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水曜日にしか会えない彼女の秘密。
井戸子さん
お面をつけた女の子
明るく振る舞っているが大人しさが滲み出ている。
水沢 拓
自分から事件に飛び込んでいく高校生。
細身で顔が童顔であるため女子から可愛いと言われてしまう事が多々ある。
軟弱に見えて力は意外と強い。
弟の光をとても可愛がっている。
河井
水沢の友人。メガネ枠。
友達想いで、ある事件を解決しようとして失敗した。
幼馴染のサクネがいる。
花田
水沢の友人。おバカに見えて結構頭の回転は良い。
河井とは同じ中学。
ある事件のきっかけを作ってしまった。
サクネ
気の強い4組のお団子頭の女子。河井の幼馴染。
清水零の友達で例の事件を終わらせる為に動いていたが、次のターゲットにされ一時期行方不明になる。
瀬川
氷の仮面でもつけているかのように全く笑わない4組の女子高生。
天パで三つ編みに結っている。
少し怖い冗談が多い。
水沢のことを知っているようだが、詳細は話さない。
平鳥
4組の事件の犯人とされる女子高生。
4組のクラスメイトに恐れられているが、ぱっと見黒髪ロングの綺麗めな容姿で普通の女の子に見える。
花田の元カノ。
清水 雫
ある事件の最初の被害者。サクネの友人。
河井病院でずっと眠っている。
水沢 光
水沢 拓の5歳の弟。
天使のように優しいが少し体が弱い。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
それは暑い暑い水曜日のことだった。
オレ、水沢 拓(みずさわ たく)はいつも通り家に帰る道を歩いていた。
出来るだけ日差しが当たらない公園の木の陰がある所を通りながら、
早く帰ってアイスを食べよう、
とか
夏休み前最後のテストが終わったらみんなでカラオケ行きたいな、
とか
普通に普通のことを考えていた。
古くてボロい井戸を脇目に。
そして気づけばその古い井戸はいつの間にかオレの半径1メートルくらいの所にあった。
「こんな所に、井戸なんてあったっけ」
いつも通り、帰り道(公園を含む)を歩いてきたつもりだった。
周りを見渡してみると、ここはさっき歩いていたつもりの道から少し離れた場所で、整備された道なんてものはなく、明らかに人が入ろうとする場所ではなかった。
「オレ、疲れてんのかな…」
思わず頭を抱えた。
最近おそろしい夢をみるのだ。
まず気づくと教室の一番後ろの席にいる。
そこから対角線上にある教室のドアには顔のみえない女子生徒が立っていて、
その女子生徒はカッターを持って、
近づいてきて、
気づけばオレの目の前、
いや、右の眼球までナイフが近づいてきたところで夢は終わる。
その夢が終わる時、必ず聞こえてくるのが
『終わらせない。』
という女の子の声だった。
「何を終わらせたくないんだか」
オレに言われても何もしてないし何もできない。
巻き込まないで欲しいなぁとため息をつきながら、回れ右をしようとした。
「誰……?」
か細い女の子の声。
先ほどみていた古くてボロい井戸
の
中。
面を被った女の子がいた。
「うわああああああああああああああああ」
「きゃああああああああああああああああ」
思わず叫んだ。
向こうはこっちが叫んだのに驚いたらしい。
なんで井戸に女の子がいる?
さっきまで周りには誰も人なんていなかったし、井戸の中なんて危なくて入れるわけがない。
「ゆっ幽霊!?」
井戸の中にいたお面で顔を隠した女の子は、井戸の中から半分顔を出して言った。
「違っ……そんな怖いものと一緒にしないで!!」
「いやだってそのお面とか十分怖いんだけど」
「………」
女の子はうつむきながら、よいしょと井戸の淵に座り込んだ。
よく見ると彼女は変わった格好をしていた。
花火柄の赤い着物に薄いベージュのポンチョ。
靴はポンチョの色に近いブーツ。
和のテイストに洋がちょいちょい混ざったような感じだった。
「いつの間に井戸に入ったんだ?」
「さあ?」
「さあ?って……そのお面、なんか怖いから外してくれない?」
女の子は「えー」と言いながら、
お面をはずした。
パカッ
「……ナニソレ怖い」
彼女の面の下は面。
付箋のように、面は重なっていた。
「呪われる……」
「呪わないよっ!!! もうなんなのよ!!いきなりこっちきて叫んだり私のこと怪訝な顔でジロジロみて!!」
「君こそ何なの!?」
「え。普通の男子高校生」
「私だって普通の…」
彼女はそういいかけて、かたまった。
「私って、何?」
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「私って何?」
「いやそんなことオレに言われても知らないよ」
「名前は?」
「名前が、思い出せないのよ」
「じゃあどうしてここにいるんだ」
それも思い出せないと、彼女は言った。
どうやら記憶喪失のようだった。
「そこから離れることはできるのか?」
「できない」
そういって、井戸の淵から降りて、こちらに向かってきた。
と、思ったら井戸から無数の鎖が音を立てずに飛び出し、一気に彼女に絡みついた。
「おいっ大丈夫かよ!? 」
オレは慌てて彼女に絡みついた鎖を外そうと、鎖に触れた。
バチィッ
「い゛っ」
電流が流れ込んだかのように、バチバチと強烈な痛みが走った。
「……大丈夫?」
「大丈夫じゃねーよ!!なんでお前は平気なんだよ!!超痛かったよ!!!」
まだヒリヒリしてるような気がする。
「そっか……この鎖、他の人が触ると痛いんだ……」
どうやらこの鎖に触れたのはオレが初めてらしい。
「私は動けなくなるだけでなんともないんだけど」
彼女がこれ以上井戸から離れないと思ったのか、鎖は大人しく井戸の中に引っ込んでいった。
「と、いうわけで私はここから出られません!!」
「なんでそんなにケロッとしてるんだ」
ケラケラと、表情の変わらないお面を小刻みに動かしている。
(たぶん笑ってる。)
「あーそろそろオレ帰るわ」
「……帰っちゃうの?」
「ああ、本来は家に帰ったらダラダラしながらアイス食べて、大量に出された宿題を放置して寝るつもりだったんだけどな」
もう空は赤かった。
「気が向いたらまた来るかもな」
「そんなこと言わないで来てよ。暇つぶしに」
スッとあるものを面の前に持ってオレに見せた。
「オレの学生証」
とられた。
1年4組。
苦しそうな少女の声が、微かに響いた。
「ひどいよサクネ」
黒髪ロングの女子生徒が、サクネというお団子頭のような変わった髪型をした女の子の首をひっつかんでいた。
「私たち、友達なのに」
彼女たち以外の生徒たちは静かに、それぞれの席に座っていた。
微かに震えながら。
「なんで、零ちゃんのお見舞い、一緒に行ってくれないの?知ってるんでしょう?零ちゃんがどこにいるのか。 」
ギリギリと首を絞め付ける。
サクネは声を絞り出して言った。
「あん……た……なんか……行かせるわけ……」
ドサッ
黒髪の女子生徒は乱暴に手を離して、カチャカチャとペン入れを漁る。
「もういいよ……ひどいよサクネ。私達、友達だと思ってたのに。零ちゃんがどこにいるのか知ってるのに、教えてくれないなんて」
声色に全く哀しさなんてものは無い。
「私、せっかくいいこと教えてあげようと思ってたのに。サクネは私と友達だと思ってなかったのね?私のこと騙したのね?」
涙を流しながら話すようなセリフを、淡々と話す黒髪の女子生徒。
「ゲホッ……私だって一時期はあんたのこと友達だと思ってたよ。でもそれ以上に」
サクネはハッと笑い、彼女を睨み付けた。
突き付けられたカッターナイフ。
それが思いっきり振りかざされる。
「あんたがこんなにおかしい人間だとは思ってなかったわよ」
サクネの左頬に、傷が刻まれた。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
結局昨日、オレはあいつに学生証をとられたまま、家に帰った。
「これは次来た時に返す」
とは言っていたが、学生証がないとカラオケの学割がきかない。
今日帰りに寄ってすぐに取り返さねば。
「あああああーーーー」
「どうした、水沢」
「すっげー人間味のない声」
二人の友人がオレの机に寄ってきた。
メガネで真面目そうな河井と少しアホっぽそうな花田だ。
「水沢、今オレのことアホっぽいって紹介しなかったか?」
「バレタカ」
「オイコラ」
「やー最近同じ悪夢ばっかり見るからさー……」
寝不足で疲れが取れないと、二人に話した。
「そういやこの前も言ってたよな」
「なんだっけ。カッター持った女子が追いかけてくるってやつ?」
「そうそう、それ。割とリアルで気持ち悪いんだよね 」
なにより、最後にカッターナイフの刃先が右目に迫ってくるところ。
銀色の刃の鋭さ。
カッターの先端の切れ味が悪くなったら折るための斜めにある折り線。
全てが綿密にみえてしまう。
「……カッターといえば」
「あっ怖いやつ、やめて」
「女子かよ」
河井は話すのをやめなかった。
「4組の噂、知ってるか?」
「いや?4組って女子が比較的多いクラスだろ?」
4組は文系のクラスでどちらかというと女子が多く、オレたち1組は理系で男子の割合が大きかった。
「そのクラスの一人の女子が怪我をしたんだ」
河合が「顔に」と指で左頬をなぞる。
「それなのに、次の日」
「彼女の顔の傷は跡形もなく、」
「やめてくれえええええええええええええええ」
花田が叫んで、河井の話を遮る。花田は微かに震えていた。
「その話、止めろ。あいつにでも聞かれたら……」
花田は真っ青になりながら、周りを見渡した。
「あいつって?」
「あ……う、いや、なんでもない…」
「とっとりあえずその話はしないほうがいいって!!」
次教室移動だから早めにいこーぜ、とあからさまに何かを隠した引きつり笑いで誤魔化していた。
花田がトイレに行くと言いだしたので、オレと河井は先に移動することにした。
その間、オレはずっとモヤモヤしていた。
肝試しやろーぜとかよくいうような花田のさっきの怯えように気になるし、そんなに怖い話なのだろうか。
「さっきの話さ、続きがあるのか?」
「まぁな」
「さっきの、顔に傷を受けた女子は一人じゃない」
クラスの大半が、一人の女子生徒から顔に傷を受けた。
「それなのに次の日、誰一人顔に傷が残った女子はいなくて、 」
「全員、そのことについて口を噤んだ」
でもただ一人、顔に傷が残ったままの女子生徒がいた。
バサササッ
背後から、物が落ちる音がした。
振り向くと、お団子頭の女子生徒が、床に散らばった資料を拾い集めていた。
「んで……あんたが、零のこと、広め……のよ」
「サクネ……」
河井が慌ててその女子生徒に駆け寄り一緒に資料を拾い集め始めようとしたが、パシッと小さな音が聞こえると動きが止まった。
「一人でやるから。触らないで」
サクネという女子生徒が河井のことを睨み上げると同時に、さっきまで隠れていた顔が見えた。
左頬に傷。
その上に、大きな絆創膏が貼ってあり、
にっこりとした顔のマークが、黒いペンで描かれていた。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「サクネ、お前……」
「……」
サクネという女の子は落ちた資料を無言で拾い続けた。
「お前も、やられたのか?」
さっき、まるで河井が話していた噂のように、サクネの左頬には、大きい絆創膏には入りきらないくらいのカッターで一直線に切ったような傷があった。
大きな絆創膏はにこにこマークが描いてあるのに、傷が赤黒くでていて痛々しい。
「サクネ、後で話そう」
「な?」
「…………」
サクネという女の子は河井の話を聞いているのか聞いていないのかわからないが、一度だけ河井のことをみて、そしてすべて拾い終わると、スクッと立ち上がり、颯爽とオレの横を足早に歩いていった。
思い違いかもしれないが、その時オレの顔をみて、口を開こうとしていたような気がした。
「水沢」
「ん?」
「今日……」
「花田に伝えとくよ。河井は用事できたって、」
もし今の出来事を河井に聞いたとしても、きっと河井は何も言わないだろう。
おそらく、河井は意図して噂を流していた。
理由はどうであれ、オレがしゃしゃりでてはいけない事だと感じた。
「ありがとう、水沢」
「まぁオレも早めに帰らないといけないんだよな」
「学生証、人質にとられてるから」
「学生証は人じゃねーよ」
「メロスみたいに走らないかんかもな」
腕を組んでうーんとわざとらしく言ってみた。
河井に学生証を誰にとられたんだと聞かれるとオレはこう答えた。
お面をつけた変質者。
花田はあの後教室に来ることはなく、気持ち悪いといって保健室に行った。
本人は大丈夫だと言っていたが、顔は真っ青でふらふらしていた為、早退した。
「花田大丈夫かな」
「そういやなんで花田って理系クラスなんだろ」
花田はあまり頭が良いとはいえない。
数学や生物の赤点で補習を受けることが多いし、理数系というよりどちらかというと文系っていう感じだった。
「河井と花田って中学一緒だって言ってたよな……」
オレの居ない時期。
つまり中学の時に、何かがあった。
花田はきっと、中学が同じの4組の誰かに怯えているのだろう。
たぶん。
「四組……」
気づくとオレは四組の前に立っていた。
「無意識って怖いな」
もう下校していい時間とはいえ、4組は他のクラスと比べて異常と言えるほど誰一人としていなかった。
「四組に何か用?」
背後から天パで三つ編みを左に垂らした女子が話しかけて来た。
「え、あ、いや」
「興味半分で下手に覗かない方がいいわよ?」
「あの子に捕まっちゃうから」
あの子って誰だろう
「水沢 拓くん?」
少し考え込んでいると、その女の子は名前を呼んできた。
「何でオレの名前知ってるの?」
「さあ、何でだろうね」
(おそらく)四組の女の子は顔色一つ変えずにこう言った。
「今度ははっきり言うわね」
死にたくなかったら四組に関わらないで。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「いや……オレ、4組のこととかそんなよく知らないし。噂のことだって今日初めて聞いたんだけど」
「あらそうなの?」
見当違いだったかと、その女の子は少し首を傾げた。
「なに?そんなに4組ってやばいの?」
「水沢くんには関係ない」
先ほどからずっと彼女は真顔で、笑いも怒りもしない。
されどその声色は重く暗くのしかかるように低くなった。
「てっきり、また ギロチンに自ら首を突っ込もうとしているように事件に関わろうとしているのかと思っただけよ」
「例えが怖いよ」
真顔で言うからさらに怖い。
「しかもまたってオレそんなことした覚えないし、君が誰なのかも知らないんだけれど」
「ねぇそろそろここからどっか消えてくれない?」
彼女は無表情で、冷たい声でそう言い放った。
「そんなに4組にいちゃいけないのか?逆に気になってきたんだけど」
「いいから早くどっか行って」
オレはがっしりと腕を掴まれ、階段の近くまで連れて行かれた。
「一つ聞いていい?」
「え、嫌だ」
彼女はオレの小さな反抗を無視して続けた。
「誰から聞いたの?その噂」
「花田くん?」
「花田なら体調悪くなって帰ったよ」
「じゃあ河井か」
急に呼び捨てになったなこの人。
それでもやはり表情は変わらない。
この人、人形劇とか得意そうだなとかしょうもないことを考えてみる。
「何。河井のこと嫌いなの?」
「別に。……ああいう人は……やらかしやすいから」
「あー……」
今日の噂を話している時のことを思い出した。
「やらかしたのね」
「サクネって子、4組?」
「まだセーフだわ」
何がセーフなのかわからないが、まあ、まだ許容範囲らしい。
「水沢くんは噂、流さないでね」
「ちいさくて可愛いから飴あげるって言って誘拐されそうだから」
「オレ高校生だよ?」
ちいさくないもん。男子の平均身長はあるはずだもん。
……たぶん。
「そろそろ帰りなさい。暗くなるわよ」
「なんなんだよ……」
彼女は最後の最後までまでオレを小学生扱いして見送った。
4組の教室
「どこ行ってたの?戻ったらいないからびっくりしちゃったじゃん」
「ごめん、落し物探してた子がいたから一緒に探してた」
黒髪の少女はふーんと、興味がなさそうに窓の外を見た。
「ねぇ知ってる?瀬川」
「何を」
「4組に怖い子がいるんだってさ」
誰のことなんだろうね、と笑って言った。
「……そろそろ私帰るね。親が心配する」
「うん。お疲れ」
黒髪の女の子はまた明日。と言って笑いかける。
瀬川は何も言わずに教室を出て、少し歩いたところで止まった。
「誰のことって……」
パリパリと何かが剥がれ落ちる。
「あなたのことだよ……」
剥がれ落ちた何かの欠片が足元に散らばって消えた。
それは瀬川の面。
笑うことを忘れさせる、瀬川の面。
期限切れの崩れた面。
今の彼女の顔は、無数のカッターの痕でボロボロだった。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「おーい、井戸子ー」
井戸子に学生証を返してもらおうと公園の井戸へと来たが、井戸子の姿は見当たらない。
わざわざ井戸の中を覗いてスマホのライトで照らしてみたりもしたが、底は見えないし、人影も井戸子が出てくる様子もなかった。
「なんでいないんだ?」
「動けねーって言ってたくせに……」
空が曇り、だんだん辺りが暗くなってきた。
「来るのが遅かった……からとか?」
それともあれはオレのただの妄想とか、幻だったのだろうか。
だが、学生証を人質にとられたことは確かだった。
「とりあえず、明日だな……」
今日のところは帰ることにした。
「おかえりにーちゃん!!」
5歳年下のオレの弟、水沢 光(みずさわ ひかる)。
一言で言うとオアシス。
「ただいま光」
「遅かったね。何かあったの?」
ああ眩しい。
全くブレないこの天使の微笑み。
正直言ってオレの時より断然頭いいしそれでいて憎めないこの純粋さ。
「ああああ光、ずっとそのままでいてくれ!!!」
背が低いと馬鹿にされるこんなオレを兄として慕ってくれる天使!!
今日の怖い噂みたいなのには絶対巻き込みたくねぇ!!
「本当どうしたのにーちゃん」
「ちょっと疲れただけだから」
はははと笑ってみたものの内心ひかれたかと思いながらカバンを下ろした。
「ならいいけど」
珍しく光が不安そうな顔をしている。
「にーちゃん」
「ん?どうした」
「今日帰る時、にーちゃんの友達みかけたんだ」
顔は真っ青でふらふらで、大丈夫ですかって聞いたら、
『殺される、殺される。』って言ってどっか行っちゃったんだ。
「え?」
「え、それ、誰だ?」
「ほら、あの前髪ピンでとめてた人?」
光が前髪を上にあげて指で挟む仕草をした。かわいい。
一度はこの家に連れてきた人間で、光と会ったことがあるのは最近だと二人しかいない。
河井と花田。
「花田……?」
「そう!その人だと思う!!」
「そっか、あいつ体調悪くて先帰ってたからな」
光が眉をハの字にしてオレを見上げる。
「連絡してみるから心配すんな」
「!」
光が笑顔に戻った。
良かった。
「教えてくれてありがとうな、光」
オレは自分の部屋に入って、すぐに花田と河井とのdrop(チャット)を送った。
「花田、体調大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だよ」
「おー良かった良かった」
返事はすぐにきて、河井もそれに反応した。
「本当に大丈夫かー?」
「オレの弟がお前に声かけたっぽいけど」
「あ、今は大丈夫だけどその時たぶん吐きそうだったから」
「悪かった心配ありがとうなって言っといてくれ」
「(⌒-⌒; )」
「わかった」
「明日は学校休むのか?」
「休むと思う」
「というか休めよ花田」
「河井がノートとってくれるってさ」
「まじかよ……やるけど」
「サンキュwww」
その後花田は寝たらしく、dropには出てこなかった。
「dropだと元気そうだったけど……」
光が言っていたことが本当だとして、花田に何があったのだろうか。
やはりあの噂が、原因なのだろうか。
「にいちゃん、ごはんどうするー?」
大天使光様の声に返事をする。
「おー今行くからちょっと待っとれー」
オレはTシャツと短パンに着替えて、部屋を出て行った。
スマホには、知らない電話番号の着信画面が出ていた。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
今日みた夢はいつもと違った。
真っ暗な、狭くて、冷たくかたい壁に覆われた場所。
上を見上げると、天井は四角く切り取られていて、真っ青な空が眩しくみえる。
誰かの声が聞こえる。
ボソボソと、小さな声が聞こえる。
突然、手が空にうつった。
その手は何かを掴んでいる。
その手は
小さくて、かたい
長方形の何かを、
落とした。
家の玄関のドアを開けるとその先には、昨日と打って変わって満面の笑みを浮かべた人物が立っていた。
昨日、河井がサクネと呼んでいた女の子だった。
「おはよう」
「お……おはようございます」
何故、彼女がここにいるのか。
思わず自分のカバンを抱え、そろりと横を通り過ぎようとした。
「待って!」
昨日と同じ、にっこりマークが描かれた絆創膏が痛々しい。
「水沢、だよね」
「そうですが」
ものすごく嫌な、予感がした。
「昨日、電話したんだけど」
「電話?」
そういえば昨日知らない電話番号の着信があったな……。
「何でオレの番号知ってんの、」
「河井のスマホみた。ごめん」
河井、お前スマホロックかけろよ。
「お願いがあるんだ」
「え、今から?」
「ああ、話は帰りにお願いしたいんだけどね?」
「先にこれを渡しておこうと思って」
そういって小さくて長方形のものがはいったビニル袋を渡してきた。
「USB?」
「うん。私の命綱」
「これ、やられた時のムービーが入ってる」
そういって、顔の絆創膏を指差した。
「そんなものなんで……」
「ほら、遅刻するから早く行こうよ」
「今日、学校終わったら、近くのコーヒー屋に集合!!」
「え。あそこ女子ばっかじゃん」
「河井が来れなくする作戦! ていうか河井に言わないでね?」
つまり、河井に聞かれたくないから、と。
ん?まてよ?
「いやオレも行きたくな……」
「水沢は女の子みたいに可愛いから大丈夫だよ!!」
おいこら。
サクネという女の子はさっさと先に学校に行ってしまった。
そしてオレは昇降口で上履きにかえていると、河井に会った。
「おはよう………どした?」
「おう、もう無理。しんどい」
河井にその訳を聞いたが、どうやらサクネ絡みだった。
昨日帰りに話そうと言っていたが、サクネはさっさと先に帰ったらしく、家にも行ったが会ってはくれず、そのまま。
朝話そうと早く家に行ったが、サクネはそれより早く家を出たらしく、さっきサクネを見かけて追いかけていたら、体力がなくて追いつけなかった、らしい。
「河井、ちょっと言っていいか?」
「何を?」
「まあ事情は少し分かってるし、こんなこと言うのもアレなんだが、」
傍目からみたらきっとこう思う。
「ストーカーっぽい」
「…………」
河井は一瞬かたまったが、その後めちゃくちゃ慌ててこう言った。
「しょっしょうがないだろっ……」
「幼馴染みだし、幼小中高ずっと一緒だったし」
「へー」
「何だよその目は!!」
オレは家から持ってきたペットボトルのお茶を飲みながら、河井の話をきき流していた。
「お前だって!!昨日瀬川と話してたんだろ!!!」
「!?」
ギリギリセーフ、なんとか飲み込んだ。
「誰それ」
「は?ほら四組の、鉄仮面。お前途中まで中学一緒じゃなかった?」
「……覚えて……ない」
「途中までってどういうこと?」
「瀬川はお前と同じ中学だったけど、途中で転校してきたんだよ」
「てっきり知り合いなのかと思ってた」
瀬川、四組、鉄仮面。
昨日の無表情の女の子だよな。
と失礼な思い出し方をした。
「いや、全く」
「じゃあなんでそんな話してたんだ?」
「誰がそんな噂流してんのか知りたかったみたい。どうせ河井でしょ?って本人が言ってたぞ?」
「………………」
河井の顔が真っ青になった。
「………どした?」
「オレ、瀬川にフルボッコにされるかも」
河井は力なく呟いた。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「お待たせ〜ごめんね、遅れて」
ああ、全くだ。
「こんなところに30分も待たされて!!」
オレとサクネがいるのは女子に大人気のコーヒーショップ。
外見はただのおしゃれな雰囲気の店なのに、
中身は ピンクピンクピンクまっピンク!!!
中に入ったことなんてなかったから普通に入ってみたものの、
まさかのピンク一色!!
吐きそう。
「これなら河井もこないでしょ」
ね?と楽しそうに首をかしげるサクネさん。
「騙された……」
「まぁまぁいいじゃん。デートみたいで(笑)
(笑)
「何か食べる?」
「いらない……まともそうな飲み物をくれ……」
そう言うと、サクネは店員によく分からない長ったらしいカタカナの呪文みたいな名前のコーヒーらしきものを2つ頼み、さらに季節限定のパフェまで頼みだした。
(まさか変なもの頼んでる……?)
疑いの目を向けていると、サクネはこう言った。
「ごめんね。なんかこれから話すこと、暗いことばっかだから。ちょっとテンション上げないと私、最後まで喋れないから」
「……先にきいてもいい?」
朝、サクネさんに貰ったUSBを袋ごと机に出した。
「なんでオレなの?河井がいるじゃん」
「……河井は、もう関わってるからダメ。中学の時、一緒だったから」
つまり、花田も中学が同じだったからこれは渡さなかったと。
「そんなこと言ったって、オレがもしこの中のものを悪用したらどうすんの?」
「ダイジョーブ!!ロックガッチガチにかけてあるから!!」
サクネさんはふふん、と(無い)胸を張って偉そうに言った。
「私こーみえて機械強いんだよ〜数学とか物理とか好きだし!」
「え、じゃあなんで文系に行ったの?」
そうしてるうちに店員がコーヒー(?)とパフェを持ってきた。
「んーおいし!!」
「…………」
サクネさんが飲んで怪しいものではないと確認してから、コーヒー(?)に口をつけた。
甘いけど意外と美味しかった。
「ごめん。なんで文系にいったかって話だったよね?」
サクネはパフェを食べる手を止めずに話す。
「うん……」
「んーなんて説明したらいいんだろ。河井とか、花田の逆の考え?みたいな?」
「逆の考え?」
「そ。花田は、高校が同じになったのは仕方が無いけど関わりたくないから」
「そんで河井は、外側から事件を終息させようとしている」
花田はなんとなくそうなのかと思っていたけど、河井もそんなことを考えていたのか。
「で、私は根本から真正面に向き合おうと思ってる」
「真正面にって……。そういうのって……」
よくホラーとか、サスペンスミステリーに出てくるモブで体当たりで解決しようとしたり、武器を突きつけられてやめろ!!撃つな!!話せばわかる!!っていって撃たれたりするのを想像してしまう。
「うん。多分失敗するだろうね」
サクネさんの食べる手が止まる。
「失敗って……」
「まぁ失敗した結果がこれなんだけど」
絆創膏を指差す。
「これさ、超ふざけてるでしょ?」
困った顔で笑うサクネ。
油性ペンで描かれたにっこりしたマーク。
痛々しい傷を少しでも可愛く隠れるようにしているように見える。
「これさ、私にカッターで傷をつけた人が描いたんだよ。』
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「信じられる?」
「確かにその傷をつけた誰かが、またさらにふざけて描くなんてまさかとは思うけど」
「でもその日私はあの子にカッターで切りつけられて、保健室に行って教室に帰ったら、何事もなかったかのように、あの子はこう言ったの」
『どうしたのそれ!!痛そう!!!』
『やんちゃばっかりしてちゃダメだよ?女の子なんだから。』
何事かと思った。
この傷をつけた本人が、そう言うのだから。
『あ、そうだこうしたら可愛いんじゃない?』
「そう言って、これを描き始めた。びっくりしたよ」
「さっきあったことが何もなかったかのように、記憶が綺麗さっぱり消えたみたいに、笑ってさ、」
「ぞっとしたよね」
サクネが自分の顔の傷をさする。
怖かったんだろう。
目の近くなんて、もう少し上からだったら失明していたかもしれない。
「その、こんなこと聞くのもアレだけど、なんで、傷をつけられるような状態に?」
「零の入院先のこと教えろって言われて、あんたなんかに教えるかって言ったの」
サクネはパフェを食べる手を止めて、カバンの中から分厚い大きい本を取り出した。
どうやら中学の時のアルバムだった。
「これが、学校で噂になってるカッターで傷をつけてる子」
平鳥 美希(ひらとり みき)
黒髪のストレートロング。
特に高飛車な雰囲気があるわけでもなく、むしろ大人しそうで普通な感じだった。
「……悪いけどもっと意地悪そうな子かと思った」
「普通に、いい子だった。なんて言い方アレだけど」
「ぶっちゃけ中学の3年生前半までは普通の子だったんだよ平鳥は」
「それなのに、」
アルバムに挟んであった写真を取り出す。
「全部、変わっちゃった」
これはおそらくクラスで撮った写真。
サクネ、河井、花田、そしてあの時4組の前であった瀬川に、平鳥もいる。
「アルバムには写真がないから」
サクネが指したのはサクネと平鳥の間にいる女の子。
髪の毛は栗毛色で、髪をハーフアップにしている。
「清水 零(しみず れい)、一番最初に平鳥に傷つけられた子」
「他の子と違って顔に傷が残ったまま、病院でずっと眠ってる……」
「この子が、」
河井が言ってた、顔に傷が残ったままの女子生徒。
「一番仲の良い子だったんだ」
「ちょっとおっちょこちょいで優しくて、いつも、他人のことばっか考えて」
あの日、もうすぐ中学生終わっちゃうねって零が言った時に、平鳥はいきなり零の顔に傷をつけた。
私と同じ、左頬に。
その後、平鳥は零のことを殴ったり蹴ったりしながら、意味のわからないことをいっていた。
私がすぐに止めようとたら、
「サクネ、こっちこないで先生、呼んできて」
って。
「私は先生をつかまえて、慌てて教室に行った」
でも、帰ってきたら全てが元通り。
みんな席について、待っていた。
空いてる席が2つ。
一つは私、
もう一つは零の席。
「平鳥にすぐに聞いた」
『零はどこ?』
『零ならさっき、体調悪いって言ったから、私が保健室に連れてったよ?』
「話にならないし、異常すぎるほど、みんな静かで」
「河井や花田は?」
「花田は真っ青で、目を合わせてくれない。河井は、私に向かって首を振るだけ」
「瀬川にも聞いた」
でも彼女は無表情のまま私をみるだけ。
「夢をみているのかどっかパラレルワールドに飛ばされた気分だったよ」
どうしてこんなことになったのかもわからない。
「その辺は何もわからないんだ」
「平鳥がどうしてああなっちゃったのか、何故零の傷だけ治らずに眠ったままなのか」
サクネは深いため息をついた。
いつの間にかパフェの容器が空っぽだった。
「あーあ。おかしくなった平鳥がこの傷をやったって証拠はあるんだけどなー」
『平鳥と付き合ってた花田にきいても何もわからなかったし。』
「……………」
「……………」
「……ちょっとまって今なんて言った?」
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「ちょっと待って今なんて言った?」
「ん?だから平鳥がどうしておかしくなったのかがわからな……」
そうじゃない。そうじゃない。
「花田が」
「ああ、花田と平鳥。中学の時付き合ってたんだよ?」
まじかよ。
「いつからだっけな。中2の後半かな?部活で仲良くなったらしいよ?
でも、今は」
「平鳥がどう思ってるのかはわかんないけど。花田は平鳥のことをみたり聞いたりすると怯えるように逃げ出す」
「花田だったら、もっと詳しいこと知っているのかもね」
でもあんな様子じゃ、何も聞けない。
「オレがみてきいたわけじゃないんだけど、」
「花田が噂をきいた後、帰り道で青ざめた顔で殺されるってブツブツ言ってたらしいんだ」
「いつもそんな感じなの?」
「そうだよ」
もっとひどい時はフラフラで吐いたり、何日か休んだりしていたらしい。
高校が一緒でもクラスが別々になったおかげで、そんなことはあまりなかったようだ。
「………なんで、高校別にしなかったんだろ」
「願書出した後だったし、そこはね……。急に転校するわけにもいかないし」
「それに水沢と河井と花田。普通に楽しくやってるんでしょう?」
「まぁ……な」
だからだよ、とサクネが笑う。
少し、寂しげだったが。
「そんで!本題!!」
机に置かれたUSBを指差す。
「これは、どうすればいいんだ?警察?」
「ううん。水沢が持ってて」
「私が死ぬか死にかけるかしたら、警察に持って行って」
「いや死ぬなよ?」
こわいこというなよ……。
「ていうかそうなる前に、渡すべきなんじゃないか?」
「今すぐ」
「やだ」
サクネが笑顔できっぱり、大きい声で言うと、しーんと時が止まったみたいに静かになった。
「零は平鳥とちゃんと向き合おうとしてたから」
「私も、平鳥が何をしようとしてるのか、何があったのかちゃんと知りたいし、零の身に何が起きたのかも知りたい」
「それに、他の子も顔に傷をつけられたのに次の日には無くなってた。そんな変なことが起きてるのに、警察に言ったってややこしくなるだけだし、もっとおかしなことが起きるかもしれない」
ね?とサクネは笑う。
「……待てよ?」
「なんで……君は傷が消えていないんだ?」
さっきサクネは言った。
昨日の河井が言っていた噂だってそうだ。
他の子は次の日には顔の傷が無くなっていると。
「そーそれなんだよね」
「私のも消えると思ってたんだけど」
絆創膏からはみ出た傷はくっきり残っている。
絆創膏の下も残っているだろう。
「だから、どうなるかわかんないんだよ」
自分がどうなるかわからない。
もしかしたら零みたいに眠りにつくのかもしれない。
もっと酷いことになるかもしれない。
だから、切り札としてこれを水沢に渡した。
「……嫌だったら捨ててもいいよ」
「私は被害を拡散したいわけじゃないから」
「いや……捨てないけどさ……」
白いUSBを見る。
この小さな長方形の中に、彼女の大切な切り札が入っている。
「そっか!!じゃあ暇な時に中身、みてね!!」
なかのフォルダ、ロックかけてるのとかけてないのあるから!!
そう言って彼女は立ち上がって会計の伝票を持ってさっさとオレの分まで支払ってしまった。
「えっ……ちょっ!?」
「一生のお願いを聞いてもらったお礼!あ、でもまた何か頼むかも」
「その時はまたよっろしく〜」
そう言って手を振って走り去って行ってしまった。
こんなこと人生で初めてだ。
女の子と店に入ってお金を払わせてしまった。
「……なんか……男らしい、な」
そういう自分は……。
やめよう。考えたら凹む。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
その後、オレはあの井戸へと向かった。
誰も、いなかった。
名前がわからないから井戸子、と呼んでいたが、気に入らなかったのだろうが。
けれど必ずそこに現れるような気がして、
次の日も、さらにその次の日も。
休みだというのにそこへ、用事ができるたびに寄った。
それでも、井戸子は現れなかった。
そして、月曜日がきた。
朝登校した頃に雨が降り始め、カバンの中に入れてあった折りたたみ傘に安堵した。
だが今日も花田は休みだった。
dropでチャットをしてみたが、まだ調子が悪いからと返事がきた。
「あ、河井。花田は今日も休みだってさ」
そう言いかけて、やめた。
雨にちょうど降られたのか。河井はびしょ濡れでポタポタと髪の毛から水滴が落ちて床が濡れていく。
河井は俯いたまま、オレの顔を見ずに話し始めた。
「サクネが、いなくなった」
「朝、またサクネに話を聞こうとして、」
「早くに家に向かったんだ。そうしたら、サクネんとこのおばさんが出てきて、」
河井の震えた声。
何かが起きるとわかっていて、本当に起きてしまったことに対しての動揺。
「サクネを知らないかって」
「靴は全部あって外に出た形跡もないのに」
「どこにもいないって」
オレはとりあえず河井の腕を掴んで、人気の少ない空き教室の前の廊下まで連れて行った。
「どういう事だ?」
タオルを河井の頭にかぶせ、拭くように促したが河井は両手を固く握り締めたまま、叫ぶように話した。
「家の中にどこにも、サクネがいないんだ」
「あの、清水 零の時のように!!!」
そしてズルズルと壁にもたれながらしゃがんだ。
「何か起きるってわかってたのに……」
「何もできなかった」
オレは何も声をかけられなかった。
あのUSBの事を河井に話すべきかどうか迷ったが、今の河井には話したらいけないだろうと思って止めた。
「とりあえず、一旦授業に行こう」
河井は黙ってオレの差し伸べた手を掴んで立ち上がった。
苦しそうな、表情だった。
ポケットの中に入ったUSBが熱く感じる。
(まだだ。まだ、これを見せちゃいけない。)
サクネがこれをオレに渡した理由を思い出しながら、これをみせたくなる気持ちを抑えた。
「花田のノートはオレがとっとくよ」
河井は小さく助かる、と呟いた。
(河井の分もかな。)
予想通り、河井は授業中も上の空で何かを、おそらくサクネの事だが考えているようだった。
「次当たるぞ河井……」
正直オレも信じられないし気になってしまうのだが。
金曜日、サクネとオレはあの吐きそうなくらい印象に残るピンク色の空間で話していた。
そして今も持っているUSBを渡された。
たった一日二日出会っただけ、それでもあの話を聞いてしまったのだから。
気にならないわけがない。
河井の話が本当なら、彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。
「じゃー次の問題、河井」
「はい」
(なんだ聞いてたのか。)
そう思ったのもつかの間、河井は簡単な問題を間違えた。
「花田もいないしサクネは行方不明」
さらにはオレの学生証を人質にした井戸子も見つからない。
いったい今、何が起きているのだろうか。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
今日はもう何処にも行こうという気分になれないまま、家に帰って、シャワーを浴びた。
自分がどうすればよかったのか、河井になんて声をかければよかったのか。
頭の中でぐるぐるとめぐり、目の前が見えなくなる。
半分夢の中に入っているような気分だった。
お湯から水に切り替えて頭を冷やす。
冷たい水が、何もできなかった自分を責めるようにぼたぼたと頭に突き刺さるようにキンと響いた。
夢に巻き込まれないように。
風呂から上がって髪をタオルで拭いていると、弟の光が小さなビニルに入ったUSBを持ってきた。
「兄ちゃん、これ落ちてたけど兄ちゃんの?」
「………」
サクネに渡されたUSBだった。
失くしてはいけない大切な彼女の切り札。
「ああ、ありがとう。これ大切なやつなんだ」
(ごめん)
そんな大切なものなのに落としてしまったと、心の中で彼女に謝った。
さっき河井にdropで大丈夫かと打ったが返事は返ってこない。
河井はサクネを探し回っているのだろうか。
「そういえばUSBの中身みてないな……」
最後にサクネという子が話していた、ロックがかかったフォルダとそうでないフォルダ。
入学式のお祝いで買ってもらったノートパソコンにUSBをさして開くと2つのフォルダが本当に入っていた。
「みてね、と星マーク?」
随分雑だな、と思いながら『みてね』というフォルダを開いて、中に入っていたムービーを再生した。
「やっほ〜ちゃんと聞こえてる?映ってる?」
「これをみてるのは誰かな?ぶっちゃけ誰でもいいんだけどね!!朝誰に渡すかこれ映しながら決めようと思ってるから!!」
頰に大きな絆創膏。ニコニコマーク。
どうやら平鳥美希にやられた後に撮った動画なのだろう。
目が少し充血している。
「これをみてる人は多分私に何かあったか、彼女に売ったか、落とし物として拾ったのかな?」
彼女というのは平鳥のことだろう。
落とし物として拾ったという言葉をきいて、オレは思わず「ごめん」と呟いてしまった。
「まぁとりあえず、まずは私が渡した本人に向けて。このUSBをちゃんと持っていてくれてありがとう」
「面倒なことを押し付けちゃってごめんね。でも、このUSBに入ってるのはある子に頑張ってもらったものだから。大切にして欲しいな」
「あとは落とし物で中身を見ちゃった人。そっと引き出しにしまうか、壊すかしてね。へたに関わらないで欲しいから」 そして、と少し息をのんでサクネは真面目な顔で言った。
「平鳥美希。私はあんたに何があったのか、何をしようとしたのか。何をしているのか全く理解出来ない。それにあんたは忘れたかもしれないけどあんたが雫のことを傷つけたこと、中学の時も高校に上がってからも、みんなを傷つけたことを許さない」
「でも、それを止められなかった自分にも非があるから。私の分は許してあげる」
「それと……」
ぐっと下唇を噛んで、何を言おうか考えているのか少し間があった後、サクネは強く言った。
「私は私自身の意思で死んだり死のうとしたりは絶対しない!!」
自分の意思でいなくなったり、出て行ったりはしないから。
その言葉は、今回サクネがいなくなったのは自分の意思ではないという証明だった。
ビデオが最初の再生画面に戻った。
「やっぱり、河井に見せたほうがいい」
そうだ。今事件のことを詳しく知っていて、一番必死に彼女を探しているのは河井だ。
きっとサクネ本人は河井にこれを見せたくないのだろう。
河井は自分から平鳥から離れたのに迷惑かけたくないし自分が傷ついた姿なんて見せたくないはずだ。
それでも、これは河井に見せるべきだと思った。
何故だろう。
オレはドクドクと心臓あたりがなっているような気がして、その近くのTシャツを掴んで落ち着かせようとした。
サクネは平鳥という女子生徒が問題だと言っていた。
あの瀬川という女の子はどうなのだろうか。
サクネ、河井、花田も瀬川のことを知っているようだし、無表情ではあるが平鳥の何かしら事情を知っているのではないだろうか。
「もしかしたらサクネの居場所も知ってるのかもしれない」
明日聞いてみようと、時間割を確認した。
「委員会がある……」
委員会は所属によって人それぞれ終わる時間が違う。
それでも何故か、
あの瀬川という女の子に会えるような気がした。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
次の日の火曜日の朝
「今日は河井も休みなのか」
相変わらず花田は休み。
河井は行方不明になったサクネを探す為か、
「今日学校休むからノートとっといてくれ」
と朝早くdrop(チャット)で連絡が来た。
「そろそろ花田くらい来ると思ってたんだがな……」
どうやら今日はぼっち飯のようだ。
「あ、むしろ昼に瀬川にきくチャンスなのか……?」
変に開き直っているとひそひそとクラスの女子達が怪訝な顔で話しているのが目に止まった。
「ねえ知ってる?4組の女子がさ、行方不明になったって……」
「それ……前にもあったんだよね?たしか中学の時……。同じクラスだった子が言ってたの聞いたことあるよ」
「え、でもそれって階段から落ちて気を失って目覚めなくなっただけだよね?」
「そうなんだけど、でもその子その後どうなったのか誰も知らないんだよ?」
「や……止めようよその話……4組の子に聞かれたら……」
「そういえばいっちゃんって中学のときその女の子達と同じクラスだったんだよね?」
「そう……だけどその事件のとき私ちょうど休んでたから……ただ……」
「ただ?」
「その日を境におかしくなったのはわかる……みんな顔に傷がついても次の日には治ってるの……。しかも本人は怪我をしたことも忘れたかのように普通にしていて……」
「特に……」
「4組の瀬川さんが……」
昼になって、オレは4組の瀬川に会いに行った。
「瀬川さんいる?」
女子ばかりの4組を覗くのは少し気がひける為、ちょうど教室からでてきた女の子に声をかけた。
「瀬川……さん?」
その女の子は怪訝な顔で聞き返した。
「本当に瀬川さんに用が……あるの?」
「そうだけど」
まさか4組の行方不明者のことを聞きに来ました、なんて言えない。
「何か落とし物届けに来たとか、そういうことで?」
微かに声が上ずっている。
「そうなんだけど、大切なものみたいだから直接渡そうかと思って」
咄嗟に嘘をついた。
女の子は少し安心した様子で「そっか」と言った。
「瀬川さんはちょっと今教室でてっちゃっていて……」
「本当はあんまり近づかないほうがいいよって言いたいところなんだけど」
「なんで?」
女の子はしまったと口を押さえて、オレから目を逸らした。
「知らないの?あの噂」
その女の子は自分の顔を指差した。
「ああ、知ってるよ」
「誰がやったってことも?」
知っていると頷くと女の子は少し考えて言った。
「じゃあこれは……知ってる?」
4組の女の子は周りを見渡し、人がいないことを確認するとこう言った。
「平鳥さんと瀬川さん、友達なの……」
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「ふぅん」
「ふぅんって……。あの 平鳥美希だよ!?」
女の子は思わず大きくなった声にハッとして周りをみた。
近づいてくる生徒の足跡が聞こえる。
「とっとにかく、忠告はしたからね!?」
そういって女の子はその場を去ろうとした。
「待ってよせめて居場所……」
「屋上!!」
屋上がみえる窓を覗くと、人影が2つ見えた。
「せ……がわ……?」
本当にいた。
一瞬瀬川と目があったような気がしたが、
オレはドアの裏にすぐに隠れた。
「瀬川、どうしたの?」
「なんでもない」
瀬川はいた。
あの平鳥 美希と一緒に。
二人は弁当を食べながら何かを話している。
瀬川は相変わらずの無表情だが平鳥はクスクスと笑いながら話していて、
本当に友達のようにみえる。
「友達……なのか?」
本当に瀬川と平鳥という子は友達なのだろうか。
噂や河井、花田、サクネは平鳥 美希がカッターをふりまわして傷つけると。
それなのに傷は次の日には消えてるわけだから、何も言えない。
そんな恐ろしい相手に、誰が近づきたいと思うのだろうか。
「噂がうそだったり?」
それはない。
花田や河井のあの様子じゃ、噂は本当だ。
「瀬川も共犯?」
人をあまり疑いたくはないが、そういうことになる。
でもやはり瀬川が共犯だという気はしなかった。
「オレに、4組に近づかないほうがいいって言ったから」
とはいえ、何故オレのことを知っているのかとかそんなことを言ったのかわからないのだが。
無表情とはいえ悪いやつでは無いような気がした。
ガチャ
「…………………」
「…………」
屋上のドアから瀬川がでてきた。
何故か両手にはふ菓子が2本。
オレも瀬川も一瞬止まったが、我に返って話をしようとした。
「せがっ……ムグッ」
「………黙って」
何故かふ菓子を口に突っ込まれた。……美味しい。
「何しに来たの?ストーカー?」
(怒ってらっしゃる……。)
瀬川は屋上を一度見ると、足早に階段を降りていった。
「……いいのか?」
ちらりと屋上の方をみる。
平鳥が出てくる気配は無い。
「……何?用が無いのに来たの?」
「……その……さ、」
「サクネって子、どこに行ったか知らないか?」
「…………」
「行方不明なの、知ってるんだろ?」
「居場所は知らない」
「なんで私に聞くの?」
「何か、知ってそうだったから」
「あとさ、」
「瀬川って平鳥と友達なのか?」
そう言おうと思った直後、瀬川は2本目のふ菓子をオレの口に突っ込んできた。
「他の話は後にして」
「ふぇもほのはほいいんふぁい……」
「委員会?ちょうどいいじゃないの」
何故伝わった……。
「私達委員会同じなんだから」
瀬川は、ふ菓子を頬張りながらぼーぜんとしているオレを置いてさっさと屋上に戻っていった。
「それはやく言ってよ……」
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
生徒会室の近くの空き教室。
ここが委員会で集まる教室だ。
オレは学校祭委員会に入っている。
正直この委員会は忙しくて誰もやりたがらない。
かく言うオレもじゃんけんで負けて、この委員会になった。
学校祭委員会は他の委員会を集めて全ての学校行事の準備をする委員会だ。
文化祭委員会とか体育祭委員会みたいにその時だけ、準備するわけではないから、少し面倒だ。
「割と人数多いから、全員知ってるわけじゃないんだよなぁ……」
瀬川と同じだったことを知らなかった言い訳をしてみる。
「というか、どう考えても瀬川もオレも学校祭っていう柄じゃないような……」
「言っとくけど、私自分からこの委員会にしたのだけれど」
(カシャーン!!)
背後から瀬川がヌッと出てきたのに驚いて、オレは筆箱を落とした。
「うちのクラスは人気だったよ、学校祭委員会」
「クラスから離れられるから」
と付け足して瀬川は言った。
「くじ引き?」
「じゃんけん」
「水沢くんはよわそうだよね」
「なっ!?」
「じゃーんけーん」
ぽん。
「………」
オレがグーで瀬川がパー……。
「うん、よわいね」
「……瀬川が強いんだよ」
「本当にわかりやすい……」
あと5分で委員会がはじまる。
とりあえず席に着いたのだが、瀬川は何故かオレの後ろに座った。
(なんか少し緊張する……)
なんか背後からじっと見られているような気がした。
「ああつまんない」
「なんでサクネは今日も休みなのかなぁ」
なんでだっけと平鳥は首を傾げる。
「零ちゃんの居場所、聞こうと思ってたのにっ……」
のびをしながら、考える。
そして別のことが頭をよぎる。
「みんな、最近おかしいよなぁ……私が見るとみんな目を逸らして……」
ふと、廊下ですれ違った同じクラスの女の子と目があった。
その女の子は青ざめてサッと目を逸らし、駆け足しで走って行った。
「廊下走ってると怒られるよー」
その言葉はどこか無関心のような、冷めているような、優しさからきているものではない声だった。
「委員会、面倒臭いなぁ……」
平鳥が入っている保健委員会は皆他のクラスや違う学年の人ばかりで、しかもやることといえば保健室で怪我人が出るまで待機していることくらいだ。
「あーあ、つまんない」
ポケットから小さな人形のストラップを取り出した。
その人形は可愛い女の子で、少しおかしなお面をつけている。
誰から貰ったのか覚えていない小さなその人形のストラップは、平鳥の大切なお守りだった。
「ねぇ、またお願い事きいてくれる?」
またいつものように、お願い事をする。
この人形に。
何度この人形にお願い事をしただろうか。
一番最初のお願い事はなんだったのかは覚えていない。
それから何を、どれくらいお願い事をしたのか。
思い出そうとすると頭がぼんやりして、真っ白になる。
思い出すためにお願い事をしたこともあるかもしれない。
何故だか、やめられない。
お願い事をするのをやめられない。
今日も何かを願おう。
何にしようか。
「おもしろいドラマがみたいの」
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
(眠い……。)
何故だか、物凄く眠い。
寝てはいけない。
わかっている。
今は委員会中で、先生が何かを話している。
先生の口が動いているのがわかる。
でも内容が何も入ってこない。
(寝て…しまい…たい…)
どうしてだろう。
昨日は確かになかなか寝付けなかったけれど、ここまで眠くなったことなんて全くない。
テスト前日の徹夜明けよりも、眠い。
気が遠くなって、
そのまま
「……………」
スパァン!!
「!?」
全員が、こちらを見た。
一斉に、
その音に驚いて。
先生も話すのを止め、口を開いたままポカンとしてこちらをみている。
「すみません、虫が飛んでたのでつい」
瀬川が後ろでそう言うのが聞こえた。
「瀬川……何もそんな……」
先生が言いたいことがよく分かる。
というよりオレが、いいたかった。
「虫がいるからって水沢の頭を丸めた書類でわざわざ叩かなくても……」
「〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
あまりの衝撃にオレは頭を抱えたまま、机に肘をつけて声にならない悲鳴を出した。
(痛い)
ちらりと先生を見ると、先生は苦笑いをしながらオレから目をそらして皆に向かって話しを続けた。
「……まあとりあえずさっきの話の意見は急には出ないと思うから、一旦周りの人と相談する時間をとろうか」
長い先生の話から解放されたような雰囲気で周りがざわつき始める。
正直先生の話を何も聞いてなかったものだから、とりあえず聞こうと後ろの瀬川の方に体を向けた。
すると瀬川はオレにしか聞こえない声で言った。
「目、覚めた?」
瀬川が、何やらオレの左側を指差した。
なんだ?と体の向きを変えて、左下を見た。
「………」
「起こさない方が、良かった?」
瀬川が無表情で指差すその先の床に。
不自然に、刃物が飛び出したカッターナイフが転がっていた。
オレが、あのまま瀬川に起こされなければ一体どうなっていたのだろうか。
彼女の、あの傷が頭をよぎった。
委員会を終えて、先生にカッターナイフが落ちていたと手渡した。
その間瀬川がさっさと帰って行ってしまうのではないかと思ったが、意外にも待っていてくれたようで、真顔で昇降口の前に立っていた。
「カッターナイフ、先生に渡したの?」
「ん?うん、渡してきた」
瀬川はそう、と言ってじっとオレが靴を履くのをみて待っている。
相変わらず無表情すぎて何を考えているのかわからない。
「あのさ、」
とりあえず、聞きたかったことをきいてみる。
「瀬川は、平鳥……さんと友達なのか?」
「……そうみえる?」
そうみえる?とは一体……。なんて返せばいいのだろうか。
瀬川が歩き出して、その後をオレが付いていく。
「友達にみえると言われたら嬉しくないけれど、そうみえるようにしてるってのもある」
要は、友達じゃないけれど、そうみえるようにせざるを得ない状況にあるということなのだろうか。
それにしてもどこへ向かっているのだろうか。
いつものオレが帰る方向とは真逆の方へと、瀬川は歩いていく。
「なんで?」
「私は平鳥の願ったことを打ち消す為に、そばにいるの」
「願ったことを打ち消す?」
「平鳥美希は、彼女は普通の、本当に普通の願い事をした」
「幸せな時間が続きますように」
「これが、彼女の願い事」
「幸せな時間……?」
「それが、なんで……関係あるんだ?」
願い事を叶えるには何かしらの代償が必要。
その代償が「記憶」
「願い事を叶える代わりに一部だけ、記憶がなくなる」
「何が消えたのかは教えてくれなかったけど平鳥の記憶がなくなった所為であんな風におかしくなったの」
「まっ……待て、現実の話?なんだよな?」
話がぶっ飛びすぎているような気がして、思わず立ち止まって聞いてしまった。
「現実」
「本当は、水沢くんだけは巻き込みたくなかった」
「なんでオレ……?」
瀬川の話に夢中で、ずっと気がつかなかった。
今、オレと瀬川はオレの通っていた中学の前にいる。
「なんでだと思う?」
「わからない」
答えがわからない。
それでもこの話を終わらせたらいけないような気がして、別のことを聞き返した。「……瀬川は……瀬川も、何かを願ったのか?」
「私は……」
パリパリと、剥がれ落ちる音がする。
願ったのだ。
彼女は何度も何度も。
いくつもいくつも。
笑顔を忘れるという大きな代償を差し出すことによって、幾つもの願いを叶えた。
「やっぱり、無理」
ピシリと、ヒビの入る音がする。
彼女の手に、新しい面が一枚。
どこかで見たことのある面。
そうだ。
水曜日、あの子がつけていた……
「瀬川!だめだ!!それは……」
何故か、身体が、口が、反射的に動いた。
「水沢くん自身のどこかにまだ、残ってるんだね」
瀬川から剥がれ落ちたものの下から、瀬川の顔が、現れる。
それを隠すように、新しい面を、瀬川はつけた。
「嬉しい。けど、嫌だ」
ぽたぽたと、面の裏から水が滴り落ちて地面にシミができる。
「私の中の記憶のどれをとってもいい」
「水沢くんの中の私だけを消して」
「水沢くんを、守って」
その時。
何か別のものが舞い込み、
オレの頬をかすめた。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
何が起きたのか。
瀬川は眼を見張る。
あの子が、何かを願ったか。
それとも誰か、別の人が願ったか。
「いない」
瀬川は周りを見渡した。
ただの中学校の校舎があるくらいだ。
顔は無表情ではあるものの、手は微かに震えている。
「水沢くんがいない」
彼が消えた。
今、まさに彼を守りたいと願ったばかりだというのに。
どこにも、いない。
「失敗?誰かが、対象を、水沢くんにして、願った?それとも、」
水沢くんの中の私を消してと願ったから?
「願いが絡まって切れちゃったんだよ」
面を頭につけた髪が地面につくくらい長い少女がすうっと、今まで空気の中に溶け込んでいたかのように現れた。
白い、とでも言い現わそうか。少女は白のワンピースに薄黄緑色の花火模様が袖口や腰のリボンのレースに描かれているものを着ていた。そして全身が微かにふんわりと光っているようにみえる。
「あやとりみたいに、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる解け無くなって……」
「ぶつんってね?」
お面の少女はどこに持っていたのか、あやとりをぶちりと引きちぎった。
彼女は願いを叶えるための、何か。
瀬川にはいつもそれしか教えてくれない。
「何しに来たの」
瀬川は低めのトーンで彼女に聞いた。
「平鳥ちゃんが、面白いドラマがみたいって言うから願いを叶えに来たのに、」
「みんなに邪魔されちゃった」
「みんなって、誰。4組の子?」
にこにこと、お面を頭につけた女の子は笑うだけで何も言わない。
「代償がないと、言わないってことね?」
「邪魔されたから、今日はもう何も叶えたくないや。ごめんね?」
「結局、どうなってるの?」
「みーずさーわくーんはーちょーっと怪我しちゃったけーれどー♪」
そう言って彼女は左頬を指で横になぞってみせた。
「無事、お家に帰ってマース♪」
ゆらり、ゆらりと自分の身体が勝手に動いている。
少し目を開けるとぼんやり赤い髪の毛が見えて、それが誰なのか顔を見ようとしたが、力が入らずに目を瞑る。
頬が、痛い。
じんわりとその痛みを感じながら、ゆらゆらと、
そのまま、
「寝てなよ」
誰かの声につられて眠った。
誰かに腕を掴まれたまま深く深く、沈み、
じんわりと、頬から赤いものが流れていくような気がする。
「苦しい」
身体が重い。
いや、重いというよりも、身体全身を包む何かに圧迫されて、自分自身が押しつぶされているような。
そんな感覚。「おっと、まーだ絡みついてんの?」
この声は誰だろう。
知っているような気がするのに何も出てこない。
今、視界にあるのは自分の腕と誰かの手。
この手が、この声の手なのだろうか。
「また今度、会いにいくよ」
フッとその手が消えて、オレは慌てて掴もうとした。
だが、夢はもう終わっていたようで。
「天井……」
無意識に上に伸ばしていた手を下ろし、顔だけ動かして横を見た。
机、椅子、カバン……
自分の部屋だ。
「水曜日……」
枕元にあったスマホが、そう示していた。
「水曜日なんだ」
今日が何月何日とか、今は朝だとかという事よりも。
「水曜日だ」
何故か、嬉しさが込み上げてきた。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
昨日、瀬川は言っていた。
「水沢くんの中の私だけを消して」と。
なのに、オレの中から瀬川は消えていない。
ただ、瀬川がどうしてそんなことを言ったのか、オレがどうしてあそこに居たのか、わからない。
なんというか、昨日のことを途切れ途切れにしか覚えていないのだ。
逆に言えばいろいろな記憶が鮮明に残っている。
例えば、瀬川の顔から何かが剥がれ落ちたのははっきり覚えている。
ただ、その後瀬川が持っていた何かは見ていたはずなのに、そこだけ真っ白で。
瀬川に頭を叩かれたのは覚えているけれど、床に落ちていた何かは何だったのか覚えていなくて。
そこにあったひんやりとした恐怖は覚えているのに、何に恐怖していたのかはわからなくて。
折角描いた絵がマスキングテープの上にあって、それを誰かにめくられて綺麗さっぱり元どおりの白になってしまった。
そんな気分だ。
綺麗に、そこだけ切り取られたような。
そして何故自分が寝てしまっていたのか。どうして気づいたら家にいたのか。夢だったのか、それとも今夢をみているのか。
自分が寝てしまったことによって全て忘れてしまいそうになったことに対する不安と恐怖が、先ほどまでは覚えていたのにだんだんと薄れ、言葉にはできるのに感情としては忘れてしまったような気がして。
だんだんマスキングがべろべろと剥がれ落ちていくような気がする。
更には自分が誰なのかもわからなくなってしまうような気がして。
自分の名前は?自分の誕生日。自分の性別、血液型。家族構成、住所電話番号、学校、クラス、出席番号、担任の先生、今日は何の授業があったっけ?
そんな風に何度も一人で確認した。
どうやら、消えたのは昨日の一部だけのようだった。
「にしても、早く起きすぎたな」
まだ、朝の6時。
どうせなら早めに学校に行って、瀬川に何があったのか聞くのもいいかな。
井戸子のところは帰りに寄ろう。意外とあの公園は遠い。
そう思ってオレは顔を洗いに行った。
下駄箱でオレは瀬川を待ち伏せしたが、瀬川は来なかった。
それにしても4組の下駄箱はかなり居心地が悪い。
4組の生徒、主に女子なのだが、ちらちらとオレを見ては怯え、哀れんだ表情でみては遠めでヒソヒソと話し出す。
こんなに見られては、瀬川に会えたとしても話が出来ないと、オレは教室へと向った。
そろそろさすがに学校に来ると思っていたのに、花田と河井は二人とも欠席。
drop(チャット)で聞いてみたが、相変わらず花田は体調不良で、河井は大丈夫だと返ってくるだけでサクネ探しは何も進展していないようだった。
そして休み時間に昨日の瀬川の居場所を聞いた女子に、また訊ねた。
その女子はオレの顔を見るなり、さっと顔色を怯えた表情へと変えたが、今日は休みだと教えてくれた。
そのまま、何も変化の無い時間が過ぎた。
とはいえ、何もなかったわけじゃ無い。
ただ、ジロジロと、沢山の人間に見られた。
噂が広まっているのだろう。
「オレだってびっくりしたし、学校休もうかとも思った」
本当は花田や河井が来るのを少し期待していた。
そして、今起きていることを広めようかとも思った。
でもさすがに平鳥の前に出るのは、勇気が足りなかった。
オレはただ これを晒しながらたった一人、学校で過ごしただけだった。
授業が終わり、担任の前や1組、2組、3組、4組の前の廊下を、オレはゆっくり歩いた。
もちろん職員室の前も。
ヒソヒソと話したり、目を逸らしたりするだけで、誰もオレに何も言ってこない。
「こんな気分だったのかな」
そう思いながら、足早に学校を出て、公園へ向った。
気づけば公園に向かって走り出していた。
周りに誰もいない、一人になったこの状況で、井戸子まで消えていたら。
今日会えるのかも定かでなかったのに、あんなに今日会えるって思っていた自分が馬鹿じゃないかと思って、不安になって、息を切らしながらあそこにたどり着き、彼女を見つけた。
「……みずさわくん?」
ほっとして、思わず地面にへたり込んだ。
隣で井戸子がオロオロしている。
彼女は何も変わっていない。
「……どうしたの?」
「今日も会えないんじゃないかと思った……」
お面で表情はみえないけれど、耳が心なしか赤くなった。
「そう……そうじゃなくて!!」
井戸子がそっとオレの両頬に触れた。
一瞬ひんやりとしたが、その後のぬくもりはちゃんとあって、幽霊ではなく生きているのだと実感させられた。
「どうしたの?」
この大きな絆創膏。
誰も何も言わなかったのに。彼女はこれに触れた。
オレの左頬にはあのサクネという子と同じ、大きな絆創膏。
そう、ニコニコマークが描かれていた。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「気づかないうちに怪我したみたいでさ」
「怪我したみたいでさって……」
大丈夫なの?と井戸子はふにふにと絆創膏の上をかるく押してくる。
「痛くないし、」
本当は少し痛い。
オレは井戸子の手を掴んでふにふにするのをやめさせた。
( 井戸子本人に触っても、あの電流みたいなヤツ流れないんだな )」
思い出すだけでビリビリする気分になる。井戸子をここから離さないあの鎖は本当に痛い。
「そうだ、学生証!」
井戸子はぽん、と手を叩いて、どこから取り出したのか井戸子の着物と色違いの花火柄の巾着の中を漁りはじめた。
他には一体何が入っているのだろうか。
「そういえばお前、水曜日しかいないならいないで教えろよな」
学生証を受け取りながらそう言うと当の本人は首を傾げ、
「え、私達昨日会ったばかりだよね?」
そう答えた。
「え?」
「ずっと、ここで待ってたよ。夜はさすがに寝たけど」
「冗談……?」
「本当だよ」
「私はずっとここにいた。みえない鎖に繋がれてるし動けないって知ってるでしょ?」
井戸子は少しむくれた様子で話す。
思わず頬をつねり、スマホをの日付や曜日、時間を確認した。
(一週間たっている……よな?)
夢じゃない。
それにオレは何回かここに来ている。
そして毎回井戸子はどこにもいなかった。
「井戸……からは離れていない?」
「少なくとも、自分の意思でここからは離れたことなんてない」
「寝てる間は知らないけど」
寝ていてもお面で目をつむっているかどうかわからないし、夜とかそんな様子で寝られたら怖そうだとか、一瞬考えてしまった。
「本当だもん……」
「ずっとオレが来るまで寝てた……とか?」
「水沢くん。私のこと寝坊助だとでも言いたいの? 」
ジリジリと詰め寄ってくる井戸子。
お面が目の前に来るのは少し怖い。
「いやだってさ、そうだとしか……」
「わかった」
「何が?」
「そこまで言うなら私、今日は寝ない!!」
井戸子は割と頑固らしい。
ベッドの横に椅子を置き座っている河井がいた。
「なぁ……」
彼はベッドに横たわる人物に語りかける。
「どうして、オレを頼ってくれなかったんだ。そんなに、頼りないのか?それとも信用してなかったのか?オレが、別のクラスいくことをを選んだからか?」
河井はその子の手を掴んで握った。
「なんで、あんなとこに居たんだ?ずっと、あそこにいたわけじゃないんだよな。今までどこに行ってたんだ?」
冷たい手。
「止めれば良かった」
最後に付けられた顔の傷。
解くと長い髪。
虚ろな目。
元気な明るい笑顔なんてない。
反応のない、
「サクネ」
まるで抜け殻のような彼女が、そこにいた。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「水沢くん、スマホで時間確認してたからこんなの持ってるなんて知らなかった」
9時。
水沢くんが置いていったアンティーク調の懐中時計を見る。
こんな時間まで起きていて、しかも外の人気のない場所でなんてのは初めてだった。
「ちょっとだけ寒い」
夏とはいえ夜は冷え込む。
それに井戸子は薄手の着物にポンチョ。
普段からその姿なのに、気温が変わるとさすがに寒かった。
私は震える手をさすった。
「いつもは何も無いから、すぐ寝ちゃうんだけど」
彼、水沢 拓に今日は寝ないで明日まで起きてると言い張ったからには、やり遂げて自分がただの寝坊助じゃないと証明しなければというよくわからない精神が芽生えてしまった。
(そもそも寝坊助は朝寝坊した人をからかう為の言葉なのだが。)
「寒いし暇だし、眠くは無いけど、なんか……」
寂しい。
今まではこんな寂しいとは思わなかったのだと思う。
気がついたらここにいて、気がついたら水沢くんがいて、気がついたら寂しいなと感じていた。
水沢くんが、会えないんじゃないかと思ったと、息を切らしながら来てくれた時は少し嬉しかった。
もちろん、水沢くんが学生証の為にきたのは分かっている。それでも嬉しかった。
この世界に一人じゃなかった。
水沢くんがいた。
それだけでも嬉しい。
「でも嬉しいの後には寂しいがくる」
寝てる時は、どうなっているのかはわからない。
ただ、寂しいという感情が微かに残っているような気がする。
寝ているのに。
寝る場所はこんなにもかたくて痛い所ばかりの地べたなのに、寝た瞬間ふんわりとどこか別の空間に入っていくような感覚がある。
その空間は、冷めた空気で誰かがいるというわけでもなく、ただ、微かに機械音のようなものが聞こえる。
そして意識は
「マジで起きてんのかよ」
彼に引き戻される。
「なんで、水沢くんが、」
いるのと言いかけて、毛布をふんわりとかけられた。
「ウチで使ってないやつだから」
「その、夏とはいえ、風邪ひかれたら困るし」
わざわざ、来てくれたんだ。
「ふっふふふっ」
「……なんだよ……その顔で笑われるとこわいんだけど」
「あ、ひどい」
気づけば震えは治まっていた。
毛布のおかげかな、と水沢くんをみた。
水沢くんは上を向いていた。
「にしてもすげーな」
満点の星。
「ここだけなんか異次元だな」
真っ暗なのに、お互いの顔が見える。
ここは割と都会だというのに星が沢山みえるだなんて、不思議だ。
私も水沢くんも、星座のことはさっぱりで、あれとあれをつなげたら何に見えるとか、そんなことをしていると時間はあっという間に過ぎていった。
「水沢くんだったら、流れ星に何てお願いする?」
「オレは……なんだろうな」
水沢くんは少し考えると、
「世界平和?」
「なんというか。うん、イインジャナイカナ」
「なんで片言なんだよ。そういうお前は?」
私はなににしようか。
私は、今まで何かを願ったことはあるのだろうか。
自分が何なのかさえも忘れてしまっているのは、何かを願ったからなのだろうか。
消したい記憶があったからなのだろうか。
記憶があった自分が何かを願ったことがあるのかさえわからない今の自分が、今願うとしたら。
(誰でもいいから、ずっと誰かと一緒にいたい。)
叶うなら彼と、
でもそれは叶わない。
23:59
少し経って、
パリパリと、崩れる音がして、
鎖が、もう終わりだよと言っているかのように私に絡みつく。
鎖が私を捕まえるのはあっという間で、
忘れていたことすら忘れていたことを少し思い出した。
私は明日も明後日も土曜日も日曜日も月曜日も火曜日も。
「代償として捧げていたんだ」
きっともうすぐに消える、時間の境目だけ戻る記憶。
「水曜日以外」
戻るのを遮っていたものが全て剥がれ落ちたような気がした。
「水曜日は、」
君に会える日だから。
00 : 00
私の意識は水曜日とともに消えた。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
井戸子が今日は寝ないとか言い出した。
「いやそれはやめといたほうが……」
そう言いかけて、そもそも井戸子はいつもどうやって寝てるんだ? 動けないし、こんなところで寝るなんて野宿と同じじゃないかと、様々な考えを張り巡らせる。
「ぜったい、寝ない!!!1日くらい寝なくても平気だもん」
これは、何を言ってもダメそうなパターンだ。
「あーもう、わかったよ。でも、お前時計とか持ってないだろ」
「うん」
うん、て。
まさか1日寝ないどころか、オレが来るまで寝ないつもりか?
「まったく……」
井戸子は精神年齢が少し下な気がする。
それともオレが老けているのか。
オレはカバンの中から懐中時計を取り出して井戸子に渡した。
「それ、やるよ」
「なにこのオシャレなモノは」
「なんか気づいたら買ってたやつ」
そう、本当になんとなく。
いつ買ったのかも曖昧な、使わないでただ持っていただけの時計だった。
「ありがとう……もしかして曰く付き?」
「さあどうだろ」
「うわぁ水沢くんすっごい悪い顔してるよ」
たぶん普通に普通のアンティークの懐中時計。
というかなんでこれを買ったのか自分でもわからない。いつ買ったっけ。
本当はスリーコンチョのウォッチブレスとかが好みだったりするのに。
「さすがに、日付越えたら寝ろよ」
とは言っても寝ようとしないだろうなと、オレはため息をついた。
「ただいまー」
大きめの声で言ったのにその声は虚しく静まり返って、いつもは既に帰ってきているはずの光の声すらしない。
オレは不安になって、靴も揃えずに慌ててリビングに行った。
机には一枚、メモが置いてあった。
拓へ
光が熱を出したので病院に行ってきます。
お父さんが早めに帰ってきてくれたので心配しないでね。
ご飯は自分で適当に食べてください。
母より
「光が熱?」
朝は早く家を出て光には会っていないし、昨日の夜なんてどうやって家に帰ってきたのかすら覚えてすらいない。
「大丈夫なのかな」
光はいつも至って健康で、熱なんでほとんど出ない。
きっと、久しぶりに出た熱は相当辛いだろう。
昨日光に会えなかったことに後悔し、あまりの人の遭遇率の低さに頭の中でモヤモヤと考えながら、とりあえず手洗いうがいをしてTシャツとジャージに着替えた。
その際、顔の絆創膏が少しはがれて下に隠れていた生々しい傷がみえた。
「うわ、」
思わず声がでた。
それくらい痛々しい傷だった。
「何が起きているのか、全くわからない……」
無意識に自分の左頬の絆創膏を触る。
「赤の、なんで赤なんだ?」
別に黒でいいのに、わざわざ赤で書いたのは何故?
赤で誰がイメージできる?
これを誰がかいたのかを気づかせようとしている?
わからない。
「河井に知らせたほうがいいかな……」
いや、やめておこう。
河井はきっとサクネを探すのに必死だ。
余計な心配事を増やしたらだめだ。
「花田は……相変わらずなのかな。明日にでも一度家に行って様子見てくるか」
今日は特に何も課題が出なかった。
特に何もすることもなく、いや夏休みの前にテストがあるのだが勉強をする気にもなれず自分の部屋のベッドに突っ
伏すと、
………ぐぅうううううううううう
すぐに腹の音が鳴った。
(人の心配してる場合じゃない、何か食べよう。食べないと、死ぬわこれ。)
2階の自分の部屋から階段を駆け下りてキッチンに向かったが、いつもあるはずの場所にカップ麺は一つもなかった。
「………母さん、オレがすぐカップ麺に頼ると思って隠したな……?」
だが、そんな母にそれくらいの余裕があったということに少し安堵した。
お腹の音は鳴り止まなかったが。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
結局お腹を空かせながらも何とか一人前のお好み焼きを作った。
このお好み焼きセットはプラスチックのカップに全て材料が入っていて、混ぜて焼くだけ!!という、料理を全くしないオレにとってはなんとも優しいセットで、味もかなり良かった。
「カップ麺なくてむしろ良かったかも」
ほんの少し片付けが面倒臭いと思ったが。ほんの少し。
そして片付け終わると母さんからメールが届いた。
「光はとりあえず1日入院……母さんと父さんは近くの叔母さんの家に泊まる……か」
メールの内容によると、光は熱だけでなく過呼吸を引き起こして手が硬くなってしまったらしい。今ではもう落ち着いてきてはいるが、念のため検査入院する。
「過呼吸」
いわゆる呼吸困難。
過呼吸が起こると息が苦しくなって、それが辛くて必死に呼吸をしようとするが、できないという恐怖に見舞われる。
過呼吸の発端は精神的ストレス。
勿論他にもあるが、何故かそれがオレの頭をよぎった。
「オレの時は、そうだった」
いつだったか、そう過呼吸になって、手の震えが止まらなくなって、苦しくて、どうしてそうなったのかすら覚えていない。
ただ、苦しかった。
息が吸えないのが、怖かった。
嫌なことを思い出しそうになったからか、一瞬ぼうっと目の前が真っ白になった。
「だめだ、気持ち悪くなりそう」
一人だからかもしれない。
いつもは学校に行けば河井も花田もいる。家に帰れば光や母さんがいる。
子供っぽいと思うが、寂しいのかもしれない。
急に誰もいなくなってしまったから。
過去に、そんなことがあったような気がする。
大切な誰かが、急にふっといなくなってしまったような。
河井みたいにっていうのはおかしいかもしれないが、オレはあんな風にわかりやすくショックを受けられない。
いつだってそうだ。
卒業式なんて、いつだってみんなみたいに号泣したりはできなかった。
ただぽっかりと胸の中の感情が抜けているみたいに、いつも薄い感情表現しかできない。
正直言うとその理由はわかっている。
「好きじゃなかったんだ。みんなのことが」
中学に上がって、みんな急に勉強をはじめて誰も外で遊ばなくなった。
みんな真面目でそれはいいことのはずなのに、気づけば明るい世界は歪んだ、真っ黒な世界になった。
みんな悪い意味で頭が良くなって先生を欺きながら、ただ自分の成績だけを守りながら他人を傷つけながらストレスを発散していた。
いや先生も知っていたかもしれない。そうだ、知っていた。
「すっげぇ嫌なこと思い出した……」
中学の時一人、一番酷い目にあっていた女子を助けたことがある。いや、助けたというよりも手を貸したというか。
彼女はほぼ自力で、そこから脱した。
あまり顔ははっきり思い出せないが、少し大人しめの女の子だった。
それが嫌なこと、ではない。
嫌だったのは手を貸す前のこと。
「やめときなよ、水沢くんが巻き込まれちゃうよ。どうせ彼女、そのうち引っ越すんだろう?」
そう、赤い髪の誰かがオレの腕を掴んで、オレを引き止めた。
「すんげーむかついたのに思い出せない……」
そんな自分にも苛立った。
苛立って、つい思わずバンという大きな音を立てながらクローゼットを開き、しまっていた毛布を丁寧に取り出す。
そして苛立ちながらもオレは汚れないように毛布を入れた袋を持って、外へ出かけようとしていた。
「オレの所為で、風邪引かれたら困るし」
心の中で上手い言い訳ができずにオレは夏にしては少し肌寒い夜の街の中、誰かのいる世界を求めて走り出した。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
木曜日の朝、早くにオレは食パンに何も塗らずに、それだけを食べて飲み込んで飛び出すように家を出た。
公園に寄ったがやはり誰も居なくて、河井の家に行った。
「河井!!!!河井!!!!!!!!!!!」
迷惑だとか、そんなことも何も考えずに、インターホンを連打しながらオレは叫んだ。 バタバタと小さく聞こえた後ガチャリとドアが開き、河井が出てきた。
「水沢!?お前そのばんそうこ……」
河井は目の下に隈はできていたものの、ちゃんといたことにほっとすると否やオレは河井に詰め寄った。「アルバム、見せてくれ!!!」
先ほどから震えと冷や汗が止まらない。 それでもオレは河井に迫りながらアルバムをはやく、と催促した。
「なんなんだよいきなり……。連絡してくれれば今日学校に持って行ったのに……」
河井の話を聞きながら、悪いと一言いって卒業アルバムの生徒の一覧に目を通した。
「あれ、あの子は!?」
「あの子?」
河井に聞き返されて、思わず口を押さえた。
「ほら、あの、なんというか……」
そうだ。そういえばあの時サクネって子に河井には言うなって言われてたんだっけ。 しかも家でデータをみてからUSBはカバンにしまったままだった。
「ほら、噂のさ頰に傷をつけられてそのままになった子がいたって言ってただろ? 」
誰だったっけと聞くと、河井は顔を曇らせて別のアルバムを出してきた。
「これなら多分、のってる」
どうやら生徒達が修学旅行や体育祭で色々撮った写真がたくさん並んだアルバムだった。
「花田、写真が好きでみんなの事をよく撮ってたんだ」
特に平鳥の写真は多かった。
いつも一緒に遊びに行ったりして、その先で写真をたくさん撮っていた。
それなのに、あの事件が起きてから花田は平鳥に対する恐怖しか抱かなくなった。
部活も高校に写真部があるから入ると言っていた筈なのに入らないで、さらには
「もういらないって渡されてさ」
机の中から取り出したカメラ。
一眼レフだった。
「一応、そのままにしてあるんだけどな」
あの中にはまだ写真がそのまま残っているという。
データはバックアップしてあるらしい。
河井はアルバムを覗き込むと一枚の写真を指さした。
「この子の事か?」
色素の薄い栗毛色にハーフアップ。
清水 零。
そうだ、彼女だ。
オレはその清水 零が写っている写真をみながら、自分の記憶の中と照らし合わせた。
昨日の夜、水曜日が終わる瞬間。
オレは呆然と立ち尽くしてしまったけれど、それは目の前で、彼女が一瞬で消えてしまったからだけじゃない。
彼女の面が剥がれ落ちた。
井戸子の顔が、月の光に照らされてはっきり見えた。
そしてあの時、サクネが行方不明になる前。
場違いな場所で見せて貰ったアルバム。
写真に載っていた彼女。
そして今、確認する為に河井にみせてもらったたくさんの写真。
どれをみても、
水曜日が終わる瞬間の
井戸子にそっくりだった。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「結局何があったんだよ水沢。しかもさっきからぼーっとして、そろそろ学校行かねーと…」
「…ちょっと確認したかっただけだよ。そうだな、行かないとな。学校…」
河井の声にはっとして、立ち上がろうとすると河井に腕を掴まれた。
「やっぱその前にちょっと…」
河井が硬い表情で、オレの頰を指で指した。
ああ、これのことか、と自分の左頰を触った。
「平鳥…?」
「……わかんね」
平鳥じゃないような気がするけれどそうなのかもしれない。
ただ気が付いたらこうなっていただけだ。
「そういう河井はどうなの?」
「………」
河井は口元を押さえて黙り込んでしまった。
河井が迷っているときの癖だ。
「…ノートは一応オレがとっといてあるし、今日も探しに行くなら…」
「みつかったよ」
「みつかったんだ」
「ただ…」
自信がない、なんといえば良いのかわからない。
そんな感じの面持ちで、河井は頭を掻き毟った。
「………」
サクネという子がみつかったというのに、この様子じゃ何かあったのだろう。
彼女が行方不明になった直後よりは落ち着いているようだが、学校へいくのはあまり前向きではないようだった。
そう思ったオレは、
「河井、今日学校休もう」
「え?」
「休んで、オレもついてく」
「一人で行くより、二人の方がいいだろ。お前、チキンだしさ」
「チキンじゃねぇって……おいっていうか、ノートは!!?」
………河井クンはどうやらこんな時まで真面目なようだ。
学校の職員室。
真面目に仕事をする先生や1限の授業の準備をする先生、そして如何にも似つかわしくない風貌の生徒が一人、1年3組の担任と話していた。
「せんせーこの学校って水沢くんっているの?」
「水沢……確か1組にいるぞ、知り合いか?ってオレの菓子食うんじゃねぇ!!ていうかお前転校早々その頭はなんだ!!!」
チョコチップクッキーをボリボリとこぼしながら食べているその生徒は真っ赤に染めた短い髪の毛にヘアピンで左サイドの髪の毛をとめていた。
「ははは、そういう先生はお菓子っていいの?」
「糖分補給だ!!!! あと弁当忘れた時用」
先生だって少しくらいいいだろ、とお菓子の山を慌てて机の引き出しの中にしまった。
「んーじゃぁ良いんじゃね?俺の頭が赤かろうと」
「何しようと」
「いやお前その頭はちょっと…」
「デフォだもん。デフォルト」
「でふぉ…?」
最近の若者の言葉はよくわからんと、先生は生徒の書類に目を通した。
が、一瞬で顔を上げた。
「お前、向こうの学校で……」
「やだなーせんせい。過去のことですよそれは」
俺、不登校になったらどうするんですか〜?と、いいながら勝手に担任の引き出しから幾つかお菓子を取り出した。
「………………」
先生は何も言わなかった。
ただ、その書類を震えた手で持ったまま、青ざめた表情で赤髪の彼の顔をみた。
「よろしくね。先生」
気づけば、職員室には先生と赤髪の生徒の二人。
「ああ……」
彼は力ない返事をすることしかできなかった。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「おにいちゃん、元気だった? 」
学校の廊下。
にこにこの面をつけた彼女は開いている窓のサッシに座って、赤髪の転校生に呼びかけた。
「ああ、元気だよ、この通り。でもさ、俺のことそういう呼び方するの止めてくんない?俺はお前とは血の繋がりなんて全くないんだからさ、」
「嫌だ。でも、おにいちゃんが願いを叶えようとするなら止めてもいいよ?」
「俺はお前を捨てたのに、そんなことしてもいいのか?」
にこり、と赤髪の転校生は笑いかける。
「んんん、そう言われると、もんのすごーーーーーーーく叶えたくなくなっちゃった。ダストボックスにぽーいだったもん。そのまま焼却炉行きになるところだったよ」
ぷりぷりと、白い少女は頰を膨らませ、窓のサッシからふわりと降りた。
「ああ、で、ちょっと願い叶えたいんだけどいいかな」
にこにこした面をつけた少女は話きいてた?と首を傾げ、こう問いかけた。
「おにいちゃんは願いを叶えすぎて、言葉のキャッチボールの仕方を忘れちゃったのかな?」
「んー?俺は何も失っちゃいないはずだけどなぁ」
赤髪の彼はチートしたし、と舌を出した。
「ちーとってなに?」
彼女はきょとんとした顔で、赤髪の男子にきいた。
「へーチートっていう言葉の単語の記憶はまだなかったんだな」
「ねえ、ちーとってなに?ねーーーーーちーーーーーとってなにーーーーー?」
ぐるぐると赤髪の周りで走りながら面は叫んだ。
「チートってのはー……俺の願い叶えてくれるなら、教えるわ」
「円城 卓巳(えんじょう たくみ)!!!!!!」
「チッ」
円城 卓巳という赤髪の転校生はわかりやすいほど大きく舌打ちをし、チートについての検索をスマホでしはじめた。
そして、そんな二人を後ろの方で見ている女子生徒がいた。瀬川だった。
「………」
一瞬目を疑ったのか、目を擦り、震えた手でスマホのカメラ機能で彼らの顔を拡大して見た。
赤い髪の彼は映ったが、白の少女は映らない。
白の少女は前々から写真やモニターには映らないことを知っていたが、そのことよりも赤い髪の男子生徒の顔をみて、瀬川は驚いた。
そして瀬川は口元と腹をを押さえてその場にしゃがんだ。
表情はいつもと同じだが、肌の色はいつも以上に白く、青い。
(どうして、ここに居るの?)
彼が何故、ここに居るのだろうか。
恐怖の所為か、汗がどっと噴き出してきた。
(彼も、面を、使った?)
そうだとしか、思えない。
だって彼は、円城 卓巳は、
私と、水沢くんの目の前で____
その頃、授業サボり組の水沢と河井はとある総合病院の前に立っていた。
「おい、河井」
「ん?」
「ん?じゃねーし…。これさ、もしかしてさ、」
河井総合病院
「ああ、オレの親がやってる病院。言わなかったっけ、オレんとこ医者家族だって」
「いや…やけに家でかいなーとは思ってたけどさ…」
まさか医者の息子だったとは。
「継いだりとかはしないのか?」
医者になるんだったら、うちの高校みたいなところには行かずに私立とか行きそうなものなのに。
「んーオレさ、上に兄貴が何人かいるし別にいいかなって思ってさ」
「まぁ、甘えだとか言われそうだけど、実際に医者の本来の姿みていると、こうはなりたくないって思ったりするところもあるわけで」
全員がそうだというわけではないけれど。
それでも、そういう一面をみてしまうと、嫌気がさしてしまうからと河井は言った。
「オレらはみてもらう方だから、頭いいんだなー、人を助けるための仕事するってすげーって思うけど、裏で金づかいとか行儀とかみてるとさ、うわーって一瞬でも思っちまうんだよ。気にしすぎってのもあるかもしれないけど」
「そういうもんなのかね」
「例えばさ、自分が女子だったとして、クラスにすんげー明るくて、頭もそこそこ良くて、部活でリーダーとかやってる女子がいて、」
「おう」
「その女子が好きな男子と自分が普通に世間話をしているのをみて」
「おおう」
「その女子はニコニコ近づいて、かるーく話を遮って、」
「陰で悪態をつかれる」
やだなにそれこわい。
「例えて言うならそんな感じ?」
そんなこんなで、河井は受付を済ませると、慣れた様子であっち、と指をさした方に歩いていった。病院内はさすがに静かにした方がいいという空気感があって、エレベーターに乗り込むまで雑談はできなくなった。
「水沢、ありがとうな」
エレベーターに乗り込むと急に河井はそう言いだした。
「別に、オレも気になるし」
なんだか照れくさくて顔を逸らしていると、
「おい、サクネはやめておいた方がいいぞ。あいつけっこー乱暴だからな?」
冗談交じりに河井が言ってきた。
「ああ、真っピンクの店連れて行かれたりな……」
糞真面目に誤解を招く返答してみた。
「待て、何があったんだ」
こうして河井の顔が冗談からガチになったところで、エレベーターの扉が開いた。
一番奥の部屋。
部屋のプレートには、櫻川(さくらがわ)さくねと書いてあった。
(物凄く今更だけど櫻川(さくらがわ)っていうのか)
河井はノックをして、そのまま扉を開けた。
「入るぞ、サクネ」
一呼吸おいて、カーテンを開けるとそこには、彼女がいた。
ただ、そのベッドの上の彼女の目には精気がなく、ただただ、顔を動かしてオレたちのことも見ないで、人形のように座っていた。
「見ての通りだ」
河井はサクネの顔にはまだ傷が残ったままで、生きているのに、空っぽの屍体のように冷たく、意識もあるのかわからない、そう続けた。
そんなオレは河井の話よりも衝撃的なことが目の前で起きていて、混乱していた。
河井からしたら、オレは河井の話を聞いて唖然としているように見えるかもしれない。その方が、良いのかもしれない。
何しろ、河井の後ろに、
もう一人の櫻川さくねが居るのだから。
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
状況を整理しよう。
彼女、櫻川さくねがいなくなったのはついこの間の月曜日。
オレが最後に会ったのは先週の金曜日。
そして火曜日、河井が言うには彼女はとある公園のベンチで倒れているところを発見。
目立った外傷はなく、比較的健康体ではあるものの、魂を抜き取られたかのように動かない。
そして現在、櫻川さくねはこの病室に2人いる。
ふむ。なるほ…
「いやおかしいだろ!!?」
「どうした水沢!?」
そもそもなんでオレにはみえて河井にはみえていないんだ?
オレは別に霊感とかないし(たぶん)、どちらかというと河井の方が…。
「河井、お前霊感とかある?」
「…………」
河井はオレの問いに口を開けたままぽかんと目を丸くした。
「ない…けど、オレは」
「オレは」
「一体どうしたんだ、お前までなんか目覚めちゃったのか?」
「 お前まで 」
とは一体どういう事だろうか。
まさか、本当にまさかだが、そういう奴がいるのだろうか。
「そういう奴、いるのか?」
「え、水沢知らなかったっけ」
そうか、水沢は高校から一緒になったんだもんな。
まだ日が浅いのに絡みやすすぎて言ってなかったのかも。
そんなことを言って、河井は少し考え込んだ。
「オレの口からいうのもアレだけど…まぁいっか」
「?」
ベッドに座っている櫻川さくねは相変わらずぼうっとした様子で、もう一人の河井の後ろにいる櫻川さくねは少し首を傾けて河井の顔を見ようとしていた。
河井はすっと顔を上げてこう言った。
「花田。あいつ、なんか視えるらしいよ」
その言葉に、二人分の驚く声が静かな病室に響いた。
「マジで!?」
「マジで!?」
さっきから河井の後ろに立っていた櫻川さくねと同時に叫んでしまった事にも驚いたが、何より花田の衝撃的な事実に驚くとともに一体花田はどんなやつだったか、わからなくなってきているような気がした。
「花田って実はかなり、変わった奴だったのか…」
「ははは。あいつ今何してんだろな」
さすがにそろそろ学校に来ないとやばいだろう。
「なあ河井、ちょっと花田の様子、みてやってくんないかな。あいつさ、オレの弟が見かけたとき様子がおかしかったらしいんだよ。dropだと大丈夫だのなんだの言ってたけど、ずっと学校来ないのもおかしいしさ」
「そういやなんかいってたな、dropで」
「だからさ、」
「……まさか今から?」
「オレが行くと怖がらせそうだし」
そう言ってオレは頰の絆創膏を指で指した。
「いやでも今から?ていうか水沢はどうすんの?」
花田の親がでてきても、今日は学校早く終わって花田くんが最近学校来なくて心配でって言えば普通に会わせてくれるだろう。
そんでもってその間オレは、
今目の前の事を整理したいし、櫻川さくねと会話してみようと思っていて、ただ、幽霊っていうと彼女が死んでるみたいな感じになって良くないと思って、つまり。
「宇宙人と交信したい」
まずった。
その頃、花田は自分の部屋のベッドの上で布団の中に潜りながら、震えていた。
「殺される…」
ガクガクと震えが止まらない。
携帯のバイブ音も一緒に鳴って、画面に友人たちの言葉が映し出される。
「オレのせいだ、オレが、」
オレが、美希にアレを渡してしまったから、
脳裏に浮かぶ、あの白い人形。
アレならば、大丈夫だと思っていたのに。
純粋な、透明に近い、真っ白な、あの人形ならば。
「いや、それ以前に、あの場所に行かなければよかったんだ」
中学に入って写真を撮り始めるようになって2年。
花とか空とか、建物とか。
色々撮るようになって、もっと面白いものが撮ってみたいと思うようになった。
「なんか面白いもんねーかなぁ〜」
ネットで有名どころやスポットを探していると、一つのブログに当たった。
願いが叶う!?
消えたり出てきたりする不思議な場所!!
「なにこれ、心霊スポット的な?」
オレはあまりそういう場所は好きじゃない。
人前では言えないが、幽霊とかホラーとか正直苦手だ。
すぐにカーソルをタブのバッテンに当ててウィンドウを閉じようとしたが、下の方にあるコメントがめにはいった。
「やっべー半信半疑で行ったらすっげー綺麗な場所だった!!でも2回目行こうとしたら全然たどり着けないのな」
「私も行ってみたんですけど、とても綺麗な場所でした。最適な写真スポット。でもスマホの容量が無くて撮影できませんでした…。そして何故かどうやって行ってもあの場所にたどり着けません」
「一人1回しか行けないって感じなのかな(><)なんだっけ、あのツルツルした石を触ってお願いすると願いが叶うんだっけ。あんまり思い出せないッ(´Д` )パワー&心霊スポット…でも怖いって感じはしなかったなぁ〜」
ついつい、スクロールして、全部みいってしまった。
住所も書いてあって、それが近場だということに行ってみようという気持ちが湧き上がってしまった。
人の好奇心というものは一度湧き上がってしまうとなかなか目が離せなくなってしまう。
つまり、オレはそのサイトをくまなくみてしまったのだ。
そこから色々ページを飛んでいると、注意事項を見つけた。
シンプルで、少し変わった内容だった。
注意事項
1.そこにあるものはもちださない。もち帰らない。
2.ペット、飲食、持ち込み撮影はOK。
3.完全禁煙。危険物持ち込み等は自己責任でお願いします。
4.ゴミは持ち帰って家で捨てて下さい。
5.あまり物騒なお願い事は控えるように。
注意事項1については追記があった。
「もちかえることについては特に禁止という訳ではありませんが、安心安全平穏な日常をお送りたい方にはオススメはしません」
「「なぜなら、あちらとそちらの世界の入り口を繋いでしまうから」」
「「もしもそんな気なしに繋いでしまったら」」
「「あちらのものと交渉してください」」
「「代償と引き換えに、願いを叶えて差し上げます」」
「ふぃ〜ここかー…」
住宅街の近くの河川敷。
花田は一旦自転車を近くの公園の駐輪場に停めてスマホでメモとマップをひらいた。
そう、ここから変わったルートで進まなければならない。
「それにしてもこんな行き方、どうやってみつけたんだろ」
進んで戻って、進んで曲がって戻って戻って。
普通だったらそんなことはしないルートを辿る。
家で地図に照らし合わせてみたけれど最後だけ、行き止まりにぶち当たってしまう。
あとは普通に行けるから来てみたものの、
「まあ、正直あんま信じてないけどな」
ただ、なんとなく行って写真が撮れればいい。
都市伝説なんてついでだ。
パシャパシャと、ネットに書いてあったルートに沿った道を歩いていく。
今日は薄曇り。
写真を撮るのには良い天気だ。
まあどんな天気でもそれに合わせた写真を撮れば良いのだけれど、オレはまだ始めたばかりだから、そこまではできない。
街中のでかでかとした大型のポスターだったり、電車内に幾つもある広告の写真みたいな大層なものは求めていない。
でも、いつかは雨上りの空の写真とかその時にしか撮れない写真を綺麗に、格好良く撮ってみたい。
「構図とか、よくわかんないけどこんな感じかな」
ふと、足元をみてみるとガラスの破片がまっすぐ道に沿って落ちていた。
そのガラスの破片はよく親父が飲んでいるウイスキーの瓶でも、ビー玉が砕け散った小さな破片でも、家の窓にボールが当たって砕け散ったガラスの破片でも、スマホを落としてできた蜘蛛の糸のような割れ方でもない。
虹色の光がゆっくりと空の色と混ざった色。
何に似ているかと言われれば、とてもとても透き通った川の色。
形状は様々、ただ踏めば必ずと言って良いほど尖っている。
「こっちで良いのかな?」
スマホを取り出し、ネットを開いてあのページに飛ぼうとしたが、ロック画面の状態で固まったままになってしまった。
「なんで?」
慌ててネットの内容をプリントアウトした紙を取り出してみてみると、地図の下にこう書いてあった。
散らばる散らばる記憶の欠片
其の世界の縁を切るために
鋭い刃を散らばせた
この世界のものを其の世界に
散らばせない為に
踏んで踏んで記憶は散らばる
取り戻したければ
願いを叶えよ
この世界の者は外には出してはいけない
踏んで踏んで赤になるまで
其処まで出たければ
欠片に触れて
願いを叶えよ
「詩?」
鋭い刃、これはこのガラスの破片のことだろうか。
地図にはこのままガラスの破片を辿れば行き止まり。
でも其の先は、
「トンネルになってる」
オレは慎重にガラスを踏まないようにあちらの世界へと、そろりと足を運ばせた。
オレが家を出たのは正午で、河川敷に着いたのはその十分後。
不思議と、ロック画面は15:00になっていることに気づかなかった。
『どうして?』
「この世界の美しいものを外に持ち出したら」
『大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ大変だ』
その考え方もすべて美しくない。
隠さなければ、追い出さなければ、
美しさを、
この世界の美しさを保つ為に。
衝撃!!平鳥の元カレ花田くんまさかの視える人間だった!?
ということが発覚し、
水沢の意味のわからない宇宙人と交信してくる発言(26話)の後。
「ととととっりあえず!!お前の櫻川サクネさんには一切手を出さないので、花田をなんとかしてきてくれ!!!!!」
とりあえず河井を追い出し、ドアを閉めると水沢はゆっくりとこちらに振り返った。
つか私、河井のただの幼馴染なんだけど。
「水沢、」
「私のことみえるの?」
死人のような白い肌。頰には消えない傷。
呆然と座っているサクネではなく、
「青いポンチョに…えーと、チャイナ風?の服で、頭に花つけた櫻川サクネさんがみえますが」
「今のところ水沢だけか…視えてるの」
「すごく言いにくいんだけど、幽体離脱しているようにしかみえない…」 だよねぇ…と、二人でため息をつく。
「あ、河井にあの…USBのこと…言った?」「いってない」
ぶんぶんと、顔を横に振るとサクネは安心した面持ちでよかったと言った。
「その…正直河井にはみて欲しくない…から…恥ずかしいし…」
心の声のつもりが声にでてしまった
「……二人ってなんで付き合ってないの?」
スパァン!!!
という音でも聞こえてきそうな勢いで、サクネは水沢をひっぱたこうとしたが、右手はスカッと水沢を通り抜けた。
「……………元に戻ったら河井と水沢の同人誌描いて、青い鳥や投稿サイト諸諸にばらまいてやる……」
「意味わからんがやめろ」
「ふふふふっどっちが受けかな…」
「お願いしますサクネさん、やめてください」 なんか本当によくわからないけれど、身の危険を感じた。
「ところでいつからここにいるとか、覚えてるのか?」
なんとか話をそらすと、サクネは窓の縁に腰掛けてあるモノを取り出しオレに見せた。
面だ。
井戸子のモノに似ているが表情も違うし、透明で少しブレているようにもみえる。
「うん、覚えてるよ」
「でも……」
サクネは言葉を続けようとして目を見張った。
「!?」
オレの視界が一瞬で真っ暗になった。
サクネが水沢!!と叫ぶ声がする。
首もつかまれているのか、いや、締められているのか、
苦しい。冷たい。
とりあえず首が苦しくて、首に巻きつく何かを掴もうと手を首にやるが手には首以外の何も感触がない。
「ああ、残念だったね。彼女は自分の事が大切だから、願いを叶えようとしてできなかった。そして君も」
「ちょっと!!!何なの!?水沢!!!!」
「ああ、水沢くん。君は元々、願いを叶える事はできないんだっけ」
「水沢!!!!!」
「ああ、嬉しいよ。俺、水沢と感動の再会ができて、本当に」
ギリギリと、鎖のような冷たい金属のようなモノが首に食い込んでくる。
オレの意識はだんだん薄れ、そのまま目を閉じようとした。
その時。
ゴンッという鈍い音とともに、視界が明るくなった。
そして明るくなったその視界には赤い髪の男と、
「せ…がわ…?」
「水沢くん、遅くなってごめん」
どこかで見た事のあるバッドを片手に。
見間違えたのかと思うくらい、彼女は笑っていた。
どこか懐かしい、あの笑顔で。
「みずさわっ!!」
「おぅっ…がほっ…ゲホッ…」
オレはサクネが叫ぶ声にハッとして、慌てて起きた。
隣にバットを持った瀬川が、しゃがんでこちらを見ていた。
後ろに、赤い何かが散らばっている。
「生きてるなら、良かった」
瀬川は真顔でオレにバットを渡した。
さっきの笑顔は見間違いだったのだろうか。
「これは?」
「水沢くんの、忘れ物」 忘れ物って、オレバットなんて元々持ってないぞ。
「どちらにせよ、水沢くんのものだから」
「さっきのは、なんだったんだ?」
首が、まだ鎖が巻きついているような感触があってきもちわるい。
さすかにさっきのは死ぬかと思った。
「変な鎖が…アンタに巻きついて…瀬川が入ってきたと思ったら、何もないところをバットでぶん殴って…」
「サクネサンは赤い髪の男みなかったのか?」
なにそれ…とサクネは微妙な顔をして首を傾げた。
「………櫻川さんあなた、完全に願いを叶えていないのね?」
「完全に願いを叶えていない?」
どういうこと?と櫻川サクネをみた。
サクネは俯いているがほのかに顔が赤いような気がする。
「その状態だとよっぽど難しい願いを注文したか…人の心を動かすための…」
「うっ…わた…私は知らない!!気づいたらこうなってただけ!!」
サクネがわたわたと腕を振り回す。
「嘘はつかないで。証拠はあがっている」
なんか刑事モノを見ている気分だ。
カツ丼があったら完璧。
「それはそうと瀬川、助けてくれてありがとな」
そう言うと、瀬川はオレを睨んだ。
「別に。水沢くんが首なしになったら夢見が悪いというか、首塚をつくるハメになったら困るから」「怖い事いうなよ!!!」
おもわず両手で自分の首を覆った。
「首塚って平清盛だっけ」
「もぉやめよ!!?まだその話する!!!?」
「水沢くん、首苦手なのね。珍しい」
いや、苦手な人のほうが多いと思う。
「私はニードルが苦手」
「ニードル?」
あっ嫌な予感がする。
「羊毛フェルトをつくるときに使う針で、一見普通の針なのだけど小さなトゲが付いていてね、刺さると」
「あ”ーあ”ー!!!!!!!もういい!!瀬川さんわかったから、もうわかったから!!!!!!」
なんなの!?女の子達ってこういう会話するもんなの!?
「じゃあ水沢達っていつもどういう話しているの?」
「え?ゲームに漫画とか、猫とか、テレビの話とか」
「猫」
「猫」
なぜ猫だけをピックアップした。
そうしているうちに、河井から電話がかかってきた。
「病院内って普通電源切るかマナーモードじゃないとだめでしょ…」
「さすが未来の河井さん」
ぷんすかとサクネさんが瀬川に当たらないパンチを繰り出しているところを横目に電話にでた。
「起きねぇ…」
「花田、どうだった?」
スマホ越しに河井の震える声が聞こえる。
「心臓は動いてるし、息もしてる…」
「寝てるだけ…?」
「どんなに揺すっても起きねぇ」
「とりあえず警察か病院に電話しようとしたら、繋がらなくて」
繋がらない?
今オレとは電話しているのに?
「わかった。とりあえずすぐそっちいく」
「たのむ…って?うわああああっ!?」
いきなり耳をつんざくような大きい声がしてオレは思わずスマホを耳から話した。
それでもガタゴトと物音がきこえる。
「どうした!?おい、河井!?」
ぺたん、ぺたんと、小さな音がだんだん近づいてくる。
でもそれはスマホからではなく
ガラッ
「………」
明るいブラウンの長い髪。
顔には傷がうっすら残っているが、細く長い手足に白く美しい肌。
虚ろな目に入院着を着た少女が立っていた。
「なんで…?」
言葉を漏らしたのはサクネ。
表情を変えずにただ振り返ったのは瀬川。
オレは耳からスマホを下ろし、息を飲んだ。
「緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態、緊急事態」
そこに立つ少女は機械のように喋り出す。
「なんで?え?どうして?」
サクネが混乱している。
無理もない。
「侵入者、仲間、黒幕、罪人、発見」
「罪人、情報拡散、端末、破壊開始」
「水沢くん!今すぐ逃げて!!!」
どうして、逃げる必要があるのだろうか。
だって、目の前にいる彼女は清水 零。
水曜日に会って0時に消えた井戸子。
「なんで…」
右手には水曜日あげたあの懐中時計。
左手には時計の針のような短剣。
「罪人、ヴァンプウォーター罪状、情報流出」
『記憶、破壊、刑、執行』
真っ赤に染まるのは君の服。
真っ青に染まるのは私の顔。
いうことを聞かない私の手を今すぐにでも切り落としたかった。
今日は水曜日。
私が私でいられる日。
私が手放さなかった水曜日。
君がこの世界の人じゃないと知った日。
私は誰かを助けるという面目上の理由を楯に願いを叶えようとした。
君に会いたい、近づきたい、話したい、一緒にいたい、友達になりたい、恋人になりたい、
それが、今、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「…………」
清水零の希望は絶望へと変わった。
花田家の2階の端の部屋。
『お前は誰だ汚い世界の人間か。』
花田が河井に話しかける。
『どうやらそのようだ。』
河井が花田に話しかけた。
『汚い身体に入るのは死ぬほど嫌だったが、』
『自分の身体で来るのは消えるくらい嫌だった。』
だから借りると。
そのやり取りは気味が悪いほど、息が合っている。
『『あった』』
『なんでこれを取り戻すために、回りくどい事を。』
『早く燃やそう』
『早く壊そう』
はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、
消そう