Natsu Owada

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Natsu Owada
@natsu_picc
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She/her/社会学(都市、地域)/千葉大学大学院人文公共学府D2←研究生← 早稲田(学部・修士)←水戸一/祭礼とコミュニティの研究/若者の社会参画/まちづくりの仕事はしばらくお休み/修士(教育学)/JST次世代(SPRING)
茨城(村、郊外、水戸)→東京→ロンドン→茨城⇔首都圏lit.link/natsuowada

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2026年度の目標 ・学会発表、論文投稿を丁寧に行う ・研究費の申請に慣れる ・海外調査に挑戦する ・非常勤やTFの仕事を楽しみつつ頑張る ・無理のない形で実践活動をつづける ・「つくる」ことを大切にする
自分が教育学部にいたけど、そういう学部の人がいなさそうなガチガチコミュニティにも出入りしててすごく感じたのは、教育や福祉を専門とする学生の「あの優しい雰囲気」がそういうコミュニティの人にはほぼなかったことだった。
中高生が「地元には何もない」と言う場合、「中高生にとって地元には居場所がない(少ない)」ということなんだよなというのを、地元の美味しい飲食店を見つけるたびに、文化的な活動をする方々に出会うたびに、思っている。あの頃の自分にとっての居場所は塾かイオンモールか駅ビルだけだったんだと。
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学部の必修の授業で「うちの学生は政経とかと比べてのんびりしてるから(ダメなのよ)」というようなことを先生から言われたことがあったし、個人的にコンプレックスだったのだけど...そののんびりさに付随するあの「優しい雰囲気」とか自由さ、実は大事だったなぁと振り返って思う
自分が「若い女性」として地方で生きていて、この記事で書かれていることをすごく感じる。すごく息苦しい感覚。 女性は道具ではない 人口減の議論に思うこと|生活ニュースコモンズ s-newscommons.com/article/2550 #生活ニュースコモンズ
大学院を変えて気づいたことは、今の時代の大学院って(基本的には)「どんな人も研究ができるような後押しをする」場だということ..。 修士までの環境では、少なくとも自分は「『優秀』にならないと研究する意味がない」と思ってしまっていたから、すごいカルチャーショック...
千葉大学大学院人文公共学府博士後期課程に合格しました。 早稲田の博士に進めず、研究生をしてすごくキツかった一年だったけど、この一年のお陰で色々なことをやわらかく考えることができた気がします。 祭礼が地域コミュニティに果たす役割について研究していく予定です。
なぜ文系で博士進学の選択を取ることができたかというと、地方出身で周りに大学進学者や文系大卒の総合職勤務の人がほぼおらず、「大学に行くことは何かしらの専門性を身に着けること」だと本気で信じていたからだと思う。で、大学入学後に大学(特に私文)はそうでないということを知った..
東京で生まれ育った社会学の研究者を東海村に案内した時、「自分が生きてきた東京は、こうやって色んなものを地方に押し付けてきたんだ」と言われたことは忘れられない。色々ある。考え続けないといけない。そんな日が今日。
「学部卒で就職すればよかった」て何度も思って泣きまくったこともあったけど(特にM1と研究生の時)、「大学院に行かなきゃよかった」と思ったことは一度もないことに気づいた。
「大学院生=楽」な偏見、M1の時が一番きつかった。でも、結局は時間が解決してくれるしかなかった。 あとは、大学院生のリアルをそれとなく本垢で発信したり、一緒に仕事・活動する人にはとにかく偏見を取り払えるようなコミュニケーションを取ったり....で、自分が生きやすい環境を広げていった..
自分だけがおかしいのでは、自分がメンタルが弱くて優秀じゃないからダメなんだって修士の環境では思ってしまっていた。 そうじゃなかった、というのを改めてこの連載を通して知ることができて、しんどい気持ちは変わらないけど、少しだけ、安心した。
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朝日新聞(asahi shimbun)
@asahi
大学院生の約半数に不安や落ち込み 「本当に休みがない」悲痛な叫び asahi.com/articles/ASS4Z
学生時代に社会人的なこと沢山しすぎて社会に幻滅して就活できなくて路頭に迷う若者、意識高いことしてイキった危ないベンチャーに突っ込んで自滅する若者、という人たちの受け皿どうする問題、そろそろ社会問題化するんじゃないかと思ってる。
「自分は働いていないんだから、もっと頑張らないといけない」と2-3時まで研究や作業をしまくって体調を崩したのがM1のちょうど今頃。周りが「社会人一年目」の中で取り残された感覚が、いつの間にかコンプレックスになって暴走してしまっていた。
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Natsu Owada
@natsu_picc
「大学院生=楽」な偏見、M1の時が一番きつかった。でも、結局は時間が解決してくれるしかなかった。 あとは、大学院生のリアルをそれとなく本垢で発信したり、一緒に仕事・活動する人にはとにかく偏見を取り払えるようなコミュニケーションを取ったり....で、自分が生きやすい環境を広げていった..
地方創生が社会的に叫ばれるようになった2010年代後半以降に大学生になった層は、「地方は課題解決すべき存在で活性化すべき」という枠(地域活性化フレーム)でしか考えられなくなってしまうことが多いと当事者として思ってしまう、、
東京圏の大卒サラリーマン家庭に生まれ育った人にとって、博士進学やそもそも院進はリスクの塊で避けるべきみたいな認識が根強いけど、自分のような地方出身の大卒第一世代の生い立ちだと、東京でサラリーマンをするより博士はカッコいい、頑張れ!!!!という価値観になるのかな..と感じている..
この「自分の研究に誇りをもって遂行するメンタル」は、メンタルそのものだけでなく、心理的安全性が保たれた環境、指導教員との関係、研究仲間の存在、家族やパートナーの理解等がなければ達成できないと感じている。心理的安全性が保たれた環境の大切さ...
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内野 海平
@uchino_japan
文系博士院生を続けるにあたって大事なこと、研究力や経済力はもちろんだけど、「同世代の知人友人がバリバリ働いて稼いでいることに引け目を感じず、自分の研究に誇りをもって遂行するメンタル力」もかなりあると思う。出身大学が就職優秀校なら尚更。
研究に理解のないパートナーと修士課程を過ごしてしまったのは損失だったなぁとつくづく思う。 身近な人にやっていること、やろうとしていることを否定されたり無関心でいられたりするのはキツい。 それで病院にお世話になってしまったし、半年近く研究らしい研究ができなかった。
パートナーに博士課程の合格祝いをしてもらいました。 沢山の思い出のある早稲田の高田牧舎で。 早稲田から場所を変えることになった今回、改めてお世話になった早稲田でお祝いできてよかったです。
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「スタバがほしい」という声をより深掘りしていくと「放課後の居場所がほしい」「気軽に話せる場所がほしい」「おしゃれなカフェがほしい」とかで、別にスタバそのものが欲されている訳ではなかったりする。
私大を出てよかったことは、高校の時に洗脳(?)された「私立文系は良くない」という認識から自由になったこと..。なぜあそこまで批判されないといけなかったのか..というのは教育学研究科に行って、首都圏出身の学生たちと関わってある程度の解は見えているのだけど、理不尽だった..
大学院生のバイトは、敢えて研究に全く関係ない内容の方が、息抜きになって良い気がした。(合う合わないはあるだろうけど) 自分はずっと研究に関連すること(まちづくりや社会教育関係)のバイトやインターンをしてきて人生的な経験や研究の糧にはなっているけれど、頭が疲れやすくなったので..
高校、大学、修士課程はワークライフバランスを捨て去って勉強や部活、研究、インターン、社会活動をゴリゴリやっていたけど、博士課程はバランスを保とうとしている。 「ライフ」を大事にするとワークもより良くなっていくことを実感している。(生活リズムが整い、メンタルが安定するから)
研究って単に文献を多く読むとか時間を作るだけじゃなくて、研究者仲間や研究を応援してくれる人との関係を作ることだなぁと感じている。 今のまちづくりの仕事も学会でのwsも現在の大学院も、それ以外のインフォーマルな読書会も、人間関係の点では救われているかも。
なぜ地方の公立進学校で私立文系が忌避されるのか?に関しては『世界』9月号の特集の一つで記述されています。 iwanami.co.jp/smp/book/b6508
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Natsu Owada
@natsu_picc
私大を出てよかったことは、高校の時に洗脳(?)された「私立文系は良くない」という認識から自由になったこと..。なぜあそこまで批判されないといけなかったのか..というのは教育学研究科に行って、首都圏出身の学生たちと関わってある程度の解は見えているのだけど、理不尽だった..
社会調査士、専門社会調査士の資格を取得しました。 修士課程の2年間はかなり苦しかったけれど、一つ形になったのは嬉しかったです。 院の社会学コースでないと専門社会調査士の存在がしらない、取り方もわからないという環境で実は結構大変でしたが..社会に向き合う視点を深く持つ機会になれました。
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D1は、研究していく上でのベストな日常生活の過ごし方を試行錯誤して見つける時間だと感じている。 論文執筆をどの時間帯にするか、睡眠時間をどのくらいにするか、運動や食事、その他社会貢献活動や仕事をどこまで引き受けられるか...等
院に入って、分野的に個人作業がほとんどで文系ゆえに同級生が少ない環境だからこそ、すごくセルフケアを意識的にしている気がする、、。人と会う、図書館の前にカフェに行く、身体を動かす、気持ちを言語化する、、、
博士の進学先案として大学受験の時には行けなかった東大や一橋、個人的に面白い先生が多い立教や法政など、色々な選択肢があったのですが、以前から顔見知りで話しやすい先生と研究室、学生数がいい意味で少なく、心理的安全性を保って議論できるゼミ、どんなことも相談できる先輩の存在が大きかった。
1ヶ月ほどログアウトしていましたが、修士論文を提出し、口頭試問も終えました。 課題は山ほどあるし、かなり厳しいご指摘もいただきましたが、自分の地元を自分の手で考え、言葉にする経験ができたのは研究だけでなく自分の人生の糧になったと思いました。
今の大学(国立大)が非常に心地良いの、やっぱり出身高校でそのようなハビトゥスを獲得してしまったからなのだろうか... キャンパス内の学部生を見ていて、真面目で勤勉であることが浮かないって心地よいなぁぁぁというのを感じた...
これは、院生としてすごく大事だと思う。 自分が体調を崩して研究できなくなったのは、近くにいる人が肯定してくれなかったというのもあるので....。肯定してるつもりでも、「頑張ってるね」とか「研究してるのは凄いことなんだよ」と些細な事で良いから直接声掛けがほしかったな..あぁなる前に..
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文系大学院生のアーニャbot
@gradschool_Anya
【肯定してくれる存在】 DMやマシュマロで質問とか送ってくださる方、あざざます! 昨日お返事していて、個人的な実感として強く思うのはこれ
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修論が本当に人生史上第一位っていうくらい大大大ピンチなのでTwitterは今年は今日で最後にします。 今年はこのアカウントで院生や大学教員の方々、地域のプレイヤーの方々と繋がれてとても嬉しかったですし刺激になりました。 来年もよろしくお願いいたします。
ゼミの報告、少し前まではメイクして可愛いワンピ着て気分上げる格好でやってたんだけど、ボコられる自分が可愛い姿であるのが惨めでそれでさらにキツくなったので、すっぴんメガネマスク普段着でラスト報告する、、。
地域活性化や課題解決とかじゃなくて、その地域に生きる/関わる人たちの営みに関心があるのである。 そういう営みを「活性化」に収斂していく社会にモヤモヤするから研究するのである。
理系バックグラウンドの人に人文・社会科学の学問の考え方をレクチャーするってニーズがあるのかもしれない。 博士課程に入学してからJST次世代の関係もあって、大学内外で理系の皆さん(主語がでかくてごめんなさい..)と何かすることが出てきて凄く感じている。
地域には、どこも歴史や文脈があって、昔から頑張っている人が確かにそこにはいるはずなのに、「何もない地域で自分は新しいコトを起こした」感でキラキラした形で行われるまちづくりにずっとモヤモヤしている。「地道に頑張ってきた(いる)人たち」がもっと評価されるまちづくりを見ていきたい...
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これは海外と日本の女子大学院生の進路選択の違いを研究する留学生と話した時も感じなんだけど... いわゆる「良い大学」(文系)にいると、そもそも院進者は「二流」扱いされて、そのコンプレックスを強く持ってたんだよな...「就職した学部卒よりも優秀じゃない自分は頑張らなきゃ」って思ってた
修士課程を修了しました。 色々悩むことが多かったのですが、自分が大切にしたいことは何かを考える期間にもなりました。研究は色々悔しいところがあるけれど、「急ぎすぎ」と先生から言われたので、もうすこしゆっくり考えることを大切にしたいです。
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自分がM1になって1週間足らずで大学のキャリアセンターから数日に一回は就活のメールが来た。自分は学部卒で就職した子と違って研究ガッツリしたいから院に行ったのになんで..働いてない自分はおかしいんだってすごくしんどくなって修士終わるまでずっとしんどさを引きずっていた。どうにかした方が..
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どこにでもいる研究者(Japanese researcher at a University)
@v81v1
M1の学生がこの時期に就活で忙しいから研究できないとか言ってた。大学院の存在意義がわからなくなってきた。もちろん院生は悪くないですよ。日本の就活システムが悪いのです。