やましなゆうすけ
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映画がエンドロールに入っても頑として席を立たずにエンドロールの流れるスクリーンを見ている人間が何をしているかというと、そう、「エンドロールを観ている」んですよ。何故かって、エンドロールを観たいから。
ネッド・リーズはな、「親友がスパイダーマンである秘密を守るため、先生に『学校のPCでエロサイト見てました』と嘘をつくことができる」という、MCUを彩るヒーローたちに負けるとも劣らない勇気を持った漢なんだぞ。
「多様性を認めない俺という多様さを認めないのかー」みたいな言説、「寛容のパラドックス」だけでなく、日本国憲法にもとっくに「公共の福祉に反しない限り」という概念がバッチリはっきり明記されちゃってるので、79年前に終わった話なんだよな。
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「エンドロールを観たいからエンドロール中も席を立たない」人々の存在に目を向けないような手合いに限って「エンドロールを見る気にならない俺の鑑賞法を認めないだなんて狭量だ」みたいな主張を飛ばしやがるんですよ。知らんがな。わしゃ観とるんや。読んどるんや。
オリンピアンにせよミュージシャンにせよ、「個人が何を言ったって世界は変わらない」という宣言は、「諦観」というよりも「世界が変わらなかったところで俺は困らないし」って態度の表明でしかないと思うんだ。
『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』の中国公開版から同性愛言及の6秒が削除されるそうだが、その“たった6秒”の明言を全上映時間8520秒の中に獲得するため、どれだけの人が汗水どころか血まで流したのかと考えると、やっぱり看過してはダメだし、怒らないといけない。
『鬼滅の刃』という作品は「鬼になる」要素として「他者からの理不尽な扱い、あるいは(人間の生み出した)理不尽に苛烈な環境」を中心に描いていて、その一例として遊郭を出しているのに、「『鬼滅の刃』を守るために遊郭は良いところだったと知らしめないと!」と張り切る人たちの出現はなんなの。
ハッピーセットのCM、リカちゃんのオモチャで遊ぶ男の子が当然のように出てくる、そういう感じになってるんだよな。「実際に男の子が遊ぶかどうか」ではなくて、「リカちゃんで遊ぶ男の子はいるよ、当然」というメッセージ。それが「コマーシャルメッセージ」。
「映画館でのエンドロール退席問題」で常に是非の理由として言及されるのが「オマケ映像」についてだけど、それ以前に「普通にエンドロールを読んでる」という民族がいることもご留意いただきたい…っていうのも毎度言ってる。
「それの実現が可能な科学技術があるからといって、実際にやってしまっていいのか?」を問いかける、という意味では、やはり『ジュラシック・パーク』のネドリーのデスクに #オッペンハイマー の写真が貼られているのは正しかったんだな。
「Twitterで政治の話しかしなくなったことを『壊れた』と表現する」って、そこにあるのが「生きて生活をしてそのうちの幾ばくかの時間をTwitterへの投稿に割いている生身の人間の一部」じゃなく、「ネットで見られるコンテンツ」としてしか捉えてなかったってことやん何それ怖。
#フォースの覚醒 「銃の捨て方がダニエル・クレイグ」とかいう全く意味の分からない理由で、あのトルーパーがダニエル・クレイグであることを見抜く界隈の存在が明るみに出て世界が慄いた名シーン。
映画作家の言う「公権力と距離を置いておく」っていうのは、「助成金は貰わない」とか「政府が参画してる映画祭に出ない」じゃなく「だからって公権力に阿ったりしない」という意味、ってことがカルチャーに関わってる人にすら理解されてないの、社会における文化の未成熟さが如実だなって印象。
「ナチスやヒトラーやをdisり過ぎだ」みたいな『ジョジョ・ラビット』の感想を目にしてしまい、まったくもってワイティティが「何度でも語り直さないといけない」って言ってた通りだなぁって痛感しました。
短絡的な言い方をすると、『パラサイト』がオスカーを獲ったのを目の当たりにした後で「単なる娯楽なんだよそれなのに社会性とかしゃらくせぇこと言ってんなよwww」みたいな態度を取っちゃうのは愕然とするほどダサい、んですよね。
ビヨンセのサイン会、行きたくとも行けなかった人の方が多かろうに、(少なくとも俺の目に届いてる範囲では)ただ「ビヨンセのサイン会が行われた」という事実のみで幸せになってる人がたくさんいて、「サイン会があった」だけで人を幸福にできるビヨンセ、偉い…凄く偉い…。
「女性の方が繊細な料理ができるから『お母さん食堂』」って、『ゲット・アウト』の「黒人さんたちは運動能力に優れていらっしゃいますから羨ましいですなぁ、がははは」のやつやん。
「東京都からは演芸場に対して「無観客開催」の要請がありましたが、「社会生活の維持に必要なものを除く」という文言があり、大衆娯楽である「寄席」は、この「社会生活の維持に必要なもの」に該当するという判断から、4月25日以降も通常通り営業」浅草演芸ホール!!!asakusaengei.com/sp/news/#16003
総理大臣が大臣席から国権の最高機関の構成員に不規則発言を飛ばしたり、憲法に基づく要請を無視し続けたり、法の条文に反する状態を発生させたりすることは平然と通り過ぎることができて、代議士が殺されることだけを「民主主義の危機」と認識する欺瞞を改めて突き付けられるのもまたキッツいわ。
「子供食堂でピースする自民党議員」って、「エッフェル塔の前で浮かれたポーズを取る」より遥かに質が悪いはずなんだけど、後者に大はしゃぎするのに前者には反応できない報道の姿勢というものに更に愕然とさせられる。
『バービー』でよく指摘されてる「男の生きづらさも描いている」というのは『怒りのデス・ロード』でも『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』でも『あのこは貴族』でも描かれてて、女性への差別と男性への抑圧がセットなのはもう「どう手を替え品を替え描くか」ってフェーズの普遍的テーマなんだよね。
「戦争に反対なら自分が戦地へ行き実力で止めろ、さもなくば口をつぐめ」などという“2択”を勝手に設定して他者に強いる類の手合い、「『トロッコ問題』は“出題者”をこそ疑え」という教訓の完璧なお手本だな。
外国選手から「クソ暑いよ、なんでこんな時期にやるんだよ」って不満が出てる状況って、それこそ、この国の気候についてよく知っているはずの本邦アスリートが「ひとりが何を言っても変わらないし」という態度を全員で共有し貫徹した結果でしょ。
『となりのトトロ』序盤、さつきが家族全員の朝食&昼食(弁当)を作る場面で、彼女がヤングケアラーであることに対する反駁を散見するけど、父親の「“また”寝過ごした」「(弁当が要ることを)すっかり忘れてた」という台詞、さつきの異様な出際の良さによってそれらは明示されているし、
実写映画版スパイダーマンの履修を完了した7歳児、どの作品も面白かったそうだが、『アメイジング・スパイダーマン2』だけは「戦いが始まったところだったのに続きが作られなかった」のが残念とのこと。「にも関わらず、どうして父はそのラストで必ず泣くのか」を理解するのは、もう少し先の話かな。
「選手が何を言おうが世界は変わらない」って姿勢は、“謙虚”のように見えて実は“傲慢”だよ。その後に続く「感動を届ける」に表れるように「自分が影響力をもっていること」には自覚的なのに、「(どういう態度であっても)社会を覆う問題に対峙することはない」って宣言に他ならないから。
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東スポ・オリパラ取材班
@tospo_olympic
キングが今の心境を明かしてくれました。
【東京五輪】体操・内村航平オンライン壮行会終え「選手が何を言おうが世界は変わらない」
#東京五輪 #体操 #キング #内村航平
tokyo-sports.co.jp/sports/gymnast
#仮面ライダーゼロワン オタクどもの考察が止まらないTLですが、新しいライダーの放送開始を待ち焦がれていた5歳児は、2話の放送が1週間後であるという事実に絶望し、涙を流しながら駄々をこねておりました。
ある表現に対して「嫌なら見なければいい」が言えるのは、その表現が表出している社会構造や状況を是認したままでも自身にネガティブな影響が及ばない・存置されないという「特権性」に他ならず、
ロバート・ダウニーJr.とイアン・マッケランと、そこにベネディクト・カンバーバッチが還ってきたら、シャーロック・ホームズがスリーカードでアッセンブルやんか。
邦画界のハラスメント問題、今のところ、積極的に改善を発信してる監督たちがいるものの、監督もまたいうても「現場」で、本来ならスタッフの労働問題に全面的に責任を負う仕事じゃないはずなんだよね…「芸術面の責任者」であって。やはり「製作」の側、特に大手の会社が沈黙してるのは焦ったい。
#アベンジャーズ_エンドゲーム ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○に、胸が締めつけられる。 fse.tw/w7oWI#all
チョロさ以上に、「表現規制」を「好き」だからしない、という主張が漏れてるのが恐ろしい。
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赤松 健 ⋈(参議院議員/漫画家)
@KenAkamatsu
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』大ヒットに加藤官房長官「テレビで過去の放映は見た」 『進撃の巨人』は「全巻通じて読んでいる」
news.livedoor.com/article/detail
★最近の議員さん達は(与野党問わず)漫画アニメ好きが増えていて、表現規制しようなんて考えの人は減っている。今後もこの傾向は加速する。
五輪って(参加者ではない)誰かに「辛抱」を強いて開催するべきものなのか?「誰も“辛抱”なんてしなくてもいい社会だから開催する」のが理念じゃないのか?そこまで言われてアスリートはどういう意見を発信するんだよ。
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朝日新聞(asahi shimbun)
@asahi
IOC会長「どうか辛抱して」 日本国民に理解求める asahi.com/articles/ASP1X
ファンと交流する俳優たちのエピソードを見聞きしていると、ファンから投げかけられた言葉やその格好なんかにパッと反応できるのは撮影中のアドリブのようなもので、でもそれは決して表層だけ取り繕うわけじゃなく、自分の中の適切な“引き出し”をすぐに開けて中身を取り出す反射神経のプロなんだなと。
オリンピアンがさ、「自由にスポーツに打ち込み楽しめる社会をつくろうぜ」じゃなくて、「俺がスポーツできてれば社会はどうでもいい」ってメッセージを発してしまうことって、むしろそこまで「スポーツの力」を信じていなかったのかと、もう泣きそうですよ。
『エターナルズ』本編から推測される「クロエ・ジャオとマーベルが見たマ・ドンソクの過去作」…。
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ビニールタッキー
@vinyl_tackey
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マ・ドンソク「クロエ・ジャオとマーベルスタジオは私の過去作品を見て、私がどんな人間か、何をギルガメッシュに反映するかを考えてくれた。クロエが私自身の要素を多く取り入れるよう要望してくれたので、私にとってほとんど演技していないような状態でとても快適だった」firstpost.com/entertainment/
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オリンピアンに至っては、なんなら変わらないでいてくれた方が都合いいわけでしょ。社会情勢がどうだろうが自分たちのためになりふり構わず好きなことさせてくれる場を大々的に用意してくれるんだから。
面白いかどうか以前のセンシティブな部分に対する信用が全くないから、不安しかないというか、やめておいた方がいいんじゃないかな、というか。
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集英社オンライン
@shueisha_online
『ゴールデンカムイ』、待望の実写映画化決定!! #集英社オンライン
shueisha.online/entertainment/
「男性を必要としない自立した女性が支持される社会なんて大丈夫か?」って辞書に載せたいほどのミソジニー言説が「フェミニストに見つかり面倒臭い」というのは「女が男に依存し自立しないままでいたら面倒臭くなかったのになぁ」以外に帰結しようがないじゃろ。怖。
「他人の足を踏みにじれなくなった昨今は息苦しい」なんていう言動には一切、耳を貸したくない。「誰かの足を踏みつけるのも気にせず踊る」のと、「誰の足も踏まぬよう注意しながらの華麗なステップ」なら、後者のほうが間違いなく根性ある表現者だと思う。