ロンドンの大英博物館で侍をテーマにした特別展が開かれています。この「Samurai」展が「侍の半分は女性だった」と主張しているとされ、それはおかしいだろうと話題になりました。実際にはどういう状況だったのか調べてみました。
大英博物館の公式見解
まず、2025年11月10日に大英博物館の公式サイトに掲載されたサムライ展開催決定のプレスリリースから。
During a long era of peace from 1615, they moved away from the battlefield to serve as government officials, scholars, and patrons of the arts, with women making up half of the samurai class.
(試訳) 1615年からの長い平和な時代において、侍は戦場を離れて役人、学者、芸術のパトロンとなり、侍階級の半分は女性が占めた。
平和な江戸時代に期間を限定したうえで、「階級」の半分が女性であったとしている。Samurai Class という呼び方が適切かどうかは別にして、階級の半分が女性というのはそのとおりというしかない。戦場で戦った侍の半分が女性だったと言っているわけではない。
また、今年の2月19日に、大英博物館はサムライ展の紹介ビデオを Youtube にアップロードしている。この動画では、2人のキュレーター (ロジーナ・バックランド氏とジョー・ニコルズ氏) がサムライ展を紹介している。次のスクリーンショットはこの動画の冒頭に表示されたスライド (赤枠は私)。
ここでも説明は同じ。「江戸時代」に「階級」の半分が女性だったと述べている。
英国メディアの記事
では、「侍の半分は女性」という乱暴な切り取りはどこから出てきたのか。X (旧 Twitter) でこの件に言及している投稿で参照されているのは、ほとんどが次の英インデペンデント紙の記事である (この記事はサムライ展開始直後の2月4日公開)。
(魚拓)
見出しから言ってますね。「大英博物館の画期的な展覧会によれば、侍の半分は女性だった」。本文でも冒頭から同様の主張を繰り返している。ここでは江戸時代という期間の限定も、「階級」という文字も省かれている。読み進めると、記事の中盤で「江戸時代になるとサムライ階級の半分が女性になった」とあるので、この記事を書いた記者も理解してないわけではない。しかし、そのすぐ後に巴御前の話をする。ご存じのように巴御前は源平合戦で戦ったとされる女武者。だから注意して読んでない読者は判断を誤りかねない。
ファイナンシャルタイムズ (FT) 紙のレビュー記事にも問題あり。戦果を示すために切り落としてきた敵の首を、洗い、記録し、札を貼るのは女侍 (Woman Samurai) の役目であり、これは侍の半分が女性だったという事実を示す一例であると書いている。FT 紙の記者は「江戸時代」の侍「階級」の半分が女性だったという大英博物館の公式見解を理解していないようだ。
また放送関係では、GB ニュースという保守系のニュース・チャンネルが、インデペンデント紙と同様に「サムライの半分は女性」と見出しを打っています (本文では江戸時代の侍「階級」の半分が女性であることに言及)。
タイムズ紙、ガーディアン紙、デイリーメール紙のレビュー記事は「(江戸時代に)侍(階級)の半分が女性」という論点に触れていない。オブザーバー紙にはレビュー記事自体が掲載されていない。
以上のようなことからわかるのは、「侍の半分は女性」という半真実/半デマの第一の原因は、一部の英国メディアが乱暴な切り取りを行ってクリックベイトとしたこと、または「侍の半分は女性」というセンセーショナルな文言につられて一部の記者自身が誤解したことにある。
問題の原因
キュレーター陣によれば、今回のサムライ展の目的は、侍とは戦士であるという既成概念にチャレンジすることだったようだ。これは、昨年11月にサムライ展開催が告知された時点でのガーディアン紙のインタビュー記事や、展覧会のカタログの序文を読むとわかる。すなわち侍は武道のみならず芸術・文化を嗜み、平和時には役人としての役割を果たす、という点にもスポットライトを当てるということ。そのような文脈の中で武士階級における女性の存在にも注目したということ。それに伴い、「Samurai」という言葉の定義自体も広げようとした。それが、メディアによるひどい切り取りや誤解が発生した原因である。
オンラインの Oxford Dictionaries で「Samurai」を引くと、「(過去) 日本の強力な軍事階級のメンバー」((in the past) a member of a powerful military class in Japan) と出てくる。つまり、英語で Samurai といえば戦う人のイメージ。これは一般的な話でいえば日本も同じそうだろう。ただし、広辞苑 (第7版) を参照してみると、「侍」の第一の意味は「「さぶらい」に同じ」と出てくる。そこで「さぶらい」を引くと、「主君のそばに仕えること。または、その人 (以下略)」と記載されている。大英博物館のキュレーターたちもこの意味にまで Samurai という語がカバーする範囲を広げようとした。そこに一般的なイメージとの齟齬が生まれた。
そもそも、どのような階級であっても男性と女性がほぼ半数なのだから、わざわざ「(江戸時代の) 侍階級の半分が女性」と言い募る必要があったのか。昨今の学術界のトレンドとして女性という視点を入れ込みたかったこと、そして戦士や武器という男性的だと思われがちなテーマなので女性客の興味を引き付けたかったことはわかる。ただ、戦士としての Samurai という既成概念とキュレーターが目指した広い意味での Samurai のあり方の齟齬を、マスコミにセンセーショナルな見出しとして使われてしまった感がある。「階級の半分が女性」なのは言わずもがななことだけに、大英博物館側もある程度狙っていたのではという疑問も残る。
余談: サムライ展の感想
私も実際にロンドンに行ってサムライ展を見てきました。気合の入った見る価値ありの展覧会だと思いました。キュレーターが強調していた文化的な側面 (茶道、能、絵画、文学、衣服など) が充実しているのはもちろんのこと、戦場の絵巻や武器・兜など、戦士としての侍の側面もたっぷり展示されています。Woke な臭いが鼻についたら嫌だなと思っていたのですが、そういうこともありませんでした。
今回のサムライ展は3つの時期から構成されています。第一に江戸時代より前の戦闘の時代、第二に江戸時代の平和な時代、そして第三が明治維新以降。第三の時期では、侍のイメージがさまざまな文化活動にどのようにインスピレーションを与えたか (意地悪な言い方をすれば、どのように消費されたか) を示す様々な作品が展示されています。弥助が問題になった「アサシン クリード シャドウズ」については展示がなかったと思います(さまざまな作品を短くつないだ動画があったのですが、その中にはあったかも)。権利関係の問題があったのかもしれません。「信長の野望」のパッケージは展示されていました。
サムライ展は5月4日まで。大人25ポンド。