科研費の採択結果に、研究者としての人生や研究室の存続を握られている。
そんな春を迎えるたびに思います。私たちが本当に直視すべきは、奪われ続ける「日常の予算」のほうではないか、と。
国立大の運営費交付金は、法人化以降の度重なる削減により、実質「1,900億円」も目減りしていると試算されています。昨今の物価高を加味すると影響はさらに大きいです。
高市政権に変わり、運営費交付金が増額となったことは非常に画期的で、大いなる希望ですが、まだ減少分に対して半分も戻っていない状態です。
国大協が異例の「もう限界」という声明を出さざるを得ない異常事態。コピー用紙の節約を強いられ、電気代に怯えながら、世界と戦えるはずがありません。
なぜこんなことになったのか。
基盤となる経費が削られ、研究室の命綱が科研費などの「競争的資金」に過度に依存する構造になってしまったからです。
その結果、研究者は資金獲得のための果てしない申請書作りと事務作業に追われ、一番大切な「研究に没頭する時間」そのものを奪われるという最悪の悪循環に陥っています。
短期的な成果を意識して大胆な研究ができないことも大きな問題です。ホームランを狙っては存続も危ぶまれる中で、確実なヒットを狙うようになるのは当然の帰結でしょう。
「選択と集中」の名のもとに行き過ぎた過度な競争原理は、もう見直すべきです。
記事を見ると、財務省が更なる選択と集中を要求する中で、文科省も現状を訴え、状況を変えるべく動いていただいているようです。
安定した基盤経費を再構築し、研究者が泥臭く「研究」に打ち込める環境を取り戻す議論を、社会全体で強める必要があります。
日本のアカデミアが抱える構造的な課題や、研究現場のリアルを発信しています。
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参考:大学運営費、実質1,900億円減…財務省指摘に文科省が見解公表