トッド氏「トランプは3度負ける」 いま日本の読者に伝えたいのは
「米国の敗北」を論じた前回のインタビューから1年。エマニュエル・トッドさんの分析を裏づけるように、世界は混迷の度を深めている。独自の視点で世界を見つめる人類学者が東京で指摘したのは、米国という「帝国」の暴走と、日本が陥っている「空想のナショナリズム」の危うさだった。
――イスラエルと米国によるイランへの攻撃で、世界に影響が出ています。
「歴史家として、大きな構図から考えたいと思います。今回のイランでの戦争は、米国がすでに喫している『二つの巨大な敗北』に続くものです」
「第一の敗北は、昨年2月のインタビューであなたに話した、ウクライナにおけるロシアに対する米国の事実上の敗北です。製造業が衰えた米国は、支援するウクライナに十分な武器や弾薬を提供できず、米国の産業システムが大規模な戦争を支えられない事実が露呈しました」
「第二の敗北は、その後で明らかになった、さらに重要な中国に対する敗北です。トランプ米大統領は関税で中国を威嚇しましたが、中国がレアアースの禁輸で脅し返すと、すぐに撤退を余儀なくされました」
「したがって、彼の現在の行動のすべては、これら重要な敗北から目をそらし、自らも忘れるためのものだと考えると理解できます」
――昨年秋の前回来日の際、朝日地球会議ではベネズエラ攻撃の可能性も示唆していましたが、実際に起きてしまいました。
「そうです。イスラエルと米国によるイランへの攻撃も、同じように始まりました。しかしイランが崩壊せず、事態は収拾がつかなくなり、米国にとって『三つ目の巨大な敗北』になるかもしれません」
――米国のイラン攻撃は、世界をどこに導くのでしょう。
「この戦争の根本には、こちらも昨年2月に話したように米国社会の崩壊、具体的には『宗教ゼロ』の状態があります。かつて社会を統合していた道徳的・精神的な規律や価値観が失われ、退廃や空虚さの中で、まるで破壊や殺戮(さつりく)そのものを楽しむかのような『虚無主義(ニヒリズム)』が広がっています。これはイスラエルにも当てはまります」
「イランの指導者が米国の意に沿わなければ、排除する。1人の指導者を暗殺するにとどまらず、他国の指導者を次々と排除していくなどということは、断じて許されるべきではありません」
「これは、現代の常識ある政治の世界ではなく、狂気の結果ではないでしょうか。フランス人であれ日本人であれ中国人であれ、同意せざるをえないのではないでしょうか。ヒトラーのようなやり方です」
――極めて強い表現ですね。
「その通り。私は今、ユダヤ人として語っています。ユダヤ系の背景を持つフランス人である私自身が、現在の彼らの狂気と暴走を何よりも強く批判しているのだと、日本の読者に、はっきりと伝えたい」
「そもそも、『戦争』というのは軍隊同士の戦いだったはずです。しかし今、米国とイスラエルがやっているのはどうでしょう。個人を標的にして殺害する『暗殺』ではないですか。米国の外交を主に担う役割は、国務省でも国防総省でもなく、CIA(米中央情報局)へと移ってしまったようです」
――今年7月で建国250年を迎える民主主義国家である、米国の政治システム自体も変質しているということですか。
「ええ。議会、大統領、最高裁判所からなる伝統的な『共和国』ではなくなってしまった、と言わざるをえない。私がみたところ今の米国は、大統領、国防総省、そしてCIAからなる『帝国』へと変質しています。議会や最高裁は、もはや諮問機関に過ぎないように見えます。個人を標的とした暗殺に頼る米国の対外政策では、CIAが最も重要な機関になっています。これは、米国という国家が『虚無的な暗殺国家』へと成り下がった証左です」
高市首相の「対中強硬姿勢」は…
――あなたは昨年2月のインタビューで、日本は米国が引き起こすであろう対立に関与せず、慎重に見守るべきだと指摘していました。その後、日本には、女性初の首相が誕生しました。
「それが日本社会のどんな変化を体現したものなのか、まだ評価はできません。ただ、一般的に女性初の首相や国家リーダーは、男女に違いがないことを証明するために、男性的に振る舞うことが多いものです」
「高市早苗首相は、英国(元首相)のマーガレット・サッチャーを称賛していると聞いていますが、それは危険なことだということは指摘しておきましょう。サッチャーは興味深い人物ではありますが、私は評価していません。英国の労働者階級と産業システムを破壊した人物だからです」
「高市首相が(保守強硬派だった)サッチャーの何を評価しているのか、詳しくは知りません。ただ、彼女の中国に対する強硬な姿勢は、私が『空想のナショナリズム』と呼ぶものの典型例ではないかと思っています」
――「空想のナショナリズム」ですか。
「この時代、ナショナリズムそのものが問い直されてはいますが、中国に敵対することが日本のナショナリズムだという考え方は、おかしいと思っています」
「ナショナリズムという思想は伝統的に、自国民の数を増やし、勢力圏を広げようという理念に基づいています。日本の本来のナショナリズムは、日本の主権を求めることでしょう」
「その観点からすれば、日本にとっての課題は、中国と対立することよりもまず、米国との関係について考えることが重要ではないですか。それは、沖縄のことを考えれば、だれの目にも明らかでしょう」
「『空想』ではなく『現実』のナショナリズムの視点に立てば、国内にある外国の基地を取り戻し、主権を求めるのが自然なことです。米国の『分断して支配する』という戦略に乗せられ、ワシントンの意のままに中国と対立することは、決して日本の利益にならないと私は考えます」
――高市首相だけでなく、日本の保守勢力の対中強硬姿勢の背景には、台湾情勢への危機感もあるのでは。
「私は、日本の台湾統治を主導した後藤新平について知っている、数少ないフランス人の一人だと自負しています。日本の台湾統治は、(台湾の近代化などを進めた)後藤などの功績もあって、世界の植民地の歴史の中でも珍しいような成功例だったと理解しています。現地の一部の人々ですら、支配する側だった日本に良い記憶を持っているというのは、極めてまれなことです」
「しかし、それは過去の話です。中国共産党の主張を支持するかどうかは別として、台湾は文化的にも、国際政治の現実でも、中国との関係を無視して語ることはできません」
「現実を、過去のノスタルジーで覆い隠すことは危険です。つまり過去の歴史的な事実へのポジティブな評価を、現代の現実政治に持ち込むのは危険なことです。台湾が日本の植民地だった時代は80年前に終わっているのに、『中国との関係を悪くすることがナショナリズムだ』と錯覚するのは、まさに空想のナショナリズムです」
日本の進むべき道は
――世界で何が起きていると捉えていますか。
「いま起きていることは、米国が三度目の敗北を経験しつつあるかもしれない、ということにとどまりません。巨大な帝国の崩壊そのもの、かもしれません。私たちが慣れ親しみ、長く世界を支えてきた理念や構造が、音を立てて崩壊しているような事態です」
――では、そんな世界の中で日本はどのような道を進むべきでしょうか。
「日本、中国、韓国の東アジア3カ国は、深刻な少子化という、共通の構造的課題に直面しています。また儒教的な文化的背景を共有し、この3カ国で世界の船舶建造の約9割を占めるなど、圧倒的な工業力を保持しています。輸出主導で発展してきた成長モデルという点でも、類似性は極めて顕著です」
「日本がとるべき道は、こうした自らの特徴をしっかりと見つめ、米国から静かに距離を置き、中国を含めたアジア諸国と、平和的に理解と関係を深めることです」
「これから大変な激動の時代を迎えるかもしれません。しかしそのような道を進めば、多極化する世界の中でも、中国やロシアを含めて多くの国が、日本の存在感を認めるでしょう」
エマニュエル・トッドさん
Emmanuel Todd 1951年生まれ。家族制度や識字率、人口動態などから現代社会を分析し、ソ連の崩壊や英国のEU離脱、米国のトランプ現象を予測してきた。著書に「西洋の敗北」「西洋の敗北と日本の選択」、共著に「2030 来たるべき世界」など。
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- 【解説】
トッド氏が述べている「『分断して支配する』という戦略」は、「分割統治」(Divide and Rule)と言われるものです。例えば、イギリスはインドの植民地統治の中で、ヒンドゥーとムスリムを対立させることで、上位に立つイギリスの地位を強化していきました。トッド氏は、アメリカが日本と中国の対立を巧妙に煽ることで、アメリカによる支配の構造を強化しようとしていると論じています。これは非常に的確な分析だと思います。
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