空は抜けるような晴天。
冬木の埠頭には一人黙々と釣りをする青い男が一人だけ。静かな波の音と時折掛かった獲物を獲るために竿を繰る音だけがその場で聞けるものだった。
「静かでいいねぇ…」
最近、赤いのとか金ピカのとかの乱入でひときわ騒がしいことが多かったこの釣り場だが、今日はそのどちらも現れない。ランサーはここぞとばかりに静かな釣りを楽しんでいた。
もともと騒がしいのは嫌いな質ではないが、釣りは静かに楽しむもんだ、が信条である。
しかも今日は魚の食いも良く、脇に置いたバケツにはすでに10匹以上以上の魚が入っている。タイ、サバ、スズキ…バリエーションもなかなか豊富だ。しかし、そろそろバケツ容量的に限界である。
「あー、虎のねぇちゃんとか来るといいんだけどなぁ…」
たまに、いやちょくちょくランサーの釣果を狙ってくるタイガであったが、今日に限ってその彼女も現れる気配は無かった。こういう日に限って釣れるのだ。槍兵の幸運Eは今日も如何無く発揮されている。
竿先がピクリと揺れる。鍛え上げられた二の腕はその些細な反応を見逃すことなく、軽く煽って確実に獲物に引っ掛け、危なげなく一匹の鯖を釣り上げた。なかなかの良型で、これを入れれば確実にバケツは満員御礼だ。
「…しゃーねーなー、今日はここまでか」
リリースするという手もあるが、獲るに至らない小型を除き、狩猟の基本として獲ったものは戴くのがランサーの流儀だった。自分で食べる然り、誰かが食べる然り。
しかし、この量を一人で食べきるには少々多すぎる。大漁の時は大勢に振る舞うのもまた狩猟の基本だ。
ランサーはここ冬木の知り合いの中で最もエンゲル係数の高い家に向かうことにした。
「…だってのに何でテメエしかいねぇんだよ」
「予告も無しに現れた者に文句を言われる筋合いは無いのだがね」
衛宮家を訪ねてみれば、出迎えたのは仏頂面の弓兵だった。
「大体平日の昼間にやって来て誰かいるとでも思ったのかね」
そういえば平日だった。しかもお昼前。学生でも会社勤めでもないサーヴァントに曜日感覚を求められても困るのだが、知識としては持っている以上ランサーに反論の余地はない。
つまり士郎、凛、桜の学生陣は学校、当然教職である大河も学校、ライダーはアルバイト、唯一セイバーはいるはずであったが、今日はキャスターに借り出されていったらしい。駆り出されてではなく、『借り』出されて、と言ったあたりに不穏なものを感じたので、とりあえずランサーは突っ込むのを辞めておいた。
「んで、お前だけ残ってるわけか」
「残っているのではなく留守を預かっていると言って貰おうか」
本来なら居るべきはマスターである遠坂凛の屋敷であるのだろうが、凛はほぼ衛宮邸に入り浸り、また遠坂邸は魔術に対する防御がしっかりしているせいで防犯的にも留守を預かる必要性は無いに等しい。そう言ったわけで、魔術防御も大概スカスカで住人も多い、という防犯的にも家事的にもやることのある衛宮邸で留守番することになった訳である。
「まぁ何でもイイけどよ。留守じゃなくてヨカッたわ」
アーチャーなら料理できるしな。と、目の前にいる男に無造作にバケツを渡す。
ついでに魚代代わりに何か食わせろ、とそのまま返事も聞かず上がりこむ。遠慮のない行動に弓兵は渋面を示したが、バケツの中身の豊富さに免じてか、溜め息は吐いたものの小言は無かった。
出てきたのはこんがりと塩焼きした魚、ネギとあげと大根の味噌汁、エノキとシメジの胡麻和え、里芋とイカの煮物にご飯と漬物、という完璧な和定食だった。
「おーうまそう!いっただっきます!」
パン、と手を合わせてからまず自分の釣り上げた獲物から箸をつける。まるごと掴んで頭から齧っていく。ボリボリと咀嚼していたら呆れたような視線と目があった。
「何だよ?」
「いや、野性味あふれる食べ方だと思っただけだ」
「そっか?ちゃんと箸使ってるぜ?」
最初は使いにくいことこの上無かったこの二本の棒だが、この国ではほとんどの場合これで食事を取る。必要に駆られて覚えてみれば、慣れればなかなか使い勝手がいい。今では全く問題なく使いこなしている。
「そういう意味ではないのだが…まぁいい、さっさと食べたまえ」
「言われなくとも食うけどよ。お前は?もう昼食ったのか?」
アーチャーはといえばランサーの分を用意しただけで、何かを食べそうな気配は無かった。すでに昼食の終わった後にランサーの為だけにもう一度作らせたのならさすがに手間を掛けさせて悪かったと思う。
「君やセイバーのように趣味か必要に駆られない限り、サーヴァントが食事を取る必要は無いだろう」
「別に俺も趣味ってわけじゃねぇが…何だよじゃあ食ってねぇのかよ。つまんねぇ奴だなー、人が食ってる時ぐらいつき合えよ」
確かにサーヴァントたるもの食べなくても困りはしないが、逆に食べて何が困るわけで無し、多少なりとも食事から取り込む生物のマナは気休め程度ではあるが補給になる。そしてご飯は誰かと食った方が美味い。これは神代からの変わらない法則だ。
「皆が食べている時は付き合っているとも。ただ君にまで付き合う必要は無かろう」
「うわナニソレ差別かよ!」
「差別ではない、区別だ」
「意味わからねぇ!」
よく分からない屁理屈をこねた男は素知らぬ顔だ。
ムカついたランサーは実力行使に出ることにする。
残り3分の1程まで食べた魚を箸で摘まんだまま、向かいに座っていたアーチャーの胸ぐらを掴む。そんな行動に出ると思ってなかったのか、油断した状態で最速のサーヴァントから逃れられる訳もない。
「はい、あーん♡」
卓袱台を上から乗り越え、アーチャーに半分以上乗り上げた状態で魚を差し出し、ニッコリと言ってやる。
「!!?」
言われた方はといえば、あまりの展開に動揺しているのか目を白黒させている。何とか逃れようとするも、速度でも筋力でもその能力はアーチャーよりランサーの方が上回る。しかも机越しにのし掛かられた状態からでは卓袱台が邪魔で反撃も難しい。
「口開けろってオラ」
ここで素直に口を開ける馬鹿はおるまい。アーチャーも他聞に漏れず口を閉じたままブンブンと首を左右に降ったので、ランサーはニコリと笑った表情はそのままに、ギリリ、と掴んでいた胸元を握力だけで締め付けた。
「……ッは!」
気道を圧迫され反射的に酸素を求めて喘いだその隙にランサーは魚を突っ込んだ。
喘いだ瞬間に固形物を突っ込まれ、アーチャーは咄嗟にむせるかと思ったが何とか辛うじて堪えることができた。
口の中に収まった魚を吐き出すのも憚られ、止むを得ずそのまま咀嚼する。中骨が固い。揚げ魚でもないのだから骨ごと食べるものではないのだ、本来なら。
それを頭からバリバリ食べるとはどんな野生児だ。と、先程までのランサーの食べっぷりを思い出せば、そう言えば途中までランサーが食べていた魚ではないのかと思い当たる。
(つまり思い切り間接キ…)
即座にイヤイヤイヤ、と否定する。小娘でもあるまいに男の食べかけを食べたからといってそれは無い。無いと言ったら無い。アーチャーは心の中でにノーカンと結論し、とにかく骨まで無理やりに噛み砕いて飲み込んだ。
視線を戻せばランサーはアーチャーの胸ぐらを掴んだまま他の食器を引き寄せている。
「な、にをするか!貴様!」
「やっぱメシは一人で食うより誰かと食うに限るよな?」
ニヤニヤと、まるで悪びれもせずに「次はどれがイイ?」とランサーは言う。
「味噌汁はさすがに箸じゃ無理だよなぁ…まぁ口移しでいっか」
とんでもないことをサラリというランサーにアーチャーの血の気がザッと下がる。
「待て、落ち着け!分かった、私も自分の分を準備しよう!だから待て!」
必死に抵抗するが、筋力の差は如何ともしがたく、その間にもランサーは味噌汁を口に含んでゆく。
「待ッーーーーーー!!」
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それ以来、アーチャーが食事を作る際は必ず二人分以上になったらしい。
了