「カメレオン人材」という生き方もアリなのではないか
皆さんもご存知のように、カメレオンは変幻自在に体色を変えられる生き物です。身の回りのものの色に合わせ、自分の姿を外敵から気づかれないようにするため、だそうです。
そんなカメレオンに敬意を表して、「カメレオン人材」という造語を作ってみました。僕の中では、「変幻自在に自分の役割を変えて、色んな組織に貢献していく」というイメージです。
この生き方を提唱したい背景や理由について書いてみようと思います。
カメレオン人材としての僕の歴史:少年野球編
この「カメレオン人材」という言葉。実は僕自身のことを指しておりまして。僕の歴史がまさに「カメレオン人材」なので、それについて少し触れたいと思います。
まずは少年野球時代。野球は社会人も含めて19年やったのですが、その中でちょっとした自慢があります。
それは、「小学校の時点で全打順全ポジションを経験した」ということ。つまり、1〜9番、ピッチャーキャッチャー内外野全てで試合に出たことがある、ということです。
少年野球時代の僕は、パワーがあるわけでも守備が特別うまいわけでも足が速いわけでもなかった(かつ全部が平均値くらいだった)ため、基本的には空白のポジションに入るような形でした。
また、野球は打順が違うと役割が大きく変わるのですが、なぜか全打順を経験させてもらいました。2番で小技を駆使するときもあれば、5番で打点を稼ぐことを求められた時もありました。
中学校からはピッチャーに専念したのですが、少年野球時代の僕は紛れもなくカメレオン人材でした。
カメレオン人材としての僕の歴史:仕事編
続いて仕事編。
メディア関係の仕事の中で、僕自身の役割を臨機応変に変えてきました。ディレクターの立場だったり、インタビューだけをやったり、インタビュー+ライティングをやったり、編集をやったり。
また、色んな企画に関わる中でも、自分の役割はいつも変わっています。PM的な立ち位置な時もあれば、動画や文章系などクリエイティブ系なこともあります。
僕の仕事の決まり方は大体、チームで話してて「じゃあそれ俺やるよ」みたいな感じ。バイネームで指名されることは少なく、チームの中の穴を埋めに行くような感じです。
これは「カメレオン人材」だと言っていいでしょう。
器用貧乏もれっきとしたスキルだと思う
僕は昔から器用貧乏です。スポーツも、習ったことのないことでも大体無難にこなせてしまいます。勉強も得意苦手の差があまりなく、全部の科目でまんべんなく点を取るタイプです。
でも、この器用貧乏にたまに悩まされます。「自分には特に秀でたものがないのでは?」と。
でも、この「カメレオン人材」という言葉があることで、器用貧乏がスキルに変わると思うんです。
チームの穴を見つけ、スッと埋めに行くのも、チームにとっては大切なこと。一芸に秀でた人が必要なのは前提として、臨機応変に自分のやることや関わり方を変えるのも立派な一芸な気がしています。
カメレオン人材という生き方も悪くない
カメレオン人材という生き方も悪くないな、と感じています。それは、色んな景色を色んな立場で見られるから。
悪く言えば特徴のない人だけど、それは長所にもなりえる。そんな生き方を、僕は楽しんでみようと思います。


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