【Supporto ながの物語】エムウェーブ(長野市)…世界水準リンク守る…製氷を数値化 質を保つ
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1998年の長野五輪でスピードスケートの競技会場となった長野市北長池のエムウェーブ。正面玄関には、あらゆる人種や民族の友好を表す五つの輪が
指定管理者の「株式会社エムウェーブ」の倉島明社長(65)は「ここは五輪のレガシー(遺産)を未来につなぐ施設。国際大会や全日本クラスの大会も開かれており、国内最高記録なども出る世界水準のリンク」と胸を張る。
施設が完成したのは長野五輪を2年後に控えた96年。400メートルのダブルトラックを備えた日本初のリンクとして誕生した。貸し館営業をするグリーンシーズンを除く10~2月にはリンクに氷を張り、一般営業やスケート教室の開催などによりスケート文化の振興に努める。その一方、スピードスケートのトップ選手の強化拠点として、競技力の向上にも貢献している。
リンクを支えるのが、製氷業務を受託している「前川レジャーシステム」(東京)だ。毎年オープンの約3週間前からリンクを作り始める。床下に冷却液を流して温度を下げた後、氷を張っては空気や不純物を取り除くため表面を削る作業を繰り返し、最終的に厚さ約4~4・5センチのリンクに仕上げる。大きな大会の前には氷の表面を約1センチ削り直し、新たに水をまいてリンクの状態を整えている。
20年以上にわたり製氷に携わってきた同社長野営業所長の中島智之さん(50)は「選手の好タイムなどで歓声が湧いた時が一番のやりがい」と語る。
大会中に複数回ある競技前の製氷作業は、スタートまでの時間を逆算し1秒単位で調整を行う選手もいるため、少しの遅れも許されない一度きりの勝負だ。質の良い氷を時間内に提供できるよう製氷時間の短い大会前には予行練習も行う。
特にこだわってきたのは数値化だ。氷の表面温度や気圧、風速などを測定することで、作業する人が変わってもリンクの質が一定に保たれるようにした。
それでも「選手の調子が悪ければ、氷の何かが悪かったのではないか」と考える。「(リンクの出来で)選手たちの努力を邪魔してはいけない」と中島さんはいう。
昨年12月26~28日、エムウェーブでミラノ・コルティナ五輪の代表選考会を兼ねた全日本スピードスケート選手権が行われた。エムウェーブが拠点のスケートクラブ出身で、株式会社エムウェーブとスポンサー契約を結んでいる小島良太選手(27)も出走。五輪代表のリザーブ登録選手に選ばれた。倉島社長は「小島選手がこれまで一生懸命努力してきた姿を見ているので、頑張りをたたえたい」と話す。
大会では国内最高や大会新などの好記録が相次いだ。中島さんは「いい記録を出してもらい、大会を無事に終えられてほっとしている。今後もスピードスケートの聖地と呼んでもらえるように頑張りたい」と意気込む。長野五輪のレガシーは、これからも引き継がれていく。(荒井結月)