深掘り

是枝裕和監督、国のコンテンツ支援策を批判 「作り手も生まれない」

平岡春人

 映画やアニメ、ゲームといったコンテンツ産業の強化をめざす官民組織「コンテンツ産業官民協議会」の会合が2日あり、政府の戦略について議論した。会合の中で、委員を務める映画監督の是枝裕和さんが国の戦略の一部を批判。さらに映画保存施設への予算額にも言及し「『歴史』を大切にしない国から優れた作品も作り手も生まれて来ない」などと苦言を呈した。

 政府は2024年、コンテンツ産業を自動車産業などと並ぶ「基幹産業」に位置づけ、33年までに海外売上高を20兆円にする目標を掲げた。日本発のアニメやゲームが世界的な人気を博していることが背景にある。

 今年3月には経済産業省が、コンテンツの開発を支援する事業「IP360」の公募情報を公開した。IPとは知的財産のこと。国際的に人気を得て、関連グッズの販売などでも利益を上げられるような作品を生み出すことを事業の目的としている。

 そうした政府の戦略などについて議論する場として設けられたのが、アニメ制作者や映画関係者らを委員とするコンテンツ産業官民協議会だ。2日の会合での議論内容は大部分が非公表とされたが、数人の委員の提出資料が報道陣に公開された。そのうち、是枝監督の資料は、政府の戦略を痛烈に批判するものだった。

 まずIP360が支援対象とする実写映画が製作費8億円以上の作品であることに言及した。邦画では、いわゆるミニシアター系映画は製作費が1億円以下がほとんどで、8億円以上のものは大手が手がけるような大作映画だと言える。総務省の資料によると、18年ごろに製作された邦画438本の総製作費は1577億円。単純計算で1作品あたりの平均製作費は約3.6億円となる。

 昨年度までは経産省の予算から、3億円以上の作品への支援事業「JLOX+」が実施されていたが、IP360にとって代わられた。是枝監督は「最も支援を必要としている次世代の才能に対し、空白地帯が生じてしまうのではないかと危惧しています」と指摘した。

「国アカ」予算は韓国機関の半分

 さらに、日本で唯一の国立映画専門機関であり、映画の保存や復元、資料収集などをする「国立映画アーカイブ」に国が支給する予算額についても言及した。是枝監督の資料によると、海外の同様の機関については、フランスのシネマテーク・フランセーズが約38億円、韓国の韓国映像資料院が約15億円である一方、国立映画アーカイブは約7億円だという。

 是枝監督はこの現状に対して「コンテンツ関連予算が増額される中で、文化・芸術関連の予算は据え置かれるか、むしろ減額されるというのはバランスが悪すぎます」とした。

 コンテンツ産業の海外売上高の目標を20兆円としていることに対しては「次世代の作り手たちが夢や希望を持ってこの業界を選んでくれる道筋が見えることが(作り手が20兆円を目指そうと思える)大前提です」「20兆円の『循環システム』を提示して下さい」と迫った。

 会合後の会見で、協議会を管轄する内閣府の担当者は、支援が大規模作品に偏っているとの是枝監督の指摘に対して「限られた予算の中で、海外売り上げを含めた日本全体のパイを獲得していくため、大型支援を始める必要性があると判断している」などと弁明した。

「稼ぐ力」に注目集まる

 政府は20年以上前から、コンテンツ産業の商業的価値に目を付けてきた。

 04年に「コンテンツ促進法」を制定。コンテンツを「映画、音楽、演劇、文芸、写真、漫画、アニメーション(中略)人間の創造的活動により生み出されるもののうち、教養又(また)は娯楽の範囲に属するもの」と定義し、クリエーターの育成支援を目指した。ゲーム「ポケットモンスター」が世界的に流行したことなどが背景にあるとされる。

 20年が経ち、コンテンツ産業は日本の主要産業となった。経産省によると23年の海外売上高は5.8兆円。鉄鋼(4.8兆円)や半導体(5.5兆円)を上回る。昨年には映画「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座(あかざ)再来」の全世界の興行収入が、日本作品として初めて1千億円を突破している。

 一部のコンテンツの「稼ぐ力」に、政府の視線が集中している現状があるとみられる。

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この記事を書いた人
平岡春人
文化部
専門・関心分野
音楽、映画、人権
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    藤田直哉
    (批評家・日本映画大学准教授)
    2026年4月4日18時0分 投稿
    【視点】

    ぼくはサブカルチャーの批評・研究をしているので、今の政府が「コンテンツ」に力を入れるのも分かりますし、実際、ソフトパワー的にも、経済的にも成功していて、戦略的にそれが正しいと言うことも一方では分かります。 しかし、ここは是枝さんの仰ることが正しいと言えます。いい作品が生み出されるためには、その土壌が大事です。歴史を大事にし、良い価値をちゃんと継いでいくことが必要です。世界で大きく評価されている宮崎駿は、日本の伝統や信仰などの分厚い教養や体験があります。新海誠も、神道や縄文の意匠などを頻繁に用いています。そもそも『鬼滅の刃』自体が、祖先から代々受け継いだ「神楽」という芸能が主人公に力を与えるという物語であり、内容にも能などの影響が濃いものです。 日本が歴史や文化を大事にしてきて、継承してきたから、これらの作品が花開いているのです。花だけをいきなり生みだそうとしてもうまくいかない。その前には、木を植えて、水を与えて、幹や葉を育てる長い時間が必要であり、土壌も栄養が富んでいる必要があります。 日本は、豊かな土壌がある国です。それが「コンテンツ」にも力を与えています。とすれば、国は、その土壌を耕し豊かにする仕事を――マーケットの法則に従っていてはうまくいきにくいところを――していくべきでしょう。博物館や美術館を安価にしたり、アーカイブや教育を整備したり、文化全般を支えていくべきです。そのことの先に、豊かな花が咲くことを期待するべきですし、それを届けていく手伝いをするのが良いと思います。 花や実だけ欲しがって、木が枯れたら、元も子もありません。花や実を売って稼いだお金で、肥料や水を買って、木を植えてほしい。

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    松谷創一郎
    (ジャーナリスト)
    2026年4月5日7時51分 投稿
    【解説】

    是枝監督の指摘は、文化庁マターである国立映画アーカイブへの予算が据え置かれる一方、経産省主導のIP360の予算が増えることの矛盾に対してです。これは明らかに省庁縦割りの問題です。政府が予算配分を横断的に統括していないので、相変わらずこうしたアンバランスが繰り返されています。20兆円という目標を掲げるだけでなく、政府としてのコンテンツ政策のグランドデザインが必要です。 IP360が実写映画の支援対象を製作費8億円以上に設定していることも問題です。年間に8億円以上の日本映画は多くても10〜20本程度でしょう。次世代の才能が育つ中規模以下の作品への支援に空白地帯が生じるという是枝監督の危惧は、そのとおりです。 コンテンツ産業官民協議会の委員構成を見ると、庵野秀明監督、Netflixの坂本和隆氏、講談社・野間社長、東宝・松岡社長など各エンタテインメント業界の大物が揃っていますが、統括する内閣府特命担当大臣(クールジャパン戦略)の片山さつき氏はこの分野の知見に乏しく、さらにすべてを俯瞰して見ることができる学術系の専門家もいません。 またこういう政府機関の会議では往々にして、厳しいことを言う委員が最初から外され、あまり実績のない現状追認型の専門家ばかりが顔を揃えることも少なくありません。結果、予算の配分調整の場に終わるケースが多いです。 私は、日本のコンテンツ産業の根幹はマンガだと考えています。マンガがあるからこそアニメがあり、音楽も映画もその連鎖の上に成り立っています。IP360の内容を見ると、マンガ家の育成や出版支援に向けた施策がほぼ見当たりません。選択と集中を言うなら、この根幹を外してはならないでしょう。 過去にはクールジャパン政策で、吉本興業へ108億円(ラフ・アンド・ピース・マザー)の予算を投下するなどがありました。こうした過去の失敗の総括もないまま新たな「ばらまき」が始まるとすれば、またお金を嗅ぎつけた事業者だけが集まる結果になりかねません。 庵野氏やNetflixの坂本氏ら複数の委員がクリエイターの現場環境改善を訴えているように、本当に問われているのは現場にいかにお金を落として労働環境を改善することではないでしょうか。コンテンツビジネスはやりがいの搾取でここまで大きくなった側面もあり、こうしたところも含めたグランドデザインの設計が求められます。

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