとも協力者か――そんな立場の人間に、その研究所に売られたんだ。そうだろ?」
「………」
「体育倉庫で話した時、あなたはオレに「自分を、
捕まれば(・・・・)死刑は免れない重罪人だと思ったんだろう」と言った。「捕まれば」――この言い回しは、既に捕まった後の人間からは、恐らく出て来ない。あなたにとって、捜査機関に捕まることは「経験したことのない、あくまで仮定の話」だった。それに気付いて、わかったんだ。あなたは捜査機関に捕まったんじゃない、ある程度は利害の一致があったはずの相手に裏切られて、その研究所に売られたってね」
 超生物は、小さく息をついた。
「……相変わらず鋭いですね。そう、私は逮捕されたことはなかった。あの研究所で人体実験を受ける羽目になったのは、唯一の弟子に裏切られたからです」
「弟子……か」
「といっても、今の生徒たちのように、愛情をかけていたわけではありません。当時の私は冷酷でした。自分の能力を持つ者がもう一人いれば、
殺し(しごと)がしやすくなる――それだけの理由で連れていた弟子です。そして……彼は私が持っていた『死神』の呼び名を奪い、独立した殺し屋となって、今は私の首にかかった賞金を狙っているでしょう。――だから、彼から研究所のことを聞き出すことはできませんよ」
「!」
 コナンの目が見開いた。
 防衛省から、研究所の詳細な情報は望めない。超生物にこのクラスを託した前任教師は、既に死亡。両方と関わりがあると思われる理事長は、そこには興味がなく、駆け引きに使えるカードがない。なら、まだ人間だった彼を研究所に売り払った人物を突き止めれば、何か手掛かりが――そんなコナンの目論見は、あっさりと崩れた。
 今現在も殺し屋をしており、超生物の懸賞金を狙っているのなら、懸賞金そのものがなかったことになりかねない『超生物を人間に戻す』ための協力など、するわけがない。
「……あんまり使いたくはなかった手だけど、しゃーねーか」
 もはや、なりふり構っているわけにはいかない――そう決意するコナンの頭に何かが触れた。超生物が、その腕の1本でコナンの頭を撫でていた。
「……防衛省は、頼る相手を間違えたようですね。100億という大金にも、政府の権威にも揺るがず、私が元人間であるという一点に注目し、救うことを最優先に思案している――君のその優しさは、
防衛省(かれら)にとっては計算外のことでしょう」
「……それは、あなたのことを知ってるのが、E組のみんなを除けば、殺し屋しかいないからだろ。普通は大金がもらえるからって、人を殺そうなんて簡単に考えねぇよ」
「では、そんな正義感の強い優しい君に、私からも一つ、依頼をしましょう」
「依頼?」

「君の頭にあるその計画、全力で実行してください」

「………」
 コナンは無言で超生物を睨みつけた。裏切られた憤りを宿したようなその視線を、超生物は黙って受け止める。
「……人がなんとか助けようとしているのに、何を言うんだ――そんな顔をしていますね」
「当たり前だろ。オレの本心を知ってるのは、あんただけだってのに」
「仮に君の尽力が実り、私が3月までに人間の体に戻れたとしましょう。その場合――私を待っているのは、用済みの
実験動物(モルモット)として秘密裏に処分される最期です」
「……それは……っ」
 コナンは、初めて言葉に詰まった。「殺し屋として死刑にされる」よりも、さらに無情な彼の末路――。
「まあ、私がこれまで奪ってきた命のことを考えれば、
実験動物(モルモット)として使い捨てにされるくらいの罰は、妥当なのかもしれませんけどね」
「それは違う。どんな罪を犯していたとしても、そんな扱いがあっていいわけない!」
 つい語調を荒げたコナンに、超生物は続けた。
「君も気付いていたのではないですか? 私は『あの男』の素性を知っています。君にそれを話すだけで、私は『破壊生物』でなくなり、3月を生き延びられる可能性もあった。そう――私は、人に戻ることを望んでいません」
「……」
「私はね、『教師』として終わりたいのですよ。ここで、彼らの『殺せんせー』として終わりたい。……できるなら、可愛い生徒たちに殺される最期を望みたいですね」
 コナンの眉間に、新たな皺が加わった。
「……E組のみんなに、「恩師を殺した」という心の傷を残して消えるつもりなのか?」
「それが心の傷となってしまうかどうかは、これからの私の指導力次第でしょうね」
「………」
 無言でまた睨むコナンに、超生物は踵を返し、校舎に向かって歩きだした。振り返って付け加える。
「さっきの私の依頼は、あくまでも『私の希望』です。君に受け入れる義務はありません。君が納得できる結論を出してください」
 ゆったりと校舎に入っていく超生物を、コナンはやはり無言で見送った。

 もうすぐ、始業の時間になる。

ふるーつ
コメント
潮風
潮風
めちゃめちゃおもしろかったです! コナンが立てた作戦気になる!
2025年7月26日
えのき
えのき
お待ちしておりました! いよいよ潜入最終日ですね。 少し寂しいですが、お話はまだ続くとのことなので続きも楽しみにしております🙇‍♀ そういえばコナンくんは探偵だと自己紹介してなかったんですね笑 何だか意外でした。
2025年7月25日

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