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太平洋戦争 開戦前の1年をたどる

日米開戦80年企画 1940年12月、日米開戦の1年前、 日本ではまだ多くの人がアメリカと戦うとは思っていませんでした。 それが、なぜ開戦に至ったのか。 1940年~1941年にかけて日を追いながら、NHKに残る映像や資料・番組などで辿ります。
1941年1月7日(火) 真珠湾攻撃の作戦案提出

1941年1月7日(火) 真珠湾攻撃の作戦案提出

この日、連合艦隊司令長官山本五十六が真珠湾攻撃の作戦案を海軍大臣に提出。
元駐米武官でアメリカを知る山本。作戦目的は開戦時に大打撃を与え相手の士気を失わせることだった、、、
リンク先は、番組「その時歴史が動いた シリーズ真珠湾への道(前編)山本五十六・苦渋の作戦立案」(2005年放送)より、山本が海軍大臣に提出した、対米戦に関する作戦案の部分。

1941年1月8日(水) 東條陸相が戦陣訓発表

1941年1月8日(水) 東條陸相が戦陣訓発表

この日、東條英機陸軍大臣が軍人のあり方を示した文書「戦陣訓」を発表。「生きて虜囚(りょしゅう)の辱め(はずかしめ)を受けず」の一節は、将兵に対し捕虜になることを固く戒めたもので、太平洋戦争で玉砕や自決、動けなくなった傷病兵の殺害などが起こることにもつながったと言われる。NHKの「戦争証言アーカイブス」には東條陸相自らが読み上げた「戦陣訓」の音声が残されている。

1941年1月14日(火) 銅鉄献納

1941年1月14日(火) 銅鉄献納

この日、公開された「日本ニュース」。前年、日独伊三国同盟締結後、アメリカは経済制裁として日本へのくず鉄類の輸出を禁止。日中戦争が続く中、不足する金属類を補うために、国民の生活が制限されていくことになった。

1941年1月15日(水) 大島駐独大使国民壮行会

1941年1月15日(水) 大島駐独大使国民壮行会

この日、日比谷公会堂で行われた壮行会について、「日本ニュース」は松岡外相やドイツのオットー駐日大使らが出席し激励したと報じている。大島は2回目の駐ドイツ大使就任でヒトラー総統の信頼も厚かった。この大島大使からの情報をもとに、日本はヨーロッパでがドイツが勝ち続けるという「確証」を得、日米開戦に傾いていった。

1941年1月23日(木) 米に向かう野村特命全権大使

1941年1月23日(木) 米に向かう野村特命全権大使

この日、特命全権大使としてアメリカに向かう野村吉三郎海軍大将の見送りの様子を「日本ニュース」が伝えている。東京駅には松岡外相のほか、アメリカのグルー駐日大使の姿も。野村はアメリカが第一次世界大戦に参戦した1917年に駐米武官を務め、当時海軍次官であったルーズベルト大統領とも知り合いだった。2月にワシントンに到着し、ハル国務長官やルーズベルト大統領と相次ぎ会談。日米交渉がいよいよ始まる。

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