大堂と松月院・ご近所の仏像たち~いたばし文化財ふれあいウィーク
いたばし文化財ふれあいウィーク
文化財特別公開 松月院および大堂
~11月13日(日)まで
松月院・松宝閣(宝物館)で出会った、魅力的な仏像と仏画。
* 松月院・松宝閣についての全体的な記事は、こちらをご覧ください。
息を飲むほど美しい、阿弥陀如来坐像。
現在は、松月院が管理している、街中の何気ないお堂「大堂」の本尊。
「大堂」は、平安時代には七堂伽藍にたくさんの脇坊をかかえていた、という、関東では有数の由緒ある古刹。
上杉謙信の小田原攻めの際に、兵火に遭い、壊滅した。
かつて栄えた、幻の大寺院に名仏あり、の原則に、まちがいは無かった?
造像は12世紀、平安後期~鎌倉時代にまで遡ると思われるが、少なくとも戦国時代と江戸時代初期、2度にわたって大修復が行われた記録があり、造像当初から残されている部分は体の一部のみ。
ただ、一見してわかるように、平安仏の特徴が色濃く残されており、」造像当初の様式は大切に守られてきたと考えられる。
ちなみに、はじめの戦国時代の修復は、例の上杉謙信の小田原攻めの際に受けた被害を修復したもの。
上杉謙信は、たまに通りすぎては甚大な被害をもたらす、まるで台風の如き存在だったようだ。
以前訪れた、板橋に伝わるもう一つの「名仏」、こちらはまごうことなき平安仏、長徳寺の阿弥陀如来像に、雰囲気が似ている気がした。
さらに、息を飲むほど恐ろしい閻魔王像。
こちらは江戸初期、名主の春日伊兵衛が京仏師につくらせ、寄進したもの。
この春日某という人物、やたらたくさんのものを、周辺の寺社に寄進しまくている。
赤塚文化財史上の重要人物。
比較的新しい地蔵菩薩像と毘沙門天像。
もっともインパクトあった仏像。
松月院幼稚園の卒園制作。
誕生仏と涅槃仏。かなり巨大で、大迫力。
以下、松宝閣で見られる仏画。
展示室1 聖観音菩薩と仏画コーナー。
玄関のホールに面している展示室1。
正面に、比較的新しいと思われる、彩色も美しい聖観音菩薩立像が安置されている。(これは撮影は遠慮した)
その奥に、長谷川雪洞の達磨図、十六羅漢図を始め、大きな仏画がずらりと並び、なかなか壮観。見応えがある。
雪洞という人についてはよく知らないが、丁寧な筆致でユーモアたっぷりに描かれた羅漢様等は、好感が持てて、一見の価値あり。
なぜかところどころに、木彫りの大黒様もいる。
達磨図
十六善神図
羅漢様。「こんなになっちゃった」
十六羅漢図の中の動物たち
巨大な仏涅槃図も。
隙間にむりやりサルが描きこまれている。後から描きこんだのかな。
こんなサルも。
展示室2 禅僧の墨蹟
歴代住職やかかわりのあった僧侶による書画が集められている。
特に見事だった仏画。十三仏図。
松月院ご紹介
本堂
本堂の内陣(パネル写真)
境内にある高島秋帆先生紀巧碑
境内暮色
菩提樹とヒイラギの巨樹
松月院の四季。
蝉の声が響く真夏の明るい境内。(’09夏)
門前にびっくりするほどたくさんのママちゃりが並んでいたが、幼稚園があるため。
紅葉の松月院。(’10晩秋)
大堂 (以下の写真は’09夏撮影)
大堂の大屋根。境内には巨樹も多い。
ごくごくふつうの、「村のお堂」といった感じ。
左上が、名鐘のかかる鐘楼。境内には、石仏も多い。
境内にある八幡神社。
古墳の上に建てられているとのこと。
石仏。
左、不動明王。だいぶ風化しているが、見事にそのいさましい面影が残っている。
右、六角堂の各壁面に、それぞれ地蔵らしきものが彫られている。六地蔵?
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