読書レビュー:歴史「ヴィクトリア朝英国人の日常生活」貴族から労働階級まで上・下
今の時代の人が、ヴィクトリア朝の暮らしを理解することは難しい。価値観、暮らしインフラが全く異なるからです。それらを踏まえてヴィクトリア朝と同じレベルの生活水準に落として日々を暮らした歴史研究家による本。
歴史好きなら一読の価値ありな本です。
ヴィクトリア朝とは?
本著はヴィクトリア朝の説明なしで進みます。イギリス歴史に馴染みのない日本人でも分かるよう説明すると、黄金期とも言われる時代です。
ヴィクトリア朝:ヴィクトリア女王が即位していた1837年から1901年の期間
この時期にイギリスは産業革命を経験し、飛躍的な経済成長を遂げています。ヴィクトリア朝の中でも初期、後期から人々の価値観や生活が変化していくので面白いです。
医療への価値観:瘴気説
当時のやばすぎる医療知識に関してはこちらに記述していますが、
現代人からすると、パスツールによる細菌説の前の医学は本当に的外れ過ぎだと恐怖を覚えるほどでしょう。
例えば、ヴィクトリア朝では重ね着が推奨されており、貧民層でも合わないサイズの洋服を頑張って重ね着していました。
理由として、当時は瘴気説が唱えられていたためです。
瘴気(ミアズマ)説:全ての病気は悪い空気が原因だが、どんな病気となって体に現れるかは感染源ではなく個人の問題だという考え。
病気というものは空気中の邪悪な瘴気(蒸気)に包まれて運ばれてくるものであり、じめじめして悪臭のひどい場所は最も瘴気が濃く、危険だと信じられていた。
空気が悪いと健康に害するのは確かですが、全ての病気の根源にはなりません。加えて、当時は肌が呼吸を担い皮膚の毛穴から侵入して体に浸透していくものだと医者が提唱し、皮膚の保護を盛んに進めていました。下水溝や染色中作業中の側では肌から悪い毒素が取り込まれるとされ、皮膚の毛穴は酸素が入る重要な経路と信じられました。
肌は体内に溜まった酸素を放出するため一理ありますが、21世紀の皆さんなら酸素を吸うのは肺だとお分かりでしょう。
ただ、肌を清潔に保つ手入れ方法の普及は画期的だったと思います。
コルセット
悪名高いコルセット。面白いことに著者も着衣していたようで、有名なデメリットだけでなく、姿勢がよくなり体制維持が楽などのメリットをあげています。
当時女性にコルセットが課せられた背景は、女性は内臓がちゃんとしてないと皆が思っていたからのようです。
体内にありながら支えられない内臓って、何…!?
現代医学では明らかですが、内臓は腹膜で包まれてある程度位置は決まっています。
しかも、当時は解剖学が進み内臓の構造が明らかになっているはず。にも関わらず、ギリシアの適当医学者の名残である「子宮は体中を動く」がまだ信じられていました。
子宮が靭帯で繋がってるの解剖で分かるじゃん…というツッコミはなしです。
見えている事実を無視するほど偏見が強かったとも言えます。
そのため、思春期の少女は激しく動くことは禁止され、簡単な美容体操や散歩が推奨されました。それを踏まえると、嵐が丘では主人公がよく部屋をぐるぐる回ったり、朝の散歩をしている描写があり納得できます。
児童労働をめぐる法律
ヴィクトリア朝のほとんどの子供たちは、勉学より労働のほうにはるかに時間を費やしていました。農業、鉱業、製造業、家事労働のあらゆる分野に子供がいて、いない分野はほとんどなかったと著者は記述しています。中には5歳でフルタイムの子供もいて、学校に行く前と後で働いて家計を支えていたようです。
貧困層だけでなく中流階級でも、12歳を迎えるとすぐにフルタイムの仕事についたそうです。しかし、1833年には児童を守る法律も徐々に遂行されるようになりました。
1833年:<工場法>9歳未満の雇用を禁止し、9歳から13歳までは1日8時間、14歳から18歳までは12時間に労働時間を制限する。
しかしこの法律は繊維工場での労働のみを対象とし、査察はめったになく、違反した雇用主に課される罰金もわずかで機能していたとは言えません。9歳でも8時間労働とあるように、子供を働かせることに良心の呵責もなかった時代のようです。
機械をメンテナンスする小さな手が求められた繊維工場では、18歳未満の労働者が大半で特に子供は重宝されたようです。
同じく小さな体が求められた鉱山では、成人男性が稼ぎになる採炭作業を行い、女性や子供が石炭を運び出す役割をしていました。坑内は暑く湿度が高く、数少ないまともな服が台無しになるので男も女も子供も裸に近い格好をして暗闇で働いていました。これを知った一般大衆は、女性はしとやかで繊細なものと信じていたため衝撃を受け、1842年鉱山法の設立に世論が動きました。
1842年:<鉱山法>成人女性と少女の坑内労働と9歳未満の子供の坑内立ち入りが禁止された
当然ですが鉱山法もすぐ守られたわけではありません。ですが義務教育が浸透するにつれ、労働者の最低年齢が上昇していったようです。
1891年に最低年齢が11歳に上がり、19世紀末には11または12歳になるまでフルタイムの仕事をしなくなりました。工業が発展し始めて子供が労働に駆り出される前の18世紀初頭と同じ状態になったのです。
所管
前著の「西洋ジェンダー史」に加え、「サピエンス」「ホモデウス」が背景にあると、200年前といえどほとんどの人間が飢餓を常時経験し生命を蝕む仕事環境にあったのかが対比できます。
栄養観点が欠けており、上流階級でさえ野菜や果物を取ることがなく、中流階級でもヴィクトリア朝初期は良くてもパン+一欠片のベーコン(しかも世帯主だけ)、貧困世帯だと言わずもがなパンのかけらだけで日々暮らしていたようです。
なお、ここでも性差別は見受けられます。例えば、11歳以上になると少年は母親の賃金を上回りました(労働条件が過酷で父親の体もボロボロになるため、少年は16,17歳で父親の賃金も越えました)。
女性の収入はヴィクトリア朝を通して常に低く、男性と同じ内容の仕事をしても3分の2しかもらえませんでした。(現代の日本と同じ。。)
既婚女性は外での仕事と家事の義務と責任も果たさねばならず、母親になるとさらに出産と子育ての義務も増えます。なおこれも現代の日本と同じで、女性に全てを背負わせる価値観が当たり前の日本はヴィクトリア朝並に女性の人権が損なわれているのかもしれません。
母親に優しい社会は全ての人に優しい社会となります。今SNSで異なる立場の人たちの苦労が伝わりやすくなっているので、社会が汲み取る努力をして変えていく必要があると考えています。
なお、原題は「How to be a Victorian」で著者も食事家事入浴など詳細な歴史文献と体験が添えられており、ヴィクトリア朝時代に暮らす様子は実践的に分かります。他ではなかなか読める内容ではないと思うので、本Noteで興味を抱いたらぜひ一読ください。



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