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~その1~

はてさて。この度の私のQuoraでのトラブル…。何から書いたらよいのでしょう。

なぜ、こんなことになったのか? 私としては、思い当たる部分を正直に書きたいと思います。

ただし、秋に始まった裁判の内容は、今はまだ書けません。

ですので、今、ここで書けることは、その裁判に至るまでの「私自身の視点からの過程だけ」ということになります。

相手側を「原告」というのはよろしくないと思うので、ここでは「相手方」で統一します。

①私は2023年4月16日に「みなさんは障がい者は嫌いですか?」のような質問に、自分自身の経験から「はい。これまで関わってきた彼らは嫌いです。」という書き出しの回答を書きました。

長いので読まなくて結構です。この内容は、本件とは関係がありません。冒頭のスクショだけ貼っておきます。

渡邉さつき
· 2年前
みなさんは、障害者嫌いですか?出来れば理由も書いてください。
「好きか嫌いか」は主観であるので、素直にお答えします。はい。これまで関わってきた彼らは嫌いです。実際に関わってきたからこそ言います。「障害者」ではなく「障がい者」と回答内は表記いたしますね。 彼らを理解しよう、寄り添おうと数年行動して体験した結果なのです。私個人の好き嫌いなのです。そのうえでの回答です。私は彼らを甘受出来る包容力がなさすぎた、情けない人間です。それは今でも変わっていません。 「僕の勤務先でバルーンのレクリエーションを月に1日、1時間程度やってほしい」。当時バイトをしていたコンビニに見知らぬ男性がやってきて、レジで私に言いました。えっ、ちょっと待って。私、今「風船大道芸人にゃんこ」の看板背負ってバイトしていませんが…ってかどちら様でしょう?(汗) 今は仕事中なので、後でご連絡させていただきますと名刺をいただきました。やっぱり名前も存じ上げない…。バイト終わりに電話したところ…。 * 大道芸を観覧するのががとても好きな人である。 * 路上大道芸やイベントで、私の大道芸を楽しいと思ってくれた。 * 勤務先が私のバイトしているコンビニからほど近くであり、そこの所長を勤めている。偶然見かけて、通った末ににゃんこだと確信を得た。 * これまでのレクリエーションは書道や絵画であり、利用者が楽しむには難しいと内容だと感じている。自分で作品を作る作業をやりたくない、という人もいて全員が楽しめる企画がないか思案した。自分が楽しいものを、利用者にも見てほしいと思い付いた。バルーンを使ったゲームやパフォーマンス等、内容は問わないので、利用者を楽しませてあげてほしい。 嬉しいお話であり、私は通常料金よりは少ない提示額でしたが引き受けました。こんなふうに思ってくださる方がいることは芸人冥利に尽きます。その現場がいわゆる「障がい者施設」でした。入居者施設とデイサービスがある、そこそこ大きなところ。緑に囲まれ閉塞感がない、とてもいい場所でした。私はそちらで毎月、知恵を絞って「風船を使って」職員さん達の負担が少なく、利用者さんがたくさん笑えるように毎月違うネタを準備して通っておりました。形になっている風船を座ったまま、リレーするゲーム。座ったまま出来る風船を使った簡単な体操。時には若手後輩芸人にパントマイムを披露してもらったり。たくさん写真を撮ってくれてアルバムにしてくださる方、顔を出すだけで笑顔になってくださる方。月に一度のその時間を楽しみにしてくれていることが私の励みであり、とてもやりがいがあり楽しい日々でした。毎回ネタやゲームを変えることも、私にとってよい経験となりました。 ある日。「今月の行事」に私の名刺のコピーが貼られていました。にゃんこ先生が来るよ~!的な。写真も載せてありましたので。それを見た時に何も思わなかった自分の危機管理能力の低さが、後に悔やまれました。そんなちっさいところまで、誰も気にしていないだろう、と。とんでもないことになるとは微塵も思っていませんでした。 * 電話地獄。仕事柄知らない番号からの電話を受けることは多いです。この日から、利用者さんからの電話を死ぬほど受けました。「にゃんこ先生、今、何してるの?」といったものが多かったです。これには辟易して、施設の職員さんにやめさせてくれるようにお願いしました。申し訳ないが私はあくまでレクリエーション担当で、彼らにしてあげられることはその時間以外にはないし、接し方の知識も経験もなく、対応に何か不手際があったら困るからと。 * 電話がかかってこなくなったと思ったらショートメール地獄。そしてパソコンへのメール地獄。現在と違ってまだガラケーの時代でした。LINEのように既読かどうかわからないのをいいことに、読みもしませんでした。返信も当然しませんでした。しかし次の月に彼らに会った時「何故返事をくれないのか」と言われたことは一度もありませんでした。彼らには自分が「にゃんこへの連絡手段を持っている特別な存在である」と位置付けることが大切で、やり取りの実態ではなく送信する行為で満足を得るのだと理解したような気がします。普通に日記のような写真付の微笑ましいメールをくださる利用者さんもいらっしゃいましたが、お会いした時にそれについてお話をするだけに留めました。 * トドメ。固定電話からの深夜の着信。これまで携帯番号で連絡をして、着信拒否されているために苦肉の策で自宅の電話で。内容「にゃんこ先生、おむつを取り替えて下さい」ヘルパーさんは?お身内は近くにいないの?「この時間は誰も頼めないんです」いや、だからって、私?そもそもなんでも110番じゃないんだけど。「お腹を壊していて気持ち悪いんです。早くうちに来ておむつを替えて下さい。」それは出来ない、と電話を切った後に施設に電話をして事情を説明しました。深夜なのでケアマネさんとかにも連絡付かないと思うのてすが、そういう電話を受けてしまった為にご報告だけさせていただきます。対応はいたしかねますので、そちらで出来る事があればお願いします、と。私は他人にそう頼まれたからと言って、手を貸してあげられる程出来た人間ではありません。なんてひどい!と思う方もいらっしゃるでしょうね。当時は自分の親の介護も経験していませんでしたし。何故彼らは「してもらえることが当たり前」だと思っているのだろう…介護に関わる人間と少し接点があるだけの私との違い、境界線がない世界に彼らは住んでいるのではないかと思いました。ひどい人間です、そして冷徹です、私は。 そうこうしているうちに、所長が替わりまして「このレクリエーションの講師料金は高すぎる。時給とかでやってくれるなら使ってやってもいい。」と言われました。材料費、その時間に楽しんでもらえるだけの準備の時間。大道芸というか、私を知らない人だし、一度も見に来てないのに「高い」とおっしゃるのであれば、私は不要ということで。いきなりだったのでお世話になった職員さんにも、笑顔が大好きだった利用者さんにもお別れが言えませんでした。退任した所長には、事情を話して、お詫びとお世話になったお礼の電話をして終わりとなりました。上記の件は堪えて来たやり場のない怒りとして、新所長に淡々と苦情として言わせていただきましたけどね。(黒い…本当に(笑)) 1.バス停にてボコボコに殴られ蹴られた事件。当時団地住まいだった私の移動手段は原付とバスでした。街までバスで40分かかりましたが、予定なくぶらっとしたい時にはバス移動を好んでいました。寒くない、暑くない、お金を払えば運んでもらえる幸せ。その日も街から住まいへ帰るバスに乗っていました。久しぶりの予定のない休日の午後13時頃。帰ってから何をしようかな~…と考えていたら…途中から後部座席付近から、眉をしかめる程の悪臭が漂ってきました。最初は気のせいかな、と思っていたのですが…しばらく乗降者がいなかった為に、ドアが空かずにタオルハンカチで鼻を押さえなくてはならないくらいに臭いが充満してきています。「なんの、臭い?」足元、天井、横を確認しましたが臭いの元はわかりません。私の前は運転席…恐る恐る後ろを振り返りました。バスのちょうど真ん中には、巨体の女性が。他は一番後ろにお年寄りが二人。なんだろう…何かお買い物品の臭いなのかな…。もうすぐ降りるからいいか。団地のいつものバス停で、運賃を払って降車する時。後ろから衝撃を受けて外に転がり落ちました。何が起きたのかわからず、バスがドアを閉めて発車して行くのを地面から見ました。身体を起こそうと手を付くと、後ろの襟を引っ張りあげられて横向きに転がされました。そこで初めてあの巨体の女性が私を後ろから蹴り、今目の前で仁王立ちをしている事態が飲み込めました。「何をす…」言葉にならないうちに彼女は私に馬乗りになり、拳で私のお腹や肩、顔を殴り始めました。「じろじろ見やがって!ふざけんな!」道路の向こうには街へ行くバスを待っている人達。「助けてください!」叫びましたが虚しく響くだけでした。何分殴られていたでしょうか。カブに乗ったおじいさんが通りかかり「やめろ!」と彼女を引き離してくれたのです。何やら暴言のような言葉を吐きながら、彼女は私が街で買ってきた小さな袋を奪って行きました。やばい、過呼吸になってる私、どうしよう。おじいさんは110番に電話をして、場所を説明する間、私の背中をポンポンと優しく叩いてくれていました。大丈夫か、痛いところはないか、今お巡りさん来るからなと私を道端の安全な場所で守ってくれていました。パトカーが到着したのを確認して、おじいさんはそのまま去ろうとするので…ありがとうございます、連絡先を…と声をかけたのですが「いい、いい。」とカブで走り去ってしまいました。カッコよすぎですよ。救急車も呼ばれましたが、応急手当で済みました。頭を打っていないのが幸いで、口の端を切ったのと転げた時に擦りむいたくらいで済みました。痛みがひどくなったらすぐに病院へ行くと約束しました。(この後の警察とのやり取りから犯人を特定するまでは割愛します。時間にして3時間以上。デジカメで容疑者の写真を撮影してきたのを確認しました) 「彼女は知的障がい者で、こういった事件を日常的に起こしています。被害届を出しても、刑事罰に問えない(責任能力がない)ですが、どうしますか?民事訴訟も難しいでしょうねぇ。彼女はしたことを認めて、盗んだ品を返して謝罪すると言っています。」 謝罪は結構です。品を返してくれたら帰宅したいです。私は怪我もしているし、疲れています…。なんということでしょう。他人に暴力を奮って、泥棒をしても罪に問われない人間が存在するなど、この時まで私は知りませんでした。 2.「僕を男にしてください」事件。重度の生まれつきの障がいを持ったNさんは私がレクリエーションをしていた施設の利用者さんでした。彼は電話やメールをよこさなかった、希少な利用者さんです。そこで油断してしまった若かりし頃の私。(当時30代中盤) 四肢麻痺と言語障がいの寝たきりの日々で、移動は車椅子。介助人無しでは何も自分で出来ない人でした。あるSNSのメッセージ機能を使い、私が施設に行かなくなって数年した頃に連絡をしてきました。(後で知りましたが、介助人が代筆(打ち)したそうです) 「にゃんこ先生お元気ですか?」「なんとかやってるよ。Nさんはどう?」「にゃんこ先生に会えなくなってさみしいです。」そんな短いやり取りが、半年程続いたのちにお誘いがありました。「にゃんこ先生とランチがしたいです。介助人の都合もあり○日にお時間が空いていたらお願いします。」「その日は予定がないから、いいよ。」その時の私!断れよ!なんでいいよって言ったんだ! ランチはバイキング形式のとあるホテル。3人で。介助人は彼の飲食を手伝っています。私は適当に料理を運んできて取り分け、彼と通訳(介助人)を介してそこそこ会話を楽しんでおりました。普通にまっすぐでいい青年だと思いました。これまで見てきた障がい者はうまく身体が動かせないことに苛立ち、暴れたり叫んだりすることが多かったのですが、彼は介助人に「ありがとう」と言葉をかけ彼らはとても信頼しあっているのが伝わりました。施設でもいつもにこにこと楽しそうにレクリエーションに参加してくれていました。食事はデザートの時間まで過ぎていました。 「にゃんこ先生。施設の忘年会のドレス姿がとても素敵でした。僕はあれが忘れられない。」そう言えば余興も兼ねてご招待してもらって、久しぶりにシガーボックスとボールジャグリングを披露したなぁ…一張羅のドレスで。(笑) あ、このホテルだったよね~…。懐かしい。「僕は男になりたいんです!」ちょっと意味が解らないので、首を傾げました。「にゃんこ先生!僕を男にしてくださいっ!」彼の大きな声をその時初めて聞きました。バイキング会場中に響いたと思います。介助人が通訳してくれました。 * デイサービス等で一緒に過ごす仲間は、Nさんより軽度の障がい者がほとんどである。男性は卑猥な話をすることも楽しみのひとつである。仲間はデリヘルを利用した感想や、あのチャンネルの誰それはたまらなく抜ける…という話で盛り上がる。Nさんは障がいが重いため、自分でリモコンを操作する事も出来ず、さすがに同居している親にはその動画が見たいとも言い辛い。そういう暮らしであるため、デリヘルも呼べない。一度介助人が電話で事情を説明して交渉したが、かなりの金額を吹っ掛けられて断念した。 * 何よりも四肢麻痺のため、Nさんは自分で性欲を処理したくとも出来ない。でも自分は男であるので、射精をしてそれを実感したいと思っている。介助人は男性なので気持ちが理解出来、なんとかしてあげたいと思っている。 * Nさんは「にゃんこ先生」がとても好きである。だからにゃんこ先生に射精させてもらいたいと考えている。長年の寝たきりで骨格も歪んでしまっているため、手もしくは口で射精させてほしい。(具体的だな、しかし) 近くのラブホテルに事情を話して3人での入室料金を支払うのであれば、よいと承諾をもらっている。にゃんこ先生は彼に生の裸を見せて、彼を男にしてやってほしい。 突っ込みどころ満載で、しばし呆然とする私。要は初めてのランチで「この後、ホテルね。」と言われたどころか、プロでさえ断る案件を私にしろと…。いや、そもそも恋愛感情にしても一方的だし、これって性欲処理を私に頼んでるだけだよね?そうか、彼はレクリエーションを楽しんでくれていたのではなく「少し見映えのいい女性が来る時間」が楽しみだったのか…。(にゃんこメイクですからね)悲しい気持ちでいっぱいになりました。そして後ろで糸を引いているのは、間違いなくこの介助人。こいつのいるところで、裸になんてなったら絶対に犯すよね。まっぴらごめんだ。ところで「障がい者の人権とか人格」以前に私の人間としての尊厳は前提にない訳? もちろん丁寧にお断りして、自分の食事代を支払い帰宅いたしました。なんでしょう…怒りとも悲しみとも違う感情が私を包んでいました。真夜中に息子が帰宅するまで、電気も点けずに呆けていて驚かれました。もう関わりたくない、頑なに心に刻まれました。 だからといっても、障がいをお持ちの方に偏見を持ちはしませんでした。色々と大変な実態を目の当たりにしましたが、私はコンビニで駅で電車の中で、自分に出来るサポートは今でも出来ます。それは自然な行為であり、偽善的な意識はどこにもありません。 下書き編集が1週間かかりました。墓場まで持っていこうかと思っていた体験談でしたが、吐き出す機会を与えていただき、ありがとうございました。あ~!誰も読んでくれなくてもいい!この解放感を味わってみたかった~! 追記 なるほど。この案件から来た質問でしたか。これはいけませんが、私の回答も当たりますかね…体験談ですが。このような書き込みの内容については、思ってみたこともありません。いつか自分が事故で障がい者になるかもしれんのに、無神経すぎる書き込みの数々。

回答では、触れていませんでしたが「障がい者」と表記しますね、という理由は、生命保険の外交員をしていたころに、約款などに表記するこの文言を「障害者を改め、障がい者と表記する」と改訂があったからです。

私がこの回答を書くまでは、私と相手方は相互フォローでした。

②ちょうどその頃(2023年4月頃)相手方はQuoraを休止し、別のSNSに軸足を移すと発表していました。

相手方のプロフィールページに行くと、某SNSで書いた「投稿」へのリンクが貼ってありました。

そのリンクは多くの相手方のファンも読んだことでしょう。リンクを私もたどったところ、そこにあった文章は猛烈なQuora批判の文章のように感じました。

その文章の終わりの方のある表現にショックを受けました。「『障害者は嫌い』なんて障害者差別さえ当たり前に出てきました。」という文章があったのです。まさかこの人が、とも書かれていました。

③相手方の書いたこの一節に、私はひどく動揺しました。

「えっこれは、私が書いた回答のことを非難しているの?」と。

しかし、その相手方は当時Quoraを休止中です。確かめようがありませんでした。ですので、ずっと、もやもやとしていました。

つづく ↓

長きにわたるトラブル日記 · 4月6日
~その2~ ↓ の続きです。 ④これは私が2024年9月に相手方に送ったDMです。 もし私の誤解であれば申し訳ないので、相手方へのDMでは この通りはっきりと文章にして伝えています。 ・もやもやを解消したくてメッセした ・あー私のことだとわかったのだけど ⑤私が相手方にDMを出した約2時間後、返事が来ました。 この通り相手方がくれた返信の中には 「あの文章はあなたのことを書いた訳じゃない」 という意味の言葉は、どこにも見当たらず、相手方は私に対して ・差別を正当化 ・論点のすり替え ・露悪的な主張 などと激しい言葉で非難しています。 私が知りたかったことは、相手方が某SNSで書いた一節は「私のことを書いているのか?」「それとも私の思い違いなのか?」だったのです。 私がこれまで生きてきたうえでの、文章の理解がおかしくなければ、普通はそんなつもりではなかった事柄について、他人から尋ねられたとしたら。 「あなたは何か勘違いをしているようです。私はあなた個人の事を書いた訳ではありません。」 と、はっきりと書くはずです。 しかし相手方からの返信では、そのような意味の文章は一切なく、ただ私の認識、姿勢などを激しく非難している内容でした。ですので、私は「あの一節はやっぱり私のことだったんだ」と、確信しました。 つづく ↓
マンション管理員2017–現在
静岡県立三島北高校 定時制課程卒業卒業年:1990
静岡に住んでいる1972–現在
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参加日: 2021年6月