別に居心地が悪かったわけじゃない。
南方領の夜鬼と呼ばれる人々は、噂とは違って温厚であるように見えた。
言葉遣いは妙に冷淡な響きを伴うことはあったが、決して野蛮ではないし獰猛でもない。
ただ――フレンシィ・マスティボルト。
俺が世話になっている親父殿の娘らしいが、どうも彼女のことはよくわからない。
「ついてきなさい」
と、その日フレンシィは言った。
ちょうど俺は午前の訓練を終えたところで、庭から部屋に戻るまでの小道にフレンシィが立っていた。
「返事ぐらいしなさい、ザイロ。雪解け時期のタテブチハシドリのような顔をしていないで」
有無を言わせないような早口だった。
「タテブチハシドリってなんだよ?」
「知らないのね。峡谷の上層に棲んでいる、大きな鳥よ。普段は愚鈍で寝てばかりいるの。マスティボルト家の一員であろうとするのなら、このくらいは覚えておきなさい」
なんとなく侮辱されていると思ったが、そのときの俺にはもう少し気になることがあった。
「その鳥、どうやって生きてるんだ? 餌なんて取れないんじゃないのか」
「狩りをするときは別。当たり前でしょう。大きな翼を広げて素早く飛んで、山羊でもなんでもさらっていってしまうんだから」
とても大きな鷹や鷲のようなものだろう、と俺は想像した。この領地に来てから、見慣れない生き物の姿を頻繁に見る。
「それは見てみたいな」
「そう。いずれね。お父様にお願いしてみても構いません。でも、今日は私についてきなさい」
「俺、これから昼飯なんだけど」
「それを一緒に食べてあげると言っているの」
フレンシィは俺を睨んで、鉄色の髪の毛を指先で撫でた。
「急いで。ぐずぐずしていると冷めてしまうから。ザイロ、南方領の嫌いな食べ物はまだないの?」
「いまのところはな」
「では、今日がその最初の一品にならないといいですね」
――その頃からフレンシィ・マスティボルトは、なんだか皮肉っぽい喋り方をする女だった。
最初は、俺より年上だと思っていたほどだ。