検察の抗告「禁止すべきだ」 再審見直し、裁判官に異例インタビュー
「また棄却だろう」
ベテラン裁判官は、そう思いながら、何箱もの段ボールに入った殺人事件の記録を広げた。元被告の有罪が確定後、裁判をやり直す再審を求めている事件だった。
1年間に有罪が確定する事件は約20万件、新たな再審請求は200~300件。元被告側の訴えは99.9%が棄却されて終わる。刑事裁判官として長い経験を積んできたが、同じ主張の蒸し返しなど、明らかに理由のない再審請求にしか出会ったことがなかった。
ところが、この時は数十冊の記録を繰るごとに違和感が募った。供述は不自然で、判決は説得力に乏しい。さらに検察が新たに開示した証拠で、有罪の支えも崩れた。
「こんなにはっきりした冤罪(えんざい)があるのか」と衝撃を受けた。無実だと確信し、決定を書き始めた。それでもなお、任官して以来、経験したことのない重圧があった。
罪のない「無辜(むこ)」の救済は裁判官の使命だ。同時に、正しい確定有罪判決を覆すことがあってはならない。「絶対に間違えられない」との思いは、通常の裁判で無罪判決を出す時の比ではなかった。再審無罪に至らなければ、職を辞する覚悟で決定に臨んだ。
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社会的に注目を集めた重大再審事件で、裁判のやり直しにつながる決定を出した現役裁判官が今年2~4月、匿名を条件として朝日新聞の取材に応じた。独立を旨とする裁判官は「弁明せず」とされ、個人的な思いを明かすのは異例だ。
声を上げたのは、再審制度を見直す政府法案への危機感からだという。
「このままでは無辜を救えなくなる」
重大再審事件で、裁判のやり直しにつながる決定を出した現役裁判官が、朝日新聞の取材に応じました。再審制度を見直す刑事訴訟法改正案のどこが問題なのか。インタビュー形式でお伝えします。
「何としても再審開始を阻止という姿勢」
――現役裁判官が思いを語るのは異例です。
「いまの政府法案では、再審開始の門が狭まってしまいます。見直し案を検討した法制審議会(法相の諮問機関)では裁判所の委員もこの内容に賛成しており、ショックでした。本格的な再審事件を担当したことのある裁判官は限られるため、危機感が共有されません。声を上げる責任があると思いました」
――自民党内からは、再審開始決定に対する検察の不服申し立て(抗告)を禁止すべきだという声が噴出しています。
「袴田巌(いわお)さんは死刑確定から再審無罪まで44年かかりましたが、検察の抗告で再審開始が9年遅れました。検察は誤った抗告で、袴田さんの人生に対する被害を広げた。謙虚に歴史と向き合い、抗告を禁止すべきです」
「私は以前から、検察の抗告を認める必要はない、むしろ有害だと考えてきました。刑訴法では、裁判手続きに関する中間的な決定に対しては、抗告できないのが原則です。しかも検察は再審請求審に、弁護側と対峙(たいじ)する当事者ではなく『公益の代表者』として参加しています。特別な救済のための手続きであることを考えても、例外として抗告を認める理由は見当たりません。再審開始決定が出たら、再審公判で争うべきです」
――地裁から最高裁まで審理する三審制のもとで確定した有罪判決を、地裁の1回限りの判断で安易に覆すべきではないとの指摘もあります。
「裁判官にとって、再審開始につながる決定はとても重いものです。私も担当している間は、夢にまでみるほど、悩み抜きました。裁判官人生をかけた決定でした」
「安易に抗告してきたのは、検察の方ではありませんか。過去の例をみても抗告していない事件は例外的です。私の経験上、理由書には定型の文章が目立ち、通常の裁判の控訴時と比べても説得力が乏しい。公益の代表者として誤判(誤った裁判)の是正に協力すべきなのに、何としても再審開始を阻止したいという姿勢に映りました」
証拠開示「検察の組織を挙げた抵抗」
――証拠開示のあり方も大きな焦点です。
「本格的な再審事件の経験がある裁判官なら、検察の組織を挙げた抵抗ぶりを知っています。私自身、『制度がない』『必要性がない』『不存在』など様々な理屈で開示を拒否されました。しっかりした根拠規定がなければ、証拠を開示させることはできません」
――政府法案には、裁判所が検察に証拠の提出を命じる規定が盛り込まれています。ただ、再審請求理由との関連性や、開示の必要性といった要件があります。
「提出命令の要件を明らかに満たす証拠は、かなり限られます。これまで再審開始を導いてきた証拠が出てくるかは心もとない。さらに問題なのは、必要性などは明確でないけれど、つぶしておきたい証拠です。絶対に冤罪(えんざい)をつくらないという気持ちでやっているので、これを見なければ怖くて判断できないと感じる場面があるのです」
「提出命令の制度ができれば、要件を満たさない微妙な証拠には、(命令より弱い)勧告を出すことになります。検察は『命令を出せない証拠を提出する必要はない』と拒む可能性が高い。裁判所が裁量で広く開示を命じられることを明記した規定が必要です」
「冤罪を闇に葬るための装置」
――再審請求をスクリーニング(選別)する規定も新設され、明らかに理由のない請求は、証拠開示なしで棄却するよう義務づけています。
「安易な棄却が増えないか懸念しています。そもそも明らかに理由のない請求は、いまでも速やかに棄却されており、規定を設ける必要性はありません。証拠開示をせず『冤罪を闇に葬るための装置』だとすら思えます」
「三審制のもとで確定した判決は盤石だという前提は、人間がする裁判の本質を見落としています。被告が諦めてしまったり、適切な弁護を受けられなかったり、ずさんな審理で確定したりしている事件は存在します。与党や国会での議論を通して、無辜の救済に力を与える法改正にして欲しいと願っています」
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