15の夜 28の朝
鳳凰幻魔拳という技は、戦闘中にキャラクターの回想シーンを挿入するために生み出されたといいます。
バトルの流れを断ち切って毎度「あれは〇年前…」とやり出すんじゃあシラケる、ならば技の効果で暴かれたことにすればいい! というわけですね。
初登場のJC4巻で、見事にその本領は発揮されました。氷河の身の上、聖闘士を目指したきっかけを説明し、潜水ルーティンからのマーマ腐敗オチによって彼の怒りに火を点けるという実にスマートな展開。この流れに、食らった相手の「なんだ今の拳は? 痛くもかゆくもないわ」を加えて幻魔拳テンプレは完成するわけですが、身も蓋もない言い方をすれば当時一世を風靡していた「お前はもう死んでいる」の見事な翻案と言えましょう。
ツナ缶ちゃんはこの「幻魔拳は回想シーンの導入用」というインタビューに触れて以来、戦闘中に回想シーンでキャラクターを掘り下げるのはテンポを損なうダセェ行為であり、やるからには何らかの工夫が要るのだ、それが車田イズムでありジャパニーズ・コウハ(硬派)なのだ!という妄念に取りつかれて生きてきました。『海皇再起』を描いている時もしょっちゅう頭の中で一輝兄さんが炎の中から現れて、「フッ 性懲りもなく戦いの最中にキャラクターの過去をダラダラ垂れ流そうというのか……幻魔拳を受けたわけでもあるまいに惰弱な! 相も変わらぬ女々しい作劇よ」と罵ってくるので、その都度「すいませんすぐ終わらせます! 必要最低限ですから! 余計な深掘りとかしませんから! 帰れ!」と謝り倒してお帰りいただく日々です。
結果として、カーサのエビルアイズ・ハレーション、アイネイアースのアカシック・デスティネイション、クリシュナのマハーユガ・ヤートラと、回想シーン専用のジェネリック幻魔拳みたいな技が乱発されることとなり、これはこれで兄さん激オコなのでは? と震えが止まりません。
そんな幻魔拳の機能が物語そのものの完結に大きく貢献したのが、他ならぬポセイドン編です。
カノンが岩牢で発見したアテナの壺、同じく岩牢で命を救われた大いなる小宇宙……という幻魔拳によって示された二つの情報が、ポセイドンの封印とソレントの改心という結末へ綺麗に繋がっていく。ストーリーの畳み方として、十二宮編、ハーデス編にはない工夫が見られ、非常に美しいと思います。
さておきカノンという人物に焦点を絞った場合、あの場面で重要なのは、双子の兄へのコンプレックスでねじくれたTHE・小者!という正体が露呈したことでしょう。当然ながら、このサガとの愛憎という要素はカノンのキャラクター人気の核となる部分であり、そこを引き出してもらったという一点において、一輝には一生頭が上がらないのではないでしょうか。
といったところでカノンの話をします。
『聖闘士星矢』のファン心理をあえてクッソ雑に二分すると、「分解装着図と必殺技のカッコ良さが何より大事な男子小学生タイプ」と、「キャラクター同士の関係が主食になるお姉さんタイプ」ということになろうかと思います。もちろん両者の間にはグラデーションがあり、綺麗に分かれるわけではありませんが、ま、大まかな傾向として。
ツナ缶ちゃんはリアタイ当時ゴリゴリの小学生だったので、かなり純粋な男子小学生タイプというか、人の内面だとか他者への感情にはあんまり興味のない読者でした。カノンに対する認識はというと、ポセイドン編においてはサガの下位互換の悪役、ハーデス編においては頼れる仲間になった元悪役、というものでしかなく、青磁ビブロスとかふゅーじょんぷろだくとの文献()で、お兄ちゃんへの愛憎メーターが振り切ってお兄ちゃんのことしか考えてないカノンに触れるたび、なるほどオレたち毛も生えてない小学生には見えてない世界がある……! と震えたものです。
さておきそんなカノンも本編登場時でもう28歳、さすがにいい大人です。15歳の頃、「なんでアッニはこんな強いのにワイと一緒に世界征服してくれへんのや!」とヤキモキさせられた兄貴も色々あって死に、自分の野望も若僧たちに打ち砕かれました。長年のやさぐれた生活に終止符を打ち、真面目にお勤めしなきゃいかんな、と腹を括ったハーデス編での姿は実に頼もしく、星矢たちの倍の年月を生きてきただけの重みを感じさせます。一輝に対して完全に一目置いているのも、やっぱり一度精神的にブチのめされるとこうなるわな、という感じで良いですね。
かようにカノンの魅力というのは、総じて小者ゆえの人間臭さというところに集約されると思います。状況変化に対する柔軟性、しぶとさ、とポジティブに言い換えても良いでしょう。
実際、悪人ではあっても一輝とソレントの説教に対して聞く耳を持っていたからこそ、アテナを恩人と認め命がけで庇うという行動に出たのだし、亡き兄に代わり双子座として立派に振る舞うことも出来たわけで、この変わり身の見事さは作中でも際立った個性ではないでしょうか。
そんなこんなで『海皇再起』でのカノンです。
ハーデス編で「過去の悪事もすべて清算して」(清算できたとは言ってない)なんの憂いもなくなったのはいいけれど、ラストの自爆はあまりに呆気ない。サガの代理としてではなく、カノン自身の総決算を描きたい、というのが出発点でした。要するに、兄ちゃんの影から解き放たれた個人としての自由な姿が見たい、ということです。もう30前の大人ですから。
カノンの正体を知っていたアイザックと、利己的で陰険なカーサ。この二人はカノンへの制裁役として適任でした。そのあと共闘を通じて彼を仲間として認めていく…というプロットに沿って描いていったわけですが、どうもカーサとの相性が良すぎてですね、どんどん似た者コンビになっていくので、ここまで仲良しでいいのかな、ちょっとキャラの格が違うんじゃないのかな、としばらくは戸惑ったものです。
そもそもハーデス編での二枚目なカノンが印象深い読者にとって、チンピラに戻ったような本作の彼はちょっとイメージが違うんじゃないか、という危惧もありました。ただ個人的に、冥界でのカノンは「これまでの罪滅ぼしに双子座を立派に務めよう、後輩たちにもデキるところを見せよう」とかなり無理していたんじゃないか、と感じていまして、今回はのびのびと振る舞ってもらいたかった。そうしたら、カーサがまあいい具合に受け止めてくれるんですね。たぶん他の5人の誰が相手でもこうは行かなかったでしょう。
そうか、呪われた生まれのために長いこと回り道をしてしまったカノンが本当に「なんの憂いもない」大人になるには、貸し借りのない対等な友人が必要だったのかも…というのは、これは描きながら腑に落ちたことで、当初は想定していませんでした。
カーサというのはいわゆる車田美形顔ではないですし、性格も悪い。上でも書いたように、キャラ的には格があまり高くない方に属すると思います。サガを押しのけてカノンと横並びにするには役者不足だ、と考える方もいらっしゃるでしょう。まあでも今回はキャラが作者の想定を超えて自然に動いた結果こういう具合になっちゃったということで、ご勘弁ください。
ともあれカノンも他メンバーも皆まだ活躍が残っておりますので、最後まで見届けていただければと思います。


カーサがカドモスに出そうとしたフィニッシュ技は幻のままになってしまうのでしょうか。それはそれでまた美味しいのかもしれませんが。 (蟹座の幻の最強拳があるはず、みたいな話として。…