勝手に再評価 第1回 ダリウス・ミヨー
「勝手に再評価」とは?
「音楽史には埋もれている天才が多すぎる!」という思いから、時代やジャンルを問わずに、過小評価された先鋭的な作曲家、アーティスト、グループを、私が独自の評価軸で「勝手に再評価」する企画になります。
第1回は20世紀クラシックの亜流の作曲家、ダリウス・ミヨーについて、ご紹介します。不遇の天才の名曲を、クラシックに詳しくない方でも楽しめるようにお伝えできればと思います。記事の最後にあるSpotifyとApple Musicのプレイリスト目当てで読んで頂いても構いません。
ダリウス・ミヨーとは?
ダリウス・ミヨー(Darius Milhaud、1892~1974)は、南フランス、マルセイユ生まれの20世紀に活躍したクラシック音楽の作曲家です。「フランス六人組」という作曲家のグループの一人としても知られますが、詩人のジャン・コクトーの呼びかけの元で集められたに過ぎず、グループとしての活動期間は短いです。クラシック音楽へのブラジル音楽やジャズの導入が強調されますが、革新的な多調性、対位法、リズムの技術については、まだまだ評価されていません。また、作品番号が443まで存在し、体系化的な研究の難しさに繋がっています。
大作曲家であるモーリス・ラヴェルやクロード・ドビュッシーらの後の世代の作曲家であり、同時代のアルノルト・シェーンベルク率いる新ウィーン楽派による無調音楽、後のフランス現代音楽を代表するオリヴィエ・メシアンやピエール・ブーレーズらの陰に隠れた不遇の天才です。
多調性とは?
ミヨーの代名詞である「多調性」という作曲技法について理解するには、「調」という概念を理解する必要があります。調とは曲の「キー」のことで、ざっくりと言うと、楽曲が主として使用している音階の情報です。「長調」や「短調」という言葉を聞いたことがあると思いますが、それらは調の種類です。
多調性とは、一つの楽曲の中で、二つ以上の調を同時に使用する作曲技法です。
バルトーク・ベーラのピアノ曲を例にあげるとわかりやすいです。右手と左手の旋律で調が異なるのがわかる通り、本作には2つの調が同時に使用されています。2つの場合は「複調」とも呼ばれます。
また、2つのメロディーが同時進行していますね。これは独立した複数のメロディーを重ね合わせる「対位法」という作曲技法です。
ミヨーは多調性と対位法を得意とする作曲家でした。どちらもミヨーが発明した技法ではありませんが、仕組みを理解することで、彼独自の技術が感じられると思います。
多調性については、SoundQuestさんの解説がわかりやすいので、以下の記事もオススメです。
年表でざっくりと解説
ミヨーの生涯をざっくりと年表にしました。「早く曲を聴かせろ」と思うかも知れませんが、彼のユニークなキャリアと作品の背景は密接です。後で曲を聴きながら見返すのもアリでしょう。
1892年。9月4日にマルセイユでユダヤ人の家庭に生まれる。父はアーモンドの取引で財をなし、地元の音楽協会の中心人物を務め、母は声楽の経験があった。ミヨーは幼少期からヴァイオリンの教育を受ける。
1909年。パリに移り、国立音楽院で対位法、管弦楽法などを学ぶ。
1914年。第一次世界大戦が勃発。ミヨーはリウマチを患っていた為、戦争には動員されず。
1916年。友人のポール・クローデルがリオデジャネイロ駐在のフランス大使に任命され、後にミヨーは秘書として彼に加わる。
1917年。クローデルと共にブラジルに赴き、1918年末までの約2年間を過ごす。この期間に現地で触れたブラジルの大衆音楽やダンス、熱帯雨林などの大自然が、ミヨーの音楽に大きな影響を与える。
1919年。詩人のジャン・コクトーの呼び掛けのもとで集められた5人の作曲家たちに加わり、ともにコンサートを行う。このグループは後に「フランス六人組」と呼ばれることになる。代表作「屋根の上の牛(Le Boeuf sur le toit)」を作曲。
1920年。音楽評論家のアンリ・コレによって、「フランス六人組」として紹介されたことで、注目を集める。
1922年。アメリカへコンサートツアーに赴き、その際にハーレムで本場のジャズを聴く。ジャズからの影響は「世界の創造(La Création du Monde, 1923)」などの作品に反映される。
1940年。フランスがナチスによる侵攻を受け、ユダヤ人であるミヨーはアメリカに亡命。カリフォルニア州のミルズカレッジで教職に就き、1971年まで務めた。作曲活動も盛んに行い、アメリカの音楽界にも影響を与える。
1947年。パリ音楽院の作曲家教授に就任。以後、フランスとアメリカを往復して生活。
1971年。スイスのジュネーブに定住。
1974年。6月22日に81歳で亡くなる。晩年まで創作意欲が衰えることはなかった。
参考資料
代表曲
Le bœuf sur le toit, Op. 58 (1919)
尖った曲から紹介したい気持ちを抑えて、序盤はミヨーの代表曲をご紹介しましょう。
「屋根の上の牛」という題名として日本でも知られる本作は、ジャン・コクトーによるバレエの音楽として使用されました。ミヨーがブラジル滞在中に現地で聴いたブラジル音楽からの影響を感じさせるポップな曲調の中に、異なる調のフレーズが絡み合うキモさが面白いですね。
ミヨーは具体的な引用元を明かしていないものの、研究では14組のブラジルの作曲家による20以上の曲が引用されていると分析されています。また、ブラジル音楽の引用については「エキゾチシズム」との批判がなされており、議論の対象にもなっている点には注意が必要です。
参考資料
La création du monde, Op. 81 (1923)
「屋根の上の牛」と並ぶミヨーの代表曲であり、「世界の創造」という題名で知られる本作は、ジャズ、ブルース、クラシックが融合したバレエ音楽です。彼がアメリカへ演奏旅行に赴いた際に、ハーレムのクラブで聴いたジャズの影響が色濃く反映されています。オーケストラの楽曲としては珍しくサックスが使用されており、序盤から鳴り響く旋律が印象的です。
クラシックとジャズを融合した作品として有名なジョージ・ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」の初演の前年である1923年に本作が初演された事実は、もっと知られて良いと思いますね。再評価ポイントです。
ちなみに、個人的には弦楽八重奏アレンジの方がミステリアスでお気に入りです。
参考資料
https://www.earsense.org/chamber-music/Darius-Milhaud-La-Creation-du-monde-Op-81/
革新的な楽曲をご紹介
代表曲の紹介を終え、ここから革新的な楽曲を紹介していきます。もったいぶらずに、思い切り尖った曲から。
1. 5 Études, Op. 63: IV. Sombre (1920)
「5つの練習曲」は、ミヨーの多調性、対位法、アンサンブルに関する研究の成果が反映された傑作。全ての楽器が、ソリストとしてもアンサンブルのメンバーとしても成立するアレンジになっています
特に第4番「Sombre」の不穏なテクスチャーはたまりません。冒頭の印象的なトランペットのファンファーレ(2小節目)を弦楽器が模倣(8小節目)、更にピアノが模倣(17小節目)、という流れが、主役のいない曖昧な構成を強調します。
初期のミヨーは、前衛的でありながら簡潔な作風を好み、短い楽曲が多いのも特徴です。短い時間に豊富なアイデアが詰め込まれていて、とても刺激的ですよね。
参考資料
2. Aspen Sérénade, Op. 361: IV. Energique (Energetic) (1957)
ミヨーの前衛的な楽曲は、冒頭からあからさまにキモい曲調のものばかりで大好きなのですよね。
本作は、1949年から続く、コロラド州アスペンで開催されるクラシックの音楽祭「アスペン音楽祭」の為に作曲されました。音楽祭に出演する9人の演奏家の技術を活かす為に緻密な作曲を行う必要があり、ミヨーが1920年代に行っていた多調性の実験の延長線上にある作品になっています。
参考資料
3. Symphonie de chambre No. 5, Op. 75 (1922)
冒頭の出オチ感には思わず笑ってしまいます。10本の管楽器からなる「室内交響曲 第5番」は全音階を使用した奇妙な対位法の宝庫です。イーゴリ・ストラヴィンスキーからの影響も感じさせますね。
交響曲には「室内交響曲」という小規模な編成が存在し、起源は20世紀初頭と、新しい形式になります。室内楽と交響曲の中間くらいの小さなオーケストラだと覚えて頂ければ。室内交響曲という形式で、本作のような奇妙な作品は珍しいです。
第5番は、ミヨーの友人でソプラノ歌手のマリア・フロイントが委嘱した作品です。フロイントは、ミヨー指揮によるアルノルト・シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ(Pierrot lunaire)」のフランス初演で歌唱を担当しています。ミヨーが無調音楽を指揮した事実は、彼の音楽性に対する「反無調音楽」という偏見を払拭するエピソードだと言えます。
参考資料
https://interlude.hk/three-minute-symphonies-milhauds-chamber-symphonies/
4. Machines Agricoles, Op. 56: No. 3, La Lieuse (1919)
ミヨー曰く、牧歌的な暮らしを賛美する為に作曲された「農業機械(Machines Agricoles)」という題名の歌曲集。第3番「La Lieuse」は「バインダー」についての歌とは思えない、不穏な歌のメロディーと弦楽器の奇妙なアンサンブルが特徴の楽曲です。
中世フランスの時代から「田園詩」という宮廷詩人による牧歌が存在し、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」に代表されるように、クラシックには牧歌的な楽曲が多く存在します。ミヨーが牧歌的な暮らしを機械を通じて多調性で描いたことは、異端で面白いと思いますね。
発表当時、ミヨーなりのアイロニーであるという評論家からの評価に対して、 ミヨーは抗議したそうですが、彼の真意については、未だに議論の対象になっています。本作について真剣に論じた評論は面白いので、興味があれば以下の参考資料のリンクから是非。
参考資料
https://quod.lib.umich.edu/m/mp/9460447.0008.204?view=text;rgn=main
5. Les euménides, Op. 41, Act III: Toutes celles qui accompagnent (1922)
アイスキュロスによるギリシア悲劇として有名な「オレステイア」の三部作の一つである「エウメニデス」を元に、詩人のポール・クローデルが台本を執筆した劇に付随する音楽として作曲された作品。終盤では、ミヨーの作品の中でも屈指の複雑なメロディーの絡み合いが聴けます。
基本的にミヨーの作品は、同時に2つから3つまでの調が使用されることが殆どですが、本作では6つの調が使用されているそうです。劇のクライマックスで、暴力の連鎖による混沌を多調性で表現したのはミヨーならではです。
参考資料
6. Quatuor No. 14 / Quatuor No. 15 Op. 291 (1948)
ミヨーは生涯で18曲もの弦楽四重奏曲を作曲しました。これはベートーヴェンの弦楽四重奏曲の作品数を超えたいという野心からだそうです。ちなみにベートーヴェンは弦楽四重奏曲を第16番まで、そして「大フーガ」を含めると17の作品を残しています。
ミヨーの弦楽四重奏曲の中でも、第14番と第15番は特殊な作品になります。2つはそれぞれ独立した作品でありながら、2つを合わせて同時に演奏することで、八重奏曲としても成立するように作曲されています。2つの作品番号が291で共通しているのは、そのためです。
八重奏は圧巻ですね。しばしば、ミヨーの野心的な作風は1920年代で終わったという誤解をされますが、1940年代以降はさらに対位法を追求した面白い作品が存在します。
参考資料
https://interlude.hk/double-vision-the-fusion-of-milhauds-quartets-into-an-octet/
7. Septuor à cordes, Op. 408: III. Modere et expressif (1964)
1964年作曲の弦楽七重奏曲。18の弦楽四重奏曲の影に隠れ、さらには晩年の作品ということもあり、見落とされていることが惜しい傑作。神秘的なメロディーと美しい不協和音は、後期のミヨーが辿り着いた対位法の極地です。
本作は、20世紀のアメリカのクラシックにおけるパトロンとして有名なエリザベス・スプレイグ夫人を偲んで、2つのヴァイオリン、2つのヴィオラ、2つのチェロ、1つの5弦コントラバスの為に作曲されました。
参考資料
8. La mort d'un tyran, Op. 116 (1932)
最後はミヨーに対する固定観念を最も覆す楽曲を再評価して締めましょう。
「暴君の死」と題されたこちらの合唱曲は、合唱団全体にユニークな歌唱法が指示されます。朗読のような歌い方や、叫びに近いものまで、様々な声色が聴けますね。
そして、1930年代のミヨーが打楽器を挑戦的に使用していた事実は、本作や「打楽器協奏曲(Percussion Concerto, Op. 109 (1930))」 に顕著ですが、まだまだ知られていません。個人的には、ブラジル音楽のリズムの模倣よりも、刺激的な音だと思います。
参考資料
再評価ポイントをおさらい
・先代のモーリス・ラヴェルやクロード・ドビュッシー、同時代の無調音楽、後の世代のオリヴィエ・メシアンやピエール・ブーレーズらと比較して、保守的な作曲家とされたが、多調性の追求は革新的だった。
・「調性音楽と無調音楽の対立」という従来の歴史認識から「反無調音楽」という憶測が広まっているが、無調音楽の革新性に敬意を示しつつ、多様な作曲技法を追求した亜流の作曲家。
・ブラジル音楽やジャズを導入した側面が強調されるが、前衛的な多調性、対位法、リズムの追求こそがミヨーの本質と言える。
・ミヨーの前衛的な作風は1920年代で終わったと誤解されるが、1930年代のリズムの追求、1940年代以降から晩年までの対位法の進化も評価に値する。
終わりに
ミヨーの死後、著名な指揮者や演奏家による公演や録音の機会にあまり恵まれなかったことや、多調性が後続に継承されたり、学派化されなかった為、歴史的な評価が受けられなかったことは悔やまれますが、影響力だけが音楽家の価値ではありません。
ダリウス・ミヨーという作曲家は、調性音楽と無調音楽の分断に囚われない、多調性、対位法、リズムの可能性を示した、優れた作曲家だったと言えるでしょう。
プレイリスト配布
プレイリストには、今回ご紹介した楽曲に加えて、記事で紹介しきれなかった隠れた名曲も追加してあります。どうぞ、お受け取りください。


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